―誕生日の苦悩―


来る七月三日は我がテニス部部長、南の誕生日。
部内でも密かにプチパーティーでも開こうかと話題にもなっている。
日頃から何かとお疲れの部長だ、自分の生まれた日ぐらいゆっくりさせてあげよう…と。
大きく練習の時間さえ割かなければ、南も悪い気はしないだろう。

そして相方も日々街中をうろつき、南に相応しいプレゼントがないか探し歩いていた。もう明後日に迫っている生誕祭、そろそろ今日くらいには決めておかないと猶予がない。しかし手の抜いたものは当然ながらやれる訳もなく、男の友人(兼深いお付き合い・笑)に選ぶプレゼントの難しさを肌で感じる東方だった。

適当に彷徨いながら、アッと驚かせるような派手な一品はないかとアッチコッチに視線を傾ける。するとある雑貨屋で、最近よくテレビなどでも聞かれるあの言葉が看板に書かれた店を見つける。何となく気になった東方は、恐る恐る店内に足を踏み入れた。そして一角にソレ専用の商品が並んであるのを見つけた。ジー…と眺めながら、イマイチ効果の程は分からないが「面白そうだな…」と興味が持てたソレの値段をチラリと覗き見た。

―うわっ、ただの置き物のくせに高っ!―

見た目よりは遥かに値が高い商品の前で東方は悩む…一応払えるだけの予算はある…が、当初の予算はオーバーだった。しかしある意味南には一番必要なものかもしれないな…と思える商品を目の前に簡単に引き下がれるはずもなく、最後には意を決して男らしく購入を選んだ。もう時間的にも後がないから…

東方は家に帰って部屋でプレゼント用に一応キレイにラッピングされた物を机に置き再びジッと眺める。これを渡すのは実際冒険かもしれないが、他にいい物も思いつかなかったし後悔はしていない。きっと南も最初これを見たときは「ん?」…て顔をするんだろうなあ、と東方はそんな状況を想像する。
でも「ん?」と不思議そうな顔をして首をかしげる南は大層可愛いんだろうなと想像の域を出ないにしろウッカリ悶えてみたり。一体何をしてるんだか。
するとナイスタイミングで部屋のドアが豪快にノックされる。現実に帰って来いと言われんばかりに。

ドンドンドン!
「お兄ちゃん!ご飯だよーっ」
ドンドンドン!

妹の明良(あきら)に呼ばれ、アホな妄想を止めて兄は自己嫌悪を引きずったまま部屋を出るのであった。


そして明後日なんて時間、一瞬の内に過ぎ去り、南の誕生日当日がやって来た。
朝から部室は賑やかで、一年生代表と二年生代表からそれぞれプレゼントを少々照れながら受け取る南、三年は纏めてではなく個々に空いた時間南へ手渡しされている。
ちなみに東方は朝登校時、既に南と一緒だったのでその時渡した。運命の封はまだ切られていない。
すると又部室のドアが開かれて、そこには日頃南に大変世話をかけさせまくっている一応エースと呼ばれる男が立っていた。そして手には溢れんばかりの駄菓子の数々。きっとそのまま南に贈与されるのだろう。

「はい、南おめでとー、オレから精一杯愛を込めて!」

ドチャと半ば無理矢理手渡されて、南はどこか顔が引き攣っている。嬉しくないことはないんだけど…

「あー…どうも。でもお前もレパートリーのない奴だなあ、いっつもお菓子配ってないか?」
誰かが誕生日を迎えると、どこでそんな菓子を大量に仕入れたかは知らないが、持って必ず学校に現れる。そしてその量は到底一人では食べきれない量なので、大概練習後に部員と一緒に食われることになるんだが。まあそんな全員で楽しい時間を過ごせる事はとてもありがたい。むしろそれが千石のプレゼントなのかもしれない。でも確かめたことはないので推測に過ぎないが。

「まあまた皆で食うか、ただし…練習後だぞ?」
貴重な練習の時間はいかなる理由があろうとも割かない真面目な部長、今日も例外なく厳しい声が飛ぶのだ。そんな常に気を張り詰めた南を見て東方は、やっぱりアレをあげて正解だったと一人頷きを見せる。フォローする側も決して楽ではないが、やりがいはある。
「ん?何一人で頷いてるんだ?」
南に微妙に様子がおかしいことがバレていたけど、特に返事という返事は返さなかった。
すると…

「…変な奴」

ボツリと南にそう呟かれて、初めて今自分が虚しいと気付いた東方だった。


そして朝練が終わり、南と東方と千石の三人で教室へ向かっていたが、その途中千石はあることに興味を抱き南に問い掛けた。
「そういえば…東方から何貰ったの?」
部室では渡さなかったから、皆の目の前で開けられることはなかった東方のプレゼント。そこに千石が見逃すことはなく追求してきた。しかし尋ねられた南もあいにくまだ開けていなかったので答えようはなかった。
「え………何?」
なので必然に東方へ疑問は持ちかけられる。

「ん?…あー、まあ見てのお楽しみ…ということで」
何となくこの状況で言い出せなかった東方は適当に上手く誤魔化した。やっぱり口で言うより先に南自身の目で確認してほしかったから。

するとすかさず千石は内容を隠した東方に対し、ついついイヤラシイ目付きにからかうような笑みで口を挟みたくなった。

「何々〜?気になるなあ…そんなに大っぴらには言えない物?あっ!さては、コン○ーム1は…」

ドゴォォンッッ!!

寸分の狂いもなく、南の鉄拳が千石の顔面にクリティカルヒットした。その横で東方もパンチを繰り出す格好で止まっている。どうやら圧倒的に手が出る速度は南に敵わなかったらしい。しかし殴り飛ばしたい気持ちは一緒であった。むしろ東方の名誉の問題でもある。

「そのネタはもういい……千石」

ドスの聞いた声で奴を制した。

※えーそのネタについては詳しく『南への贈り物1と2』を覗いて見て下さい。
ちなみに全く話はリンクしておりません!

「い…痛い…むむむ、誕生日でも拳のキレはちっとも衰えていないなー南。むしろ強烈」
まあこれしきの事で反省の色を浮かべる千石ではないので、何発顔面クラッシュを受けてもきっと精神的には痛くも痒くもないのだろう。ここで変に落ち込まれたら逆に南と東方も困ってしまう。
「当然の報いだろ…千石。あっ、俺本当にそんな物渡してないからな南!」
しかも慌ててこの男も何を言い訳し始めるのか…南は階段で眩暈を起こしそうになった。
「いや……分かってるよ、それくらい。第一何か重かったし」

「あー良かった。でも考えてみれば別に南に渡しておく必要ないもんな、アレ」

ドゴォォンッッ!!

またしても鈍い音が校内中に響き渡った。今度の犠牲者は東方雅美。
千石の時よりも怖い顔をした南がそこにいた。東方は寿命が縮まる思いで、ゴメン…悪ノリした…と南に誠心誠意謝る。でもむしろ今現在の南の腹が煮え繰り返るほどの胸中は…今までお前何回使った試しがある!?ああっ!?、だった。毎回後始末に苦労する南の気持ちも汲んでほしいものだ。
さすがに校内で…しかも千石のいる前では死んでもそんな暴言吐くことは出来なかったが。

「人の誕生日に人を不愉快にさせることしかできないのか、お前らは!」

堪忍袋の緒が切れた南は沈む二人を尻目に、さっさと一人で階段を駆け上っていった。
そして珍しく千石と同じ位置に自分を追いやられ、東方は己のアホな発言に後悔した。
「…で、結局何をあげたのかな?答えまだ聞いてない」
「…なんか、マイナスイオンが発生する置き物」
「へー、いいんじゃない?南のピリピリが治るかも!」
「治ってくれ……」

でもピリピリしていない常に物腰の柔らかい南なんて南じゃない!…ということぐらいは当然承知の上だが。もう少し心に余裕を持って下さると助かると言いますか、身近に置かれた人物はすぐに左右されるので結構大変である。
南に置いて行かれた同士…ちょっぴり友情の芽生えた二人は、共にそれぞれの教室へ向かうのであった。そして別れ際、東方に背を向けたあとで千石の顔が企みモードへと変化する。また一つ…騒動の種を植え付けようと目が本物となる。
さて…どうなることやら。


とある休み時間…忍び足で千石は南と東方のクラスに向かう。そして開いたドアから中を覗き見ると珍しく南の近場に東方の姿は見えなかった。シメシメ…と心の中でこの状況に喜びながら、元々一人だけ用があった南に素早く近づいた。

「やあー、南ーっ」
何やら机にノートを広げて真剣に復習だか予習だか真面目に勉強していた南は、突然正面に机の下から不気味に現れた千石に驚いた。調子良く動かせていたペン先を止められたことに少々不満を見せた南だったが、特に毒を吐く訳でもなく前の席が休み時間の今は持ち主不在だった為、千石に座れよと声をかけた。
「おっサンキュー、いやー誰だか知んないけど悪いねえ、……ところで南さ」
暇つぶしにやってきたんだろうな…ともう予測がついていた南だったが、話し掛けられて数秒後…やけに千石の表情が真剣なものに移り変わっていたから何事かと適当に聞いていた態度を改めた。

「え…、何だよ…急にマジな声出して…」
「実はね……あ、もう東方から貰ったプレゼントの中身見た?」
「え?あー、見たよ…何か置き物だった。マイナスイオンがどうとかこうとか…」

そこまで会話が進み、また千石は難しい顔をしながら黙り込む。あまり聞き慣れない渋い声を上げている千石の様子を見ていると、意味は分からないけど不安が増してくる南、何か気になることでもあるんだったら手早く伝えてほしい。

「えっ、な…何だよ?…何か問題でもあんのか?」
「ん〜〜〜………、いや特に問題がある訳じゃないんだけど……その南が貰ったプレゼント…実は結構値が張る品物なんだよね〜。オレも東方から中身聞いたけど…よく頑張ったなあと感心してたんだ」
「値が張るって…まさか、だってただの置き物っぽかったぞ?それに中学生の小遣いでそんな高価な物なんて買える訳が…」

「まあ信じる信じないは南の勝手だけどね」

心に引っかかることばかり進言してくる千石に、南は気持ち的にスッキリしない。むしろ居た堪れなく感じてしまう。自分が見た限りでは高価そうな物に見えなかったけど、あの千石の言い方…気にならない訳がない。もし本当に無理して購入したのなら東方にどう声をかければいいか困ってしまう。
一度貰ったものはまさか返す訳にもいかないし。

「えっ…ちょ、ちょっと待てよ?いやだって……え?本当に高い物を?」
「あ〜〜商品の前で東方が買うか買わないかで悩んでる姿が容易に想像できるなあ、あー本当は南にもっと喜んでほしかったんだろうなあ…あー可哀相」
「ちょっ!そんな人聞きの悪いこと言うなよ!それに別に喜んでない訳じゃないし、正直何だこれ?と少しは思ったりもしたけど決して邪険には扱ってないぞ!?」

南の必死な食い付きに、東方のことを哀れむ千石はそんな表情の裏で謀を仕掛けるタイミングを計る。見るからに余裕がなくなってきた今の南はその策略にいとも簡単に引っ掛かってくれるだろう。そろそろ時が満ちてきたようだ。

「まあまあ南、落ち着いて…そりゃあ今改まってお礼なんて言えないだろうし、こうなったらお返しでも用意して向こうにもいい気持ちになってもらったら?」
「お返し?プレゼントのか?…でもあいつに何やったらいいのか…そんなすぐに思いつかないぞ。大体俺も予算の問題があるし……」

ここで千石は目を光らせた。種を仕掛けるいいチャンスを南自ら与えてくれた。もう迷うことなく千石はある言葉を口にした。

「渡せる物が思いつかなくて更に予算もない、じゃあ残る方法は一つだけだね」

真剣な千石の態度に普段みたいに強い態度で臨めない南。やはり調子も狂わされているようだ。南は根がとても純粋で素直ないい子なので騙しやすいと言えばそうかもしれない。悪魔な千石の助言に今耳を傾けようとしている。
すると千石は何かを伝える前に、南に対して手を伸ばして…トンッと一度胸元辺りを指で弾いた。南は案の定何も理解はしていない。

「南の身体一つで相手を悦ばせてあげることができるよ。お金もかからないし…いいアイデアだと思うんだけど」

つまり金がなきゃー身体で払えと言う事なのか。悪徳商売人みたいなことを言う奴だ。当然南は真剣に聞いて損したような顔をあからさまに浮かべ、千石を白い目で見つめる。そんな冷めた南の反応に千石は意外そうな声をあげているが。

「あれあれあれ〜?本当にいい考えだと思ったんだけどな…まあ南がそれ嫌だったら相手にさり気なく今何が一番欲しいか聞いてみるといいよ。それなら文句ないだろ?きっと本人も9月の東方の誕生日の件だって勘違いしてくれるって!」

―本人に直接か…まあ頑張れば聞けない事でもないかな…―
千石の新たな提言には好感触を示し(ただし南の心の中だけで)、前向きに検討し始める南。やはり普段から大変世話になっている相方にはもう少し気配りも必要だよなーと色々反省している。今度自分が9月の時に高価な物を買ってやれる保障が全くないので、今の内に心のわだかまりはなくしてしまった方がいい。最悪テニスにも影響を及ぼす。

「あっ話し込んでたらもうこんな時間だ、じゃあ帰るねー南!健闘を祈るよっ」

嵐のように突然現れて周りを荒らすだけ荒し用が済むと離れていく気まぐれ千石台風。そんな台風に見事今回も巻き込まれた南とそして何も知らない東方であったが、この展開の行方はどの方向に進むのか大変興味深いものだった。
呆然と座ったままの南の元に用事で教室を離れていた東方が戻ってきた。南の様子のおかしさに声をかけてくるけど、今はまだ何も尋ねない南だった。ほんの少しだけでも心の準備がほしいらしい。簡単に聞けるものだと頭でも分かっているのだが、どうも話が唐突過ぎてまだ南自身も上手く頭の中が整理仕切れていない。
東方とは同じくラスなのだから、聞く機会くらい簡単に訪れる。次の次の授業は確か移動だったはずなので、その時にでもさり気なく聞けばいいだろう。

「ほら、授業が始まる。席に戻れよ」
「え…あ、うん…戻るけど…」

無理やり押し返すような言い方だったが、東方は少々戸惑いながらも席に戻っていった。これで南はようやく思考タイムに入ることができる。もう机の上に広げたままの中途半端に書き込んだノートは中にしまい込んだ。

そして授業が始まってから、一通り頭の中でシュミレーションを繰り返し、準備万端の状態で時が過ぎるのを待つ。全く授業の内容を聞かない訳にもいかないので後半はノート取りが忙しく思えた。前半サボっていたツケが回ってきたのだろう。
気が付けば授業は終わっていた。ノートはあと少し。
やはり次は移動教室で間違いないらしい、クラスの生徒たちは皆化学の教科書を持って教室を離れていく。南の元にも次の授業の教科書を持った東方が近づいてきた。

「ん?南まだノート取り終えてなかったのか?また何か考え事でもしてたんだろ」

まさに東方の言葉通りだったが、それに対する反応を示すのが何だかおこがましかった。別に怒っている訳でもないのだけど。使わなくて良かった知恵を振り絞られて少々疲労は感じている。

「もう終わったよ、オレらも移動しようぜ」
最後はほぼ走り書きだったが、強制的にノートを閉じた南。机の中から化学の教科書を取り出し席を立つ。気が付けば教室には自分たちしかいなかった。そんなにもたついていたのだろうか?と呆気に取られている南。
でも良く考えてみれば…例の質問をぶつけるには絶好の機会かもしれなかった。下手に廊下で話すより、ここで言ってしまった方がいいかもしれない。
そう考えついて納得できた南は決めてしまったが最後、何も迷うことなく東方に千石の助言を真に受けて返しの件を聞いてみた。

「なあ、お前の…今一番欲しい物って何?」

今日誕生日の人に唐突にそんなことを聞かれて当然驚く東方は、咄嗟に南が納得いく答えなど導き出せるはずもなく、ただ声をどもらせた。
「えっ…いや…えっ欲しい物?…な…何だ急に?別に特にはー…」
何も思い浮かべられない。

「ないのか?」
困る東方に対し南は己の目的のために淡々と話を進めていこうとする。もし「ない」と言われた場合はどうするつもりなのだろうか。
「えー…うーん、急に言われてもなあ…うーん」
南の真意は分からないが東方はとりあえず頭の中に今欲しいかな〜と思えるものを探してみた。しかしどれだけ考えてもこれといった物は見つからない。

―でも南の奴、何でそんなことをいきなり…―

欲しい物が見つからないので、質問に対するふとした疑問を抱く。すると何となくだが、南が何を考えているのか想像がついた。

―あっ今日誕生日で自分がプレゼント貰ったから、9月の俺の誕生日に何か渡した方がいいな…とか思ってるかな?さては…。まだ二ヶ月も先なのに南は本当に律儀だなあ、まあ参考程度にしたいだけかもしれないな―

物事の意味を捉え、あまり深く考え込まない方が良さそうだと気付いた東方は気を軽く持たせた。さすれば心に余裕が生まれ、目の前の必死な南がやけに可愛らしく映ってくる。ここは下手な物を指定するより冗談でかわした方がいいと判断し、一発殴られるのを覚悟で楽しそうに相手へ告げた。

「うん、欲しい物な。じゃあ…「南」がいい」


2へ続く。



え〜まだまだ続きます。長くなりすぎたかも。
しかし裏っぽくないSSでスミマセン(笑)

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