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*異変−2−* 何を考えているのかさっぱりジュリには理解できない、なんだかやたらコータローの気合だけは隣からひしひしと伝わってはくる。一体職員室に何の用なのだ、何だか嫌な予感がして、でも仕方なく渋々ついていくけれど… うーん…と考える仕草を見せるジュリ、だが職員室の目の前までやってきた時、突然コータローの怒りきった態度が豹変する。 「うーん、具合悪ぃ〜…、あー頭痛ぇ〜」 「…は?急に何言ってんの?」 「いいからさっさとドアを開けろ…、あー苦しいー」 「ちょっとまさかコータロー!」 何となく相手の考えが読めたジュリだった、しかしコータローに強く睨まれて仕方なく職員室のドアを開ける、すると真っ直ぐ担任の下へコータローは弱弱しく進んでいった。そしてこんな事を口にする。 「先生、マジ気分悪ぃ…、さっきから頭も痛ぇし腹具合も悪ぃし、なんかヤベェ…」 「ん?佐々木か、そんな事言ってまたお前は仮病だろ!今日という今日は先生騙されんぞ!」 「ちょっとマジで本当なんだって、証人に沢井にも来てもらったぜ、なあ、朝から俺調子悪いよな?」 「へっ?」 大人しく静観していたジュリだったが、ここで突然話を振られて、そして咄嗟に慌てて「ああ、はい!」とコータローの仮病の手助けをしてしまう。でもその本当の理由を知っているから、止める気にはなれなかった。 「そうか…沢井がそう言うなら間違いないな…悪かったな佐々木、じゃあどうする?もう帰るか?帰れそうなのか?」 「ああそれはもう全然大丈夫だぜ、スマートに帰ります」 ―ちょっと最後までしっかり演技しときなさいよ!!― 上手くいきそうになったらすぐに気を抜くコータローの甘すぎる演技に対しジュリは憤慨を覚える、だがここで下手な態度を取るとサボりがバレてしまうので沢井はグッと我慢した。後もう少しの辛抱だと。 「じゃあまあ気をつけて帰りなさい、沢井も帰りの準備手伝ってやってくれ」 「ああ、はいっ」 「それじゃー帰ります」 こうして無事に早退の手続きは済んだ…、ジュリは心の中で先生甘すぎると唱えながら、でもきっと赤羽の様子を見に行く為に決断したコータローだったから今日は口うるさく言わない。 「まさかコータローも早退するなんて思わなかった」 「俺を無視したアイツが悪い!超特急で行ってくるぜ」 「でもわざわざそこまでしなくたって…赤羽だって自力で帰れそうだから帰ったんじゃないの?でもまあ心配だけどね…間違っても病人に迷惑は掛けないでよね?」 「だから俺がそんなスマートじゃねぇ真似するかよっ、どっちにしろ一人にしておけるような軽い程度じゃなかったぜ…あのヤローの様子はよ」 「何だか今日は妙に頼りになるわね、でもいつものケンカ相手がいなかったらコータローもつまんないもんね、本当は凄く仲良くなっちゃったんじゃないのー?」 「はっはあ!?気色悪いこと言うな!!じゃあ俺は行ってくるからな、今日の練習は頼んだぜ」 「はいはい、部の方は任せといてよ、また状況をメールででも送ってよ、皆も心配すると思うから」 「分かった、さっきは悪かったな嘘つかせちまってよ、後のことは任せたぜ」 「いいよそんなの、じゃあいってらっしゃい」 こうしてコータローも学校を去っていった。校舎を出たすぐから走っていったコータローを見送ったジュリは、せめて学校の近くくらいは具合悪そうに大人しく歩いて行きなさいよ…と密かに思っていた。でも誰も目撃していないし特に気にする事ではなかった。 けれど随分一生懸命なコータローはやはり不思議に映っていた、コータローのしたことはとてもいいことだと勿論思うのだけれど、それでも何だか普通でない何かを感じていた。 「まあ距離が縮まってるのは凄くいいことなんだけどね…ただ問題は本当にコータローが行って迷惑掛からないかが心配……余計具合悪くなったりして赤羽、まさかね…」 せめてこんな事は取り越し苦労であって欲しいと願うジュリだった。 そしてひたすら赤羽の自宅マンションを目指して走るコータロー。その長い脚を忙しく走らせて、セットされた髪やネクタイに制服、正面から受ける風で揺らしながら、まさしく全速力で街中を駆け抜けていった。向かい先の場所は既に知っている、何度も訪れたことのある場所だ、だから迷うことなく進んでいく。 朝の赤羽の状態を思い出し、そんな二時間ほど眠っただけで回復できるような生易しい症状ではなかったくらい素人目で見たコータローにも分かる。絶対に身体を酷使して、無理をしてでも帰っていったと変に確信を持っている。あんまり弱点とか弱ってる姿とか、普段から見せることを無意識的に嫌う赤羽だ、きっとこれ以上無様な姿を晒すのが嫌になったのだろう。 「変なことばっか気にしやがって!!!」 自分だけが異変に気付けた時コータローは不謹慎だけど嬉しかったのだ、隠し上手な赤羽を見事に暴いてやった、また本当に具合が悪そうだったから気付けて良かったとも思う。 「死んでねーだろうなー赤羽の奴!!!」 ちょっと怒りも含んだ声でいつものらしさも垣間見せる。 とにかく一分一秒でも早く到着してやろうと奮起する、するとさすが運動部の脚であっという間にマンション前までやってきた。ゼイゼイと息を切らしながら、少し呼吸を落ち着かせてマンション構内へ入っていく。赤羽の部屋は随分上の方にあるのでエレベーターを利用し、手馴れたように階を押して、さっさと連れてってくれるのを待つ。 エレベーターが開くと静かに降りて、どこか緊張した様子で赤羽の部屋のまん前まで歩いていく。そしてピンポーン…と一度だけインターホンを押す、いつもこれを押す時は何度も繰り返し押してやるのだが今日はそうしない。けれど音を鳴らした後、何も返事がないわドアが開く音もしないわでコータローは冷や汗をかく。 「ま、まさかまだ帰ってない…なんて事ねーよな…?出らんねーだけだよな?」 さてこれからどうしようかと立ち止まりながらコータローは考える、こうなったら携帯を鳴らすかとポケットから取り出そうとするが、何となくその前にドアノブを掴み、そっと右に回してみる。すると普通にノブは回って、何とドアはいとも簡単に開いていった。 ―開いてるぞっおい!無用心だなっ、でも帰ってる証拠だよな、泥棒じゃなかったらよ― コータローは恐る恐る中を覗き込むよう控えめにドアを開けて、傍から見ればとても怪しいが中の様子を窺う。だがそんな小さいことをしている自分に腹を立てて、もう遠慮なしにドアを開け堂々と声を出す。 「おい、もう帰ってるのかよっ!?」 だがやはり返答は帰ってこず辺りはシーンとしていた、だがふと玄関を見ると見覚えのある靴が脱ぎ捨ててあって、コータローはほんの少し安堵した。そして自分も上に上がろうと靴を脱いだ時、ふと前方に二本の脚が横に伸びているのが見えてコータローは驚愕する。 「おいっ赤羽っっ!!!!」 思わず叫び飛び上がって大急ぎで側まで駆け寄る。まさかそこまで具合が悪かったとはと顔を真っ青にしながら。そして仰向けに倒れている赤羽の背に手を置き、顔を覗き込む。するとコータローは目を丸くした。 「……ん?…………、ねっ寝てんのかよっっっ!!!」 くーくーと床で眠ってる赤羽をきつく見下ろしながら眉間に皺を寄せる。ぷるぷると震えて思わず拳を握り締める。 「んのヤロー!俺の今一瞬の純粋でいたいけな心を返せっっ!!紛らわしいわっ!!」 だがただ眠っているからといってこのまま放置しておくにも当然いかず、むしろ寝室まで辿り着けなかったと考える方が正しい。どっちにしろ急いで来て良かったと早速ベッドに移動させようとコータローは働き始める。まず開けっ放しのドアを閉めて、一応カギも閉めて、それから寝室のドアを開けた。 「さあ運ばねぇとな…どうするか……、重いかなあ〜」 でも躊躇もしてられないので、ずるずると引き摺っていくかと背中を抱えるが、だがやはり病人なのでもっと労わらなければいけないとコータローは仕方なくその身体を両腕に抱えてふらふらしつつも寝室へ運んでいく。元々力があるタイプではないので、自分と同じくらいの体重を運ぶのは結構大変だ。だがぐったりとして異常に汗をかく赤羽の表情はとても苦しそうに見えた。息も相変わらず熱っぽくて荒い。 ベッドの目の前に来て赤羽を下ろす前に、上の布団を行儀は悪いと思ったが足でペイッと押し退けて、そこに下ろしてやろうとする。すると少し身じろいだ赤羽は唸るような声を突然上げた。少し頭をコータローに寄り掛かるようにして、小さくぼそりと呟く。 「うっ……ん……………………っ…、父さん…」 「っ!」 ―と、父さんっ!?俺がっ!?― ちょっと度肝を抜かれたコータロー、だが不服がってる暇もなく、ゆっくりと赤羽の身体をベッドに横たわらせてやる。そして窮屈にならないように、ブレザーを脱がしてネクタイも解きシャツのボタンをもう少し緩めてやる。ベルトも外してやった方がいいかと、どんどん身軽にしてやる。まるで服を剥いでるみたいだった、まあそうなのだが。そして仕上げに布団を被せてやって、コータローは少し重い溜め息を吐きながら赤羽のベッドに腰掛けた。ちらっと顔を見れば少し落ち着いたような表情をしていて、それはとてもいい事なのだがどうもさっきのうわ言が気になって仕方なかった。 「……父さん、か……、このヤロー間違えやがったなさては…こんなデケー息子を持った覚えはねーぞ、まあ別にいいけどよ」 何だかやり切れない感もあったが、あの赤羽の呟きとは思えない多分とても貴重なものを自分は聞いてしまったのだろう。やはり寂しくない訳がない、特に身体が弱っている時は心細く思うのも当然だ。そして布団に被らず片腕を投げ出した状態で眠っている赤羽を目にし、ちょっと手でも握ってやるかと変な好奇心がコータローには湧いていた。そろりと自身の手を持っていき、その魔法じゃないかと思うほどの能力を秘めた赤羽の手をこっそり握ってやる。すると向こうの手もまるで何かに縋るようにコータローの手を握り返してきて、何となく期待していた事だったがちょっと恥ずかしい思いをしていた。 ―…普通に握り返してきやがったな…っていうかやっぱ熱いぞこいつの手…― そうだ、熱を下げてやらなければ、そんな事を思いながら何となく名残惜しいけど手を離す。そしてタオルでも濡らすかと寝室を出る。必死でタオルを探し当て水で濡らしきつく絞る。それをまた寝室で眠る赤羽の額に乗せてやって、今度は何もする事がなくなった。ああ…ちょっと喉が渇いたと思った、だからこっそり冷蔵庫を開けてみる、するとミネラルウォーターが大量に蓄えられていた。だが隅に炭酸飲料も目ざとく見つけ、コップにそれを注ぎ喉を潤す。ちょっと生き返った気がした。そういえば全速力でここに向かっていたのだ。 「何だこの薄気味悪い冷蔵庫の中はよ…ミネラルウォーターとサラダしか入ってねえ〜〜〜!!!毎日何食ってんだ!!」 赤羽の主食、サラダが欠かされる事なく冷蔵庫の大半を占められている。そんなに日持ちするのかと心配するほどだ、だが赤羽はそんなミスは犯さずきちんと消費期限が迫っているものは手前に、まだ持つものは奥に仕分けられている。しかしそれでも草食動物チックな冷蔵庫の中身にコータローは眩暈がしそうになった。自分の好物の肉も見当たらない、こんな食事でアメフトとか本当にやれるのかと不思議になった。だが赤羽の身体は細身ではあるが無駄なく筋肉もついていて、上半身の鍛えようはポジションの関係もあって赤羽の方が上だ、意外と腕も太かったりする。 「分からねぇ…一体どこに両面フルで戦える力がアイツにあんのか…」 こんなところでも赤羽の神秘を再確認させられ、曇り顔のまま寝室に戻るコータロー。いま衰弱した赤羽を目の前にすると本当に信じられない、下手すればただの言動がおかしい文化系ギター好きなキザ野郎(+色男)にしか見えない。とっても豪快に身体と身体をぶつかり合わせるスポーツなど無縁に思えるほど。だがコータローもよく知っているがフィールド上の赤羽は本当に頼りがいがあって、この男がいなければ盤戸のスタイルであるキックゲームは完成しない。非常にパワフルさを持ち合わせている、この顔で身体で。深く考えれば考えるほど人間じゃないのかと変な答えに行き着いてしまう、本当に不思議な存在だ。 「化け物め…でもそれだけ神様って奴に愛されてんだろうけどよ」 しかし能力に関してはそう言えるが、赤羽を取り巻く環境を考えると神に愛されているとは一概に言えない。一人家族と離れて高校生の身でありながら大都会で住む少年、汚い大人の陰謀に巻き込まれかけた壮絶な過去、表情には何も出ないが確実に内側では心にしこりのような物を残しているのだろう。 昨年の三年の先輩が引退する時も赤羽は非常に意味深な台詞を吐いた。当時主将だった人から直々に次の主将に選ばれたのは盤戸をひたすらに愛し続けたコータローだった。それは当然のような少し意外だったような、皆が皆不思議な感覚に包まれた。 すると先輩は申し訳ないようにこんなことを口にして… 「おうおう、俺も色々悩んだんだけど、どっちかには任せようと思ったけど、赤羽にしたらコータローが怒るかなと思ってコータローにした、そっちの方が角が立たなさそうだったから」 「ちょっと先輩!そんな理由で俺っすかあ〜!?まあでもそれでも俺が選ばれたんだから主将は俺がやるぜ?テメー文句ねーな?なんてったって先輩の意向だからな!!」 そしてそんな増長するコータローの姿を見た部員やジュリは、あっ先輩正しい…とその選択に納得した。赤羽なら普通にコータローが選ばれても悔しくなんてこれっぽっちも思わないだろうし、むしろ率先して協力し助けていくだろう、だが赤羽が選ばれたらコータローはまたそれをネタに突っ掛かったりいらん事を口出ししそうだ、だからやっぱり先輩の判断は正しかったと思う。 けれど次に発せられた赤羽の言葉を聞いてそこにいる全員が全員その場で固まってしまう。 「…僕は一度盤戸を離れた身です、その資格はありません、コータローが適任だと思われます」 『っっっ!!!』 それは場の空気は一瞬にして切り裂くものだった。隣にいたコータローも驚きを隠せず目を大きく見開いて赤羽を見ていた。何とも苦い過去を思い出させるような赤羽の発言に全員が息を呑む、まさか今このタイミングで赤羽がその話題を持ち出すとは誰も思わなかったのだ。そしてそれを今になって口にするということは… 「…お前まだ気にしてんだろう…」 回想を止めたコータローが伏せってる赤羽に対してそう呟く。あの時は何も言えなかった…誰も何も言えなかったのだ。 今でも気にしているのかどうかは分からないが、とにかくコータローが主将になったその後は皆の予測どおり赤羽はとってもよく働いた、サポートを大きく上回るほど何でも自分で出来る範囲内ならこなした。ジュリがコータローに…周囲から名ばかりの主将と呼ばれないようにね、とまで言わせるほど赤羽は実に立派だった。本気でコータローが主将の名を返上しなければならないと危ぶむほど。だが赤羽はそんな気はないしコータローはコータローで一生懸命頑張っていたので今は何とか上手く回転させられているのだが… 「こんな弱ってるの見た事ねーよ……」 心なしか優しげにそう零し、そしてそっと丸めた指の裏側で赤羽の頬を優しくなぞる。すると少しこそばゆく感じたのか赤羽は身体を揺らした。それからコータローはその手で額のタオルをひっくり返しジッと赤羽の閉じられた目を見つめる。何となく今開かないかな…と思いつつ、ジーッと穴が開くほど見つめ倒す。そして眺めれば眺めるほどキレイな顔立ちだと男の自分でも思う。更にこの顔に赤い瞳が加わると赤羽はほぼ敵なしだ、何が敵なんだと問われれば迷うところだが。 しかし実はカラーコンタクトなんじゃないかとの噂もある、でもコータローはその噂は信じられずにいた、有り得ない話ではないが何となく。 「つーかコンタクト付けたまま眠れんのかよ…普通危ないんじゃねぇのか??」 今日の赤羽は赤い瞳のまま保健室でも眠りについている(多分)、だからこの赤は天然なのだとコータローは思う事にした。いつか本人がはっきりと否定して、確固たる証拠を見せ付けられるまでコータローはこの信念を曲げないだろう。何の信念だか… 「あー暇だ、看病って意外とする事ねーな…」 基本的に一定の場所にじっとしていられないコータローだ、だが病人を前にウロウロする訳にもいかない。下手に触れて起こしてしまっても今はまずい。でもついつい悪戯心が出てしまう、よく見れば赤羽は非常に汗をかいていた…しかも制服のまま寝ているので相当気持ち悪いだろうと察してやる。だから取り合えずシャツだけでも脱がしてやって汗を拭ってやった方がいいんじゃないかと早速ごそごそと動き始めた。布団を捲って、さっき中途半端にはだけさせた黒シャツのボタンを今度は最後まで順序良く外していく、完全に前は開いて中にもう一枚衣服を身に着けていたから仕方なくそれは胸の上までたくし上げた。 するとあら不思議、赤羽の格好が妙にいかがわしいものとなる。 「…………今起きられたら…完全に誤解されるぞ……」 冷や汗がたらりと落ちそうな中、だが決してやましい気持ちからこんな事になった訳じゃない、汗を拭くんだ汗を…そんな言葉を脳内で反復しながら、でもついつい目の前の白い肌に視線が釘付けになってしまう。 「って、ハッ!!!何考えてんだ俺は〜〜〜!!!相手は病人病人病人……」 だがしかし、嫌でも目に付く白い肌に二つの朱の色がコータローの体温をグングン上げていく。思わず頭を抱えて息を荒くし、これではどっちが病人なのか分からなかった。「ぐあーっ」と苦しみ出すコータローは必死で何かと戦っている。赤羽の側でひたすら一人で取り乱し、何だか収拾がつかない様子だった。けれどそんなコータローを現実に引き戻したのは燃えるような真っ赤な瞳。 「あーやべっどうしよっっ、って、おわあああああっっっっ!!!!!」 そしてタイミング悪く、何と虚ろな瞳でこちらを見つめている赤羽と目が合ってしまったのだ。更に取り乱してしまうコータローの顔は真っ赤で妙に言い訳がましい顔もしている。 ―やべーーっっ!!誤解される〜〜〜〜!!!!― 「ちょちょちょ待てっっ!誤解すんな?頼むから誤解すんなよ!?俺はただ身体を拭いてやろうとっ」 「………何故ここに…」 しかし完全言い訳をするコータローに対し、赤羽は自然な成り行きの極普通の質問も口にする。ここが学校ではないのは一目瞭然だし、早退してここまで帰ってきた事はさすがに覚えている。だがベッドで眠った記憶もないし、ましてコータローが目の前にいて不思議に思わない訳がない。まずそっちの説明がどう考えても先だ。 「あ………まあ、ンンッ!!何故ここにだと?お前こそ人の忠告無視して何勝手に早退してんだよ!ふらふらのくせにっ」 「……学校は…どうしたんだ……」 「!…………途中で抜けてきた、ちゃんと許可は取ったぜ?でも勝手に帰ったお前が悪いんだからな、大慌てで飛んで来てやったんだよ、そしたら案の定そっちの部屋でぶっ倒れてやがった、少しは俺に感謝しろっ」 「そうだったのか………迷惑をかけた…もう平気だ、お前は学校に戻れ…」 「ああっ!?戻るかっっ!!!つーか今更戻れるかよ!!!何がどう平気なんだよ、嘘つくな!」 病人相手にいつものテンションで受け答えをしてしまうコータローはもう少し落ち着いた方がいいが、無用な赤羽の気遣いは一蹴された。赤羽はまだぼんやりとしていて熱のせいでもあるが寝起きで思考が定まらないのか酷く虚ろだ。とにかく不用意に大声を上げるのは禁止だとコータローは口を噤んで、途中で投げ出しっぱなしの身体拭きをしてやろうと体勢を元に戻す。だが肝心の身体を拭くためのタオルが用意されていなかった。 「あっ……そういやタオル持ってきてねぇ…ちょっと待ってろよ」 「もう着替える…」 「着替えるにして汗は気持ち悪いだろ、病人は病人らしく世話焼かれとけよ」 そう言って出て行ったコータローを尻目に赤羽はゆっくりと身を起こしてベッドに腰掛ける、そして中途半端に脱がされた服を脱いで代わりのホームウェアをクローゼットから取り出した。まあほぼ寝間着のようなものだったが。 「お、立ち上がれんのか?ほら座れよ、拭いてやるから、寝ててもいいぜ?」 戻ってきたコータローの言う事を聞いて赤羽は素直にベッドへ腰掛ける、それからすぐに上半身を濡らされたタオルで拭かれた、タオルは少し濡らされていてとても気持ちが良かった。汗が拭われ気分的に楽になった時、コータローは少し悩んだ様子で赤羽の脚を見ていた。 「……こっちどうするよ、拭くか?」 「……いや、いい」 そんな何とも言えないやり取りの後、赤羽はもう着替え始めて下の衣服に手をかけていた。それから逃げるようにコータローはタオルを絞りに部屋を出る。やはり病人とはいえ赤羽の魔力は怖ろしい、そう痛感する。むしろ弱った今こそ初めて見る表情ばかりで戸惑わされるのかもしれない。 着替え終わった赤羽は再びベッドへ戻り眠る体勢を取る、だが少し眠気が覚めたのか完全に眠ろうとはしない。じっとして身体を休めている状態だ。 ようやく平和な状態になって、コータローも息を一つ吐く。どこからか椅子を適当に持ってきてベッドの傍らに置きそこへ座る。なんだかまるで赤羽を監視しているみたいだ。 「もう昼だぜ……お前腹空かねぇのかよ……俺は空きまくりだぜ」 「…何か適当に冷蔵庫の中のものでも食べていてくれ…、俺はいい…」 「冷蔵庫の中のもんってサラダとミネラルウォーターしかねぇぞっ!俺は飯は野菜だけじゃ到底満足できない男だぜ……ていうか何かお前が飯食え、じゃねーと回復しねぇぞ」 「…特にいらない…」 「ダメだ、何か食え、あれだけ大量にサラダがあるんだからそれでも食えよ、でも飯も食った方がいいな…粥とかよ」 「……食欲がない……、だから少しでいい」 「よし!」 そして仕事だ!とばかりに意気揚々キッチンへ向かうコータロー。冷蔵庫から個包装されているサラダを取り出しドレッシングと共にどこか近くへ置く。後それともう一つ、粥。だが粥と言いつつも実際コータローは自分で粥など作ったことがない…むしろ米の場所も分からない…ちょっと途方にくれた。だがのんびりもしてられないのでこの分野では女だ!と携帯でジュリに粥の作り方教えろとメールで打つ。するとまだ授業中のはずが速攻返事が返ってきた、とっても優秀な女性だ。 『コンビニに向かえ』 そんな単純明快な文字だけが画面に映った。どうも粥の作り方を実は知らないのか、それとも一々教えるのが面倒だったのか、あるいはコータローの腕を全く信用していなかったのかのどれかだ。きっと三番目だと思う。 「あいつめ……、まあでもそれが一番確かだな、先にサラダだけ食わしておくか」 そして赤羽の下に戻った時はサラダを片手にそれを手渡す。赤羽は素直にありがとうと礼を言った。それからまたすぐにどこかへ向かうコータロー、今度はコンビニだ。 「おいちょっと外に出るからな、何かあったら携帯で呼べよ、まあすぐ戻ってくるけどな」 「?………ああ…」 3へ続く。 |