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―サンタ&トナカイ― 今日は12月24日、クリスマス・イヴ。 世界では幸せの絶頂期で、老若男女問わずこの聖夜を過ごしていた。 そしてクリスマスと言えばサンタクロース。 世界中の良い子に夜のうちにプレゼントを配るのが彼の仕事だ。 時刻は夜の11時59分… 後1分すれば、世界各地にいるサンタクロースはそれぞれの担当地域の子供達に夢を配りに出掛けていく。これは年に一度の重大な大仕事である。 だが、ある担当地域のとあるサンタクロースはクリスマス直前に何とトラブルに見舞われていた。年に一度の赤い制服を身に纏い、その背には白い袋があって大量のおもちゃが詰め込まれている、煙突のある家も調査済みだし時間厳守である事からルートも完璧に頭に入れてある、そうサンタクロースの準備は万端なのだ。 しかしそのサンタを乗せて聖夜の空を飛び回る肝心のトナカイが時間になっても現れないのだ。 時刻はいよいよ深夜12時を回ってしまいサンタの活動時間帯に突入してしまった。そして自分も出遅れることなく出発しなければいけないのだがサンタに空を駆け巡る能力はない。自力で配り終えれるほど範囲は狭くないし、どう考えても時間的に間に合わない。全ての子供達にプレゼントを渡せないなんて事態が起きれば、それは大変なミスになる。 「…遅いな、確かに11時に来るように伝えておいたんだが」 サンタは腕につけている時計で再び時間を確認し、無情にも刻一刻と流れていく時間を気にして溜め息を零す。その問題のトナカイはいつまで経っても姿を現さない。 確かに元々このサンタとトナカイは普段から仲が良い訳ではなかった…全く正反対の性質を持ち何かある度にトナカイは一応上司(主人)であるサンタに向かって暴言を吐く。だがサンタはそんな反抗的な自分のトナカイの行動に関して特に厳しく叱りつける事はせず、なるべくいつでも自由にさせて…つまり放任していた。それが赤羽という名のサンタのやり方であり決してトナカイに関心がない訳でなく一応可愛がっているつもりではあるのだ。 他所から見れば躾がなってないと指摘されるかもしれないが、コータローという名のトナカイの自主性に任せているのだ。 粗暴な性格だが(サンタに対しては特に)心に悪意を持ったトナカイでは決してない。 だが肝心のクリスマスの日に遅刻されるのは褒められたものじゃない。 さすがに今度ばかりは叱る必要性があるな…と一人トナカイを待つサンタは心の中でそう思った。 そして時刻は12時30分を回った頃、赤羽サンタの待機する家にシャンシャンと音を鳴らして噂の赤羽専用のトナカイはようやく到着した。空から降りてきて窓辺にその長い脚を自慢げに伸ばし、ちょっと申し訳なさそうな顔をしながらサンタの前に姿を現す。 「……随分遅かったな」 「………」 「言い訳もしないのか?」 この状況でも特に感情の起伏のないいつもの平淡な話し方をする赤羽は逆にある種の恐ろしさを漂わせていた。頭ごなしに怒鳴りつけられるよりも静かに事情を突き詰められる方がよっぽど恐い。さすがにこんな大切な日に遅れてやってきて…まさか怒らない訳がないだろう、けれどいつも通りの声色の赤羽。トナカイはそっぽを向きつつもサンタの静かな怒りを感じてバツが悪そうな顔をしている。 「……本当はよ、お前ムカツクから行かないでやろうと思ったんだけどよ…、俺いなかったら子供達にプレゼント届けられねーし…そんなのスマートじゃねぇ」 「そうだ、これは俺達にしか出来ない大切な仕事だ」 「はっきり言ってお前の事はどうでもいいけどよ…子供達が可哀想じゃねーか…、だから仕方なしに扱き使われにきてやったんだよ!こんな割の合わねー仕事はないぜ…よりによってサンタはお前だしよ」 「フー、随分な嫌われようだな…本当は構ってほしいのか?」 「はっはあぁっっ!?どういう思考回路持ってやがんだよ!!たまには気でも使って俺にもプレゼントの一つでも寄越しやがれ!!この変人サンタ!!」 早く仕事に出掛けなければならないのに、いつもの言い争いを始めてしまった二人。 「…分かった、今日の仕事が終わったらお前にもプレゼントをやろう」 「期待してねーよ!!!」 「欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ…、よく理解できないよ、とにかく早く仕事に出掛けよう…何としてでも夜明けまでには配り終えないといけない」 気が付けば時刻は12時45分を過ぎており、これは急いで向かわないと本当に間に合わなくなってしまう。それはトナカイも重々承知しており、また自分のつまらない意地から引き起こした時間ロスは最低でも自慢の脚でカバーしないといけない。 「ああ…悪かった…遅れた事はスマートに謝るぜ、じゃあ行くか!!」 コータローはほんの少しの罪悪感もあってか行くと決めたら熱く燃え上がり、普段は人間の形をしているトナカイであったが年に一度だけ獣人モードで4本足となり、その背にサンタを乗せられるようになる。立派なトナカイに変化したコータローは赤羽に背に乗るよう伝え、ようやく出発できると「フー」と息を吐いたサンタは大きな白い袋と何故かギターを抱えて足を組み腰掛ける。 ギャーン!! 「さあ急いで行ってくれ」 「毎年毎年人の背の上でギター弾くんじぇねぇ!そんなの弾いてる余裕あんのかよ!!」 「早く行け」 「チッ!!振り落とされなよっっ」 他のサンタ達とは一足遅れて、ようやく赤羽とコータローのコンビは幸せを届けに聖夜に舞い上がった。事前に赤羽が計算していたルートを、指示を受け軽快な足取りでトナカイは進んでいく。とても無駄のない二人のコンビネーションに、どうして普段からもそれが発揮できないんだと他のサンタ組はそう思っている。組めば最強の二人なのに… コータローの巧みな足技で次々と家から家へと移り渡り、赤羽も俊敏に煙突の中に身を下ろしてプレゼントを子供達の枕元へ置いていく。 「あー疲れた!後どれくらいあんだよ!」 「まだ三分の一もきていない」 「ゲッ!!間に合うのかよ〜!」 元はと言えばコータローが時間通りに現れなかったのが原因なので、ひたすら必死で脚を走らせて空の上で優雅にギターを弾く赤羽サンタに対し文句一つ言わず次の家まで運んでいく。 「次は右だ、もう少しスピードを上げてくれ」 「注文が多いぜ!!」 ぶつぶつ言いつつもサンタの為に精一杯働くのがトナカイの仕事だ、どんなに気に入らないサンタが相手でもパートナーとして選ばれたからには最低限の言いつけは必ず守らなければいけない。住む場所も本当は一緒でなければならない、けれどコータローは最低限度の週三回は仕方なしに帰ってくるけれども(決まりなので)それ以外は別の場所で生活をしている。 だが赤羽もそれを許していて仕事以外に関してはほとんど自分を自由にさせている、主従関係なんて成り立たないほど反抗を示していると言うのにあっさりと奴はそれをどんな状況でも許してしまう。どれだけ暴言を吐いても主人を放ったらかしにしても赤羽は決して怒らないしむしろ興味がないのかと思えるほどだ。 だが自分が何気なしに言った言葉を逐一覚えていたり、帰ってくる日に夜遅くまで帰らなかったら必ず起きて自分を待っている。大して話す事もないというのに… ―ったく変なサンタクロースだぜ…ちゃっかり主人の顔してやがって…俺が子供みてーじゃねぇか…― ひょっとして自分はいつでも淡々としているこのサンタの怒った顔が見たいのかもしれない、どんな風に取り乱すのか見てみたいだけなのかもしれない。 「次は左の家……、コータロー?」 「えっっ、ああ…左の家な、分かってるぜ」 「…もう疲れたのか?」 「バカ言え!まだまだ余力十分だぜ!!…ってお前顔にすすついてるぞ?真っ黒だぜ…折角の顔が台無しだなっ」 ケラケラと笑いを零すトナカイ、だが次の瞬間サンタはなんとトナカイ自慢の毛並みで顔をゴシゴシと拭き始めた。 「ああ〜〜〜!!!このテメーよくも人の身体で拭きやがったな〜!」 「取れたか?」 こんな仕事に切羽詰った時でも何をしでかすか分からない赤羽とコータローのコンビ、もっと慌てなければいけないのに意外と楽しそうに夜空を徘徊している。この聖夜を飛び回る何時間は過酷な労働の時間でもあるが、このコンビにとっては普段ロクにコミュニケーションも取れていなければ会話すらまともに交わしていない分、年に一度の仕事の日だけ長時間共に過ごし噛み合わない会話を交わして互いのパートナーらしく過ごせる唯一の日なのだ。 「次は一軒だけ遠く離れてやがんのか…だいぶ遠回りだぜ…」 「だが一軒だけ行かない訳にはいかない、さあ悪いが行ってくれ」 「おい、ちょっとその家用のプレゼント貸せ、名案を思いついたぜ」 まだまだ時間ロスした分は取り戻せず、ここらでどうにか挽回したいところであったが、コータローの言う名案に一抹の不安を覚える赤羽は素直にプレゼントを渡していいものかどうか悩み始める。だが悩んでいる時間も勿体無いので、ここは一つトナカイの言うことも聞いてやろうとプレゼントを試しに渡してみた。 「よし!!じゃあ行くぜ!!この俺の最強スマートなキックでよ!!!!」 「っっ!!」 そして赤羽は渡してしまった事を咄嗟に後悔するが時既に遅く、コータローの黄金の(前足の)右足によってプレゼントはキックされ、キレイな弧を描いてスポ…と見事にあの狭い煙突の中へ落ちていく。思わず「うめえぇぇ!!」と叫びたくなってしまうほどだ。 「ほらっっ入ったあああ!!!完璧だぜ!!!」 ペチッ! だが赤羽は思わずコータローの後頭部を手で軽く叩いて今の行為を戒める。 「あぁ!?何で今叩かれたんだよ!キレイに入ったじゃねーか!!」 「フー、お前のその乱暴なやり方…俺の音楽性とまるで合わない」 「何ィィィ!?俺はちゃんと繊細に華麗にキックしたぜ!!」 「蹴るな」 肝心のプレゼントが最初から破壊されていたら元も子もない。ビシッと最もな事を言われて、ぐうの音も出ないコータローは気を取り直して短縮できたルートを元気よく進んでいく。そして夜が明ける寸前ギリギリで二人の年に一度の大仕事は無事やり遂げられた。最後はもうひたすら無言で、赤羽も煙突の上からそっとプレゼントを落としてみたり、なかなか荒い事もやってしまった。(だから壊れたらどうするんだ!) だがやはりコータローの足がなければ到底間に合うものじゃなかっただろう。まあコータローのせいで急ぐ必要があったのだが。 もうフラフラになりながらコータローは赤羽を乗せて最後(一応)自分達の住処に辿り着く。赤羽が自分から降りた瞬間に獣人モードを解いて普段の人方に戻り床の上でバタンと息を切らしながら倒れこむ。一方で赤羽もさすがに疲れたのか帽子を取り空の袋を置いてソファーに腰掛ける。だがしっかりとギターは肌身離さず、こんな疲労度の強い時でも力強くギャーン!!と音を鳴らす。 「はあ…はあっ、まだギター弾いてられるっ、余裕あんのかよテメー…っ」 「いや…お前ほどではないが…疲労はしている…、フー…」 そしてそのまま再び言葉は途切れて二人は体力の回復を図る。 コータローも何とか起き上がれるまでには回復して、壁にもたれながらボンヤリ今日の事を思い返す。 「やっぱ迂闊だったな…来年はもう少し楽に行くぜ…、あっ!そういえば!!今日の仕事が終わったら俺にもプレゼント用意するって言ってたよなお前!それ忘れてねーだろうなあ!!」 「勿論、覚えている…」 「じゃあ寄越せ!遅刻はしたけど今日の俺は頑張ってただろ!」 「分かった…」 ちゃっかりと仕事前の約束を思い出して催促するコータロー、だが勿論赤羽も自分の言った事だからしっかりと覚えていて、ギターを置きソファーから離れてコータローの側に近寄る。そしてその全身の汚れ様を見て、こう声を掛ける。 「遅くなってしまったがお前へのクリスマスプレゼントだ、身体を洗ってやろう」 「ブッッ!!」 その時信じられない言葉を聞いて思わずコータローはブハッと吹き出す。だがどうやらサンタを見る限り冗談ではなく至って真面目に本人は言っているようだ。さてどう切り返せば良いものか… 「ちょっっ、洗うって!!んなの自分で洗うぜ!!」 「遠慮しなくていい、懸命に働いてくれたせめてもの礼だ、今日は俺がお前の世話をしてやろう」 ―せせせ世話っっ!!!でも「してやろう」って素で偉そうな奴だぜ!!― だがそんな事をツッコんでいる場合ではなかった、赤羽はコータローに「さあ、おいで」とだけ告げて浴室へ向かっていく。どうやら本気で本気で本気で洗ってくれるつもりらしい。すっかりペット扱いだが、コータローは有り得ねぇ…とこの状況を考えつつも世話をしてやろうと言う赤羽の堂々たる態度に何故かいつものように反抗出来ず、まさにペットのように主人の言う事に逆らえやしなかった。 そして仕方なく脱衣所ですすで汚れた服を脱ごうとするが、自分の後方に位置するサンタも何故か制服を脱ぎ始めてコータローはピシッと固まる。 「おいっ!まさかお前も脱ぐのかよ!!」 「??」 しかしコータローの焦り具合とは反面、赤羽は何を叫んでいるんだ?と不思議そうにトナカイを見ていた。自分の身体もどう見てもすすで汚れていて洗うのは当然だろうと赤い瞳が物語っている。そしてまたしてもそんな赤羽に反論できずコータローは、さっさと服を脱いでしまって一人逃げるように先に浴室へと入る。 何だかとんでもない事になりそうだと胸騒ぎを覚えながら、とりあえず裸は寒いのでシャワーの温度を調節する。するとヌッと後ろから突然赤羽が手を伸ばしてきた。 「俺がやろう」 そう言って温度調節する前のシャワーを奪われて、コータローはその突然の登場に思わず心臓が飛び出そうになった。いくらサンタとトナカイの関係だからと言って一緒の浴室に入るのは当然初めての事で、妙に緊張してしまうコータローはふと後ろのサンタが気になり振り返ってみる。 ―っっ!!― すると当然だが相手も服を纏わず身一つで、真剣に温度調節をしていたが、その肌の白さや思ったより近い距離にあったその整った顔を目にした時コータローは咄嗟にまずい!と判断して首の位置を元に戻す。そして妙に火照り始める顔に身体…きっと顔なんかは鏡で見たら真っ赤なんだろうなあと容易に想像がつくほど。 ―…なんかなんか……妙な気分だぞ…、つーか何だよあの色気は!!― 2へ続く。 |