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*プレゼント戦争(後編)* そして無事に到着した二人は、そそくさと当人の部屋に閉じ篭る。 兄より先に帰っていた妹は一階で一人テレビを見ていた。 部屋に着くなりカバンから例の封筒を取り出した東方、その急ぎよう…物凄く気になっていたらしい。 南も興味心身にそれを眺めている。 「もう開けるのか?」 「ん?うーん…もうしばらく放置しておいても別に俺はいいけど…」 「何情けないこと言ってるんだよ、さっさと中見て落ち着こうぜ。千石のことだから手紙ってわけじゃないだろうし、どうせ何かの割引券とかそういうオチだろ」 ほら、さっさとしろ。と南から急かす言葉が投げ掛けられる。 ここは東方も覚悟を決めて(そんな大層な…)ペリッとセロテープで止めてあった封筒の口を開けた。その瞬間それに注目する二人に緊張が走り、恐る恐る東方は中を覗いた。とりあえず自分に贈られた物だから先に中を伺う。 思わずゴクリと唾を飲み込んだ。 そしてしばらく中を覗いたまま東方の動きが止まった。 何かを考え込むような仕草を見せて、また固まる。 向かいで待つ南の心情は次第に焦れていく。 一体その中身は何なのか!封を開けて長時間待たされるのは実に辛い。 しかし本人の許可なく無理矢理見てしまう訳にもいかないので、ここはグッと我慢。 ・・・ ・・・・ ・・・・・ 東方の時間が止まって数分が経過した。 すると彼はようやくゆっくりと顔を上げる。 バチッと南と目が合った。 「…南、正解だ」 沈黙を破った第一声はそんな言葉だった。 だがあまりにも時間を多く空け過ぎたせいか、南は一瞬相手が何を言っているのかすぐに理解は出来なかった。少々考え込んだ末、ちょっと前に自分が言った言葉を思い出す。そして口にした。 「…え、割引券?」 「そう」 至極冷静で真面目な顔をしたまま東方は告げる。 けれど南は次の瞬間ホッと胸を撫で下ろすように安堵の表情を浮かべて身体を支配していた緊迫感が抜けていった様子だった。そしてまだ緊張しっぱなしの相手に向かって嬉しそうに肩を叩く。 「じゃあ…良かったじゃないか!変なもんじゃなくてさっ、千石もやっと改心したんだなー、で…何の割引券?カラオケか?それともボーリングとかか?今度ありがたく使わせてもらっ…」 「あ〜〜っっ、ストップストップ南!!」 我が事のように喜びを表現する南に対し何故か東方は固い表情を保っている。そして何も知らず末恐ろしい言葉を吐こうとした南を止めた。その先は正に危険地帯だったのだ。 東方は再度封筒の中の割引券に目を通して、ハア…とため息を吐きながらそれを中から取り出し、南へと渡す。意味が分からずただ受け取った南はその券を見つめた。 それからしばらく…東方が長時間沈黙していたように南も同じ道を歩む。 ジーッとそれを眺めて見慣れない単語がたくさん並んでいる中で南は徐々に顔を歪めていく。そして持つ手がフルフルと震え始めてきた。 「………なあ、これってまさか…」 何かを理解し俯く南に東方は致し方なく『答え』口にした。 「……普通じゃないホテルの割引券だろ」 ・・・ ・・・・ ・・・・・ 耳で疑惑の確信を得る言葉を聞き、わなわなと本格的に震え始めた南は耐え切れなくなり豪快に自分の手が持つ紙切れを汚らわしい物に触れた感覚で放り投げた。ひらひらと空中を舞う一枚の紙はゆっくりと二人の間に落ちていく。地に辿り着きピクリとも動かなくなった後また沈黙が始まる。 シーン…と言葉も出ない状況に二人は部屋の中を暗いムードで敷き詰めていた。 そしてだんまりに飽きた頃、とうとう南の怒りが爆発する。 「あ………アホかあいつはーーーっっっ!!!一体何考えてやがるんだ!その内わいせつ罪で訴えるぞっあのヤロー!こんなこんなこんな物をっ!」 怒りが頂点に達したとき南は自我を失い叫びながら苦しみもがき始める。 もう紙切れ一枚に翻弄されているのが腹立って、思わずその割引券を手に持ち、一気に真っ二つに引き裂こうとした。目の前から存在自体消えてもらいたかったのだ。 しかしここでまさかの制止が割って入ってくる… 「ままま待て、南!とりあえず落ち着け!」 「ああっ?何で止めるっ、こんなもの一刻も早く処分した方がいいだろ!」 南の手の中のラブホの割引券を巡って二人のプチ攻防が続く。引き千切ろうとする南を東方は何故か必死で止めていた。二人の間に微妙な温度差が生まれ事態は信じられない方向へと向かう。 「ちょっと南っ、いったん離せって!」 「断る!今すぐグシャグシャにしないと気が済まないっ!!」 「わ〜っ!だってひょっとしたらもしかして万が一、つっ使う日が来るかもしれないしーっ」 …ッ! ドサクサに紛れてとんだ大告白をしてしまった東方に聞いてしまった南。 「なっ、なんだって……?」 あまりにも予想がつかなかった相手の思惑に南はただただ目を白黒させて呆然としていた。 そして手にある券と東方を交互に見つめる。 「つ…使うって言ったのか?今。…ままままさか、使えるわけないだろ…」 「…そっそんなの分からないだろう、それにその券は俺が貰ったんだから南が勝手に破くなよ」 そう言いながら東方はそっと南の手から争いの元を抜き取った。それからちょっと頬を赤らめ視線を真っ直ぐ南に向けられなくなっている。ちょっと特殊な告白に照れの極地を味わっているのだろう。 しかしその頃の南は…とても哀愁に満ちた顔を見せていた。 東方自身…あれ?と首を傾げたくなるような、寂しげな南の様子がとても気になった。 「あ、あの…南?」 「…お前、それをつっ使う宛てが、あっ…あるのか?まさか…」 捨てられかけの子犬のような…今にも泣き出しそうな目でそんな事を告げられ、東方は何か誤解してるんだな…と気付いた反面、血が沸騰しそうなほど全身が感動で熱くなっていた。むしろ泣き出したいのは東方のほうかもしれない。一体南の頭の中では誰と行くことを想像しているのか、とても興味深かった。 ―あ〜っもう今すぐこの瞬間に抱きしめてチューしてぇーっっ!!― しかしここで冷静に対処できるほど東方も大人にはなれていないので(顔は別)、嬉しすぎる状況に思考がショートして沸き立つ欲望が今にも溢れてしまいそうだった。とにかく目の前の南が可愛くて言葉が出ない。恐る恐る手を伸ばすと見事に払い除けられ暴言を吐かれた。 「やめろっ触るなっこの変態!節操なし!!」 言うだけ言って南はくるりと反転し東方に対し背を向けて三角座りをした。 もう見せられる背中が愛しくて愛しくて、触れはしなかったけどすぐ側まで近寄る。 「いやいや、まさかそんな風に誤解してくれるとは思わなかった…もちろんこれを使う時は南も一緒のつもりだったんだけど…」 「嘘つけ!俺となんかそんな所に行ける訳がないだろ!男同士だぞ!?お前の目は節穴かっ」 「いやまあ…好きなだけ罵ってくれていいけど…他の誰とも行きたいとは思わないし、南がいいなー」 「だっ誰がそんなとこ行くかよっ!俺は絶対行かないぞ!!!」 ムキになりながら反論してくる南が本当に可愛くて、東方はもう制御できなくなりガバッと後ろから大きく包み込むように南を掴まえた。するとまた「勝手に触るな!」などと怒りが飛ばされるけれども、お構いなしにギュッと強く抱きしめた。南は引き剥がそうと暴れ始めるけれど回り出した歯車はもう止まらない。 「まあ確かにそんなとこ行かなくても、どこでも出来るもんな」 幾ら割引されたってお金が勿体無いよな…と呟いて、するりと内側に手を差し込むと、遠慮なく南の学ランのジッパーを引き下ろしにかかる。 「わっ!ちょっとっっ、何脱がしてるんだよ、や…やめろってっ」 突然の緊急事態に南は驚きながら、素早い相手の手を必死に止めようとするが、項に軽く噛み付かれて抵抗を一瞬緩めてしまう。隙を与えてしまえば手はいとも簡単に服の内側へ侵入し、南の素肌に指を滑らしていく。 「ちょっちょっと…お前本気でっ、よ…よせよっ、…んっ」 知り尽くされた弱い箇所を触られ急激に力が抜けていくのを南は感じた、しかしこのまま流されてしまう訳にもいかないので抵抗を続ける。階下には奴の妹が存在する。こんな教育に悪い現場を目撃なんてされれば… しかし南の心配も他所に火のついた者は本能のまま攻め立ててくる…指先で胸の飾りを転ばされ南の身体がニ、三度大きく揺れた。これ以上は本当に危険だ、南は身体の内が熱くなるのを感じ…引き下がれなくなる前にどうにか相手を止めようと必死で辺りの床に手を伸ばした。 すると何かが手の先に触れ、南は無我夢中でそれを掴み勢いよく相手の頭部にぶつけた。 ―悪いっ!東方!!― 心では謝りつつ、その振り上げた何かは見事命中する。 ガンッッ!! 物凄くいい音が鳴った後、しばらくして…東方の腕の拘束は解けていった。 するすると南の身体から離れていき、その場にバタンと痛さのせいか倒れこんだ。 南はとりあえずホッとしながら、相手にぶつけたものの正体を確認した。 するとそこには… 先のいざこざで、いつの間にか袋から転げ落ちていた自分が今日相手に贈った『リボンのついたダンベル』がシッカリと握りこまれていた。さすがにそれを見て青くなり焦った南は、倒れた東方の身体を揺する。 「わ〜〜っっ!ゴメンッゴメンッ!!死んでないか、死んでないかっ!?」 「ん…、う〜ん…」 すっかりと気を失ってしまった東方の側で南は必死で呼びかける。 何とか自分の身体を守りきることができたが、その代償は余りにも大きかった。(死んでないけど) とんだ不幸が舞い降りた今日が誕生日の東方君、これからの一年間…早速先行きが不安である。 まさか自分のプレゼントした物が凶器と化すとは夢にも思わなかった。 結局この怒りの矛先は、くだらない物をプレゼントをした千石に向けられるのだろう。 とにかく今は膨れ上がった東方のたんこぶを濡らしてきたタオルで冷やしてあげている… 下手したら殺人事件に発展していたところだ。 南は横たわる東方の隣で正座しながら深く反省した。 ―振り回すととっても危険ですのでダンベルは正しく使いましょう。 ちなみに例の割引券は使っちゃう前に早々と期限が切れてしまったらしい。 未来の東方はとても落ち込んだそうな… END. |