*日常へ帰る*


盤戸高校を卒業して早三年。しかし腐れ縁と言うものは確かに存在して、何故かこいつとは高校時代一等仲が良くなかったはずの男とコータローは同居していた。まあ後半にかけてはそれほど憎い目で見ることはなくなったが。きっと色々まだ子供だったのだろう…精神的に。

同居のキッカケは詳しくは覚えていないが、とりあえず家を出たくて…しかしお金がなくて、その時ちょうど既に一人暮らしをしていた赤羽の所に丁度いいとばかりに転がり込んだのが最初だったと思う。それから結局新しい場所を探しきれなくてコータローは不覚にもここで落ち着いてしまったのだ。くだらない言い争いは未だ耐えないけれど大して気を遣わなくていい事から案外居心地も良かったりする。

だがそんな特異な二人の同居に驚いていたのが高校時代のアメフト部マネージャー沢井であった。今でも繋がりはあってたまに尋ねに来ることもある。今日も急に予定が空いたとか何とかで二人の住処に沢井は遊びに来ていた。

テーブルの椅子に腰掛けながら適当に出された煎餅をパリッと割って口に放り込んでいる、コータローは斜め前に腰掛けて赤羽はリビングのソファーで相変わらず自慢のギターを淡々と弾いていた。

「…何だか未だに慣れないわ…この光景、あんた達が一緒に並んで歩いてるだけでも不思議なのに同居って本当信じられない…上手くいってんの?」

「あ〜?まあムカつく事だらけだけどなっ!俺はだいぶ慣れたぜ」

「だいぶ慣れたって…同居してもうすぐ三年になるんでしょ?息ピッタリじゃない、高校時代のあんたらが想像つかないわね、ていうか何で一緒に住んでんの本当に…」

沢井は首を傾げながら、何度も訪れているがこのすっかりそれなりの年月を共に過ごして一緒にいて当たり前な空気が既に醸し出されてる部屋を逆に居心地悪いとさえ思ってしまう。確かに水と油な二人だったはずなのに…でもそれは今でも大して変わってないはずなのに…幾らお金がないとは言え、あのコータローが赤羽の所に転がり込むなんて尋常でないと感じていた。仲が良いのは当然いい事だが、そういうレベルにも感じられなくて何だか特別な空気さえ流れていて、前からおかしいと頭を捻らせていたのだがこれはもしかしてと嫌な想像に行き着いてしまう。

「ねえ…変なこと聞くようだけど、コータローあんたいつもどこで寝てんの?」

「はあっ!?何だそれ…んなの自分の寝床に決まってんだろ」

「…コータローの寝室ってあったっけ?ここに…」

「っ!………そりゃー…ソファーとか適当に…何とでもなるじゃねぇか」

「へー適当にねえ〜、ふーん…」

「なっ何だよっ!!その意味深な「ふーん」は!!別にやましい事なんか何も!」

「えっそんな事私一言も言ってないけど?やましい事してるんだ」

「ちょっっ!!いやっ別にそういう訳じゃっっ!!!」

突然の沢井による質問攻めでコータローは不自然にうろたえながら、どうも誘導尋問に引っ掛かっているような、相変わらず頭の回転は鈍いようで沢井に言われたい放題聞かれたい放題されていた。しかしここで先程からずっと流れていた赤羽のギター音がふと途切れる。

「……何が聞きたいんだ?」

そんな静かな声だったが確かに鋭く二人の間に届く一言で、沢井は脂汗をダラダラかいているコータローから涼しい顔の赤羽へと視線を向き変えた。

「別に虐めてる訳じゃないんだけど…ちょっとまさか…って気になったから、でも別にそれが悪いって言ってる訳じゃないからね?」

「思いっきり人のこと虐めてんじゃねぇか!!大体まさか…って何の事だよ!!」
けれどコータローの叫びはさらりと二人の間でスルーされる。

「……コータローなら…寝ているが?一緒に」

「ブフッッ!!ちょっっおい!!赤羽っっ」

「っ!…いいいい一緒に??ほっ本当に?えっ毎日一緒に寝てるの…?バカじゃないアンタ!!」

「毎日も一緒に寝てねーよ!!!たまにだったまに!!って…、ハッ!!」

そして自らも認める発言をうっかり零してしまったコータローは口を塞ぐも時既に遅かった。だがまさか赤羽が自分からバラすとは思っていなかったらしくて、一人だけ面白いように混乱している。沢井は何となく予想していた事だったからカミングアウトされた瞬間は驚いたけど、彼女には素晴らしい適応力と理解力が備わっていたのだ。

「お前っ何言ってんだよ!!!」

「もうほぼ気付かれていた、女性は勘が鋭い…」

「どうも。でもまさか本当だったとはね…って、いつから付き合ってるの?」

「付き合ってねーーよ!!!ちょっとほんのたまに寝てるだけだ!!!」

力いっぱい何かに抵抗するように叫ぶコータロー、諦めが悪い。しかしまさかこんな事態を知られてしまってショックなのは理解できる。また相手があの赤羽という事も拍車をかけてコータローを混乱に陥れている。馬が合わない大嫌いで一時は通していた相手なのだ…けれどまさか一緒に寝てるなんて事実、知られてしまって平気な訳がない。またそんな状態になってしまっている事を身体では分かっているくせに頭で一向に認めようとも理解しとうとも受け入れようともしないから、こんなに取り乱してしまうのだ。
赤羽と付き合ってるなんてとんでもない!と。

「……そういうとこは本当に相変わらずなんだ、えっ…いいの、それで?まあ二人がイチャイチャしてる姿なんて想像もつかないけど、そんなドライな関係で」

「さっきから気持ち悪いこと連発すんな!そんな甘い関係になる訳ねーだろ俺らがよ!鳥肌立ってくるぜ、ああーぞっとする!」

「え、赤羽はどうなの?こんな事言ってるけどいいの?」

「…………」

ギャーン!!


『流すな〜〜〜〜!!!!』


まあコータローが相変わらずなら、やっぱり赤羽も相変わらずマイペースで、二人同時に声を揃えてツッコミを入れるタイミングも昔と寸分も狂わなかった。だが余りその手の話には興味がないのか赤羽はもう自分の世界に入り込んでしまって、またひたすらギターを弾き始めている。だから沢井はもう仕方ないとターゲットをコータロー一人に絞った。

「あー篭っちゃった、興味ないのかな、こういうのに」
「別に大した事じゃねーからだろ〜?お前も一々深く聞いてくんなよ」
「でも知っちゃったら気になるわよねーどうしても。で、いつからそういう関係なの?」
「だから聞いてくんなって!!!んなの一々覚えてねーよ!!全部適当だ適当!!」
「適当って…一応一緒に眠る仲なんだから言葉には気をつけた方がいいかと思うけど…」
「だから寝てるだけだ!それ以上も以下もねぇ!!」

「え?じゃあ赤羽の事好きじゃないの?」

テーブルの上でまるで取調べを受けているような厳しい状況にコータローは半まいりながら、沢井との細かいやり取りが続いてどうしても聞かれれば聞かれるほど本心とは遠ざかった返答が口からどんどん飛び出していく。半分自棄になりながら受け答えを適当にしていると、とんでもない質問をぶつけてこられた。
赤羽の事が好きではないのか?と…。
思わずコータローは言葉を止めた。

「ねえ、どうなの?そこのところ…嫌いな訳ないわよね一緒に三年も住んでるんだから、それにどうせコータローが抱いてるんでしょ?」
「っっ!!な、何でんな事分かんだよ……」
「違うの?」
「……まあ、そうだけどよ……て、一々詮索してくんな!関係ねーだろう!?」

「え、好きでもないのに抱いてるの?」

「っっ!!………あ、あんな奴好きな訳、ねーだろ…って聞くなって言ってんだろう!!」

誰にも見られたくない心の裏側を探られているような不快感にコータローはだんだん腹を立ててきて、自分自身にも知らなくて(気付いていなくて)いい事があると割り切っているから、変に本心を無理矢理引き出される事をやめてほしかった。そりゃあ珍しいから聞いてくるんだろうけど自分たちは決して見せ物でもないし変わった恋愛をしてると馬鹿にされる覚えもない。大体それ以前に恋愛をしてるという気が全くない。

「別にあんた達を否定してる訳じゃないわよ、そういうの自由だと思うし他人が口出しする事じゃないって分かってるわよ」

「じゃあ何で聞いてくるんだよ!!!!」

「そ、それは〜…、面白がってるつもりはないんだけど知りたい好奇心はあるのよね?それにちょっと赤羽が可哀想かな〜って…」

男同士の特殊な繋がりを否定してないのは勿論本心だが、沢井の言い分は何故か色々と苦しかった。

「面白がってんだろっ!?大体何が可哀想なんだよ!!あいつのどこがっっ」

「…だって…好きじゃないんでしょ?愛してないんでしょ?強がってるのかどうかは知らないけど。愛もないのに抱くだけ抱いて…可哀想じゃない、この際はっきり赤羽に本当の気持ち伝えたら?いつまでも曖昧なまま続けていられないじゃない」

「なっ…何だよ急に…、ああ愛ってっ!人をスマートじゃねぇ風に言いやがって…別に何も困ってねぇんだから何も言う必要ねーだろ」

「言うのが怖いんでしょ?案外度胸ないんだ…、コータローは」

「何だとっっっ!!ああ、じゃあはっきり言ってやる!!おい赤羽っっ」

そして何だか上手く乗せられたのか全て勢いでコータローは椅子から立ち上がり手持ちのクシを赤羽に向ける。赤羽も名を呼ばれたからか手を止めてジッとコータローの方を向く。さっきまでギターに没頭していたからか、一体どういった流れでこんな状況になっているかは彼は知らない。コータローが何かしら本心をぶつけようとしていた事など。
沢井も「はあ…」と溜め息を吐いて、とりあえずエンジンだけかけさせて後は好きなだけ自分のしたいように走らせる。この三年間は今のような関係で上手くいっていたかもしれないが、やはりこの先は上辺だけの付き合いではその内やっていけなくなる。元々仲の良い方じゃない二人だからこそ余計に。

はっきりさせておくべきなのだ、二人にとっても。


「俺はな、お前の事が…………大っっっ嫌いだあぁあぁあ!!!!!」


そして放たれた言葉は…史上最低の言葉だったのだ。沢井も「え?」と目を丸くして、そっち言っちゃったの?と冷や汗をだらりと流している。コータローはコータローで、そんな今まで何十回と言い放ってきた有り触れた言葉をこの期に及んでまだ成長しないようで、深く考えもせず頭に浮かんだその言葉をすぐぶつけていた。馴染み深い台詞を、自分にとって非常に伝えやすい言葉を選んでいた。

これで日常は何も変わらない。

少なくともコータローはそう思っていたのだ、しかし…


「俺はお前の事が好きだが?」


さらりと赤羽から帰ってきた言葉はコータローが言い放った台詞と全く正反対の言葉だった。その衝撃は核弾頭程の威力があったと考える。コータローは思わず持っていたクシをポロッと手から零して、言われた直後は何も言えず少し経ってようやく驚きを口にした。


「なっ、何ィィィィ!!!!」


だがそうやってただ単純に驚いてる暇もなく、赤羽は次々と言葉を連ね、そして行動に移していく。

「……残念だな」

それだけを静かに言い伝えると、淡々とギターをケースに入れてソファーから立ち上がりそれを肩に担ぐ。それから真っ直ぐ玄関先へと向かい赤羽は靴を履いた。その時ようやくコータローはテーブルから離れて少し相手の近くに寄るけれども辿り着く前に更にもう一言付け加えられてカチンとその場で固まってしまう。

「世話になったな、この部屋はお前の好きなように使ってくれ」

「えっっ!ちょっ……元々ここお前の部屋…だって……」


ガチャン。


そして妙に重苦しい音が鳴り響き、その後辺りは一転シーーン……と静まり返った。

「え…赤羽出ていっちゃったけど……?」

そんな沢井の声を聞いて、ふるふると怒りに震えるコータローは途端息を吹き返したようにまた周りに当り散らし始める。

「お、お前のせいだろうがあああ!!!お前が余計な事言うからっっ」

「ちょっ、余計な事言ったのはコータローでしょ!?大体あれがあんたの本心だったらしょうがないじゃない、遅かれ早かれこうなったんでしょ…悲しいけど」

「あああ〜〜〜!!!もうっっ!!何でこうなんだよ!!変な事言わすからだ!どうしてくれんだよ!」

「大体そんないなくなって困るんだったらさっきちゃんとコータローも「お前の事が好きだ」ってはっきり男らしく言えば良かったのよ!赤羽は素直だったじゃない!!」


「俺だって言われたの初めてなんだよ!!!」


「もうこの二人順序バラバラ!さっさとやる事だけやってんじゃないわよ〜」

様々な要因で相当混乱しているコータロー、勢いで自分が吐いてしまった言葉を聞いてまさか本気で出て行くとは思いもしなかった、しかも普通に好きと返されて…まるで格を見せ付けられたような、ガキのままの自分に打ちのめされる。身体だけ繋がって心も繋がっていたような錯覚に陥っていたのか…

「とっとにかくまだ間に合うんじゃない?そんなに遠くまで行ってないって!ほらっコータローすぐ追いかけないと!!」

連れ戻すなら今しかない、そう思って少し責任を感じている沢井はコータローの背を押すが、何故かあんなに取り乱していたくせにいざ追いかけるとなるといつもの駄々をこねた子供みたいなコータローが未だ健在で何かに邪魔をされているのか一向に追いかけていこうとしない。

「…んな赤羽相手に追いかけるなんてっ…そんなスマートじゃねぇ真似…」

「どっちがスマートじゃないのよ!!強がってる場合!?本気で出て行っちゃったわよっ?」

「それにここは元々あいつが住んでた所だぞ…放っておいてもその内帰ってくんだろ…私物も置きっぱなしだしよ…」

「うわっっ!!もう知らないからね〜っ?赤羽はしっかりギター抱えていったわよっっ!!本当は好きなくせに後で絶対後悔するわよ!!この期に及んでそんな意地張るなんて!」

「だから好きじゃねぇって!!!何度言わせんだよっっ」

「はあ〜、お手上げね。ここまでバカだとは思わなかった…私知〜らない、もう帰るわ…じゃあね」

「ああ帰れ帰れ!!散々引っ掻き回しにだけきやがって!!

既に引っ込みがつかなくなってるコータローだったが、沢井の呆れもピークに達して、さっき赤羽が出て行った玄関から沢井も静かに退出していく。諦めの悪い強情な言葉を背に受けながら、ぼそりと「本当…赤羽可哀想…」それだけを呟いて、また再び重いドアはガチャンとコータローを拒絶する。
そして一人残されたコータロー。

「………まっ、その内帰ってくるだろ、これですぐに追いかけちまったら俺が凄く寂しがってるみてぇじゃねぇか…」

その通りである。

コータローは溜め息を吐きながら少し落ち着いたのか、さっきまで赤羽が座っていたソファーに腰掛ける。ふとテーブルに置きっぱなしの携帯が気になって音が鳴らないかと耳を澄ましてみるけれど音一つ鳴る気配がない。

「まっまあそんな大事に考えなくたってあいつも行くとこねーだろうし、ふらふらいつもの調子で帰ってくんだろ、あー1人は気楽でいいぜ!」

堂々と寛いでやろうと態度も自然と大きくなるが、ふと思い起こされる赤羽の言葉に心揺るがされる。


―俺はお前の事が好きだが?―


「……素で言ってんじゃねぇよ…そんなの反則だろ反則、好きとか…言うな」

だが今度は沢井の言葉もコータローの寛ぎを邪魔する。


―え、好きでもないのに抱いてるの?―

―あれがあんたの本心だったらしょうがないじゃない、遅かれ早かれこうなったんでしょ―

―赤羽、可哀想―


「…ああ〜〜っっもう何だよ!!そうだよ俺が余計な事言ったんだよ!!畜生!!何で抱いてんのかって気持ちいいからだけに決まってっっ…!」


―俺はお前の事が好きだが?―


だが再び赤羽の言葉が頭をよぎり…

「…………あー、クソッ…格好悪ィ…」

コータローは頭を抱え、そのままソファーに寝転び不貞寝する。一度に色んな事が同時に起こりすぎて正直処理しきれない。何だかとんでもない崖っぷちに立たされたような心境だ、けれど焦って今までの日常を取り戻そうとする事さえも戸惑わせて、自身の格好悪さだけが浮き彫りになる。勢いだけで口走った数々の暴言…沢井が怒るのも無理はないし、あの物静かな赤羽でさえ呆れてしまったのか元々住んでいたこの部屋を出て行ってしまった。

でもほとぼりが冷めたら帰ってくる、このまま消え去るなんて有り得ないだろう…とコータローはまだそれが自分勝手な考えだとは気付いておらず、ただジッと部屋を動かずに、帰ってきたら何と言おう…と赤羽が自主的に帰ってこなければ意味のない事ばかりをひたすら考え込んでいた。

だがとうとうこの日は姿を見せることなく…

「……昨日帰ってこなかったな」

行き先はあったのかどこでどうしてるのか気にはなったが、まだコータローも動こうとはしなかった。一日帰ってこなかったくらいどうってことないと気楽に構えて…

けれどこの日もまた赤羽は帰ってこなかった。
根気よくその次の日も家で待ち続けたがやっぱり赤羽は帰ってこなかった。

とうとう赤羽が出て行ってからあっという間に三日が経ってしまった。

そしてさすがにこの事態には効いたのか、コータローも日に日に顔の歪みが大きくなっていっている。そろそろ我慢の限界に到達しつつある顔つきだ。妙にイライラして物に当たり、文字通りコータローは荒れていた。
相手からの連絡も何もない状態で三日帰ってこなかったのは初めてだった、特に束縛し合う関係ではなかったが最低限の連絡くらいは取り合うほどだ。それなのに今回に限り家の電話も鳴らなければ携帯にメールも来ないし当然電話もない、まさに今までにない特異な事態と言えるだろう。

「ちょ…本気で帰ってこねーつもりかよっあいつ!あんな勢いで言ったような事本気で真に受けてんのか!?あんなの昔は死ぬほど言ってたじゃねーか!!」

けれどもう今は昔ではない。
性格も音楽性も何もかも正反対の自分達だが昔ほどそれを受け入れてない訳じゃない、認めていない訳じゃない。寝食を共にして、もうとっくに心の内側では相手の存在を側に置いている。好きとか嫌いとか、きっとそんな次元はとうに飛び越えているんだ。三年も一緒に住んでいて嫌いな訳がない、もしそうならとっくにこの部屋を自分が昔に出ているだろう。

決して気が合う訳じゃない、それでも今まで上手くやってきたつもりだ。

ずっとあって当たり前だったものが突然目の前を消えて、ようやく初めてその大切さに気付かされる。どこにも行く訳がない、この三日間そう思っていたのはただの自分の驕りだ。
昔も一度…失いかけたことがあった、その時はこんな大人な関係は築いていなかったけど、心の底ではどこかであいつが消えてしまうのを恐れていたはずだ、その誰かがいなくなる恐怖を確かに記憶していたはずなのに。

「…ああ〜〜クソッ!!」

そしてようやくコータローは携帯を手に持ち、これ以上は我慢ならないと赤羽宛に直接電話をかけた。今まで何年間もずっと意地を張り続けていた男が頑なだった心を開き始める。


2へ続く。




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