*胸騒ぎの休日* 赤羽は今、不眠不休でとあるデータを集め、そしてまとめていた。 盤戸としては秋季大会は東京大会で惜しくも敗退し、今はオフ期であるはずなのだが、ここにきて赤羽は熱心に働いていた。何故かというと、今年のクリスマスボウルにはあの泥門と帝黒が出場する。両校ともいい意味で悪い意味で盤戸とは関わりを持っていた。泥門は敗退した相手で帝黒は…忘れもしない過去の因縁がある。 だが泥門とは、負けはしたが清清しくもある試合を経て、負けた悔しさはあるが何一つ後腐れはない。また赤羽がアイシールドを託した相手もいる、ずっと関東大会を見守ってきた。特別な想いもある。そしていよいよ因縁ある帝黒と頂点を競い合うのだ。 未だクリスマスボウル負けなしの歴史を持つ帝黒を打ち負かすにはそれ相当の準備も必要だろう。だから赤羽は少しでも力になればと帝黒と元チームメイトたちのデータを収集してまとめている。受け取ってもらえるかは分からないが泥門に提供するつもりだ。 だが先を急ぐあまり少々体調管理を怠り、深刻な寝不足事情となっている。 また、この赤羽の行動が予期せぬ騒動を巻き起こしてしまうのだ。 気がつけば朝を迎えていて、そのまま一睡もせず登校した赤羽を待ち受けていたものは、それはそれは酷く顔を引き攣らせた表情のコータローとジュリだった。 何だそれは、と大そう呆れ顔だ。 何故なら、赤羽の綺麗な赤目の下にはクッキリと大きなクマができていたからだ。 このクマは一晩徹夜したくらいではつかないほどの威力を持っている。 つまり、ずっと寝不足だと証明するものでもある。 「日に日にクマが大きくなってるとは思ってたけど…それは〜…」 「おい、何の調べもんに熱中してやがる?」 「………そんなに酷いか?」 「今すぐ鏡見てこい!そんな面でよく登校して来られるなお前は!!」 「あーあー男前が台無し、ちゃんと寝てるの?」 身だしなみには人一倍気を使って常に清潔感あふれる赤羽がこの事態。さすがに二人もただ事ではないと黙って見ていられない。 「怒らねぇから言ってみろ、何調べてんだよ!」 既にコータローは怒り気味だが、そんなところ一々ツッコんでたらキリがないのでジュリは黙ってる。赤羽は少し考え込んでいる。 「………帝黒のデータをまとめている」 そして致し方なくコータローの質問に答えるために赤羽は、盤戸内NGワードNO.1と知りつつも「帝黒」という言葉を出した。するとその言葉を聞いた途端、みるみるとコータローの表情が怒りに変わる。 「帝黒……だと!?何だとそりゃっテメー!!」 「もう早速怒ってるじゃない!ちゃんと最後まで聞いて。データをまとめてるんだって!泥門に勝ってもらいたいからでしょ!」 ね?赤羽、と同意を求めると赤羽はやつれた顔で一度静かに頷いた。つまり敵討ちだ。 「あー何だ、そういうことかよ、ビビらせんな。そりゃーセナたちに勝ってもらわないとな!何てったって俺たちの代わりだからな!」 うまくコータローも納得させたところで、ジュリはもう一度赤羽の目の下のクマに話題を戻す。確かに泥門に勝ってもらいたいが、その尋常でないクマは見過ごせない。 「でも赤羽、ちょっと急に張り切りすぎじゃない?まだもう少し時間あるんだし、せめて睡眠くらい取った方が…」 「一区切りついた時点で作業は止めているつもりだが、一度にまとめたいと欲を出しすぎたようだ」 「自覚があるんなら休めよ!絶対休めよ!これで明日更にクマが酷くなってたら容赦しねーぞ」 「フー…仕方ない」 「仕方ない…じゃねーよ!!珍しく心配してやってんのによ!!何だその態度はっっ」 「まあまあ落ち着いて、心配するのは珍しいと思うけど赤羽も改善するって言ってるんだから」 どうも早くデータを届けたいという想いが赤羽を駆り立てるのか、疲れ果てている瞳をまだ更に酷使しようとしている。元々強くもないくせに。そこがまたコータローは気に入らないのだが、赤羽もこう見えて頑固である。きっと徹夜はしないまでも作業は急ピッチで進められるのだろう。 「でも本当赤羽は泥門気に入ってるよねー、コータローもある意味凄いけど(ムサシとかムサシとかムサシとか)セナ君っていい子そうだもんね、腰は低いけど関東大会のMVPよ?凄いなあ、コータローも偉そうなことばっかり言ってないで見習えば?そしたらもう少し赤羽と仲良くなれるよ」 「知るか!!!セナはセナ!俺は俺だ!そりゃースマートだとは思うけどよ」 しかし赤羽がセナを気に入っているのは事実で、実際何故かセナは赤羽の携帯番号を知っている。かけているのかは謎だが。こんな睡眠を削ってまで頑張るのもきっとセナがいるからだ、何となくそんな気がする。コータローはそう考えている。すると何故だろう、ほんの少し…癪だ。 とにかくしばらくは様子を見ようと、それ以上赤羽を追い詰めるのはやめた二人。 そして数日が経って、赤羽の様子はというと… 「少しマシにはなったと思うんだけど…クマも薄くなってる気がするし…」 「でも本調子じゃねーだろ、今日つまんねーミスしてるの俺見たぞ、確実に追い込んでるだろ」 「一人暮らしだから何でも自由に出来る限り監視する人もいないもんね…それが仇にならなきゃいいんだけど…」 「そうかそれだ!!監視だ監視!!」 「へ?なっ何?」 だがジュリが問い直す前にコータローはもう行動に移していて猛スピードで走り出していた。また突拍子のことを思いついて実行する気らしい、上手く転んだ例がないのだからそろそろ自重してほしいのだが無理な注文だった。 コータローは一目散に駆けて行った先は資料室で、現赤羽専用ルームと化している。大会敗退後はそこまで使用頻度は高くなってはいなかったが、ここにきてフル活用しているようだ。 「おい赤羽いるんだろう?埋もれてないで出てこい!」 大会前のような資料が高く積み上げられた一室に、パッと見赤羽の姿は見えない。だが声をかけるとどこからともなく姿を現す。 「…どうかしたのか」 「学校でモグラみたいな生活してんじゃねーよ!明日丁度休みだしよ、今日の晩お前んとこに監視に行くからな」 「監視?」 「はあっはあっ、やっぱりここにいた!なに直接押しかける気なの?」 ようやくコータローに追いついたジュリは、一部始終聞こえてきたコータローの声に少々困り顔だ。どうせ迷惑をかけないわけがないからだ。 「俺の目の白いうちは勝手な真似させねぇからな、覚悟しとけよ!」 「…黒いうちだ」 「…黒いうちよ」 「うっうるせぇな!!ちょっと間違っただけだろ!!同時ツッコミすんな!」 こんなとこでうっかりバカを披露してしまい、ちょっと恥ずかしい思いで顔を赤くするコータローだったが、とりあえず監視宣言は出来たので目的は達成だ。きっと休めといったって赤羽は休まないだろうから、直接自分が監視に行ってやるのだ。ありがたいと思ってほしい、とコータローは思っている。 そして放課後― 宣言どおり赤羽のマンションに押しかける気満々のコータローは、学校から直で向かう気でいるようだ。つまり一緒に下校… 「え?そのまま行くの?」 そんな様子にジュリも驚く。というより、直で向かうことに驚きを隠せないようだ。 「一度帰ってからじゃ面倒だろ、こっから向かった方が早いしよ」 「そういうことじゃなくて…泊まりで行くんでしょ?何も用意しなくていいの?着替えとか歯ブラシとか」 そんな鋭いツッコミが真顔で入って、思わずコータローはうろたえる。まさかそんなところツッコまれるとは予想していなかった様子だ。そして痛いところをまさに突かれた。 「えっあーー着替えとかな、そっそんなの適当に何とかするって!ほらっ俺だって一応身だしなみとかには人一倍気ー遣ってるしよ、細かいもんなら持ち歩いてるしな!!」 そう汗をかきながら、必死にいつもの倍以上愛用のクシで髪を何度も梳かしてみせる。大丈夫ですよアピールタイムだ。 ジュリもそんな必死な様子に少し顔をしかめたが、まあ男同士だしいいのかなと思って、これ以上深く言及しないようにした。いざとなれば赤羽が何とかするだろう。でもそれってやっぱりコータローが迷惑をかけるということになるが。 「ふーん、まあ平気ならいいんだけど、本気で迷惑かけないようにね?」 「分かってるって!!俺を信用しろよ、そんなスマートじゃねぇことするかよ、あくまでも監視だ監視、んじゃまあ行ってくるぜ!あっ今日帰らねぇって伝えといてくれよな、頼んだぞーっ」 「ちょっとそれくらい自分で!あっ行っちゃった……んもうっ!」 いくら家が近所で家族ぐるみの付き合いがあるからといって、泊まりの連絡までさせることはないじゃないかとジュリは不満顔だ。でもコータローはさっさと赤羽と消えてしまい、そんな不満ももうぶつけようがない。仕方なしに伝えるしかないようだ。 まあ赤羽といるのにも結構慣れたらしいコータローを見ていると安心したというか妙に複雑というか、でもギスギスされるよりかは断然いいのでこのままもっと互いに歩み寄って友好を深めていってもらいたい気持ちだ。 しかし意外と現実は斜め上をいっており… ジュリの気持ちとは裏腹に、あの二人の関係は既に進みすぎていたのだ。斜め上に。 コータローが泊まりにもかかわらず、何の準備もなしに向かえるのも理由がある。 既に一式赤羽のマンションに置いてあるからだ。しかも結構な量が。 前々から少しずつ増えていって、コータローが持ち帰らないから溜まる一方なのだ。 「あーマジでビビったぜ…いきなりあんなこと言われてよっ」 「………少しは持ち帰ったらどうだ?」 「あぁ!?いいんだよ!どうせまたいるんだし」 というわけで、泊まりも慣れたものである。それもそのはず、二人の関係はとっくに一線を越えている。 「つーか今日は最低でも12時には寝てもらうぞ、明日学校休みだからって夜更かしすんなよ」 「フー……12時か、早いな」 「遅いくらいなんだよ!!!」 一線を越えたとはいえ、やはり音楽性は合わないまま二人はマンションへと向かう。 向こうに着いてからも二人は相変わらずで、コータローは置きっぱなしにしてある私物を確認している。とりあえず脱ぎ捨てて放置したものは全て洗濯されており、日用品なども処分されることなく一角に保管されている。そして歯ブラシは…一々出して直すのが面倒だからと洗面台に置いてあったりする。同棲か。 「あっこの服探してたやつだぜ!やっぱここにあったのか、あっこれも!」 「………」 一々声を上げるコータローに反応することなく、赤羽は赤羽の仕事を始める。時間がないとばかりに食事も取らず作業を始める気だ。これにはさすがにコータローも黙っちゃいられない。 「おい!飯くらい食えよ!!つーか俺の飯は?」 「…台所にあるのを適当に食べておいてくれ」 「インスタント……まあいいけどよ、お前の分も作っとくからな、強制的に食わせるぞ!」 「ああ…」 別に一食くらい抜いても赤羽は平気なのだが、コータローの気が治まりそうにないのでここは素直に返事をしておく。本当は何か作るべきなんだろうが、相手もそれを望んでいるのだろうが、これが終わるまでは何も手につかない。一刻も早く仕上げたい。泥門の為に、盤戸の為に、自分の為に、コータローの為に。 「…泥門もヒル魔とかいんだから対策くらい打ってんじゃねーのか今頃。そりゃー細かいデータがあれば助かるんだろうけどよ…」 「ああ…」 コータローの言い分も分かる。ここで自分が無理をしたところで、どこまで力になれるかは分からない。下手をすれば無駄な努力と笑われるかもしれない。けれどそれでも赤羽は気が済まないのだ、これを仕上げないと。心に決着がつかないのだ。 「まあ泥門が勝ってくれなきゃこっちも困るけどな!まあセナならやってくれるぜ!ムサシの脚もあるしよ」 「ああ…」 「さっきから人の話を本当に聞いてんのかテメーは!!ああ…以外の返事をしろ!」 「ああ…」 ムカーーーー!!!! 思わず3分待たずにカップ麺を渡してやりたくなる。だが結局食べるのが遅れて伸びてしまうオチだろうが。 「……セナ君なら…必ず」 「………まあな」 折角「ああ…」以外の返答をくれたというのに、何となくムカーーーー!!!!レベルが上がったような気がしてコータローはそことなく不機嫌だ。するとそんな様子に赤羽も気付く。 「コータロー?」 「…あんだよ、3分経ったからさっさと食えよ」 赤羽は振り向くも、コータローはムスッとしながら赤羽用のカップ麺をデスクで作業している赤羽のもとに置いてやる。近くで見る赤羽は一時のことを思うとクマはマシになったが、この先また酷くならないとは限らない。そして笑みを作らない顔、そういえば泥門戦後にセナに対して微笑を浮かべていたのを思い出す。 ―…そりゃーセナはいい奴だし偉そうにしないし実力は折り紙つきでスマートだしアイシールドとか渡してたし、俺とは全くタイプってやつが違うよな、俺だってスマートだけどよ― そんなことを考えながら自分も飯にしようと、カップ麺が二つ置いてあるテーブルに戻る。ソファーで寛ぎながら、あちら側でパソコンと向き合う赤羽を見つめる。一応食事も取ってるようだ。 そして見慣れた室内だけど、前に来たときにあんなものあったか?とコータローは破壊されたギターを見つける。ひょっとして何かあったのだろうか。 「お、おい…なんかギターがスゲーことになってるけどよ…なんかあったのか?」 「ああ、少し前にハードロックに目覚めて野球のバット代わりに使用した」 「アホかああああ!!!!」 とんでもない発言に、あのギターを愛してやまない赤羽の行動とは思えずコータローは顔を引きつらせる。しかしこの破壊具合は酷い、意外と壊した後で後悔したのではなかろうか。 「…これ後で後悔しただろ」 「………身が裂かれるような思いがした」 「じゃあすんな!!!物は大切にしろ!!!」 ここで目一杯吼えたところで、一先ずコータローは勘弁してやる。だが野球とは、いつの間に… まあそんなことはさて置き、赤羽の監視だ。今日の目的を達成せねば。 「最低でも12時までだぞ、俺がここでしっかりと見張ってやるからな!一分一秒も見逃してやらねぇぜ!!」 食事を済ませて気合充分のコータローだった。赤羽も返事はしつつ、データに没頭して、確かに誰かが止めないとまた徹夜コースになってしまいそうな勢いだった。 だがまあ赤羽と自分しかいない空間で、ただひたすら監視とは相当暇を持て余すのは目に見えていて、早速退屈な顔をしだしたコータロー。 そして…… 「かー…」 しばらくすると気持ち良さそうな寝息が赤羽の耳に飛び込んでくる。何となくこうなるんじゃないかと予想はついていたが、予想よりも随分と早くコータローは脱落した。 「フー、まだ10時なんだが…」 長らく放っておいたせいで、退屈と睡魔に勝てなかったのだろう。このまま寝かせておけば風邪を引くと赤羽は毛布を取り出して、ソファーで眠るコータローにそっと掛けてやる。自分はあともう少し眠るわけにはいかないと再び作業の開始だ。 そして寝息を聞きながら、赤羽はふとこう思う。 ―そういえば、泊まりで何もしないのは初めてだな…― そんなことを考えていた。だが特に決まりがあるわけでもないので、たまにはこんな日があってもいいだろうと赤羽は特に気にせず作業を続ける。あのコータローが黙ってジッとしていたのだ、監視が目的とはいえ随分と進歩したものだなと感心した。 だがもう気持ちを切り替えて、本格的に集中し始めた。あまり遅くならないように気をつけようと心掛けて。 そして時間は過ぎ… 12時を回っても赤羽の手は止まらず、1時2時と本人の知らぬ間に刻々と過ぎていく。これはコータローが起きていたらお目玉だ。 だが3時を目前に、赤羽も相当疲労が溜まっているのかここで強烈な睡魔が襲い、そのままパソコンを目の前に瞼を閉じて首が頭を支えきれず……陥落した。 そして朝を迎え― 先に目覚めたのは、当然先に落ちたコータローだった。 「うわっやべ!今何時だ!!」 思わず飛び起きて、外が既に明るいのを知る。パッと時計を見れば朝の9時。何時に落ちたのかコータローは分からないが、随分と長い時間熟睡していたのだと知る。そして冷や汗を垂らした。 「そうだっ赤羽は!」 肝心なこともようやく思い出して、昨日座っていたデスクを見る。すると見事にそこには赤羽の姿があり、そのまま眠っていることから、どうやら作業の途中で寝入ってしまったのだろうと予測はついた。つまり夜更かししていたわけだ。 「あのヤロー…っ、人が昨日あれほど!!」 腹を立てたコータローはズカズカと赤羽のもとまで歩み寄り、すぐ側で立ち尽くす。ジーッと恨めしそうに見下ろして、でも寝ているだけマシかと思ったりもする。自分もうっかり眠ってしまったことだし、偉そうなことはあまり言えない。そして折角眠ってるのだから起こしてもいけないとも思う。つまりどうしようもできない。 「畜生〜〜、12時には寝かせるつもりだったのによっ」 目の下のクマはそんなに酷いようには思わないが、きっと疲れ果てているのだろう赤羽の寝顔は本格的に眠りに落ちているのだと分かる。まるで警戒心もないし、完全に無防備な寝顔だ。 「………あっそういえば何もしてねーな…」 ふとコータローも思い出す。 人の気も知らないで気持ち良さそうに眠っている赤羽を見ていると、ほんの少し引き込まれてしまいそうだ。本当に整った人間離れした顔をしている、これで目を開けたらあの赤瞳が自分を見るのだ。正直興奮してしまう。 けれど赤羽は普段何を考えているかさっぱり分からない、以前に比べて距離は随分と縮まったが分からないことだらけだ。抱こうとすれば拒まないし、一度もはっきりと拒否されたことはない。それは関係が未熟だった最初の頃から変わらない。気が向く向かないくらいは態度で示されるが。 「…ちっ、いつまでもそんな顔して寝てやがると襲うぞ」 そんな心の声が表に零れた瞬間だった。 「好きにすればいい」 すると、まさか目の前の人物から声が聞こえてくるとは思わなくて、完全に油断していたコータローは思わず後ずさる。こんな不意打ち、赤羽にはよくあることだが実際受けると毎回心臓に悪い状況に陥る。 「おお起きてたのかよ!!あんなスースー寝てやがったくせにっっ狸寝入りか!!こんなところで寝てないでさっさとベッドで寝ろ!」 狸寝入りなのかどうかは分からないが、確実に寝入っていたはずなのに赤羽の感覚は鋭いので側に寄って来て言葉を発したことから目を覚ましたのだろう。コータローも焦りながら言葉数が多くなる。そして赤羽の言葉に対する返答をした。 「好きにしろって…んな簡単に、誰にでも言ってるのかよテメー」 するとその瞬間、赤羽は僅かに頭を揺らしピクリと小さな反応を示した。コータローは気付いていなかったようだが。 「俺があれだけ言ったのにまた夜更かししやがって!まあ俺も寝ちまったけれどよっ」 調子よく口のエンジンが掛かってきた時に、不意に赤羽が立ち上がる。突然でかなり驚いたが、一応目は覚ましたらしい。あのまま寝かせておいた方が良かったのだろうか?と後の祭りだ。しかし赤羽は何も言わず、そのままコータローを素通りしてどこかへと向かう。 「えっおい!?起きんのかよっ?それとも寝るならちゃんとベッドで…!」 「寝るさ、寝室で」 「…ああ、そうかよ…」 寝惚けてるのかと思いきや、意外と返答ははっきりとしていて拍子抜ける。とりあえず寝てくれるようで一安心だが、もう寝飽きたコータローはまた退屈だ…と思いきや。 「……帰ってくれないか」 赤羽からそんな言葉を掛けられて、思わずコータローは全力で「はあっ!?」と叫んでしまう。確かに冷静に考えれば部屋の主が眠るのに自分がいれば邪魔になる、しかしそれでも朝からそんな突き放すような態度にコータローは耳を疑った。 「ちょっなっっ、何だよ急に!」 けれど無表情の赤羽は淡々と眠る準備をしていて、コータローを見ない。これは相当疲れているのか、それとも… 何だか無言の圧力を受けてコータローはとても居た堪れなくなった。まさに帰るしかない状況に。 「わ…分かったよ!帰りゃーいいんだよ帰りゃー!お前もしっかり寝ろよ!!じゃあな!」 赤羽が寝室に向かうのと同時にコータローも玄関に向かい、互いに同時に部屋を出る。一応そのまま眠りにいったらしい赤羽を思って、以前に貰った合鍵で玄関を閉めておく。しかしどうにも腑に落ちなく、朝からスッキリしない。何を機嫌を悪くしているのか、さっぱり分からないし表情からは冷たいオーラだけで何も読み取れない。 「………先に寝たの怒ってんのか…?」 本当によく分からなくて、でもこれ以上考えたって仕方ないとコータローはマンションを離れた。足取りは妙に重く、まるで役に立たなかった自分だけに文句を言う気にもなれない。また休み明けになれば何事もないように進むはずだ、そう思って一人家に帰っていった。 そしてその頃マンションでは… ベッドで横になった赤羽は眠ろうにも何故か眠れず、追い出した手前何とか眠りにつきたかったが胸騒ぎを覚えて落ち着けなかった。 「………」 少し頭を抱えるようにして溜め息をつく。随分と意地の悪いことをしてしまった自覚はあるようで、そんなある意味感情的な行動を取ってしまったことは恥ずかしくもある。けれど妙に頭の片隅が冷めてしまって、率直な気持ちを口にしてしまった。 ―まさか弦に触れたというのか…この胸騒ぎは…― 赤羽本人も摩訶不思議な感情に振り回されているようで冷静な脳では納得がいっていない。きっといつもの勢いに任せた発言の一つだというのに、何故それをあえて深く拾い上げて思考を占めてしまうのか。深く気にするだけ無駄だと思うのに心が妙に寂しい。妙に哀しい気分になる。妙に…虚しくなる。 「…眠ろう」 全て忘れて今は眠ってしまった方がいいと判断する。元々一つのことに意識が集中すれば、どこまでも奥深く思考を張り巡らせてしまう。頭が良い分余計な推測や詮索を赤羽は始めてしまうのだ。なので潜在的に深く浅くを分けなければいけない。それに振り回されてしまうのは赤羽の音楽性ではない。 目が覚めれば、いつもどおり冷静な自分を取り戻せるだろうと。 コータローも赤羽も何かがおかしいと心に引っ掛かりを覚えながら、休み明けを待った。 だが…… 「…よ、よう」 朝、赤羽を見かけて、何となく昨日の今日だしと恐る恐る声を掛けてみたコータロー。 すると… 「…おはよう」 そしてスタスタとどこかへ去っていく赤羽。その瞬間杞憂が杞憂でなくなり、コータローはあからさまに驚く。思わず隣にいたジュリに同意を求めたほどに。 「なっなあ?なんかアイツ変じゃないか!?」 「そう?別に普通だと思うけど、どっちかと言うとアンタの方が変だったよ?なに?やっぱり迷惑かけたの?」 しかしジュリは特に違和感はなかったと言う、それだけでコータローは拍子抜けだ。どう考えたっておかしい、と自分は確信を持てるのに。 「べっ別に迷惑なんか…、そんなスマートじゃねぇこと俺がっ」 「の割には焦ってるように見えるけど?ひょっとして監視するつもりが先に寝ちゃったとかいうオチじゃないの?それか暴言吐いたとか」 「さ、先になんか寝るわけねーだろう!?何しに行ったんだよ俺、大体暴言とか、何が暴言なのかよく分かんねぇよ!!」 これは明らかに嘘なわけだが、知られてまずいことは誤魔化して黙っている。暴言とやらも、どうせいつもの調子で色々吐き出したりはしたが今更だし、コータローには赤羽の異変の原因がよく分からなかった。本当に自分が原因なのかも怪しいが、でも泊まる前と後では纏ってるオーラの色が違うような気がする。 ―なんか…素っ気ないっていうか…、澄ましてやがるのはいつものことなんだけどよ…それでも冷たいような…― ちょっと会話しても、当然無視はされないが、やはり素っ気なく感じる。正直いい気はしない。ほとぼりが冷めるまで…とよく言うが、そんなのんびり待てる性分でもない。さっさとスッキリさせてしまいたいのに、オーラで拒絶されている。そんなのは関係ないと言わんばかりに踏み込むのは得意だが、昔みたいに無理に抉じ開けるのもナンセンスだ、なんてコータローは思ってしまう。 でもコータローが感じる違和感は確かなもので、赤羽だって自覚のあるものだ。少し眠ったくらいでは取り除けなかったらしい。それどころか精神が蝕まれるような嫌な感覚を彼は覚えていた。コータローを見ているだけで心が軋む。大人気ない態度を取ってしまってると自分を責めもする。 けれど余程ショックだったのは隠せない事実で、やはり赤羽はコータローのあの言葉がショックだったのだ。ただ単純に。認めたくないのだろうがそれだけのことなのだ。 「………そんな風に見られていたのかな、俺は」 ぼそりと資料室で呟いてみても虚しい、軽く流せなかったところを思うとどうやら重症なのは自分の方なのだと認識せざるをえなくなる。ギターから奏でられる音も詰まる、自分の中で警告音が鳴り響く。これは非常に危険な事態だ、思わず表情が険しくなるほど内面の強さを求めようとする。 こんなにショックを受けてしまうほど自分は… そう思うだけで頭を抱えたくなる。こんな感情を制御できないなんて危険すぎる。コータローも気付いてしまっている。 ―……このままでは…ダメだ、どこかでセーブしないと― 歯止めをかけたくて自然と身体がコータローを拒絶する。こんな些細なことで振り回されるのは計算外だ、基本どんなことでも冷静に受け止められるのに。 しかしコータローにあんなことを言われるような態度を取っていた、と言うよりかは、そう見えてしまっていた…とも考えられ、感情表現が表に出ないことがそんな誤解を与えていたようにも思える。必ずしも自分に非はないとは言い切れない。 コータローに昔よく冷たい人間だと告げられたことがあったが、今でもその印象のままの自分を見せていたのか、まるで信用がないのか、それとも… 「………フー、こんなに傷つけられることもあるんだな」 特別な感情を抱きすぎると、予期せぬ事態に対処できないのだ。それ以前にそんな自分もショックであり、これ以上は先行きに不安を感じる。平静でいられないのなら続けることはできない。いずれ離れることは頭で理解しているつもりだ。 ふと廊下から窓の外を見ると、校内で二人が歩いてる姿を視界に映す。この光景はとてもよく見かけるものだ。ずっとこうであってほしいと願う赤羽は、今行き過ぎた自分の感情にNOを突きつける。些細な言葉で傷ついてしまう脆い自分を危険視する。哀しむとはよっぽど依存していた証拠だ。これではいけない。 『誰にでも言ってるのかよ』 ふと投げ掛けられた言葉を思い出す。随分と動揺してしまったが、失礼極まりない言葉だ。 「……甘く、見られたものだな…」 心外この上ない台詞だが、きっと相手は深く考えてはいない。自然と出たもので、普段からそんな印象をやはり与えていたのかもしれない。 だか急に腹立たしくもなってきた、しかし感情的になればなるほどセーブできていない証拠で、このままではいけないと改めて考えさせられる。おかげ様でデータのまとめも思うように進まない、気を取られすぎたのだ。 いっそ冷酷なまでに引き離した方がいいのかもしれない、赤羽の思考はその方向に傾き始めた。今までの自分を保つためには一つ決断をしなければいけない。 赤羽は決意の元、早速行動に移し始める。先程までは憂鬱が故に起こしていた事態を、今度は敢えて自分自身の意思で遂行するのだ。 そして当然、赤羽がそうすることによって納得しない男もいるわけで… 2へ続く。 |