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*恐怖のお宅訪問−2−* 何とか平和に食事も済んだ後、赤羽が洗い物をしている最中、二人は退屈とばかりに簡単に目の届く範囲の部屋を見て回る。沢井も気分転換にコータローに付いて回るように監視の意味も込めてだが動き回る。ずらりと並んだギターの群れの前にあえて何もコメントしなかったり、最大の地雷だった家族写真には二人とも目を止めようとはしなかったが、それでも横目で一瞬気にする様子が窺える。母は亡くなったと言う赤羽の言葉には妙な重みがあった。さらりと会話の流れから流して見たものの… 「ねえコータロー…赤羽ってお母さんに凄く似てるわよね…、お父さんが最初一人で残る事許さなかったのはやっぱり…っ」 「…その話題は地雷だろ?口にすんなよ」 「あっ……ゴメン、そうよね」 ほんの少しシリアスムードが漂う中、コータローは半開きとなっていた部屋のドアを発見する。特に何も考えず、むしろそんな話題を避けるかのようにそのドアの方へ進んでいく。沢井ももう何も口にせず無言でコータローの後を追った。そしてギイ…と何気なしに開けてみるとそこには……!! 思わずポロッとコータローは愛用の櫛をその場に落とす。 沢井は目撃してしまった恐ろしさから開いた口が塞がらない。 そんなに広い部屋な訳ではなかったが、一面にズラリと並ぶガンダムのプラモと思われるロボットのような物が無数にそこには存在していた。更に部屋の奥にはかなり大きい『シャア専用ザク』の着色済み模型が!! 『ガッ、ガンダム〜〜〜〜!!!!ガンオタ〜〜〜〜!!!!』 今日で一番見てはいけなかった物がここにあった気がして、二人はシリアスムードなど忘れて驚愕して顔を歪ます。最大の地雷を踏んでしまったような、取り返しの付かない事をしてしまったと恐怖に震える。ままままさかあの赤羽にこんな趣味があるなんて想像もつかなかった、そして家族以外誰も知らないであろう。スターの秘密を知ってしまったような…その責任の重さに二人は一歩も動けない。 「…み、見なかった事にするぜ、スマートに」 「う、うん、なーんにも見てない…って、キャーーー!!!!」 珍しく女性らしい声を上げて驚く沢井、コータローも何だよ?と振り向けば、同じくギャーーー!!!と悲鳴を上げる。 なんという事か、二人の真後ろにどーんと赤羽の姿はあった!!! そして激しく言い訳ラッシュな二人… 「あっいやっえっと、大丈夫!誰にも言わないから!!」 「仕方ねーからオタクだって事は黙っといてやるぜ!」 「まさか誰にも絶対言いふらさない、信じて!」 「こんなダセー一面があるとはな!笑っちまうぜ!」 まあ若干コータローは言い訳ではないが、とにかくある意味テンションが上がってきた二人。 けれどやっぱり赤羽は赤羽のままなのだ。 「どれか一つでも持って帰るか?」 『いらね〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!』 今日一体何度目のシンクロなのか。 とにかく恐怖に怯えた沢井は、もうこれ以上関わっているのが辛いとバタバタと帰り支度を始める。 「えっとじゃあ私帰るわ、そろそろ遅いし、ご馳走様!あっこの際コータローは泊めてもらったら?じゃっじゃあ〜!」 「アホ言え〜〜〜〜〜!!!!!自分だけ何逃げようって!!」 まさに逃げるように飛び出していった沢井は猪の如く猛スピードで一抜けた!と走り去っていった。そして置いていかれてたまるかとコータローも後を追おうとするが、ガシッと赤羽により静止させられる。 「俺は別に構わないが」 「また勝手に話を進めるなあああ!!!」 それだけはご免だ!と振り切って今度こそ帰ろうとするが、ここで運悪くコータローの携帯が鳴る。相手はこの着信音から自宅からだと本人は分かったが、だが何故か自分が出ようとすると勝手に赤羽が先に出てしまう。 「はい」 「ええええええ〜〜〜〜〜!!!!!」 そして驚いているのも束の間、勝手に人の母親と会話を進める赤羽は、何と今日息子さんを家で預かりますとハッキリ言ってしまったのだ!これは立派な誘拐事件だ!! 「待て待て待て待て〜〜〜!!!勝手に決めるな言うなーー!!」 しかしコータロの叫びも虚しく会話は無事終了し、更に勝手に電話まで切ってしまう。しかも切り終わって最初に放たれた一言が… 「これで気兼ねなく安心してゆっくりしていってくれ」 「俺はそんな事で気をもんでた訳じゃねぇ!!何て事してくれんだよ〜〜!!」 完全に逃げ道を失い、コータローからしてみれば閉じ込められたも同然な状況だった。多分、赤羽は普通に良かれと思った上での行動、短く言えばただの天然。案外他人が遊びに来る事がなかったと言っていた赤羽だから、実は誰かがいる事が嬉しいのかもしれない。まして今は父親もいなくてこの広いスペース内に一人きり。意外と寂しがりやだったのだ! そして脱出不可能と分かった瞬間、コータローは全てを諦めた。もう上手く状況に合わせてこの場を乗り切るしかないと決意する。まさか赤羽と同じ屋根の下一夜を共に過ごす事になろうとは想像もしなかった、げっそりしてる場合じゃない、気を強く保たねば! だが沢井もいなくなった事で、はっきり言ってこのメンバーだけじゃ会話を噛み合せるどころか会話が成立するのかどうかも問題だった。ソファーに向かい合って座ってもシーン…とするだけで、後はひたすら赤羽がギターを弾いてるぐらいだ。 「……つーか、ギター…近所迷惑にならねぇのかよ…」 「防音設備も完備だ」 「ああそうかよ…」 そしてまた無言。一体水と油のように交わらないこの二人でどうしろとコータローは自分を置いて逃げ帰った沢井を恨む。無理矢理連れてきた張本人が…それなのにこの状況、理不尽すぎる。けれどやっぱり一人暮らしでは広すぎるこの空間でギターの音でもある方が落ち着くというのは何となく分かる気がする。ずっと毎日家でも弾きっぱなしなのかよ…と考えるが、そんな雑談する気にもなれない。そして目を泳がすコータローの視界にふと映った例の写真…幸せそうな三人の笑顔、今の赤羽からは想像も出来ない穏やかな表情。 ―こいつでもあんな顔するんだな…つーか笑ってるの見た事ねぇ― 正しくは楽しそうに笑っているのを見た事がなくて、不敵に口の端を吊りあげるくらいの笑みなら見た事はある。表情がない訳ではないらしい、ただそれを他人に見せる機会を目の前の奴は失っていた…といった感じだ。何がキッカケでそうなってしまったのか、いつそれが訪れたのかは定かではないが。気が付けばコータローは目の前のギターを無心で弾く赤羽を真っ直ぐと強い視線で見つめていた。一度も目を離さずにまるで観察するように奴を見る。するととっくにそんな視線に気付いているらしい赤羽は、なんだ?とだけ呟いてくる。けれどコータローは何も話そうとはしない。 「もう家の中でそれつけてなくてもいいだろ」 「…そうだな」 そんな軽いやり取りを交わし、赤羽はギターの手を止めサングラスを外し裸眼でまたギターを弾き始める。そしてコータローは先程の続きとばかりに再び赤羽に視線を浴びせ続ける。妙に熱さを含んだ目で。相手の視線と交わらないが、あの赤い瞳を直視していると何だか不思議な気持ちに捕らわれるのだ。自分の身体の中で色んな感情が交錯する、あんな家族写真なんか見ちまうからだ!とコータローは自分を戒める。 謎に包まれた赤羽の内側を垣間見たような、その寂しげで切なそうな表情に惑わされているような、妙な情が湧いてしまった。不必要な情が。 「…もうねみぃ…明日も練習だしな」 これ以上余計な事を考えるくらいなら、さっさと寝た方がましだと判断する。けれど自分の家ではないからどこで寝ていいか分からない。 「シャワーは浴びないのか?」 「浴びさせてくれるってんなら浴びるぜ?」 「好きに使えばいい…」 「じゃあそうさせてもらうぜ、あ…着替え…」 「バスローブならあるが…」 「うわっっ!!勘弁しろっ!なんか適当にTシャツがあったはず…あったあった」 とんでもない格好をさせられる危機だけは上手く脱して、浴室を探しコータローは家の主より先にシャワーを浴びる。大理石が敷き詰められたこんな所でも豪勢な高級マンションなど日々の生活に使うなんて非常に恐ろしい。全く理解の範疇を超える、しかしこれが赤羽の日常でありスタイルで…何とも貧富の差が激しい世の中だ。けれど心の貧しさなら圧倒的に奴が上なのだろう。幼い頃の笑顔を見れば、いかに今の赤羽が日々哀愁を漂わせて生活をしているか鈍感なコータローでも分かってしまう。 幼い頃に亡くなった美しい母。 その母によく似た息子。 一人暮らしを許さなかった父。 父と別れて暮らす事を決めた息子。 「……よっぽど可愛がられてるんだろうぜ…親父さんによ」 適当にシャワーで汗を洗い流したコータローはそこに長居はせず、用が済めばさっさと浴室から出てくる。すると随分早かったな…と声が聞こえるが、「借りたぜ…」と答えて後は何も言わない。そして寝る場所を模索するが、ふとソファーに目を向ければ掛け布団が一枚置かれていた。つまりこれはそこで寝てくれという意味か…しかしそのソファーは… 「おい、ひょっとして今日ここで寝ろっつーんじゃねぇだろうな…」 「お気に召さないか?」 「100万のソファーの上でなんか眠れるかああああ!!!!」 それは最もな叫びであった、しかし赤羽は冷静に「そんな神経質そうには見えないが」と返してくる。しかしこれは貧乏人の性だ、何かあった時弁償できる値段じゃない。もし請求されないにしろ、変に借りを作るみたいで嫌なのだ。だが赤羽的にはそこで寝てもらう以外考えていなかったようで、少々困ったような表情を浮かべながらギターを置いて、そろそろと歩き始める。そしてある部屋の前に止まり「仕方ない…」と呟いてそのドアを開けた。 「一緒に寝るか」 そんな究極に恐ろしい言葉を聞いてコータローはピシッと固まる。開けられた部屋の中を見れば、どうやら奴の寝室らしいが何とそこにはいつも一人で寝てるくせにダブルベットが堂々と置かれていた。確かに人二人眠れるスペースがそこにはある…ある事にはあるが。コータローはあんぐりと開いた口が塞がらなくてその場で眩暈でも起こしそうな勢いだった。 「バカ言え〜〜っっ!!誰がお前なんかと一緒に寝るんだよ!!つーか普通セミダブルだろ、せめて!」 「ならソファーで寝てくれ」 「ああ言われなくてもそうするぜ!」 これで何とか上手く話が纏まり、コータローはどかっと100万の事など忘れてソファーに深々と座り込む。けれどやっぱり目の前の、座りなおして飽きずにギターを弾いてる奴を見ていると不思議な気持ちが湧いてくる。どこか神秘的なオーラを発しているかのようだ。ただそれが心地良いと思えるか逆に煩わしいと思うかは人それぞれだろう。 「…本当は寂しいんじゃねぇのかよ、お前も…親父さんも」 そして何故いきなりこんな事を話し出そうと思ったのか、コータローは自分でも意味不明だったが言ってしまったものは仕方ないと早々に割り切ってジッと赤羽の返答を待つ。 「…寂しくはないさ、確かにこの場所で一人暮らしていると孤独感に苛まれる時もあるが俺にはギターがある」 「嘘つけ、お前はともかく親父さんは寂しがってんだろ…あっちで一人、で…お前も一人」 興味のない事のはずだった…、いや…見て見ぬ振りをするはずだったのだ。こんな会話を交わす事すら初めてかもしれないのに、いきなり核に触れるような内容で一体どうしてしまったのかと考える。何か赤羽と二人っきりでいると余計な詮索なんかしたくもないのに始めてしまって… 「父はきっと寂しい…、けれど俺はそうではない、ギターもある、目を開けて外を見れば…仲間がいる、だから寂しくはない」 ―仲間っ!…って、盤戸のメンバーの事か…― そしてそのメンバーの中には当然自分も含まれている… コータローは明確な答えを示そうと話す赤羽を見て、そのギターから奏でられる音が奏者の心を表しているのか、妙に寂しげな曲調に変わっていく事を見逃さず、寂しくないと言い張る赤羽の顔は誰がどう見たって孤独な子供もそのもので、けれどギターと仲間に救われていると目の前の奴は言うのだ。 覆い隠したいはずの切なさが哀しいことに滲み出ている。 それを敏感に察知した時、コータローはほぼ無心で立ち上がりそっと奴の前まで移動する。そしてそうする事の意味さえ見つけられないまま、相手の口元にキスをした。簡単に一瞬触れるだけのキスを。 赤羽はその瞬間拒む訳でもなく逃げる訳でもなく、まるで受け入れたかのような落ち着きぶりで驚く事もせず、多大な反応を示すような事もなくて、悪く言えば幻のように捉えられて、二人の初めて行われた触れ合いはまるで空気のように何事もなく流されていく。 けれど唇に微かに残る相手の温もり。 ふっと我に返ったコータローも、一体さっき自分は何を赤羽相手にしてしまったのか、何故か仕掛けた方が呆然としている。思わず口を手で押さえて、今はもう己の衝動的な行動を否定し呪う。訳が分からないとコータローは自分の寝場所で横になる。 すると自分が睡眠の妨げになると察知したのか、赤羽ももうギターを弾くのはやめてソファーから離れていく。部屋の電気も消されて今度は赤羽が浴室に消えていった。 コータローは一人寝転びながら、いつまで経っても眠れなさそうな予感が体内に湧き起こっていた。けれど案外目を瞑れば睡魔は自然と現れて、練習熱心なコータローでもあるから意外に早く眠りにつくことが出来た。今日は様々な事が起こり過ぎて少々疲れた。誰かのシャワーを浴びる音が聞こえてくるけどもうお構いなしにコータローは100万のソファーの上で気持ち良さそうに寝息を立てる。もう意識は完全に手放した。 そして彼が熟睡した頃、浴室から出てきた赤羽。 もう早速寝入ってるコータローを見つめてはどこにも行けず立ち止まっている。ふと先程の感触を思い出せば甘さが心に残る。 そろそろと静かに音を立てないようにコータローへと近づく。暗くて彼の寝顔はよく見えなかったが、それでもそっと頭を下ろしてもう一度その唇に触れる。同じく一瞬の刹那ほどのキスだったが赤羽はそのまま何も言わずに自身の寝室に入り密かに小さな声で「おやすみ」と告げたのだった。 交わる二つの心は二人をどこへ運んでしまうのか――― この夜、コータローは赤羽にキスされる『夢』を見た。 翌日、コータローは意外な音で目が覚める。もう昨日の事など記憶半分で寝起きだから特に抜け落ちていたが、朝っぱらからガン!ガン!と何かがぶつかるような音が響く。落ち着いて眠れねぇと目を開けると何とあの赤羽が寝ぼけているのか壁やら棚にふらふらと頭や身体をぶつけながら豪快に朝を迎えていた。思わず目を疑ったコータロー、普段自分は寝起きが悪いと言うのに今日はパッチリ目が覚めてしまった。どうやら意外と低血圧らしい赤羽は朝に弱いと新たな発見をする。それとも視界がぼやけて上手く歩けないのか…とにかく酷い有り様だった。 昨日のほのかな甘さなど吹き飛ぶくらい… そしてこの情けない姿こそ誰にも見せられねぇと密かに思ったコータローだった。 END. |