*プレゼント戦争*


ある日の休日、南は大型ショッピングセンターに足を踏み入れていた。
もう季節は夏から秋へと移り変わっているが、まだ残暑が厳しい気候なので涼しそうな格好をしながら南はくまなく店内を歩き回っている。
慌しく視線の向きを変えて真剣な表情で何かを探している様子だった。

気になる物があれば手に取り商品を眺め値段なども細かくチェックしている、一体彼は何しにこの場所へやってきたのだろう。家族に買い物を頼まれた…などと単純な理由ではないように思う。
購入する物が決まっていない時点で南独断での行動だと推測される。

ウロウロと何度も同じ場所を巡り、彼が運命の出会いだと感じさせる物を見つけたのは店内に入ってから二時間が経った頃だった。
無事購入後、肩の荷が下りたような安堵の表情を浮かべて南はようやく自宅へと帰っていく。

しかし彼は一体何をこの地に探し求めてきたのだろう?

それは、今から約一週間後に訪れる『ある日』の為の準備だったのだ。


―9月10日―

南は規則正しく決められた時間に起床して学校へ行くため支度をする。
部の方は全国大会が終わった時点で3年生は全員引退したので、毎朝早くに行く必要もなくなった。だからか以前より比較的穏やかな時間を過ごしているように南は感じている。だがいざ多くの時間を得てしまうと何をすればいいのか案外戸惑ってしまうものだ。
忙しい時はまとまった休みの時間が欲しいと願うが、いざその状況に立たされると手持ち無沙汰で困ってしまう。

家を出る前に南は先週購入した物を忘れずにソレを袋に入れて手に持った。重量のある物らしく南は眉間に皺を寄せるがここで放り捨てる訳には行かないので我慢して持って出た。
そして登校時、ある場所である奴と毎日(!)待ち合わせしている所へ向かう。すると先に到着して自分を待つ男の後姿が見えた。南は一つ深呼吸をして徒歩を早め近づいた。

そんな急ぎ足の南の足音が聞こえたのか、東方はゆっくりと後ろを振り向く。
「あっ、おはよう…南」

「お、おう…おはよう」
今日は心持ち家を早めに出た南だったのだが今日も東方は先に到着していた。一体何分前から自分を待っていたのだろう…と南は思う。今日くらいは先に自分が到着して待ってやりたかった南だから、どうも調子を狂わされる。
しかし過ぎたことはもう忘れて南は例の物をある言葉と共に相手に贈った。

「…ほら、誕生日だろ?…おめでとう」

無造作にデザインセンスの欠片も無い不透明なビニール袋に入れられたプレゼントを東方の身体の前に押し付ける。
「え?あっ…どうもありがとう、ちゃんと覚えてたんだな」
少々目を丸くした東方は小さな驚きは隠せないにしても、南の好意を素直に受け取る。プレゼントの入った袋を受け渡されると、突如想像もし得なかった重さに東方は身体を傾けた。

「うおっっ、重!!」

ガクンと衝撃を受けた東方は袋と南を交互に凝視した。これ何?と目で訴えながら。

「あ〜〜、やっと軽くなった!」
しかし南はリアルに肩の荷が下りて開放された喜びを噛み締めている真っ最中である。今思えば待たされなくて良かったな…とまで気持ちが揺らいでいる。

「いや、あの〜もしもし?南さん?…なっ中見てもいいんでしょうか?」
「ん?あーいいよ、開けろよ」

許可を貰った東方は恐る恐る袋をガソゴソと開けた。
すると中からとんでもない物が出てくる。

「っ!!!」
一瞬、このプレゼントに対するコメントを忘れ、ただただ呆然と袋の中を覗く。
その時南は遠くの方を眺めていて中身については何も触れようとはしなかった。

「南っ…これ……っ、こんなのどこで買ってきたんだよ!え、ええーーー!?」

東方の問い掛けに無視する訳にもいかず南は仕方なしに口を開いた。
「散々迷ってさ…もうお前に何やっていいのか分からなくなった時それ見つけて…ほぼ衝動買いだ、別にウケを狙った訳じゃないぞ!お前どうせそういうの好きだろ」
「いや好きだろって…まあ決して嫌いじゃないけど…、これを選んだ南の勇気に乾杯したい気分だと言いますか何と言いますか…凄いな南。重いはずだよそりゃ…」

「嫌でも返すなよ、重いから」

南のそんな言い方に東方は困ったように笑みを浮かべるけれども、相当使える代物を頂いたので返す気は毛頭ない。しかしプレゼントを再度見て、南の発想は実に面白いと変に感心した。
「返さないって、早速今日辺りからこれで励むよ、ありがとう」
しかし持って帰るまでがなかなか辛い代物ではあった。
相当持ち歩きに不便そうである。重いから。


そしてプレゼント贈与は無事に終えて、南はそのまま東方と共に学校へ向かう。
クラスが同じ事からどこまでも二人はくっ付いてナチュラルホモぶりを発揮させている。

もちろん学校に到着してからも東方の誕生日を覚えていた数名は彼に近寄りそれぞれのプレゼントを渡していた。大概テニス部関係者だったが。
教室に入ってからは珍しく南たちよりも先に登校していたらしい千石が二人を待ち構えていた。
部に在籍していた頃よりも生活態度が真面目だ!

「おはようーお二人さん、仲良く揃って登校かな?いやいや時間取らせないからカムカム」
いかにも怪しげな千石の行動に二人は不安げに視線を合わせながらも、まあ千石なりの誕生祝がしたいのだろうと理解して取り敢えずは言うとおりに動く。
「何だよ…どうせ駄菓子攻撃だろ?」
二ヶ月程前に誕生日だった南の体験談から、そう鋭くツッコむが千石は得意気に首を振った。
東方の窓際後方の席に三人が集結すると、千石は特にプレゼントを用意する仕草も見せずにただ東方に質問をぶつけていた。

「ところで東方、今日はもう何人かにプレゼント貰った?おっ何か怪しげな袋下げてるね〜?」

『え?』

思わず東方と同時に南も声を上げてしまった、何故なら千石の興味を示した物が先程南が東方にプレゼントした物だったから。贈った本人には見られても当然構わないけどあまり第三者には見せたくない代物らしい。後々のことも考えれば特に千石だけには見られたくないかもしれない。
しかしここで南の思惑と東方の思惑が上手く一致するなんて都合のいいことは起こらない…

「ん?あーこれな、さっき南から貰ったんだ」

あっさりと東方が口を割ってしまい南は隣で苦い表情を浮かべた。
しかも千石もその言葉を聞いて更に興味津々らしく、その袋に手を伸ばしていた。
「へー南に何貰った?見ちゃっても問題なし?」

「あー問題ないよ」

―いーや!問題ありまくりだろっっっ!!!―

心の奥底で嘆く南であったが、二人の間で交渉がスムーズに進んでおり、東方自らが袋を開けて千石に中を覗かせていた。もう止めようがなかった。
中を見た千石の動きがピタリと止まると南は嫌な予感しかしなくて、次に取られるであろう相手の態度に覚悟を決めた。

「………これが南からのプレゼント、って………ブッ!…ギャハハハハッッ!!」

予測はついてもこんな豪快に笑われたら恥ずかしいに決まっている、南は顔を真っ赤に染めてソッポを向く。千石の失礼甚だしい態度に腹を立てながら必死で南は自我を保った。しかしまさか物まで取り出されるとは思わなくて驚いた。

「おーっ、重い重い!!あ〜〜っまさか誕生日プレゼントに『ダンベル』贈る人がいるとは!世界って広いなあ〜、ねえ東方。またコレにリボンついてるから可笑しい可笑しい!!」

正に恥の上塗りだ、言葉も出ない南はただその場で震えている。また東方も普通に受け答えしているから、それも腹が立って仕方がないのだ。

「もう可愛いだろ?南からのプレゼント。俺も最初は驚いたけど色々コレを買った南とか想像すると可愛くって仕方なくて!微笑ましい…(ウットリ)」

趣味がジム通いの筋肉バカに相応しいプレゼントと言われてしまえばそれまでだが、非常に東方は喜んでくれていた。その辺は南も嬉しい、がしかしこれ以上話のネタに使われるのは御免だ。ぐんぐんと怒りがこみ上げてきて拳を強く握り締めた。いつでも雷が飛ばせるように。
「おい!もういいだろっ!人が誰に何を渡そうが千石、お前には関係ないだろ!?いいかげんにソレ早く離せよっ」
ムキになって力ずくで取り戻そうとするが千石はいとも簡単に回避する、そして突然ダンベルに巻いてあったリボンを解き笑顔を保ったまま南に問いかけた。

「ところで南ー、このリボンはどうしたのかな?まさかお店の人がダンベルに巻く訳ないし」

思いも寄らぬ質問に南は怒りの行き場所を一瞬見失い、キョトンとしたままバカ正直に質問に答えてしまう。

「え?……そっそれは〜、帰りに百均に寄って…そのー」

「じっ自分で巻いたのか、南ーーーっっっ!!!」

南の返答に一番衝撃を受けていたのは東方だった、千石はしめしめと楽しそうに事態を眺めている。南も余計なことを言ってしまった!と後悔していた。
「だ、だって一応プレゼントだし、そういう雰囲気出したほうがいいのかなーと思って!俺なりに気を遣ったんだよ!!結ぶの下手くそだけどよ!」
自棄になりながら叫んだ言葉は実に東方を喜ばせるようなものばかりで、目の前のジーン…と感動している男の顔が見えた時、自ら更なる危機的状況に陥っていることに気付いた。どんどん取り返しがつかなくなってきた。

「ふむ、このリボン……使えるなあ」
二人がやり取りを繰り返している時、火付け人である千石は我関せずな表情でリボンを見つめていた。そして閃いたのかそのリボンをドツボにはまっている南の右腕にこっそりと器用に巻きつけると、その後二人を自分に注目させた。

「はいはい二人とも、静まれ静まれーい!」

今から黄○様の印籠でも見せられるかのような掛け声に思わずピタリと痴話喧嘩を止めた二人、そして何が起きるのかと千石を見る。
「な…何だ?急に」
不思議そうな顔をした南だったが、いつの間にか自分の右腕に先程のリボンが巻きつけられていた。それに気がついた瞬間、千石から恐るべき言葉が…

「はい、オレからのプレゼントー!この子を君にあげよう!」

そんな悪ふざけが過ぎた発言に当然南は間髪入れず強烈なのを一発、奴の顔面にお見舞いした。

ドゴーーンッッ!!

「俺はいつからお前の所有物になった!」
制裁を加えても怒りが収まらない南。雑に自分に巻かれたリボンを解いてダンベルを取り返し不器用に再度結び直した。そして袋の中にしまいこむ。
すると東方もご立腹なのか…珍しく眉間に皺を寄せて千石に対し一言ビシィッ!と言い放つ。

「そうだぞ、千石!それにもう既に俺は南をもらっっ」

聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできた南は、今度も一瞬の猶予も与えず豪快に放った。

「お前もーーっっ!!」

ドゴーーンッッ!!

またもやアホ二人が自滅した。

一仕事終えた南はパンパンと掌を払い叩く、しかし頬は少し朱色に染まっており、その凶暴な男の正体はただの純情少年であった。

「じょ…冗談、冗談だって南…部を引退してもパンチの威力は衰えないなあ、さすが部長。全く色気がないもの渡すのも南らしいよ、ははー」
ゾンビの如く千石は蘇り、ガソゴソとポケットの中に手を突っ込む。そしてクシャりかけた一通の封筒を取り出して、まだ死んでいる東方を揺り起こし、そっと相手に託す。

「ほら、ちゃんと用意してあるよー東方君専用の誕生日プレゼントを」
「え…なっ何だ?」
「それは開けてからのお楽しみ、オレが恥ずかしいから学校では開けないでちょうだい!」

なんだか物凄く嫌な予感がするこの見た目は普通でも中身が怪しげな封筒…東方は恐怖に思うも取り敢えず千石が自分のために用意してくれたものだからと邪険には扱えず、一応礼と共に受け取った。

こうして教室での攻防は幕を下ろす。

千石は満足そうに去っていき、怒ったままの南は自分の席へと帰っていく。
ただ東方の手元に残されていた封筒だけ不気味な存在感を漂わせていた…


放課後、今日は部に寄る予定のなかった二人は、さっさと学校を後にする。
毎日同じ道を通って帰る二人、今日もそれは変わらない。
只唯一今日だけが違っていることは、東方のカバンに収納された悪魔千石からの一通の贈り物の存在であった。どうも胸騒ぎが走って一応誕生日という目出度い日を過ごしているのに生きた心地が感じられないのだ。

―あ〜〜、結局学校では怖くて開けられなかったし、どうしようか…あの封筒。家で開けるしかないけど、一人じゃどうも心細い…南…今日付き合ってくれないかなあ…―

幸い誕生日恒例の…家族で食事に出かけるの巻は父親の仕事の都合で明日行くことになっている。つまり今日は来てもらっても全然構わないのだ。
東方は不安を抱きながら隣の南に意を決して心の内を打ち明けてみる。

「あっあのさ、南。今日さ…これから〜、俺ん家来たりとか…しない?」

「ん?」
いきなり何を言い出すんだ?と言いたげな南の顔がそこにあった。
東方は慌てて理由を説明する、決して下心で誘っている訳じゃないとさり気なく必死で主張。

「あっいやっ、朝に千石から貰ったあの封筒がさ、どうにも気になって…何か一人で開ける勇気がないからちょっと近くにいてほしいなと…ダッダメか?」
我ながら情けないな…と東方は思うけれど南が側にいてくれたら、どんな試練も乗り越えられるような気がするのだ。自分が一人では何も出来ない男だとは思いたくないけど。

「あー…あれな、貰ってたな朝に。別に寄るのはいいけど…今日はどっか家族で飯食いに出掛けたりしないのか?」
「それは大丈夫!明日行くことになってるから、じゃあ早速行こう行こう!」

南から色よい返事をもらった途端、急に元気になる東方。そんな調子のいい相方の姿に南はふと疑問が湧くも誕生日くらいは多少の我侭を聞いてやってもいいだろうと文句は零さない。
二人はそのまま東方家へと向かう…


後編に続く。



最近短くまとめるのが苦手になってきました(笑)
後編も気をつけていってらっしゃい!


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