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―思わぬ来訪者2― 「ほらお兄ちゃん、そういうところ全然変わってないんだから!」 「極稀の話だ、普段は自炊もするし規則正しい生活を送っているよ、だから母さんには内緒にしておいてくれ」 「さっきからお兄ちゃん、そればっかり!お母さんよりもお父さんに知られる方が怖いよねー実際は」 今度は思わず和んでしまうような兄妹同士の会話にコータローがジッと二人を観察する。やはりいつもの赤羽と違って表情がとても穏やかだ。ほんの少しだけど笑いもする、妹に微笑みかけている。何だか貴重なショットのような気がしてコータローは目が離せないでいた。家族とはこんなに温かいものだったか、と再認識させられてしまう。佐々木家も決して仲が悪い訳じゃないが、姉とはしょっちゅう口ゲンカもするし、年下だからと随分バカにされてるような気がするから馬が合わない。ジュリと姉は仲がいいみたいだが。 しかしこんな和む状況でもちょっと疎外感を覚えたコータローは、この瞬間に穏やかな顔をしている赤羽を呼び寄せてこちらを振り向かせてみる。 「おい、赤羽」 「ん?」 「……………」 ―いつもの表情に戻ってんじゃねぇよっ!― 不意打ちを狙ってみても赤羽はやっぱり赤羽だった。ただ妹が…家族が特別なだけだ。別に赤羽のそんな顔を自分に向けて欲しい訳ではないけれど。それはそれでちょっと興味が湧いただけだ、とコータローは思う。 「何だ?どうかしたのか?」 「別に何でもねーよ!!!」 ―何故突然呼びかけて振り向けば怒っているんだ……― 赤羽は赤羽でそんなコータローの行動を不思議に思っている。特に腹立たせることはした覚えがないから余計に。まあそれもいつものことなのだが。 そんな二人の摩訶不思議な空気を読んでか知らずか、ここでもタイミングよく妹は言葉を挟む。 「あ、そういえばタルト先に食べちゃったけどコータローくん夕食まだなんだっけ?何か用意しようか」 「俺はここに来る途中コンビニ寄って色々買い食いしたから別に構わねぇよ、つーかお前が飯食ったのかよ」 「俺も帰ってきてから簡単にだが食事は取った、理沙が用意して待っていてくれたからな」 「ていうかずっと言い損ねてたけどよ、タルトおかわり!」 「じゃあ持ってくるねっ、お兄ちゃんは一切れでいい?シャワーでも浴びてくる?練習後なんでしょ?」 「ん?…ああ…そうだな、しかし……」 チラッとコータローの方を見て少し気掛かりそうな表情を浮かべる。先程も考えたが、ここで席を立って二人しにしていいものか一瞬迷ってしまう。けれど汗を流し落としたいのは赤羽も同じで…コータローはまだ帰る様子もないし迷った挙句仕方がないと立ち上がる。 「いってらっしゃい」 「ごゆっくりどうぞ〜〜〜〜」 妹は可愛く手を振って兄を見送り、コータローはさぞ嬉しそうな声を上げて追い出しにかかる。やはり嫌な予感は的中してしまいそうだ。だがここは引くしかない、赤羽は溜め息一つ吐いて無言で浴室に向かった。コータローと共に残された妹を心配しながら。 赤羽がこの場から消えた後、コータローは思いっきり背を伸ばして寛ぎ始める。今までも充分寛いではいたが。 「あー赤羽の野郎が消えてせーせーしたぜー、アイツがいるだけで空気が重くなるからな!」 「えーそうかな?お兄ちゃん別に暗くないよ?でもコータローくんも何がかんだ言って楽しんでるもんね!」 「そっそんなことねーよっ、しょうがねぇから付き合ってやってるだけだぜ、本当馬が合わねぇからな〜」 でもそう言いつつもコータローの声はどもっていた。動揺している証拠だ。 「ひょっとしてお兄ちゃんがあまり笑わないの気にしてるの?」 そして更に爆弾発言まで飛び出してコータローは心底驚く。そんなコメントしづらい質問をぶつけてこられて妙に焦ってしまう。 「いやいやっ、そりゃムスーッとしてて気に食わねぇこともあるけどよ、別にアレはアレでいいんじゃねぇか?最初は笑わない奴って不思議だったけどよ」 「お兄ちゃん笑うよ?とっても可愛く!」 兄の笑顔を可愛くと表現できるこの妹は確かに天然だとコータローは思った。思わず遠くを見てしまいそうになったが、確かに家族の前では声までは出さなくても微笑みかけるんだろうなと先程の兄妹の会話を聞いていたから納得する。家族と他人、これは大きな差だ。 「そりゃあアイツにとって理沙ちゃんや家族は特別だからよー、そんなもんだろ」 けれどその時妹は何となくそのコータローの言葉に納得していなさそうだった。むしろ兄にとって特別に見えるのは自分ではなくコータローのように思えたから。あんな楽しそうな兄を見るのは初めてだったから。だがそれは口に出すことはなかった。 「ねえ、ところでその袋の中は何が入ってるの?」 妹はもうその話題には触れず、コータローの持ってきたコンビニの袋に注目した。そういえばまだその中身を取り出す気配のないコータローが気になって。 「ああこれか?まあちょっとした夜食みたいなもんだな、無性に夜って腹が減るんだよなー」 そして妹は、さっきも一度思ったことがあったのだけど、更に今のコータローの言葉を聞いてまた頭に思い浮かんだことがあり、今度はそれを直接コータローに問いかけてみる。 「さっきもちょっと思ったんだけど、コータローくん結構ここに泊まったりしているの?」 それは友人同士のお泊まり会的表現であくまで極普通に妹は尋ねたのだけど、何故かその瞬間コータローはタルトが気管に入ったのかゴホゴホとむせ出して、やたらオーバーリアクションで慌てふためいていた。だから妹は何かまずいことでも聞いてしまったのかな?とその反応に心底驚いている。 「えっ?えっ?ゴメンサナイッ、何か私いけないこと……」 「あっいやいやいや!!何でもねーよ!ちょっと慌てて食いすぎただけだぜ!ゴホッ!ゴホッ!まあその…たまにな、ストレス発散で喧嘩しにな?」 「そうなんだ〜、お兄ちゃん普段から元気にしてるよね?何か困った様子とか知らない?そういうこと全然私達には話そうとはしないから…」 「あーー元気元気、ビックリするぐらいな!超人だからな!たまに無理してそうだったら俺がビシッと言ってやるから安心しろよ!つーか本当に兄貴思いだよな…、ったく妹はこんなに可愛いのに兄貴はちっとも可愛くねーぜ!」 「男が可愛くてどうするんだ?」 「あぁ!?顔だけはソックリなくせしてよー、問題はあの性格…って、うおわっっ!!」 調子に乗ってベラベラと話し始めた途端にお兄様のご帰還だ。気配を全く感じさせず、気がつけばコータローの真後ろにいた。意外と普通の寝間着をまとって、バスタオルを首にかけ濡れた髪のせいか何だか妙に色気が増している。というよりもう寝る準備を始めている。 「悪いな…先にかかったよ、お前も浴びてこればいい」 「ん?何だ今日妹は泊まりか。まあこんな時間だし当然か、なんつー羨ましい…でも明日の学校はどうすんだよ?あるんだろ?」 「本当はいけないんだけど…今日は特別だからいいの。お父さんもお母さんも許可くれたし」 「しょうがないな、お前も…」 学校を休んでまで自分の祝いに関西から飛んできてくれた妹に対して当然ながら赤羽は強く何かを言い放つことはなかったが、やっぱりこんな理由では基本的に学校を休んではいけないことも分かっている。当然妹もそれを承知の上でやってきたのだ。でもコータローは休め休め!と深く何も考えずに変な誘惑を妹に押し付けている。 「そんな一日くらい休んだってどうってことねぇって!俺もダルい時は腹痛いとか言ってしょっちゅう早退したり、休む時だってあるからなー、気にすんな妹!」 「ほう…随分生活態度が悪いんだな、妹におかしなことを教え込まないでくれ」 「あんだよ!!ケチケチすんな!お前のために来てくれたんだぞ?別にいいじゃねぇか、なあ?」 「う、うん…一応怒られる覚悟だけはしてきたんだけどね…でもお兄ちゃん怒らなかったけど」 「なんだ…、お前嬉しいなら嬉しいってちゃんと妹に言ってやれよな?」 「お前に言われるまでもなく言っている、理沙には感謝している」 「あっあの…ケンカは…ダメだよ、そうそう!コータローくんも良かったら泊まっていったらどう?本当は今日もそのつもりで来られたんじゃないの?」 「ええっっ!!」 そして当の本人であるコータローがリアクション大きく一番驚いている。赤羽も少しその妹の発言に目を見開いていた。一体何を言い出すんだ…と次には呆れた表情に変わったが。 「バカなことを言うんじゃない、お前も泊まるのにコータローも泊める訳にはいかないだろう」 そう、それがもっともな意見だ。一応怪しい存在でないことが分かったとはいえさすがに一つ屋根の下未成年の他人同士が一夜を過ごすのはモラルに反する、と何も起こらないのを承知の上だが赤羽はそれを許さない。コータローもちょっと息切れ動機が激しくなっている模様だ。だが泊まる気で来た、という妹の言葉は夜食を持ち込んでいたことから信憑性がある。またここの部屋に慣れていることから普段から泊まることも珍しくないと独自に判断したのだろう。 「どうして?この部屋広いからいくらで場所はあるでしょう?それにもっとコータローくんからお兄ちゃんの話とか聞いてみたい、折角東京まで来たんだし…、お兄ちゃん」 「いや別に俺は全然構わないけどっ」 「少し黙っていてくれ」 「何っっ!!」 「冷静になって考えるんだ、こんなこと父の耳に入ったとなれば理沙も俺も只事では済まないんだぞ?」 「私とお兄ちゃんが黙っていれば父さんには見つからないわ、ねえ?いいでしょ?」 「いいじゃねぇか三人仲良くお泊りしたってよ!ねえねえいいだろ?お兄ちゃん?」 そしてこの期に乗じて悪ノリし始めたコータローに、こうと言っては兄の忠告など結局聞かない久々に会った最愛の妹から同時に攻められて赤羽は思わず頭を抱える。何故今日に限って来訪者が二人もいるんだ…と悩み始め、そして二人は自分の誕生日を祝いに来てくれたのだと基本的なことを思い出す。コータローはどうだか知らないが。 そしてコータローはこんな困った赤羽を初めて目の当たりに、非常に楽しそうな顔をしていた。それがまた赤羽にとって歯痒かった。 「と…とにかく理沙は早くシャワー浴びてきなさい」 「はーい、すごく楽しくなってきたよね」 「本当だよなーマジで」 もう自分一人が除け者のような感覚に、とりあえず赤羽は妹をいち早く浴室へ押しやる。そしてコータローと二人っきりになった時その本性を現す。 「今のうちに早く帰ってくれ」 「ほー、妹がいなくなった途端その態度かよ、相変わらずいい性格してんなー別にいいじゃねぇか妹がそうしたいって言ってるんだったらよ、俺だって別に何もっ」 「頼むから帰ってくれないか」 すると今度は赤羽はもう少し下手に出てコータローに対し誠意を見せてみる。それに関してはコータローも悪い気ではなかった、あの赤羽が心の底から焦って困っている。確かにモラルうんぬんかんぬん言い出したら、これはあまりよろしくないのかもしれない。けれどコータローの返答は… 「嫌だ!妹が言ったように俺は元々泊まりの予定だったしよ!もう家には連絡してあるしよ!」 「…俺は何も聞いていない」 「いつも許可なんか取らねぇじゃねぇか、そりゃ聞いてなくて当然だろ?俺が来たらたまたま妹も泊まりに来てたんだからしょうがねぇだろ、何も問題なし!」 「フー、君の理論を聞いていると頭痛がするよ」 どうやら本気で帰る気のないらしいコータローは当然泊まる気も満々で一度こうと決めたらこちらも妥協はしないだろう。もう自分が折れるしかない状況に赤羽は、まだ何か方法はないか?と可能性を探る。しかし確かに夜はもう遅く、なかなかコータローが帰らなかったことを気に留めておくべきだったと後悔した。更にシャワーまで貸してしまったことも後悔の一つだ。あまりの自然の流れで頭が回っていなかった模様だ。 「…………仕方ない」 考えに考えに考えた挙句赤羽はそんな結論を出した。本当は今からでも撤回したいくらいだった。 「よっしゃ!!!じゃあまあ世話になるぜ!!あー可愛い妹とラッキー!!」 「っ!聞き捨てならないな……妹に何か妙な真似をしてみろ、即刻この部屋からお前を追い出す、真夜中でも容赦なくだ」 「おいおい!俺がそんなスマートじゃねぇ真似するわけねーだろ!?さすがにお前の妹にンな事するか!!信用しろ!妹にちょっかい出さねーよ!!約束するぜ」 「…………まあいいだろう、だが本当に本当に…っ」 「しつこいわ!!ったくお前がこんなシスコンだったとはな、溺愛ぶりが異常だぜ」 「お前には家族愛が理解できないのか?とにかく泊まると決まったからには大人しくしていてくれ、妹に妙なことも囁くな、分かっているな?」 「分かってるって、マジでしつこい!!!」 そしてようやく一悶着終わったのか、赤羽はぐったりソファーに寝転がる。一生分の激しい感情を出した気分だった、随分冷静さを見失っていたと振り返るとその痛さにまた頭痛がする。だが決めたことは仕方がないので、臨機応変に対応していくしかない。 「もう諦めろよ、別にどうってことねぇって、理沙ちゃんは話が聞きたいだけだろう?兄貴が変に疑いに掛かってどうすんだよ、みっともねぇな」 「……そうだな、もうその件については諦めよう、妹と話をしてやってくれ、お前と話している姿は随分楽しそうだからな」 「そうか?俺はやっぱ兄貴と話してる時の方が楽しそう…というか嬉しそうだと思うけどな」 やっと場に落ち着きが戻ってきた後、また微妙に意見は食い違うが赤羽もコータローも何も反論はしなかった。何となく静かになって、喉を潤すために飲み物を口に含み心を落ち着かせる。赤羽ももう取り乱しはしなかった。 するとやがて浴室の扉が開き、寝間着姿の妹が出てくる。また濡れ髪に色気を感じて、ちょっとコータローはドキドキした。まるで赤羽の女性版を見ているようで気が気でない。けれど妹の髪も瞳も兄と同じその色ではなかった。 「あっコータローくんがいる!じゃあお兄ちゃんからお許しが出たのね?良かったー、色んなお話聞かせてね?」 「おお、任せとけって!兄貴もちゃーんと許してくれたからよっ」 「……………」 という訳で赤羽の目が常に光ってはいるが、三人は無事一つ屋根の下で語らうことになった。 だがある程度時間が経過した後、普段から規則正しい生活を送っているのか途中からうとうとと妹の目が虚ろとしてくる。話を聞けば今日は学校が終わってすぐに新幹線で兄のいる東京へ向かって、タルトや夕食用の買い物を済ませた後このマンションで料理やお菓子作りに励んでいたのだ。いつもに比べて相当疲れているだろう。けれど一生懸命起きようと努力しているのが分かりコータローの言葉に頷いて兄の学校での様子を嬉しそうに聞いている。 けれどそろそろ眠りに落ちそうな妹を見て、ここで赤羽が話にストップをかけた。 「待て、………理沙?もう眠った方がいい…俺もコータローも明日は学校で朝の練習がある、また次の機会にしよう」 そう声を掛けると妹も素直に兄の言うことを聞く。そして赤羽は妹を連れて自分がいつも使用している寝室へと入っていく。どうやら赤羽のベッドで妹を眠らせるらしい。 「え…でもお兄ちゃんは?コータローくんも……」 「俺とアイツのことなら気にするな、ソファーもあるしどこでも眠れるから、おやすみ…今日はありがとう」 そして赤羽は極自然といつもそうしているように妹の額にキスを落として、それから優しく微笑みかける。綺麗な髪と瞳を持った者の美しい笑みだった。 「お誕生日おめでとう…お兄ちゃん、おやすみなさい…」 まだ言い足りなかったのか、今日何度目かの祝いの言葉を口にしてそれから就寝前の挨拶をし妹はすぐに眠りに落ちた。よっぽど疲れていたのだろう。赤羽もそんな妹の姿を見届けて、そっと寝室から退出する。音を立てないように扉を閉めて、退屈そうにソファーに腰掛けているコータローの元へと戻る。 「眠ったのか?」 「ああ、もう寝息を立てているよ」 「ふーん…じゃあちょっと寝顔を拝見…っ、イテテテテ!!!冗談に決まってるだろ本気にすんな!」 そんな悪ふざけも今日は許さない。 「フー、俺達も明日はいつもどおり早い、もう寝た方がいい」 そんな赤羽の言葉は最もで、いつまでも楽しい時間は続かない。そろそろ現実にも帰らなければいけなかった。 「まあ…眠いと言えば眠いけどな…、俺の寝場所はここでいいのかよ、お前はどうするんだ?」 コータローがいつも座っている場所から向かいに位置する場所のソファーに座っている赤羽の返答も大体予想はできたが。同じくここでしか寝場所はないだろう。 「ああ、ここで寝るよ、お前を見張る必要がある」 そしてまだ信用しきっていないそんな冷たい赤羽の言葉。一応赤羽の座るソファーからの方が寝室は近い、本気でガード体勢らしい。 「分かった分かった、掛け布団くれよ、さすがにこのままじゃ寒くて風邪引くぜ?」 「ああ、今取ってくる」 そして気持ち悪いかもしれないが平行に置かれた二つのソファーでコータローと赤羽も横になる。部屋中の電気を消してほとんどが闇に包まれた状態だった。当然二人も疲れていたし、超人と評された赤羽も例外はなく睡魔が必然とばかりに襲ってくる。この休息で一日分の身体の疲れを癒さなければならない。睡眠はとても重要だった。 ―ああ……もう眠い……― 今日は特に学校で部の皆に祝われてプレゼントまで貰ってしまい、部屋に帰れば突然の妹の来訪に驚かされ夕食やバースデーケーキまで手作りで用意してくれた。コータローも一応来てくれた事に関しては妹も喜んでいたしこれはこれで良かったと感謝して赤羽はもう眠りにつく。これ以上は起きていられないと少しずつ少しずつ……… 落ちていけるものだと思っていた… 突然、人の重みをその身に感じなければ。 3へ続く。 |