*恐怖のお宅訪問*


放課後の部活終了後、たまたま部室で部員それぞれの家の話になり、各家庭のカラーなど様々なのが面白くて、皆で楽しく話題に花を咲かせていた。やれ自分の家はこうだの〜あれが口うるさいだの〜、和気あいあいとした雰囲気で先輩後輩関係なく平和な空気を醸し出していた。コータローも笑いながらマンション暮らしである我が家の話題を包み隠すことなく皆の前でひけらかしている。
するとある時、部員の誰かがこの話題の輪から外れた位置で淡々とギターを弾いている自分だけの世界に浸りっぱなしの男にも部員全員にしたような質問を投げ掛ける。

「あっそういえば赤羽さんはどんな家に住んでるんですか?」

それは純粋に後輩から放たれた一言だった。しかし諸々の事情により非常に触れ辛いものでもある赤羽の家庭の話は皆あえて聞かないように振舞っているのだが、ついつい場の流れから後輩は重大な事を忘れたままその質問をぶつけてしまうのだ。

部員全員、赤羽は一人暮らしだと知っている。
この盤戸スパイダーズのため、関西に転勤した父親と離れて暮らすことを余儀なくされているのだ。そんな赤羽に家庭の話など、この部に関わっている者ならば触れてはならない領域に近い。

「ば、ばかっ!赤羽さんに何聞いてんだよ!」
うっかり口にしてしまった部員に他の同級生の部員が小声で叱りつけている。そして、悪い…と反省している様子でガックリ肩を落としている。一気に和やかだった部室の雰囲気が重く、重力が三倍にも増したようだった。
しかし落ち込み焦る部員の心とは裏腹に、赤羽はさらりと先の質問に対して返答する。

「以前父親と住んでいたマンションに今は一人で住んでいる」

いやにあっさりと…気にするだけ損したみたいな赤羽のいつもと変わりないハスキーな声が静まる部室に響く。どうやら必要以上に気にしていたのは部員達だけのようで、特に赤羽は触れられたくない話題でも何でもないようだ。勿論込み入った話などは誰も聞けないし本人も話はしないが。
だが謎が多くて有名な赤羽がマンションに住んでいるという情報は皆初耳で、貴重な話が聞けたとこの程度でも思っている。そしていつもなら赤羽と言えば無駄に突っ掛かるコータローだったが、何故か今回は聞いてない振りでもするように全然気になっていませんと本人はさぞ言いた気で、けれど逆にその無関心具合が気にしているような様子とも取れて、部員達は不思議そうに二人を見ていた。

もう皆着替え終わって帰る間際での出来事だったから輪の中に女子でマネージャーである沢井も身を置いていたが、少し今の二人を見て色々思うことがあるのか声を発しようとはしない。どうやら赤羽にとっては爆弾ではなかった模様だが、何か思い当たることがあるのかいつも元気なコータローと沢井は口を閉ざしたままだ。

そして結局場の空気が澱み、やはり最初に失言してしまった者が皆から責められる結果となる。ばかやろー!とか、絶対何かあったんだよ!などと三人にとってデリケートな内容に触れてしまったのが運の尽き、後輩はシュン…と身を縮めてしまった。
しかし沢井は場の空気が読めない鈍感な女子では決してない、この異常な空気を作り出した当事者の一人でもあるのにも関わらず、「まずい」と瞬時に判断して何とかいつもの元気な声を張り上げる。

「あ、あー赤羽ってマンションで一人暮らしなんだ、広そうでいいわよねー、ねっねえ…コータロー」

だが沢井の機転を利かした切り替えでも場の空気は変わらず、むしろ痛ましい雰囲気だけが残ってしまう。コータローも全く返事をしようとはせず、沢井から見て、まるで『あの日』を気にしているかのような…そんな気配を感じ取る。
あの雨の日、運命の悪戯かのように双方がすれ違い、そして翌日には既にここに留まる事を決めていた赤羽の姿があった。

―…そりゃ赤羽が無理にお父さんの反対を押し切ってここに残ったとしか考えられないけど…そんな事聞けないし本人は何事もないような顔してるし…そんな態度取られれば誰だって触れちゃいけない過去だって思うわよねー、しかもやたらコータローは複雑そうな顔してるし裏切られたと勘違いして文句言いに来た張本人が…そりゃ…よっぽどショックだったって事なんだろうけど…はあ…―

もう過ぎた事といえばそれまでだが、やはり心にシコリのような物が誰しも残っている。

「ン、ヴヴッ!あーなんだか一度くらいお邪魔してみたいわよねーコータロー!」

「あ……、ああっっ!?

このままではいけないと、少しでもあの場所から二人を前に進ませる為に沢井はとんでもない事を計画した、そして口にした。当然コータローは激しく顔を強張らせて、これっぽっちも微塵にも思っていないような事に対し吠えて全否定してみせる。
しかし思いがけない言葉が相手よりもたらされて…

「別に俺は構わないが…」

「構えよっっっ!!!誰がテメーん家なんかっ!!」

「えっ本当に!?じゃあその内お邪魔しちゃおっか?コータロー」

「今日でも特に問題ないが…」

「あっそう?じゃあ今からでも押しかけちゃおっか〜、ね?コータロー」

「勝手に話を進めんなああああ!!!!」

独特の三人だけの世界に突入し、他の部員はこのテンションに誰一人ついてはいけない。一つだけ言える事は、自分達の世界とは完全に別次元で話が進んでいるという事。二人に振り回されているコータローを見ていると哀れのようにも思えるが、赤羽の私生活という未知の世界に踏み込めるのは間違いなく現時点で成しえるのはコータロー只一人だ、沢井は女の子だし障害が大きすぎる。むしろ部内でも赤羽を憧れとする者もいるから正直、無意識的に同じく空気を味わえるコータローが羨ましいと思われてたりする。それは立派な神から授かったコータロー自身が持つ魅力でもあり、赤羽と対等の位置を築けるだけの天性を併せ持つ。
まあ肝心の本人は赤羽の凄さを頑なに認めようとはしないし、まして家になど行きたそうにもしていない…。赤羽も、意外とコータローも天然なのだ。他の者から見れば。

「じゃあ膳は急げって言うし、早速行きましょう〜!」

「うぉいっ!!何が膳は急げだ!!!行きたくねぇっつったら行きたくねぇ!行きたいならお前一人で行ってこい!!」

「………行ける訳ないでしょ!!」

そして最後の…静かに怒る沢井の迫力に押されてコータローはそれ以上口は挟めなかった。さすがによく見知った仲とは言え、女子が特別な間柄でもない男子の家になど行ける筈がない。更に一人暮らしの家なんて余計ありえない。またそんな感情がこれっっっぽちもない沢井にとってコータローの言葉は侮辱以外の何物でもなかった。むしろ自分はオマケ程度でいいとさえ沢井は思っているのだ、重要なのは赤羽とコータローであって決して自分ではない。

行方を見守る部員の皆が、あっコータロー負けた…とそれぞれに思い合う中、目の前の三人は無理矢理沢井がまとめたようなものだが、どうやら本日赤羽家にお邪魔する方向に決まったらしい。そして帰りの挨拶を交わして盤戸の名物トリオは部室を去っていった。一体どうなる事やらと、明日は学校自体は休日だが練習はあるので凄まじい土産話が聞けそうだと全員(コータローの)武運を祈っていた。



そして場面が変わり三人はというと…

不思議な三人の帰り道、赤羽が一人無言で先頭を歩き少し離れて沢井とコータローが後をついていく。むしろ途中でコータローが逃げ出さないか沢井はしっかりと監視している。自分がこうでもしなければ二人は時間を持とうとはしないし、最終的にチームの為二人の為を思っての行動だからコータローには多少我慢してもらわないといけない。心を鬼にして厳しくし甘やかさない。まあ沢井も赤羽の住む場所がどんな場所なのか、ちっとも興味が湧かない訳ではないので、そういった楽しみも含めてだが。

「ね、ねぇ赤羽、住んでる所って遠いの?」
「…いや、遠くはない」
「ケッ!さては近さで盤戸高校選びやがったな!ペッペッ」
「はいはい…」

どうにも会話は噛み合わないが、三人は一定の距離を保って歩き続けて、やがて目的の場所まで辿り着く。

「…ここだ」

赤羽の声を聞き、沢井は…ホント近いねーなんて零しながら目の前にそびえ立つ建物を見上げる。そこには確かにマンションが建っていた…建っていたのだが…

「…な、なんか…、何これ?」

沢井は震えながら、ソッポを向いたままのコータローの腕の裾を掴んで、くいくいと何かを知らせるように合図する。コータローは「ああ?」と興味無さ気に返事をするが、着いたと言うもんだから仕方なく沢井と同じように目の前の建物を見上げる。

「ん?…うお〜〜っっ!!たけっ!!何だこれ、高層マンションかよ!!」

如何にもご立派な、芸能人でも住んでますかと言わんばかりの見た目も高級感溢れた豪勢な高層マンションがそこにはあった。ここに高校生が一人暮らし?と二人とも信じられぬ目で赤羽を見る。いくら少し前までは家族と住んでいたとは言え…

そして気付けば何の躊躇もなく(当然だが)一人先々と進んでいく赤羽、沢井はコータローを引っ張りながら慌てて後をついていく。このマンション内に入るのも、ここの住人だという認証が必要らしく赤羽は何か傍から見ればゴチャゴチャと手続きを済ませている。部外者を潜り込ませない為のシステムなんだろうけど、赤羽家は一体何から自分達の身を守ろうとしているのか…二人には皆目見当すらつかなかった。

「こっちだ…」

赤羽の呼ぶ声に恐る恐る二人は続いてマンションの中に入っていく。まるで異世界に迷い込んだような、辺りの上品な雰囲気が逆に居心地が悪すぎる。エレベーターが一階に到着して三人は乗り込み、そして何と赤羽の指は最上階のボタンを押す。その瞬間ヒィィィ!!と沢井は一人でビビっていた。コータローは事の凄さがよく分かっていないらしく、ひたすら赤羽と目を合わさないようにそっぽを向き続けている。だが奴が恐ろしく金持ちだって事くらいは認識していた。

最上階まで辿り着き、赤羽に案内されて二人はようやく入口まで到達する。そして指紋照合で開けられる扉、どこまでも完璧なセキュリティー体制に圧倒される。

ガチャ。
「入ってくれ」

静かな声に促されて二人はあの謎の多い赤羽の住家へと足を踏み入れた。
そして分かっていた事だが当然室内の装飾も雰囲気も妙な気品が漂っており、更に薄暗い照明が何とも赤羽の家らしいと思う。勿論赤い瞳の関係でそうせざるをえないのだろうが。

とても広いリビングのソファーまで案内されて、ちょこんと沢井が座りその隣に偉そうにコータローが座っている。また座り心地抜群のソファーで沢井はその気持ち良さに素直に感動する。
「わー気持ちいいー、でもこのソファーもすっごい高そう…、幾らか聞いちゃまずいかな?」
「ケッ!テレビも液晶かよ、どこまでも嫌味な奴でスマートじゃねぇ、これで中古のソファーとかだったら大笑いしてやんのによ」
「…んな訳ないでしょ、でも意外とキレイに片付けてるわよね…あの資料室の散らかし具合とか見てたら一見整理整頓が苦手かと思ったんだけど…」
「どっか一箇所に押し込めてるんじゃねぇのかよ」
「突然押しかけたんだからそんな事する暇ないでしょ、っていうか…そういう事コータローはしそうよねー」
「んだと!!」

しかしすっかり寛ぎモード入って会話の進む二人だったが、ヌッと横から赤羽が出現してまた緊張感が漂う。

「コーヒーか紅茶でも淹れようか…」

「えっ赤羽が淹れてくれるの?じゃあ…えーっと…紅茶!ミルクで。コータローは?」


「……コーラ」


「コーヒーか紅茶って言ってるでしょ〜〜〜〜!!!変な意地張るなー!!」


一向にまともな会話が成立せず、沢井はその子供みたいな対応をするコータローに対し我慢できず怒鳴り散らす。赤羽も予想外なコータローの注文にほんの僅か目を見開いている様子だった。しかしこの状況にも赤羽は決して負けてはいなかった。ちょっとコータローを気遣うような態度で彼は…


「……ジンジャーエールならあるが」


「うわっ!ジンジャーエールがあるのムカツク〜〜〜!!!普通ねーよっっ!!」

逆にコータローが今度はツッコミをする羽目となり、上には上がいる事を彼は身をもって知った。さすが侮れない男、赤羽隼人。二人のオーダーを聞いてまたどこかへと消えていく。この家の主がいない方が二人にとってはよっぽど落ち着く空間だった。

「はあ〜〜、この二人相手にしてると疲れるー、あんまり変な態度取らないでよコータロー、一応人様の家なんだから」
「クッソ!もう腹立って仕方ねー、だから来るの嫌だって言ったんだよ」
「もう!だからそういう事を来てから言うな!ちょっとは落ち着きなさいよ…あっほら、あの赤羽が飲み物入れてきてくれるのよ?普通考えられないわよ」
「客来たらそれくらいするのは当然だろ、くそっ…ジンジャーむかつく!」

そしてその噂のジンジャーと沢井の分のロイヤルミルクティーと自分のブラックコーヒーを運んできた赤羽は手前のテーブルに置く。二人の正面に自分が座り足を組んでいつものギターを携えていた。渋くブラックコーヒーを飲みながら寛いでいる様子だ。
沢井も高級そうなカップにビクビクしながらも良い香りの紅茶に口元が誘われて一口啜る。そしてその美味に感動する。おいしい…と呟くと、口に合って何よりだ、と赤羽から返ってくる。…でコータローはというと…、ジンジャーエールのビンと氷の入ったコップとわざわざ分けて目の前に置かれているのをまた何が気に食わないのか面白くなさそうに見つめている。しかし喉も渇いてきたので、渋々コップにジンジャーを注いで口にした。まあ当然だが味は悪くない。

シーン…とした中でぎこちなく時間が流れて、そのジメッとした空気に耐えられない沢井は何か話題を口にしようと、さっき気になっていたソファーの話を持ち掛けてみた。ほんの軽い気持ちで。

「あっ、さっき話してたんだけど、このソファーすっごい座り心地いいわよねー、どれくらいするものなのかな?」

「…それは確か―――、100万」


『100万っっっっっ!!!!!』


ブフーッ!と本気で噴く勢いで二人は赤羽の言葉に耳を疑った。もうアホじゃねーかとコータローも呆れ顔だ。だがその高級ソファーに今自分達はまさに腰掛けているのだ、沢井がピッシリ固まりながら小声でコータローに忠告する。

「…絶対汚さないでね…」

そしてそれにはさすがに強く頷いたコータローだった。高校生が弁償できる値段ではない。
恐ろしい額を聞いて何だか座り辛くなったらしいコータローは突然立ち上がる、沢井も何をしでかすつもり!?とコータローの一挙一動に目が離せない。ただ理由もなくウロウロし始めるコータローを見て、赤羽は何を言わないが沢井は慌てて立ち上がりコータローの元に寄る。

「ちょ…ちょっと何ウロウロしてんのよ、勝手に人様の家の中うろつかないでよ…うっかり地雷とか踏んだらどうすんのよ…」

「ああ?別に何もする気はねーよ、何となく落ち着かねーんだよ…」

ヒソヒソ話を繰り広げる二人に赤羽は特に割って入っていこうとも思わないらしい。思いっきり自由にさせている。またコータローは何故こんな奴の居住区に自分が存在しているのか、無理矢理連れてこられたとはいえ不自然としか思えず居場所なく彷徨っている。何かいつもの自分らしい嫌味な文句を一つくらいぶつけてもいいだろうとコータローは憎まれ口を叩く。

「あーとんでもない所に一人で住んでやがんだな、女でも連れ込み放題だよな」

「ちょっ!コータロー!!」

そのあまりの内容の酷さに本気で怒りを露にした沢井、けれどもやっぱり相手はあの摩訶不思議男・赤羽隼人なのだ。

「……親族以外でここに足を踏み入れたのはお前達が初めてだ」


『とっ、友達いねーーーーー!!!!!』


思わず心の声で二人は気持ちをシンクロさせ、そう彼に対しツッコんだ。そしてこれは地雷だったと、沢井はコータローを叱りつける。
「あれほど余計な事はするな言うなって…」
「わ、わりぃ…」
きっと触れてはいけない過去だったのだとコータローは少なからず反省する。だが場の空気を換えようと、沢井は別の話題を探し始める。このまま空気を澱ませたまま放置しておけない。
そしてふと置かれていた一枚の立て掛けられていた写真に目が行く、ゆっくりと近づいてマジマジとそれを見つめると大人の男性と女性、その二人の間にまだ幼い子供と三人が写っていた。

「…これって…家族写真?この子供…どう見たって赤羽だもんね…」

赤い髪と瞳が揺るぎない証拠だった。幾ら今から想像もつかない昔の頃の写真でもはっきり赤羽だと誰もが確信する。コータローもチラ見だけして、後は興味が無さそうに違う方向を向いている。

「へえ〜、可愛いー…昔の赤羽って、お父さんとお母さんもやっぱり男前だしキレイよねぇ…、あれ?お母さんもやっぱり…」

赤羽と同じ赤い髪に瞳を持っていた。
これに触れていいものか一瞬迷った沢井は、やっぱり込み入った事は聞いてはいけないと言葉を止める。赤羽もギターを弾いたまま何も語ろうとしないのはきっと触れてほしくない事だからなのだろう。コータローと同じ過ちは繰り返さないと沢井は良識的に判断し、ただ明るく世間話(?)など口にしてみる。

「あっそういえば、お母さんはやっぱりお父さんの転勤で一緒に関西行っちゃったの?」

意外に話題に出なかった事なので、はは…と笑みながらさらりと自然な流れで母の話題に触れる。
すると思いも寄らぬ返答がまた赤羽より返ってくるのだ…


「……母は幼い頃に亡くなった」


「ゴッ……ゴメンナサイ…ッ」

ふるふると震えながら、やっちゃったー…と沢井は半泣きで謝る。


―おいっ!今のすっげー地雷だろ!!おいっっ!!!―


そして今度ばかりは思わずコータローも心の中で沢井に対しツッコむ。互いに墓穴を掘りまくって空気はより一層澱む。もう赤羽自身の事に何も触れない方がいいのかもしれない。もうズーンと沈む沢井にコータローも掛けてやる言葉がなくて途方に暮れる。しかし当の本人の赤羽は周囲の大袈裟な反応と比べて実に淡々と何も気に止めていない様子なのだが。

「はあ…ったく…しょうがねーな…、って…ん?おいギターじゃ飽き足らずピアノまであんのかよ…」
「えっ?ピアノ?あ、本当だ…へぇ〜、あ!じゃあピアノも弾けるって事よね?何か弾いてみてよ、知ってる曲とか」

ナイス機転!と言わんばかりに違う話題に無理やり持っていって、先の失態をカバーする。まあコータローはただ単に気づいた事をそのまま口にしただけだが。沢井は便乗した形だ。音楽大好き赤羽くんなのだから、音楽の話題に地雷などないはずだ。

「…知ってる曲…」

ギターを弾く手を止めて、赤羽はジッとサングラス越しにコータローを見た。まさに今一生懸命コータローの知っているような曲を探してますと言ってるようなものだ。だがとりあえず結論が出たのか、すっと立ち上がり隣の部屋に移動してピアノの椅子に座る。鍵盤の蓋を開けてそっと手を添えると、赤羽はおもむろにとある名曲を弾き始めた。


タラランタッター、タラランタッター、タラランター、ランター、ランタッター♪


『ねっ、ねこふんじゃった〜〜〜〜!!!!』


同時に激しくツッコミを入れた後、コータローは真っ赤な顔をしながら激怒して、今にも襲い掛からんばかりの形相で赤羽に敵意を向けている。

「こいつは今俺をバカにしたっっ!!バカにしやがった許さねぇ〜〜〜!!!」

「落ち着いて!!落ち着いてコータロー!!あんたのレベルに合わせてくれたのよ!!誰だって知ってる曲だから!!!」

「それがバカにしてるって言うんだよ〜〜!!オラーーー!!!殺す!!!」

もうメチャクチャだが、それでもいつものペースに戻ってきたと沢井は安堵する。もうちょっとやそっとの事ではへこたれない。しかし幾ら誰でも知ってる曲とは言え、この選曲は赤羽にしかむしろ選べないと変な意味で感心する。コータローがこういう反応すると分かっててもそれを選べる凄さと言うか図太さ。やはり只者ではない。悪い人間ではないのだ…気の使い方を明らかに間違っているのだ。

けれどとりあえず何とか収拾がついて、また三人は最初の頃のようにソファーで静かに座る。

クタックタの沢井に対しコータローはまだまだ元気が有り余っているようだ。赤羽はどこまでもマイペース。しかしそろそろ夕飯時…コータローの腹の虫が無遠慮に鳴り響く。

ぐ〜〜〜。

「……ちょっとー、やめなさいよ、みっともない」
「しょうがねーだろ、練習終わった直後だぜ?腹ぐらいスマートに減るだろ」
「……何か作ろうか」
「えっ!?赤羽、料理も出来んの!?凄い!!」
「どうせレトルトかなんかだろう〜?」
「そういうコータローはレトルトなんかでも料理出来んの?」
「…ぐっ」

軽く沢井がコータローを制したところで、赤羽はギターを置いてキッチンに向かった。
そしてジャーッと何かを炒めるような音が聞こえてくる、ついでに食欲が誘われる匂いも。

「料理が出来る男よ?…本当何でも出来るんだ…凄いわね」
「ケッ!男は料理なんてしなくたっていいんだよ!」
「うわ…結婚したくない男のタイプ…、嫌われるわよ」

そうこう言い争っている内に時間は経ち、赤羽は相変わらず涼しい顔をしながら二人の夕食を運んでくる。
沢井の前には『たらこスパゲティー』を。
コータローの前には『牛丼』を。
どうやらそれぞれのイメージに合わせて作られたらしい。沢井は大喜びしながら礼を述べているが、コータローは複雑そうな顔をしながら目の前の牛丼を見つめている。

「凄い、それぞれメニューまで違うのよ?」
「で、何で俺は牛丼なんだ?そういうお前のイメージかよ」
「いいじゃない、どうせ好きなんでしょ?気にせず食べちゃえば?」
「………」

だがしばしコータローは無言でそれを見つめ続ける。確かに牛丼は嫌いじゃないし実際美味しそうな匂いはしてくるのだが、こう何とも素直に納得できない自分自身がすぐに手をつけるのを躊躇っている。しかし逆に赤羽は食べようとしないコータローを見て、少々困ったような…哀しそうな表情を見せる。そしてボツリとこう零す。

「…牛丼かカレーで悩んだんだが、カレーにすれば良かったか?」

「ひっ人をキレンジャー扱いっっっ!!!」

今度はカレーの一言に突っ掛かり、むしろ牛丼を選んでくれてそれは何となく感謝できたコータローだった。


2へ続く。



意外と後半は…シリアスだったり。


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