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―誕生日の苦悩2― そして南の喉元下辺りをトンッと指で叩いた、先程千石が南にした事のように。しかし東方の顔は明らかに本気を物語るものではなく南のゲンコツ狙いの…いわゆるジョークであった。南はこの手の冗談は好まないし、言った後は必ず怒る。もし本気で言ったとしても南から冗談の意味合いに変えてくるのだ。まあ誕生日に「南」が欲しい…という東方の気持ちはあながち嘘ではないように思えるが。でもそれは結果(南を)頂けたら嬉しいものであり、最初から強請る気などさらさらない。多分。 「なーんてな。まあそんな先の事今日は南が誕生日なのに気にするなよ、ほら移動しよう…って南?」 気がつけば南の表情は固まったまま1ミリの変化も許さなかった。東方は南の目の前で軽く手を振ってみるが特に反応なし。心ここにあらず状態だ。しばらく名前を呼び続けると南はようやく動き出した、だが南の嫌いな冗談を飛ばした東方に痛いお咎めはなかった。むしろ何も言い出さず、一人すたすたと教室のドアへ向かっていた。 「あれ…南?えっちょっと!待てよー」 まさかこれは無視?と東方は焦り、殴られるより痛い仕打ちを受けているのかもしれない。そんなにあの一言に南を怒らせてしまったのだろうか…慌てて前言撤回に走るも南はまだ完全に生気を取り戻してはいない。 予期せぬ事態に身が凍る思いの東方。 しかし…予期していなかったのは、南も同じことだった。 ―俺、俺、俺ーっ!?ままままさか!千石の予言(?)が当たるなんて!どっどうしようっ― 完全に東方の冗談な一言を100%純粋に聞き入ってしまった南。一度信じてしまえば坂道を転げ落ちるように強靭な精神を失ってしまう…いつも通りに殴っておけばそれで済んだものの。南はお返しの件以外に意識を傾ける事すらもう出来なかった。 ―マジで欲しい物が俺自身なのか!?なっなんだそれはー!あんのマセガキ!!伊達に親父顔じゃねーよ!― 自分の殻に閉じ篭りながら、心の葛藤と戦う南。今どうするべきが大激論中である。 そんなこと聞けるか!という意見もあれば、しかし高価な物を貰った以上お返ししない訳にはいかない!といった極端なものまで。お金の心配はなくなったが、身の危険は迫っている。 東方が思うように本当に南は律儀な子なので、なるべく相手の願いを叶えてやりたいと思っているのだ。どうせ次の奴の誕生日には大した物渡せないだろうし。 「どうする…どうする…どうする…」 ブツブツと怪しく呟きながら、隣で謝り倒してくる男のことなど眼中に入らず、思わず拳に力が入ってしまう南であった。しかも軽く震えながら… すれ違いまくりで錯乱状態の二人は、まともに授業など受けていられなかったという… 東方は南を怒らせたと落ち込み、南は今日の我が身をどうするかと悩み…まさに千石の一人勝ち状態であった。まあ南の貰ったプレゼントが少々高めの物なことには変わりはないのだが、きっとそれでも南は大層な金額を想像しているに違いない。 だから…自分の身体を差し出してでも恩は返しておきたい!と南はひたすら悩むのだ。 それは、いつもあんなに気合の入っている部活中でも続行されていた。朝とは打って変わって妙に腑抜けた南部長とやたら暗いその相方の東方、部員は皆何があったんだ…と口々に噂されていたが、それすらも南は気付かない。 しかし朝より元気な者もいた、千石である。 二人の事を気にするなと部員に告げて回っている。きっと二人の様子を見て色々と状況を悟ったのだろう。とても楽しそうに観察している。 大会前だというのに何とも情けない有り様だ。 当然腑抜けダブルスの息が合うわけもなく、新渡米&喜多コンビにコート上でいいようにカモられていた。普段なら完全にありえない図だ。自分たちのボロボロ具合に南は少し目を覚まし、このままではいけないと気を強く持つ。しかし何故か顔に縦線が入っているようなブルーな相方が側にいる。これでは結局勝てやしない。 ―はっ!まさか、俺があのプレゼントに対して態度が素っ気無かったから東方落ち込んでるんじゃ!― 南の中での新たな新事実発覚に、また心の中で東方に対する感謝の気持ちと我が身を天秤にかける。グラグラ揺れつつ…妥協しかけている南の思いが感謝の気持ちに重量を上乗せさせた。 ―あ〜〜っ!やっぱり俺が一肌脱ぐしかないのか!!っていうかもうそれしか手段がない!― どんどん話が大きくなっていく。 南も動悸を激しくする中、決めてしまったが最後腑抜けている場合ではない。いち早く立ち直り自分が手本にならなければ。目元を必死で吊り上げて、大きく声を張り上げた。ようやく部長復活に部員も安堵の表情だ。 しかし肝心の東方がまだ沈んだままなのですが… 「おい東方!今日……練習終わったら……、俺ん家に寄れ。いいな!」 威勢良く誘い出す事が媚びるのを嫌う南の精一杯の強がりであった。でも相手にはこれっぽちも真意の程は伝わっていないが。 むしろ… ―南の説教タイムだーーーっ!― …ビビっていた。 怒り任せの南の表情や声が裏目に出ているのだ。 しかし東方の心情的に、どうせこの後怒られるのなら、それまでに出来るだけポイントを稼いでおきたい…と部活に対するやる気は出てきたみたいだ。二人は空回りつつも一応良い方向へと進んでいる。だが互いに根本的なところで勘違いしたままでは事態解決には向かわない。本当に誰かさんが一肌脱いでしまう… ―とりあえず家に来るようには伝えたから、後は俺ん家次第だな。誰か帰ってたらそもそも無理な訳だし…一応俺なりに努力したという事で見逃してくれるよな― いい方向に想像を働かせ、自分をそうやって励ます。どうにか身体を差し出さなくていい方法を南だって選びたいのだ。初めて…という訳ではないけれど。 練習後は部室に長居せず、さっさと東方を連れて立ち去った南。意味深な千石の不気味な笑みには気付いていない模様…まさに目の色を変えて楽しんでいた。生暖かく二人を見送り明日が楽しみで仕方がない千石だった。日曜日とは言え午後から練習はありますので。 そして南と東方だが帰り道、会話は弾んでいない。南は心でお経を唱えている状態だし、東方は説教に耐え得る精神力を今この瞬間に養っている。楽しく世間話…をしていられるほど余裕がないのだ。 南はさっきから自分の中で「弟帰ってろ、弟帰ってろ」と二人きりな状態を未然に防ぐ対処方法を考えていた。つまり二人が南家に到着した時に弟が先に帰っていれば不可抗力…という訳で変に断る必要性もないのだ。 しかし、ここで南は重大なことを忘れていたのだけど。 南家に無事辿り着いた二人はそれぞれが緊張の中で南がカギを差し込みドアを開けて中へ足を踏み入れた。すると暗い廊下に室内が二人の前方に広がっている。どうやら家族は誰も帰っていないようだ、小学生の弟でさえ。 ―えっえっえっ?純(※南の弟。本名純一郎。弟の方が派手な名前。ちょっぴり兄貴のコンプレックス)もまだなのか?何でいつも早いくせに今日に限って…遅い時間まで遊び呆けてんのかよ!― 南の混乱状態は続く。靴を脱ぎ廊下を歩いて本当に誰もいないか確かめる。テレビの音さえも聞こえない物静かな我が家は見事にもぬけの殻だった。そして南はようやくある重大な事を思い出した! ―ああっ!そっそういえば純の奴…明日から林間学校とか言ってたな昨日。じゃあ今日は帰ってこない…父さんはいつも遅いし、母さんはこの時間帰ってなかったら…大体遅くなってる…― 血の気が引くような事実を叩きつけられ、南は絶好すぎるこの状況を恨んだ。もう本当に覚悟を決めた方が良さそうだ。 そしてその頃東方も自分たち以外誰もいない事に気が付いたようだった。しかし心の内では… ―あー…、誰も家族の人がいない。これは南100%真剣に怒鳴り込んでくるぞー― まだまだ二人のズレは解消されない。互いに緊張感だけが無駄に高まっていく。 南は足取りが重いなりも、とにかく自分の部屋へと向かった。東方も足取りが重く無言が続く南についていく。いよいよ決戦の場がきたのだ! 東方を部屋に招き入れ、静かにドアを閉める南…目が少々涙ぐんでいる。当然だ…今から慣れない事を自ら誘い出すのだから。 「ん…ンンッ!…えーっとだな、そのー今日お前がくれた物、結構高かったんだって?」 とうとう話を切り出した南に、東方はその場で立ち竦み反省の表情で静かに話を聞いている。とりあえずいきなりは怒鳴りこんでこなかったから心に余裕が持てた。質問にも答えられる。 「う、うん。まあ…大した程でもないんだけどな。確かに見た目よりは高かった…あ、ひょっとしてあんまり気にいってくれてない?」 東方の返答に、やっぱり高かったんだ!と改めて驚く南。そして気にいってないのか?と尋ねられ慌てて首を横に何度も振る。ここで更に相手の気分を害する訳にはいかなかったから。自分は金銭的にそこまで出せそうにもないし。(だからいくらだと勘違いしているんだろう) 「いやいやっ、す…凄く嬉しいよ?あ、ありがとう。で、だな…その〜そんないい物貰っておいて俺から返せるものなんて知れてるんだけど…その………良かったらこれで…」 自らの服を掴む手がカタカタと震えている。東方はそんな不自然な南を目にし、まともに話せないほど怒りを我慢してくれているんだと申し訳ない気持ちになった。何だったら一発殴ってくれとを言いたくなるような展開。 「いや、南!無理するな!!」 「いいや!、お前には受け取ってもらうぞ!!」 「あ…わっ分かった…、えっ遠慮せず、来い!」 「っ!………じゃ、じゃあ…っ」 東方のあからさまな一言に頬を赤く染めた南は意を決して、何故か縮こまっている東方へ近寄る。そしてガシ!と両肩を掴んだ。それから強く押して後ろへと後ろへと奴をある場所まで運んでいく。目的の場所に辿り着けばそのまま両肩を押してベッドの上に放り投げた。 南は自分の取った行動にこれ以上ないほど羞恥を感じ、自らの制服のジッパーに手をかける。 すると今度は状況がよく読めない東方が慌てふためく番だった。 「みっ、南っ!?ままままさか!!!いやいやいやっちょっと待て!頼む、待ってくれ!いくら俺に対して怒ってるとは言え、俺……う…受けは無理だーーーーっっっ!!!」 「勘違いするなーーーーっっっ!!!」 まさかの東方の発言に耐えられず南は大音量で奴に返してやった。あまりにも不愉快な事を口にされたので南の逆鱗に触れてしまったのだ。まあ、東方の勘違いぶりは凄い。 叫び終えた後に息を荒くした南は、再び自分の目的を果たそうと学ランのジッパーを下ろす。半ばやけになってきたのか、衣服をそこら中に適当に放り投げていた。かなり珍しい南のいいかげんさ。 しかし東方もここからが大変だった。 自分の推理が外れてしまい、ますます南の行動に疑問を抱いた。人をベッドに倒して自分はいきなり脱ぎ出すなんて一体何を考えているのか。企みは読めないが、あまりこう…堂々と服を脱がれると困る。 「ちょちょちょっ南!じゃあさっきから何威勢良く脱いでるんだ!!」 あっという間に上半身裸になった南がそこにいる。しかもまだ衣服に手をかけようとしていた。東方はさすがに見ていられなくて、無造作に服を剥ぎ取ろうとする南の手を掴んだ。一応ムチャな動作は止めさせて、咄嗟に南の顔を見た。すると何とも刺激的な照れて顔を真っ赤に染めている可愛い南が見えていた。 もうそれだけで身体の一部分がざわめき始める。 「ちょ…ちょっと…どうしたんだ南?…何か色っぽい顔して…」 そんな東方の一言に対し、かぁっと照れつつも普段の気の強い南を保とうと必死で怖い顔しようと頑張る南。まさに逆効果なんだけど… 「……お返し……お返しだから、お前の…そのっプレゼントの。いっ嫌だったら別にいいけどっ」 そしてここでようやく事態を把握する事が出来た東方。えらくここまで来るのに長い時間がかかってしまいました。 「えっ…お返しって…俺のあげたやつの?……で、南はままままさか身体でっ!」 信じられない展開のせいか、東方はまだ南を組み敷こうとしない。もう南からすれば一時も早く恥ずかしい時間が過ぎて平穏を求めたいのだ。こんな中途半端に脱いだ状態で放って置かれるなんて後一秒も耐えられなかった。 「お前は!…いるのかっ、いらないのかっ、どっちなんだ!!!」 YES・NOで今度こそ完璧に返答を求めた。東方もそんな究極二択を迫られて、この状況でこう答えない奴がいるのかと疑いながらはっきりと自分の気持ちを伝えた。 「いっいるに決まってるだろうっ!?」 そしてやっと彼は南をベッドの上に押し倒す。ここまで挑発されて引き下がるなんて男のする事じゃない。答えなんて最初から決まっていたけど、ようやく行動に移せたのだ。しかし二人とも変なテンションのままで、どうにも東方は調子が上がらない。一応組み敷いたものの、本当にこのまま美味しい思いを自分がしてしまっていいのだろうか?わだかまりは拭えない。 「え…でも…今日南の誕生日なのに、本当にいいのか?」 この嬉しい悲鳴を上げたくなる状況だが、今日祝ってあげるべき人に不埒なまねを働いて良いものかどうか…東方は何だか罪悪感を覚える。 しかし南は自らの意思を放棄しているのか、ただ行為を推し進める叫び声しかあげない。 「ツベコベ言わずにさっさとしろ!男に二言はない!」 一度こうと決めたら頑固な南だ…今は東方に何を言われても決意を揺るがすことは無いだろう。だから引き返すことなど出来ないのだ。 ―しっ知らないからな南…後で怒るなよ…?― 東方の言い分など聞き入れてくれそうに無い南を前にし、本人がそこまで「してもいい」と言い切るなら、もう素直に従おうと思った。一応自分は先に止めた訳だし、全ての責任は南が引き受けてくれるだろう。 ―でも…今日の学校でのあの質問は…返しの分で悩んでたのか…で俺の冗談を本気に取ったと…あーあーもう。まあ可愛いけどさ…― 据え膳食わぬは男の恥とも言うし、東方は学ランを脱ぎ南と同じように上半身裸となって一つ深呼吸をした後南の頬にキスを落とした。すると南の目がパッチリと開かれる。 「おい…余計なことはしなくてもいいからなっ」 そして至近距離で意味不明なことを吐かれて、正直東方は頭上に?マークを飛ばした。南が言う「余計なこと」に興味を抱いて、少し意地悪な気持ちも含まれていたが聞き返してみる。 「余計なことって何?どんなこと?」 真正面から視線を外さずに南に問いかけた。すると案の定照れてすぐには言い出そうとしない南の表情が見て取れた。だから悪戯感覚で掌を無防備な南の胸元に押しつけてみた、そして指先で突起を転がす。すると過敏に反応した南が勢いよく手を払いのけてきた。 「わっ!だっだからそういうことするなって言ってるんだ!早く済ませろっ」 ここで東方は考えた。南の言葉を聞いていると、つまり下半身だけ触ってろ、という風にしか聞こえない。そんな味気のないもので南は満足してくるのだろうか。 「そう言われてもな…ここ触られるの結構好きだろ?それとも何か?下だけ触ってろって?」 我ながら意地が悪いと東方は感じる、わざわざ声に出して言うほどでもないのに。 「なっ、べ…別にそんな意味合いで言った訳じゃない。もうっとりあえず止めるな!」 状況に耐えられないのか、先の行為を早々と望む南に首を傾げながらも、それでも今日は南の誕生日でもあるので、なるべく言うことを聞いてあげようとも思った。 3へ続く。 |