*胸騒ぎの休日−2−*


一日経っても二日経っても違和感が全く拭えない。むしろ日に日に増えていく、相変わらず話しかけても無視はされないし答えてはくれるのだが、あまり視線を合わせてはくれないのと、視線が合ってもどこか冷たい。というより冷めている。日に日に冷めていっている。

「おい、何だよこの前から!!どっかおかしいぞお前っ」

「…そうか?睡眠はなるべく多く取るようにしているが、何が不服なんだ…」

「何もかもだぜっ、あからさまに態度変えやがって!分からないとでも思ってんのか!!」

資料室で言い合う姿はいつぶりだろう、いい加減堪忍袋の緒が切れたコータローが乗り込んできたのだ。普通を装う赤羽に突っ掛かる。誰に聞いても赤羽の様子が特に変わったと思うものはいない、しかし逆に考えればそれはコータローだけに態度を変えていると位置づけるもので、決して勘違いではないと食って掛かっている。

「……そんなにおかしいのか、今の俺が…」

それは上手く取り繕っているつもりでも騙しきれていないことに対する率直な感想でもある。やはり随分と表に出てしまっているのだろう。まあそれも当然である、赤羽は戻そうとしている。

「テメーの胸に聞いてみろ!」

そしてコータローは勢いに任せて、赤羽のネクタイを掴む。それを力ずくで引き、こちらを振り向かせる。すると赤羽は少々驚いた顔をしていたが、すぐに冷めた表情に戻された。そして顔を逸らし、コータローの手を離させようとする。

「なに嫌がってんだよ、随分と余裕ねー態度取るんだな!?こっち向けよ」

「………離してくれ、お前と触れ合う気はない」

「はあ!?」

今度はコータローが面食らう番だ、赤羽から告げられる言葉の数々に。

「コータロー、もう部屋には来るな」

「何だそりゃっ」

部屋とはマンションのことを指しているのは互いに理解している。

「いや、正確には来てもらっても構わない、だが……もうお前と身体を重ねるつもりはない」

つまりピリオドだ、これは二人の関係に対する…
けれどコータローは取り乱すことなく、意外と静かに赤羽の言葉を聞いていた。
どうやら本格的に呆れているようだ。
しかし頭にきていないわけでは決してない、目が鋭い眼力を放っている。

「ほーー、じゃあ誰とするんだよっ」

そんな挑発的な言葉を吐き出した。コータローが至極腹を立てているのは一目瞭然で、そして勿論赤羽も目に見えぬところで傷ついたのは言うまでもなく…
赤羽はそんな二度目の屈辱の言葉を吐き捨てられて、思わず射すような視線をコータローに向ける。そして手が自然と震えた、そんなことがあるわけがないのにコータローはまたしても赤羽を侮辱する。けれど動揺している自分が一番怖ろしかった。

「……なんだよ、やんのかよ。つーか一方的にンなこと言われて俺がはいそうですかって言うと思ったのかよっ、大体部屋に来んなって合鍵渡したのお前だろ?はっきりお断りだ!!」

「ならば返してもらおうか」

「俺は一度貰ったもんは返さねぇよ!ふざけんな!!」

「それでも俺にはその意思はない、お前が何と言おうと」

そこまで赤羽が発言すると、一時的に場は静まる。当然合意の上で行われていた行為だから、片方が拒否するとなると力ずくで押し切らない限り必然的に行われることはない。そこまでコータローも落ちてはいない。

「…ああそうかよっ、でも俺は納得しねーからな!?鍵も返さねぇ」

「鍵は好きにすればいい、話はそれだけだ…作業に戻る」

そして再びコータローから視線を外し、目の前の資料に集中し始めた赤羽。一方的に突き放されたコータローは未だに不機嫌は治らないが、このままここにいても仕方ないと判断したのか無言で足音をわざと大きくして去っていく。
またしてもスッキリせぬままコータローは歯痒い思いをすることになるのだ。

そんなケンカ別れとも取れる直後から、二人の様子は以前のように激変する。正しくは赤羽は淡々としているがコータローの態度が非常に分かりやすく、いかにもキれてる風に行動する。この事態にはジュリもビックリだ。

「ねえ…何事?どうしたの急に、ケンカでもしたの?」

「別に!」

「いいわよそんな時事ネタ使わなくても…なんでギクシャクしちゃってるの?あんなに上手くいってたのに〜」

「別に俺が怒ってるわけじゃねーよ、向こうが変な態度取るから俺が腹立ってるだけだぜ、だからあっちが悪い!」

「…ケンカしたんだやっぱり…、でも余計なこと言っちゃったりしたんじゃないの?そんな赤羽が急に態度変えるなんて理不尽な真似ありえないもん」

どうもジュリの言い方だと赤羽に分があるような言い方で、そこが既にコータローは気に入らない。これでも結構我慢した方に思えるから余計に。

「何だよ俺が悪いって言うのかよ!理不尽なこと言われたのはこっちだぜ!」

だからつい勢いでそんなことを言ってしまったが、これでは次の質問は分かりきったもので…

「何言われたの?赤羽に」

「えっあっいやっ、まあ色々だよ色々!男同士には…色々あんだよ!」

案の定ジュリからのツッコミが入り一瞬焦るが、とてもじゃないが言える内容ではないのでここは誤魔化すしかない。いくらバカでもここでぶっちゃけトークは出来ない。

「ふーん…まあ言いたくないならいいけど、早く仲直りしてね。まだまだ力合わせてやっていかなきゃならないんだし」

「わっ、分かってるってそれぐらい!スマートに解決だぜっ」

とは言いつつ、正直打開策などコータローにはまるでない。むしろこうなってしまった原因が分からない以上どうしようもない。赤羽は相変わらず心を閉ざしっぱなしで泥門のために帝黒のデータを集めている。合鍵は意地でも返さなかったものの使う機会はない。お手上げと言えばお手上げだ。けれど何故だろう、腑に落ちない点が多すぎてまるで諦める気にはなれない、もうセックスしないと宣言されたのにだから何だと反発心が強く出る。別にセックスだけがいいから一緒にいた訳でもない、だからそう思うのは当然の流れだろう。

―なのに何だよあのヤロー、俺が捨てられたってかぁ〜!?冗談じゃない!それともマジで他に誰かいるってかぁ?あーとにかく腹立つ!―

「心配してるんだからねー、変な意地だけは張らないように」

「それあっちにも言えよ」

「それはー…言いにくいかな?でも男同士の問題なんでしょ?だったら私が出る幕なんてないじゃない」

「…はあ、何かまたイライラしてきたぜ、今日どっか寄って帰ろうぜ〜金あんまねぇけど」

「まっ気分転換にはいいかもね」

こうして二人のすれ違いな日々は続く。
コータローがジュリと気分転換している間に赤羽は資料室でデータに没頭したままたまにギターで心を癒している。赤羽が望んだ形がここにはあるのだろうけど、二人はまだ何も決着がついていなかった。未だ相手のことを気にしているのはお互い様である。

心からコータローを追い出すことで何とか冷静さを取り戻したい赤羽だったが、未だに成果は現れずコータローも随分としつこく食い下がってくることもありあまり上手くはいっていない様子だ。しかし一度決めたことを翻すことはなく、コータローとは距離を取り続けている。あれだけ一方的に突き放すような発言をしたのにコータローの自分を見る目は全く力が失われていない。時折情熱的な視線を送られて心を揺すぶられることもある、どこまでも自分に対する影響力を持っている男だ。

―もう以前の互いの関係に束縛されず、友人として接し合うことは可能ではないのか?何故執着する…切り離そうとはしない?―

マンションに帰って部屋に一人資料の山に埋もれていても作業ははかどらず、いつまでもコータローのことがネックになっている。
しかし執着しているのは赤羽も同じで、ギターの音が微かに乱れている。他人から見れば気付かないかもしれないが、確実に戸惑いを表現していた。

落ち着こうとリビングのソファーで寛ぎコーヒーに口を付けてみても胸騒ぎが起こるだけだ。しかし何の胸騒ぎだろう、今夜は妙な感じがする…

「………何だ?」

不可思議な感覚に赤羽が首を傾げていると、その時突然部屋中にピンポーンとインターホンが鳴り響く。時計を見てみると夜の8時、宅配便か?と赤羽は席を立ちドアの向こう側にいる人物をモニターで確認する。すると…

「…!、コータロー…」

思いも寄らぬ人物がすぐ部屋の外まで来ており、赤羽は少し動揺する。すぐにボタンを押すことが出来なかった。しかしモニターの向こうのコータローが口パクで「開けろー」と言っているのが分かる。とりあえずは話を聞いてみることにした。

「…コータロー、こんな時間にどうかしたのか」

「おっ、やっと出やがったな?早く開けろよ、別に出入り禁止になったわけじゃねぇんだろ?」

「…ああ、分かった」

そして妙に落ち着いた様子に思えるコータローを招き入れるために玄関へ向かう。手動でなくても施錠は開けることが出来るが、何となく直接ドアへ向かう。

「よう、元気か?」

ドアを開けると第一声がそんな言葉で、赤羽は無表情で「入れ」とだけ答えて、先に部屋へ上がる。続いてコータローも上がってくるが、相手は何だか妙に気分が晴れているような印象だった。自分だけが重苦しい空気を纏っている。

「で、どうかしたのか?」

「とりあえずコーラ、何かノド渇いたぜ」

「………分かった」

「あーもう気持ち悪いくらいに食いすぎたぜ!おかげですっからかんだ!今月はもうどこにも行けねーな」

何だろう、随分とコータローの雰囲気が以前のように戻っている。確かにギクシャクしていたはずなんだが…赤羽は突然の切り替わりに少々混乱する。だがようやく理解してもらえたのかもしれない、と思うとホッとするようなそうでないような。

「どこか寄ってたのか?」

「まあな、なんかフラストレーション溜まりすぎて気持ち悪かったからな、でも気分転換したらちょっとはスッとしたぜ〜」

そのフラストレーションを溜めさせた原因である赤羽の前でコータローはよく喋る。全く遠慮がないようだ。けれどこれだけストレートな物言いをされると、赤羽も少し気分が楽だ。

「………何故ここに?」

「来ちゃ悪いかよ、グタグタしてんのが嫌だったから来ただけだ!少しは腹割って話した方がいいだろうと思ってな!」

「…そうか」

もしかしてコータローは開き直ったのかもしれない、気分転換をしてリフレッシュした後にジッとしていられなかったのかもしれない。色々有り余ってるようだ。

「そのーなんだ、えーっとな………俺なんか言った?」

そしてあれだけ自信に満ちていた態度を取っていたコータローなのに、本題に差し掛かると妙に控えめで低姿勢で…少し赤羽は面白く感じた。笑いはしなかったが。だがそんなことで気を取られる訳にもいかず、本題は赤羽にとっても多少の緊迫感は感じるもので、ここは真面目に答えた方がいいのだろうと思う。いつも真面目だが。

「………もうそういった問題でもない、俺自身の問題だ、何も気に病むことはない」

「おいおいおい、それで納得できるかよ、もう…ってことは最初は俺が原因だったんだろう〜?なんかまたグチャグチャ考えてんじゃねぇのかよ、そのー俺だってな、結構勢いで色々言っちまうことがあるからーそのー、深く気にすんな」

実際なんか言ったか思い出せねぇしよ…とコータローは続けた。

確かに最初あの台詞で赤羽は多大に傷ついてしまったが、時間が経つにつれ、そんな多大に傷ついた自分が特に許せなくなっているのだ。まるでそんな些細なことに敏感に反応して、随分と一人の男に執着してしまってる自分が。
もっと大人であり続けなければいけない、と思えば思うほどコータローへの想いは足枷になっている。

「ただ俺の本心で幕を下ろしたいと言ったら?」

冷たいようだが、深く踏み入った二人の関係を改めたいという意味が込められている。発端はコータローでも、そうすることを決めたのは赤羽自身だ。

「前触れもなくいきなりそんなこと言い出すってのがおかしいっつってんだよ!勝手にテメーが幕下ろしたいんなら俺だって勝手にさせてもらうぜ、幕なんか知るかっ」

「お前が何と言おうと、俺の意思は変わらない。もう終わりにした方がいい…」

「だから勝手なこと言うな!!まっお前が嫌っつーなら俺だって大人だから無理強いなんかしないけどな、大体終わりって何だよ、どっから始まってんだよ!」

コータローも鋭く指摘をして、確かにどこから始まって今がどういう状態なのかも曖昧だ。赤羽もそれに関しては思うことがあるのか、質問には答えられない。

「とにかく今日はもう遅い、早く帰った方がいい」

「またそうやって人を追い出そうとするだろ、何にも話ついてないぜ?まっ焦ったってしょうがないけどよ、俺をここに入れるってことは別に一緒にいんのが嫌になったって訳でもないんだしな、荷物はまだあそこに置いとけよ」

「持って帰る気はないのか?」

「勝手に処分したら怒るからな!?どうせいるもんだしな」

「フー…困ったものだな…」

「言っとくけどそれ俺の台詞だからな!?困った奴はテメーだ!!しょうがねぇから今日は帰るけどよ、これで終わったと思うなよ?俺は相当しぶといからな」

そう言うとさっさと玄関まで歩いていき、意外と素直にコータローは帰り支度をする。別に留まってほしかったわけじゃないが、聞き分けのいいコータローというのも随分と慣れない。また俄然諦める気もないらしく、思わず赤羽は帰っていくコータローの背中に問いかける。

「…何故、そこまで…」

しかしコータローは返事をすることもなく、一瞬立ち止まったことから質問は聞こえていたのだろうけど敢えて返答しなかったように思えた。そのまま背を向けたまま手を振って、じゃあな、とだけ言って扉の向こうに消えていく。赤羽はその背中を見つめながら相槌だけを打って、再びリビングへと戻る。空のグラスをキッチンへ運んだ。

洗い物を済ませながら、嵐のようにやってきて嵐のように去っていったコータローを思い浮かべる。随分と饒舌になっていたようで、あのコータローとのやり取りは少し懐かしくもある。それだけ最近は険悪なものになっていたというわけで。噛み合わないが会話が出来ただけ進歩かもしれない。逆に少しでも話したほうが気持ちにもゆとりを持てる。以前に戻せるのではないかと思う。

しかしこのまま何事もなく過ぎていくことはなく、コータローのあの様子ではしばらく見逃してもらえそうにもない。

最後の質問だけ何故答えなかったのか、気になる点ではある。

「………」

ひょっとして…嬉しかったのかもしれない、とどこかで思っている自分が存在している気がする。何もかも不確かだが、妙に思考が進む、脳が活性化している気がする。今日突然尋ねに来てくれたのが、そんなに嬉しかったのだろうか?会話も成り立って安心しているのだろうか。

「分からない…」

抱いたことのない感情が赤羽を苦しめるのだ。

理屈が通用しない。



それからもコータローは学校でも無駄に突っ掛かってくるようになり、マンションにはまだ顔を見せなかったが、幾日か経った今一見他人からすれば関係は修復されたように見えるかもしれない。

些細なことで口を挟んできては赤羽が溜め息をつき、赤羽が資料室で最終段階に入っているデータを纏めていれば乱入し、身体を重ねない以外は案外と上手く回っているようにも思える。だが結局のところは赤羽もコータローも変わっていなくて、それぞれが取る態度は一貫している。平行線とも言う。

「でもクマがまだあるな…夜更かしすんな夜更かし!」

「だが以前に比べると余り目立たなくなっただろう、この程度なら気にはならない」

「なんだよ、せーせーしてグッスリ眠れるってか〜!?」

「?、ああ…確かによく眠れるな」

「このヤロー!!」

漫才風の会話が弾んでるようだが、赤羽がよく眠っている理由は考えることを止めたい気持ちと、あと直接的に眠りを妨げる人物を拒否したことが挙げられる。最初の理由は気付きもしないだろうが、後半の理由は何となく思い当たっているようでコータローも声を荒げている。

―このままでいられたら…何の憂いもない―

赤羽は少し安心しているようだ。
友人として周囲から不安げな目で見られることもなくなり、そういった意味でコータローを遠ざけることにより平静は保たれて、深く口を閉ざすこともなくなり、コータローは変わりなく資料室を訪れる。
そろそろ慣れてきたのかもしれない、お互いこの状況に。

もう少し時間が経てば、きっと上手く時間は回ってくれる。

忘れることが、出来るような気がする…

そんなことを赤羽はギターをいじりながら、目の前に置かれた資料をまるで赤瞳に映さずに、心に強く思い描いていた。
けれども…

「おい、赤羽」

不意に現実に戻す声が響いて、我を取り戻した赤羽は何の憂いも抱かずに、その声がした方へと振り向く。

すると何故だろう、至近距離にコータローの顔が見える…そう思った瞬間にはキスをされていた。

「………」

それは一瞬で離れたけれど、赤羽は静止することで動揺を見せまいとした。自然と相手を見つめる赤瞳に力が篭る。

「…どういうつもりだ」

ようやく吐き出せた言葉も、低く響いてまるで相手を威嚇するような声音になる。
コータローはコータローで赤羽から離れた後も近くに身を置いたまま真顔で、全く悪気のない表情をしている。

「別に…。何か今お前がスッゲー良からぬ事を考えてた気がしてな、ただの勘だけどよ」

「……触れ合う気はないと言ったはずだが?」

「はっ、キスなんて挨拶みたいなもんだろー?なに怖い顔してんだよ、そんなに気持ち悪かったか?この前まで散々してたことだぜ?」

完全に油断していた赤羽に悪魔のような仕打ち、せっかく上手く回っていたというのに破壊されたと赤羽は思った。またコータローらしい破壊だった。あの時の赤羽の心情がコータローにとって良からぬ事かどうかは分からないが、どうやら赤羽の望むような関係をコータローは認めていないのはよく分かる。けれど悪戯に触れられては赤羽も苦しみを拭えない。

「もう、やめてくれ」

そんな懇願を口にするが、この場の空気に溶け込んでしまって虚しく響くだけだった。

コータローはやっぱりコータローである。



まるで振り出しに戻ったような脱力感に赤羽は襲われていた。数日前の出来事で、もうコータローは一体何を考えているのか理解の範疇を軽く超えていて対処のしようもない。だがきっとそれは向こうも同じ事で、互いに理解できないことで悩んでいる。

調子が狂わされっぱなしで折角の休日も赤羽は一人で胸騒ぎを覚えている。こんな時家族がいないというのは寂しいもので、あまり一人でいたくないと思うことはないのだが今回ばかりは一人が辛い。妙に空間を広く感じてしまうのだ、部屋の一角を占領する誰かの私物が存在感を放っている。本人はどうせいるものと割り切っているが、赤羽としてはどうしたいのか、どうするべきなのかを決めあぐねている。

もしかして自分は落ち込んでいるのだろうか?と思うことがある。何に対してか、対象が多すぎて分からないが、今までの感情を総称するとしたら落ち込んでる…のかもしれない。

胸騒ぎが止まらないのだ…

そんな時、不意にピンポーンとインターホンが鳴らされる。
このパターンは…知っているものだった。

赤羽は今の感情を表には出さず、胸が締め付けられる想いで苦しくなる。だが放置する訳にはいかず、そっとモニターを見る。するとそこに映し出されていたのはコータローではなかった。
しばらくアメフトが忙しくなって、随分ご無沙汰となっていたが音楽仲間の一人が尋ねにきたようだ。様子を見に来てくれたのかもしれない。

「………」

何だろう、コータローでなくてホッとしたような残念なような…全く矛盾してる、と赤羽は自分を責める。とにかくドアを開けようと玄関に向かい、音楽仲間の…日本人ではないが赤羽は流暢な英語で仲間を迎え入れる。アメフト本場の国の住人だ、そういった意味で話も合う。

少し気分転換にはいいかもしれない、コータローも気分転換でスッとしたと話していた…と思い出し、赤羽も気分を入れ替えようとする。一人でいるよりかは誰かといた方が気も楽になるだろうと。

そこまで音楽性が合う人物でもないが、専門的な話が出来るのはありがたかったし、アメフトの話も気兼ねなく出来る。是非チームに欲しいくらいの逞しさを持っている。だがそんなことを言うとコータローが何と言うか…、勿論これは冗談であるのに本気に取られそうなのと、こんなことを考えている自分が可笑しかった。結局はコータローのことしか考えていないとも思った。

そしてそんな赤羽の様子が変だったのか、仲間はどうしたんだ?と英語で尋ねてくるが、何でもないと首を横に振る。客人に失礼があってはいけないと赤羽は気を取り直して、何か飲み物でも入れてこようと席を立つ。だがその時相手も一緒に立ち上がり、何かを話しかけてきた。赤羽は耳を傾けようと相手の目を見て、何を話しているのか脳で理解しようとする。だが…

「………?」

言っていることの意味が何故か分からない。普段なら英語でもストレートに入ってくるのに。
相手もどこか必死に何かを訴えかけようとしている。
赤羽も理解しようと頭を必死で働かせるが…どうやら理解できなかったのは英語そのものではなく訴えられた内容そのものだと気付く。

「………っ」

ようやく分かりかけた気がする、今でも自分の翻訳を疑うが。

何か…今、愛の囁きを受けたような…

けれどどうやら間違いではないようで、赤羽は考えるような素振りを見せる。すると相手は赤羽の両肩を掴み、未だ何かを必死で伝えようと半ば興奮気味になっていた。なんとなく危険を感じて、その手は離させて距離を取るように数歩部屋を見て回るように歩み始める。

一体何故次から次へと頭痛がするような事態ばかり巻き起こるのか、休む暇もなく悩みだけが降りに降り積もる。だがこの場でも放置するわけにはいかず、何とか諦めて帰ってもらわなければいけない。ただでさえコータローのことで手一杯なのだ、正直頭脳の大半がコータローとのことで占められて消耗もしている。

「悪いが俺にはその意思はない、帰ってくれ」

そう英語で伝える。ここ最近も似たような言葉を誰かに対して告げた。すると納得のいってない犬のような態度をアイツは見せた。随分と可愛げがある…、とこんな状況で何を考えているのか…さすがに赤羽はもう自重する。だがそんな自分はとても隙だらけだったのだろう、気がつけば腕を掴まれてあのパワーに圧倒され一室に連れ込まれてしまう。

らしくなく言葉を荒げるが、何故か興奮しきりの音楽仲間は聞く耳持たないと赤羽をベッドに押し倒してしまう。まさか寝室とは…そこまで追い詰めていたとは…赤羽は呆れる。だが最後まで冷静に対処しようと、相手の身体をいつもの技で吹き飛ばしてしまおうと手を伸ばした。しかし相手の身体に触れることなく先に腕を掴まれ技を塞がれてしまい、正直危険な状態だ。さすがに身体能力が高い。感心している場合ではないが。

―触れられている箇所が熱い…―

素手で掴まれた自分の腕の感想を思い描く。けれど熱さだけでなく、感じるのは寒気やおぞましさやほんの少しの恐怖や諸々の負の感情。だがまだこの時赤羽は冷静だったのだろう、次に腕の以外の箇所を触れられるまでは。

「…!」

乱暴な相手の手が赤羽を押さえつつも、無遠慮に首筋に触れてきた時は血液が逆流するような嫌悪感を抱いた。他人の手が力ずくで自分を捻じ伏せ身体に触れていて、とても気持ちが悪く吐き気を感じる。初めて焦りが表情に出たかもしれない、相手の顔が醜く歪んだから。

離せと何度も叫ぶ。
しかし止める気のない腕は肌を暴こうと欲望に忠実だ。
つい最近も触れるなと誰かに告げた、だが守られる事はない。
あれだけ触れるなといったのに…

こんな時までコータローとのことを考えてしまうのはいかがなものかと思う。現実的に早くこちらを対処しないと、無理にでも身体を繋がれてしまう。こんな…少し触れられるだけでおぞましい他人の手で。
それなのにアイツは、誰でもいいのかとそんなことを口にするのだ。

誰でもいいのか…と。

その途端赤羽は妙に哀しくなった、心が折れそうなほど傷を受けて。抵抗したいはずの手に力が入らず、まるで自暴自棄になったような脱力感が漂い始める。当然脱力した自分を見て相手は抵抗を諦めたのかと調子に乗って行為を進めてくる。
精神的に打ちのめされた赤羽も、肌の上を滑る手を跳ね除けようとしなかった。

一瞬どうなってもいいと思ってしまったのかもしれない。

悩むことに疲れてしまったのかも…

そんな相手の蹂躙を許すような危険な精神状態に陥り、赤羽は心を捨ててしまおうかと手を離そうとする。

しかし…

〜〜♪〜〜〜♪

どこかで自分の携帯の音が鳴る。どうやらリビングから聞こえてくるらしい。だがその流れてくるメロディは相手を特定するもので、咄嗟に赤羽は我に返った。今どこかでコータローが自分を呼んでいる、まるで落ちるな!と激昂しているようなタイミングで自分を戒めている。

―そうだ…俺は何を考えていたんだ…っ―

これでは正しくコータローの言ったような人物に自分は落ちぶれてしまう。誰でもいいわけがない、それを身をもって証明するのだ。そんな人間ではないとアイツに。

「よせっ!」

我を取り戻した赤羽は抵抗を強め、一気に相手を弾いてしまおうと力を込める。当然向こうもそれで怯んでくれる様な甘さはなく、一進一退の攻防は続く。赤羽は必死で身体を起こしてリビングで音が鳴り続ける携帯の元へ向かおうとする。だがそんなこと相手は許さない。やがて携帯は鳴り止んだが、それでも赤羽は抵抗をやめず、信念を貫き通すため甘んじて辱めは受けない。

「離せっ、俺にその意思はない!」

強く英語で叫ぶが、抵抗すればするほど相手は我を失っていくのか押さえつける力が増していく。痛いくらい肌を吸われて赤羽は呻いた。すると嬉しそうに相手はニタリと笑みを浮かべる、そんな笑みにゾッとした。このままでは!と何とか逃げ道を模索するが単純なほど力の差が歴然で、赤羽はより一層相手を強く睨みつける。すると……

「………っ!」

赤羽は視線を前方上に向けたまま、ピタリと動かなくなった。さすがにそんなおかしな様子に相手も気付き、自分の更に向こう側を見ている赤羽の視線の先を追う。だがその何かを見られることはなかった。振り向いた瞬間強烈な何かが顎を直撃し、一気に気を失ったからだ。

「……なっ」

呆然と幻でも見るように視線を外せず言葉も出ない。今でも幻ではないかと疑っている、しかし自分に覆い被さっていた相手は確かに沈んだ。そして目の前には自分の危機を救ってくれた何かが確かに存在している。

そこにいたのは夜叉のような顔をしたコータローそのものだった。

何故ここに、と単純なことも聞けぬまま、コータローはさっさと気を失ったこの図体のデカい男をここから追い出そうと玄関へ引っ張り込んでいく。ガンッと最後も蹴り倒して赤羽の部屋から奴を追い出した。そして鍵を閉めてもう二度と入ってこられないようにする。
明らかに怒りの含んだ足音は、また寝室へ戻ってきた。そして声を大にして叫んだ。

「おい、何だよこれ!!!」

そんな怒りはもっともだ。赤羽自身も失態を見せたと反省の念を浮かべている。

「電話に出ねーと思ったら微かに音聞こえてくるし、シカトしてんのかよって中に入ったらこの有り様だしよ!!」

完全に頭にきているらしくコータローはベッドに腰掛けている赤羽に強く出る。本当の偶然に立ち会って、なんとか未然に防ぐことが出来たが、あの赤羽がそんな簡単に押し倒されているのを見て余計に怒りが収まらないらしい。赤羽の強さは知っている、無理強いなんて出来る人間と出来ない人間の区別くらいつく、赤羽はそんなに弱くない、どんな相手にだって力で負けても跳ね返せるはずだ。

「お前…っ、人には触れんなとか言っておきながらさっきの奴はいいのかよ!何でそんな簡単に押し倒されてんだよっ!本気でお前誰でもいいのか!!俺のこと甘く見んなっ!」

もう言葉が止められないコータローは怒りのまま赤羽に吐き捨てる。だが、三度目の赤羽の尊厳を失わされる言葉には赤羽も黙っていられなかった。それに今回の件で気付いたことがある。

「…そんな風に、見えるのかっ。俺は…俺は、さっきはっきりと確信した…俺は…、お前以外に触れられたくない!お前こそ、俺を甘く見るな!」

もう感情が抑制できなかったのか赤羽はここで顔を上げコータローを睨みつけながら本音を口にする。向こうはそんな赤羽の様子には無言で、ただ同じように鋭い視線で相手を睨みつけていた。そしてしばらく時間が経過して、コータローはまず呆れた溜め息を口にする。それから激情を露にした。

「はっ…もう一回そっくりそのまま同じこと言ってやる、俺のこと甘く見んな!!何がさっきはっきり確信しただ、そんなもん俺はとっくに確信してんだよっ!!今俺がどれだけ腸煮えくり返ってるかお前に分かんのか!冗談じゃねぇっっ」

そんなコータローの思いがけない言葉に、また赤羽は呆然とした。既に確信していたというコータローの言葉が素直に信じられなかったからだ。それほどまでの想いとは俄かに信じられなかった自分がいる。嬉しいという感情よりも今は正直驚きが勝っている。

「他の誰かに触らせてんじゃねぇよ!!!ふざけんなっっ」

こうもはっきり告げられては、難解な赤羽の頭脳でも素直に受け取らざるをえなくなる。どうやら酷い思い違いをしていたようだ、甘く見ていたのは自分の方だったと…

「コータロー…」

「何だよ、言いたいことがあるんならハッキリ言えよ?」

本当に信じられないがコータローの熱い想いが身体に流れ込んでくる。自分一人で解決しようと思ったことが今では恥ずかしい。コータロー以外の誰かに触れられた箇所が毒を持っているようにさえ感じる。もう少しで取り返しのつかない事態になるところだったのだ、携帯の着信が自分を蘇らせてくれた、渡した合鍵で直接ここまで来てくれた。
あんなに恐ろしい目にあったのに、赤羽は今とても嬉しさで満たされていた。身勝手だとは思うが。

「………今までお前のことを誤解していたようだ、信じてやれなくて…すまない、今日は…ありがとう」

「……分かればいいんだよ分かれば」

そしてようやく和解という形に落ち着きそうだった彼らだったが、コータローはある一つを見逃さず赤羽の正面に立って、きっと今日それが本題のつもりで来たのだろう台詞を赤羽にぶつける。

「…あれ、ほらあれ。あれ撤回しろ」

「ん?」

「あれだよあれ!!もうしないってやつ!」

「あー…、そのことか」

確かに互いの本音を打ち明け合い誤解だと分かったのだから、これ以上距離を取る必要はないかもしれない。元々コータローは意味も分からずお預けを食らっていたようなもので、早く撤回宣言してほしいと思うのは当然だ。しかしここで赤羽は少し迷う…本当に撤回してしまっても良いのかどうか。今回のことで互いが互いを同じように想いあっているのは判明したと言っていいだろう。だが…

「………」

「おいっ、早くしろ!」

本当にこのまま関係を続けてしまって良いのだろうか…そんな現実的なことを考えてしまう。距離を取ったのはコータローの為でもあったはずだ。

「………」

しかし、赤羽もこれ以上取り繕うことは出来なかった。もう自分を偽りきれない、想いを理屈では止められない。コータローが今かと真っ直ぐに赤羽を見ているのだ、それに応えたくなるというのが人間というもので…

「…撤回、す…」

一度は迷った言葉を今度は口にする勇気を赤羽は持つ。きっと今はもう何も考えてはいけない、いや考えられないのだ。しかしコータローには毎回驚かされることばかりで…

「うぁっ、コータロー!まだ最後まで言っていないっ」

何と言い終わる前に身体を倒してきたのだ。当然ベッドに腰掛けていた赤羽はそのまま後ろに倒れこむ訳で…コータローはまだイライラしているようだ。

「じゃあ早く言えっ!撤回するんだろ!?」

もう待てねーよと言わんばかりの形相で、コータローは真上から赤羽を急かす。そして宣言がなされた直後に溜まりに溜まり切っていたものをぶつけてくるつもりだ。しかし素直に宣言がなされるまで待つ姿勢のコータローが赤羽には特に可笑しかった。もっと昔のコータローならそんな聞き分けのいい行動をしない。
きっとこの時、赤羽は微笑んだのだろう。けれどコータローは違う方を向いていてそれに気付いていない。

「コータロー」

名を呼び、まるで慈しむような優しい目で相手を見る。
名を呼ばれ、視線を戻した先には無表情ながらも嬉しそうにした赤羽がいた。

赤羽はそっとコータローに腕を回し抱きしめて、耳元へ直接吹きかける。

「撤回しよう…」

そして頬に優しくキスをした。

するとコータローも火がついたのか、改めて赤羽を組み敷いて今度は不意打ちではないキスをする。


ようやく元に戻れた瞬間だった、赤羽は静かにコータローを受け止めてコータローは他人に踏み荒らされた箇所を執拗に口付けていく。はっきりとした想いを口に出さなくても触れているだけで伝わってくるのだ。
やっと触れられたコータローは歯止めが利かなくて、まるで今までの分を全て取り返すつもりなのではないかと思われるほど深く噛み付いていた。けれど飢えていたのは赤羽も同じで、声が抑えられそうにない。どうやら長くなりそうな予感がした。

先ほどとは違った意味で身体が熱くて、

けれど赤羽の胸騒ぎはもう止まっていた。


END.



結論、二人は好き合っている、というただそれだけのお話でした(笑)

久々のコタ赤SSです。長くなっちゃいましたけどキャラ忘れてないかな?(笑)
こんなに恋愛してるコタ赤を書いたのは初めてです(多分)
赤羽は無事に帝黒のデータを作り上げたんでしょうかね。
何とか最後まで書き上げられて良かったです。
★水瀬央★


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