*異変−1−*


閉められたカーテンの隙間から日の光が差し込む。高層マンションの一室で一人暮らしをしている赤羽はその眩しさから自然と眠りから覚めた。何度か瞬きをした後、朝を確認して今日も平日である事からいつも通り身を起こそうと身体に掛かった布団を捲る。時計で正確な時間は確認しなかったが、毎日目覚める時刻は一定なので、自分の体内時計を信じて赤羽はゆっくりと身体を起こした。

すると突然ぐらりと身体がふらつく。

「………?」

本人も摩訶不思議そうに自分の身体の状態をおかしく思いながら、再度ベッドから抜け出そうといつも以上にぼんやりとする頭を抱えて赤羽は脚を床に下ろす。だが再び気力がもたず脱力したようにベッドへ沈み込んだ。そしてふと自分の呼吸が乱れていることに気付く。

「はぁ…、はぁ…」

更に全身が燃えるように熱かった。
どうも様子がおかしい…ここでようやく赤羽は自身の身体の異変に気付く。そっと手を額に押し当てて自分の体温を確認する、すると異常なほど熱を持っている事が分かった。改めて体温計で計る必要がないほどに。
だが赤羽は倒れこんだままもう一度眠りにつこうとはせず、逆に気力を振り絞って起き上がる。しっかりと二本の脚で立ち、いつもの朝のように学校へ行く支度を始める。当然食欲もないが冷蔵庫からサラダを取り出して溜め息混じりに朝食を取る、そして簡単に済ませた後風邪薬を飲んで(風邪かどうか定かではなかったが)制服に着替える。

何故か赤羽の頭には欠席するという選択肢は入ってなかった。
あの赤羽がふらつくくらい身体は悲鳴を上げているのに、普通なら誰でも休むくらい発熱しているというのに。
だがいつもと寸分狂わず自宅マンションを出た赤羽はギターと学生カバンを抱えて、律儀にも朝練にもすら出るつもりでいた。外を歩く姿は異常の無い時の姿そのままで、どこから見ても発熱してるようには見えない冷静な表情と鋭く美しい視線を保っている。

先程ベッドに倒れこんだ時に赤羽はふと昨日の部の練習の時の事を思い出していた。無事に新入部員も入って賑やかな盤戸高校アメフト部だったが、だからこそ赤羽はとても毎日を忙しく過ごしていた。資料室に篭らない時は常に誰かの指導、質問攻め、自分の持つ技術の伝達、主将ではなくともマネージャーと連携して毎日のスケジュールの管理も行い、そして相変わらず無駄に絡んでくる主将の面倒を見つつ、とにかく学校へ到着したら引っ張りだこなのだ。
またそれらをこなせる能力が赤羽には備わってしまっているのでオーバーワーク気味などと誰も…本人すら思わず、そして突然ガタがきた格好だ。また元々器用であるが故、身体異常を他人に気付かせない事も彼には可能だった。きっと一日程度休んだところで部に支障はないと思われるが、それでも真面目な赤羽は基本欠席する事を好まない。また誰かが自分を必要としてくれる人がいる限り部も休みたくない、後輩や他メンバーの成長具合を見届けるのが一つの楽しみにもなっていた。
そして自分も立ち止まってはいられない、また秋大会に強敵と戦って勝ち抜いていかねばならないから。

学校に着いた赤羽は例外なく部室へ寄ってカバンとギターを置く。だが重い防具をまとってユニフォームを着る気にはなれなかった。毎日着用している訳ではないから、今日一日制服姿のままで怪しまれることはないだろう。顔を合わせた部員と極普通に挨拶を交わして、いつものグラウンド上のベンチに向かう。そこに溜め息一つ誰にも気付かれないよう吐いて腰掛けて脚を組む。そしていつものようにギターを抱えて弦を弾こうとしたけれども、ここで赤羽は自分の手にギターが握られていない事に気付く。そういえば部室に置いてきたままだった。

―………やはり調子が上がらない…―

人間抜け落ちることくらい多々あると思うが、やはり本調子でない赤羽はいつもに比べてらしくなかった。ほんの僅かな違いだったとしても。そこまで深く誰かに悟られるようなことが無いにせよ。
賑やかになりつつあるグラウンド上では着々と朝練の準備が進められている、まだ登校してこない寝坊が趣味かと思うほどの主将にはさすがに合わせていられない。そして早速忙しくなり始めた赤羽はじわりと汗が滲むのを感じながらも淡々と自分の役割を果たし、体調不良など忘却の彼方へ追いやるのであった。


一方その頃、大慌てで通学途中の二人の姿があった。


「今日と言う今日は絶対許さないから!!」

「今日はたまたま目覚ましの電池が切れたんだよ!!そんな毎日寝坊してられるか!」

「じゃあちゃんと起きなさいよ、携帯も持ってるくせに!主将としての自覚あんの?」

「分かってるって!ちゃんと先輩から受け継いだんだ、大胆かつスマートにやり抜いていくぜ!」

「そうそう、コータローが直々に選ばれたんだからもっとシッカリしてよね、今じゃ赤羽の方がずっと主将らしいからね」

そんな昨年の引退していく先輩の姿を思い出した二人はしみじみとその時を懐かしむ。泥門との関東大会最後の椅子をかけて死闘を繰り広げたのは今でも記憶に新しい。残念ながら試合は負けてしまったが、盤戸が得たものも大きかった。忌々しい過去をようやく振り切ることができたのだ、それが何よりだった。

「でも俺がいなきゃよ、やっぱキックチームは始まんねぇぜ!?赤羽にばっかデカい顔させねーぞ!」

「じゃあ最低限時間くらい守ってよね、本当赤羽に負担掛かりっぱなしだから、まあ不死身のような人だけど」

そんな会話を交わしつつ二人はやっと学校へ辿り着く。案の定朝練は開始されていて、いつもの位置に赤羽がドンと大きく陣取っている。そしてその周りには数々の部員が赤羽を取り巻いていた。どう見てもお忙しそうだ。

「赤羽さん!今のブロックの仕方なんですけどー」
「先輩!こんな感じでいいんでしょうか?」
「おーい赤羽ー、ちょっと見てくれないか〜?」

心休まる暇も無い程、赤羽を呼ぶ声が辺りを飛び交っている。そして一つずつ丁寧に分かりやすく説明して自らも身体を動かし皆の要望に答えていく。立ち上がる度に両脚から力が抜けていきそうになるが、決して異常は悟らせないよう細心の注意を払って赤羽は行動に移している。するとふと耳に、馴染み深い二人の声が聞こえてくる。

「おはよう〜みんな!ゴメン遅れて。今日もコータローがバカでねー」
「おいっ!…って、あっと…悪ィ、明日からは気をつけるぜ」
「でもまた随分赤羽は朝から人気者よねー、どっかの誰かさんとは大違い」
「んだと!!こっちもキックの事なら何時間だって語れるし嫌って言うほど特訓にも付き合ってやるぜ〜?」

そんな二人の登場に一気に場の雰囲気が明るくなり、絶えず笑い声が漏れ始める。赤羽も二人のやり取りを見ていなかった訳ではないが、少し身体に気だるさを感じてそっと静かにベンチへと座る。沢井ともコータローとも目を合わせたが会話に参加しない事は日常茶飯事なので不自然には映らないはずだ。だが腰を掛けて気を緩ませると一気に脱力感が襲ってきて赤羽は一瞬顔を歪める。そして誰にも気付かれないように熱く湿ったような息を深く静かに吐いて熱を外へ逃がそうとする。しかしそうも簡単に熱も引いてはくれない。それどころか次第に体温が上昇していく過程が手に取るように分かってしまう。きっと朝に比べて熱は確実に上がっている、どうやら薬は飲み間違えたようだ。
だが赤羽が言葉を紡がず、口を閉ざしたままベンチに腰掛けている風景なんて毎日嫌というほど流れているので誰も不審には思わない、むしろそれが狙いでもあるのだが。元々感情が表に出ないので、赤羽の異変を察知する事はとても難しい。

「じゃあ皆練習続けてー、私着替えてくるから。コータローもさっさと遅れた分取り戻すのよ?」

「分かってるって言われなくてもよ、お前らもいつまでも固まってんなよ」

『はい!』

こうして人だかりは分散していき、皆が皆練習に励みだす。そして肝心なコータローも、さすがに制服姿のままでキック練習はできないので(汚れてしまうから)着替えに行かなければいけないのだが、その前にいつもの日課のご挨拶があった。

「よー赤羽、ちょっと遅れたが朝の挨拶だぜ!ペペペッ!!!」

「…………フー、早く着替えてきたらどうだ」

だが物怖じしない赤羽はいつもの赤羽で、ただ少し息を吐いた時に気を置き過ぎたかも知れないが、切り返し方もまさに普段どおり。コータローが悪態をつくのも日常茶飯事。しかしいつもツバの行き先は赤羽でなく赤羽が愛用しているギターに向けられるものなのだが今日はその物体が赤羽の腕の中に存在しない、少々ツバの照準が狂ってしまった。

「おい、お前ギターは?」

「………部室だ」

コータローの問い掛けに少々間を置いて返答した赤羽、まあ普段ベッタリ肌身離さず抱えているものが見当たらなかったら誰でも不自然には思うだろう。だがギターを担いだままでアメフトの練習はできないのだから、普通は持ってなくて正解なのだ。赤羽でなければ。

「ほーーっ、まあそんなのはどうでもいいけどよ、お前ちょっと面貸せ」

「?……何だ?用件ならここで聞こう…」

「いいからちょっと来い!」

そんな傍から見れば一触即発っぽい雰囲気に、周囲の部員達は慌てて二人の間に割って入りコータローの暴挙を食い止めようとする。

「おい!コータロー!早まった真似はよせ!!赤羽に何か危害を加えるつもりだな?さては!!暴力反対!!」

「んなスマートじゃねぇ真似するかああああ!!!!ぶん殴る時は正面からいくぜ!!おらっそこどけ!!」

だが部員の制止などお構いなしに、コータローは無理やり部員の身体を跳ね除け赤羽の腕を掴み部室の方へ早足で連れて行く。赤羽も不思議そうにコータローの後姿を見つめ抵抗はしないでいる。一体わざわざ人目を避けて何の用なのか、少し興味もあった。だが部室に入りドアが閉められ、真正面からコータローが自分を睨んできた時は本気で殴るつもりなのだろうか?と赤羽は思った。しかし実際はもっと赤羽にとって酷なことであった。

突然サングラスを奪われ両手で左右から頭を挟まれ固定されて、コータローの顔が正面から降ってくる。そしてゴツンと額が額に触れて、そこでコータローの動きは止まった。てっきり頭突きでもお見舞いされるのかと思った、だが思いの他優しく触れられて静かに時間が流れる。互いに至近距離で視線を合わせながら、だが赤羽の目は少々大きく見開いていた。そして思わず何か言いたい訳でもなかったが口が開く。

「ん?何か言いたい事あんなら言えよ」

額を合わせたまま話し掛けてきたコータローに赤羽もそのままの姿勢で素直に返答する。

「………随分顔が近いな」

そんな正直な感想が零れた。
そしてそれに対する返答も非常に早かった。


「…何ならこのままキスしてやってもいいぜ?」


「……………」


パァンッッッ!!!


だが赤羽のそれの発動も非常に早かった。見事にキレイに吹っ飛んでいくコータローの身体、力なく真後ろに転倒させられた。けれどすぐに立ち上がって文句の一つでも言う前に肝心な事を彼は赤羽に告げる。

「つーかやっぱお前熱あんだろっっ!!デコめちゃくちゃ熱かったぞ〜!?俺の目は誤魔化されねぇぜ!!」

「!」

「何か様子がおかしいと思ったらそういう事かよ、んじゃさっさと行くぞっオラ!」

「どこへ…?」

「保健室に決まってんだろ〜〜〜〜!!!!ほら行くぞ!我慢できるような熱じゃねーだろそれ」

そして再びコータローは赤羽の腕を掴み、今度は校舎内の保健室へと向かっていく。だがこの時赤羽は不思議でならなかった、一体どうして自分の身体の異変にコータローが気付いてしまったのか、上手く隠し通せていたと自信もあったのに。だがまたきっとそんな赤羽の態度もコータローにとっては気に入らないのだろう。とにかく気付かれてしまってはもう無意味で、今更隠す事はしなかった。苦しいのは確かだ、コータローに悟られてしまうくらいSOSを無意識の内に出していたという事なんだろう。

「……いつから」

「あぁ?んなもん見てたらすぐ分かるっ、ったく無理しやがってよー」

コータローに掴まれた腕も妙に熱い、苦しみをセーブしていた分一気に表に流出してしまった形で赤羽は朝のように息を荒くし視界がぐらぐらと揺れ始める。

慣れた足取りで保健室に向かうコータローは保健室に辿り着いても慣れた様子だった。先生とは既に親しい仲のようで何か二、三言言葉を交わしている。

「先生ー急患だぜー、こいつ熱あんだよ、寝かせてやってくれよ」

「あら、コータロー君、今日は君じゃないの?って…あーあー大丈夫?赤羽君だよね?随分苦しそうよ?早くベッドで休んで、構わないから」

「スミマセン…」

先生も赤羽の額に掌を当てて、その熱の高さに驚く。すぐ赤羽の名を呼んだのは当然赤羽は校内ではとても有名な生徒だからだ、その赤い髪に瞳…知らない者はいない。先生は慌ててタオルを水で濡らし冷やして、コータローはまたもや慣れた手つきでカーテンの向こう側にあるベッドへ難なく進んで布団を広げてやる。枕の傍らに邪魔にならない場所にサングラスを置いて、そして立ち尽くしたままの赤羽を見て「早くここに寝ろ」と伝える。その手際の良さは何となく気になるもので、思わず赤羽はその疑問を口にする。

「随分…慣れているんだな…」

「あー!細かいことは一々気にすんな!早く寝ろっ、キャプテン命令だぞ!?」

「ああ…、ありがとう……」

赤羽は素直に礼を伝えるとコータローは何だか気恥ずかしいのか顔をふいっと逸らしてしまうが特にその態度は気にはせず、ブレザーを脱いでネクタイを緩めてようやく横になる。身体の上から布団も掛けられ額にも濡れたタオルが置かれた。

「はぁ…、はぁ…」

途端、具合が悪そうに息を吐く赤羽の姿は少し痛々しかった。

「…お前よ、そんなに辛いくせによく学校来れたな、しかも部員にあんなに囲まれて一々事細かく説明したりしてよ…ふらふらのくせに、元気な時はいいけどよ、身体がやばい時ぐらいは休んでろよな?今日は偶然俺が気付いたから良かったけどよ…」

「…ああ、すまないと思ってる」

「嘘つけ、何でバレたんだろうとか思ってんだろ!まあ寝てろよ、また様子見に来てやるからよ、だからここを動くなよ?いいな」

いつもに比べて随分と優しいコータローの話し方に声色、何だか慣れないが安心もするのか赤羽は厚意を素直に受け取る。正直横になって休めるのはありがたかった、普段から何でも押し殺すことしか考えていなかったから。

「あらあらコータロー君、随分お友達に優しいじゃない、後は先生が見ておくから部の練習に戻っても大丈夫よ?」

「ああ悪ィな、たのんます……ってお友達じゃねーよ先生!!!」

「え?そうなの?随分親身に世話してたじゃない」

「それはーやっぱ主将としての責任でー、ああまあ練習戻るから!また来るけどよ、相当ムチャしたらしいからそいつ」

「はいはい分かってるわよ任せといて、コータロー君も怪我しないように気をつけてね」

「ああ分かってるって先生!んじゃまたっ」

嵐のように現れて嵐のように去っていったコータロー、その賑やかな声も聞こえなくなり赤羽は薄く開いていた目をそっと閉じる。するとカーテンが開く音がして先生が入ってきたのが分かった。

「あら、起こしちゃった?寝てて寝てて、一応熱計っとこうか?でもコータロー君はあんな事行ってたけど相当心配してたわよ?素直じゃない年頃なのかなー、あっでも無理しちゃダメよ?お友達に心配掛けさせたらまた大変でしょ、コータロー君賑やかだから」

友達…何故かその言葉に赤羽は引っ掛かりを覚えた。確かに先生から見れば自分とコータローは極普通の友人関係に見えるかもしれない、具合の悪い友人を引っ張ってきたとしかきっと見えないだろうから。

「彼を僕を…友人と見なしてはいないと思います」

そして普段ならそんな事他人に零したりはしない赤羽が、身体が弱り気も弱り…ポロッと落としてしまった本音だった。だが逆に何も知らない第三者だから言葉に出してしまったのかもしれない。

「え?そう?私はそうとは思わないけど、やっぱりあれだけ心配してくれるっ事は少なからず赤羽君の事を大事に思ってるからだと思うよ?友達じゃなきゃ体調の異変って気付けないと思うし」

「……誰にも悟らせる気はありませんでした」

「じゃあやっぱりコータロー君は凄いのね、よっぽど赤羽君の事に関しては敏感なのかも、きっと大切な友達だって本人はああだけど思ってくれてるよ、あっ体温計れた?えーっと38.3度、高いなあ、熱冷まし飲む?」

「…いえ」

「じゃあもう安心してゆっくり休んで、また様子見に来るけど何かあったら呼んで」

「…ありがとうございます」

そしてベッドのカーテンは閉められた。赤羽にとって予想外の事ばかりが立て続けに起こって、少し錯乱気味ではあったがようやく心休まる時を迎えて静かに瞳を伏せる。悲鳴を上げた身体を横たわらせ張り詰めた気も解していく。赤羽の毎日の平均睡眠時間はとても短い、それでもそれが当たり前になってしまっているのか本人は至って平気で過ごしているのだが、こういった疲れが出た時は日頃の睡眠不足が祟る。急激に睡魔に襲われ身体を休めようと働く。
これもいい機会だと赤羽は本格的に眠る事にした、また様子を見に来ると言っていたコータローをふと思い出しながら。

それから赤羽の意識は遠のいたままだ。勿論決して生死の境を彷徨ってる訳ではない。

集中的に睡眠を取っている間にコータローは何度か訪れていた。勿論赤羽は知る由も無い。静かにこそっとやってきて先生に様子を尋ねている。よく眠ってると聞かされるとボソボソと大きな声を上げないように協力的に先生と会話を交わした。

「随分熱あるって?先生」
「うん、38度3分だから相当、タオルも頻繁に変えてるけど中々そう簡単に熱はさがらないからね…」
「あー分かった、また次の休み時間に来るわ、そろそろ起きてんだろうし」

こうしてまた時間が流れる。

校内では授業真っ最中、シーンと静まり返る校内の一室で赤羽はふと目覚めた。当然自分のいる場所は保健室で何度も瞬きを繰り返す。少し身体が楽になったように思えるが、まだまだ熱は異常に上がったままだ。すると偶然にも先生がカーテンを開けて赤羽の額のタオルを絞り直そうと入ってきた、そして目が覚めた赤羽に気付く。

「あ、目が覚めた?具合はどう?まだあんまり顔色良くないからね…もう少し寝てた方がいいかも」

「…ご迷惑を…お掛けします」

「そんな…気を遣って、ここは保健室なんだからゆっくり休んでていい場所だからね、そういえばさっきの休み時間コータロー君来てたわよ?よく眠ってるって言ったらちょっと顔だけ見て帰っていったけど」

「…そうですか…、んっ…」

「あー無理したらダメ、でもどうする?ちょっと熱高いからね、家に帰って休んだ方が落ち着けるかな」

「………」

「誰かお家の人いらっしゃるかな?お母さんとか、もしあれだったら迎えにきてもらって…家でゆっくり休む?ちょっと帰れそうにないもんね、その様子じゃ…」

赤羽の家の事情を知らない先生にとってはそれは至極当然の言葉で、保健室で少し休んでも回復しないようなら早退して家で本格的に休んだ方がいいに決まっている。だが問題は帰る過程にあって、あまり具合の悪すぎる生徒を帰らせてしまうのも危険なのだ。だから一番いい方法は家族の人に迎えに来てもらうこと…しかし赤羽にとってそれは不可能なことだった。迎えに来てもらう人どころか、家に帰って世話をしてくれる人間も赤羽のマンションにはいない。だがそんな事情を知っているのは一部の人間のみであった、普段から交流のない生徒や先生が知るはずもない、だから赤羽は先生にそれを聞かれた時、特に不快に思う事はなかった。それが当然の反応だと逆にとても理解ができた。

しかしここで返事をしない訳にもいかない、自分の身を心配し続けてくれている先生に対し何らかの答えを紡がなければ。
赤羽は少し考えて、そして意を決し、ふとコータローのある言葉が脳裏を過ぎったが言葉を止める事なく、先生へ返答する。

「先生、僕は----------------------------」





そしてその次の休み時間、廊下を歩くコータローとジュリの姿があった。当然二人が向かう先は保健室、一時間前はコータローが一人訪れたがまだぐっすりと眠っていたようなので潔く引き返してきた。今度は二人で赤羽の様子を窺いに行く。

「でもまさかあの赤羽が具合悪くしてたなんて…全然気が付かなかった、やるわね〜コータロー」

「俺を騙そうとするなんざ100年早いぜ、あのヤロー。俺だってやる時はやるんだよっ、主将だしな!」

「本当、立派立派、この調子でどんどん赤羽と分かり合っていってね!」

「はあっ!?冗談!!!なんであんな奴と仲良しこよししねぇといけねぇんだよっ!」

「あれ?今日の一件は友情が成せる業じゃなかったの?だってコータロー以外誰も気付いてなかったのに、これって一種の奇跡だよ?」

「ああもう勘弁しろっつーの、ほら着いたぞ」

コンコン。

「はーい、どうぞ」

一応病人が寝ているから行儀よくノックをしてから保健室に入室するコータローとジュリ、先生の声が聞こえて静かに中に入るけれども何故かコータローが一点を見つめて目を見開いたままピクリと動かなくなった。
「あれ?コータローどうしたの?…で先生、赤羽の具合は?」

「ああ沢井さん、赤羽君ならね…」

そして先生も赤羽が眠っていたベッドを見つめる、そしてその後末恐ろしい台詞を吐いた。

「…早退したの、随分具合も悪そうだったから家で休んだ方が良くなるって」

その先生の言葉にジュリも瞬間ピキーンと凍りつく、そして妙にやば気な雰囲気が漂ってきて恐る恐るコータローの方を見ると案の定激怒している横顔が視界に映った。

―ヒヤーーーッッ、コータロー怒ってるー!―

だが何も知らない先生の言葉は続く。

「さっきの授業中に目が覚めてね、誰か家族の人に迎えに来てもらう?って声は掛けたんだけど本人が……僕はこのまま一人で帰ります、って言ってベッド下りてすたすた帰って行っちゃったのよ、意外と足取りはしっかりしてたけど…ちょっと休んで楽になったのかもね」

「あ、あの先生……実は…赤羽は……」

おろおろと慌てふためくジュリは恐る恐る現状説明をしようとするけれど、その前に誰かの怒鳴り声で自分の声は見事なまでに消された。


「赤羽、あのヤローーッッ!!!!ここ動くなっつったのに俺の許可なく帰っただと!?ふざけやがって〜〜!!!」


「えっ…コータロー君どうしたの?そんなに荒れて…何か問題でもあった?」

「問題も何も先生!アイツ…一人暮らししてるんだぜっ!?帰ったって誰もいないのによ…アイツめ…っっ!!」

「ええっっ!!赤羽君一人暮らし!?だっ大丈夫かしらっ!?」

「……そうなんです先生、色々訳有りでちょっと…だから相当具合悪かったら余計一人にしておけないと言いますか…いつでも平気そうな顔してるんで判断が難しいんですけど…」

「俺はキれたぜ!!久々にこんな腹が立った!!おい、いくぞっジュリ!!」

「えっ…キれたってコータロー、もう帰っちゃったもんはしょうがないでしょ?多分ずっとあのままベッド占領し続けるのに抵抗もあったんだろうけど…ってどこ行くのよー?」


「職員室だ!!!」


「はあっっ!?」


2へ続く。




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