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*第三の目−2−* 赤羽の部屋に二人が着いた後もこの先の展開が容易く読めて、赤羽は拒否するつもりはないが、あまり気分が乗らないのは事実で、どこか思いつめたような顔をしている。 実際に組み敷かれても、どこからか視線が自分たちを突き刺しているようで、ここでは本当に二人きりなのに第三者の目を錯覚してしまう。集中したくてもそんな意識が邪魔をして、コータローにすら怪しまれるほどだ。 「なんか調子変だぞお前…、なんか余計なこと考えてねぇか〜?」 「…いや、少し疲れているだけだ」 「本当かよ、なんか感度低いぞ、気のせいか??」 「………」 最中ですら、この様子だ。感じてないわけではないんだが、やはり今の自分はおかしいらしい。こうなればこの際自分は置いておいて、相手だけでもよくしたい。 「不満か?」 「いや、俺はイイけどな。お前が微妙そうだって話で…」 「そうか、それならば…良かった」 「よくねーよ!!!」 裸で今度は誰にも邪魔されずベッドの上だというのに、この自分への不甲斐無さは本当に感じていて非常に情けない。相手にも失礼だと赤羽は湿った溜め息をつく。久しく行っていなかったはずなのに気持ちが入っていかない。確かに今押し倒されてコータローが中に入ってるはずなんだが、壊れたくても壊れられない、変な理性が働いている。 事が終わった後も二人で首を傾げながら、可笑しな光景だ。 「おいっおかしい!絶対おかしいぞお前!!」 「…まあ、そんな日もあるさ…」 「そんな言葉で騙されるかー!何だよっ俺がおかしかったのか?違うよな!?お前だろう〜?」 「フー…有意義でない時間を過ごさせてしまったか?それは…申し訳ない、何かお詫びに作ろう、何が食べたい…」 赤羽に自分のせいだという自覚がある以上何も言い訳はしない。随分らしくない姿を見せてしまったと反省しながら上を羽織ろうとする。とりあえず今日は別件で満足してもらうしかない。だが… 「じゃあもう一回」 恐るべき言葉が聞こえて思わず赤羽は固まる。まさかこんな状態の自分ともう一度と希望されるとは思わなかった。本当にそれでいいのかと考えている間に羽織を取り上げられて放り投げられる。そして再びコータローが上に乗り掛かる。どうやら本気らしく、それならばと赤羽も気持ちを切り替えて今度こそ完全に相手を満足させられるように、無理やりに全神経を集中させて行為に臨むのだった。 そして事後はいつも以上にグッタリと横たわる。思わず感想を求めたほど。 「…はあっはあっ…、どうだった…」 「すっげー良かった」 「それは…、はっはあっ…、なによりだ…っ」 もう指1本動かせないと赤羽は脱力して、傍らに置いてあった水を何とか口に含む。こんな体力が消耗したのは初めてだった。コータローはそろそろ帰る時間なのかベッドから下りている。 「おい、マジでおかしいぞお前、つーか疲れすぎだろうが!シャワー借りるぞ、そろそろ帰んねぇとな…」 「ああ…好きに使ってくれ…」 「………ていうかお前も来い!!グッタリしやがってっ、俺が洗ってやるよ!!」 「随分と親切だな……」 しかしそれは親切なのか自棄なのか別の目的なのか、判断しかねるが何も考える気も起きない。ほぼ無理やり引っ張られるように浴室に連れて行かれてシャワーを浴びせられた。すると妙に精神が落ち着いて、この閉鎖空間が逆に赤羽を安心させる。他に誰も入る余地もなければ、どこからも視線を感じることもない。 目の前にはコータローだけ、それが身体を熱くさせた。 髪をおもむろにお湯で洗われて、その触れられる感触も心地いいものだった。思わず逆上せそうになる、中途半端に熱していた身体が一気に高められる。 「ほらよっ、どんな大サービスだよ、感謝しろ感謝!」 「コータロー…」 そして無性に欲情して、先程満たされなかった部分がここにきて途端溢れ出す。 気がつけばシャワーヘッドを持って自分を洗っていたコータローに抱きついて、突然のことに驚いていた顔に自分のを重ね合わせた。それから貪りつくように吸い付いて、額から雫が滴り落ちながら相手の唇の感触にうっとりとした。 前振りなく突然濃厚なのを仕掛けて、欲情するがまま行動に移す。 コータローもしばらくは何が起きたのかと呆然としていたが、こうなればこうなったで火がつくのは必至で、途中からは受けて立つように赤羽を攻め始める。互いに吐息を漏らしながら、熱を高め合う。 「はっ、んっ…」 息苦しいのか慌ただしく呼吸をしながら甘い声も漏れて、一気に浴室内の温度が急上昇する。 まさかこうなるとは、連れ込んだコータローにも想像がつかなかった。 結構本気で親切に洗ってやったのだ、珍しく。 すると突然相手が息を吹き返した格好だ。 そしてようやく二人は唇を離すと、至近距離で一人は睨むように、もう一人は熱に浮かされるように、互いに視線を交わす。するとまた赤羽が身体を預けてきて手を回し抱きついて、その胸にもたれた状態で一言ぼそりと… 「抱いてくれ……」 ・・・ ・・・・ ・・・・・ 「…てんめぇ…っ、今頃…っっ!!」 蓄積されていた何かがムクムクとコータローの中で膨張して、先程まであの手この手で苦労したのは何だったのかと、このおいしすぎる状況に苛立ちさえ感じた。 「おっせーんだよ!!!エンジンかかんのがっ、もう今何時だと思ってんだ!何時だとっっ」 そうキれながら、腕時計も当然つけてないのに、その位置に指で叩いて相手に時間を見せつけようとする。もうこのシャワーを浴びたら帰る予定だったのだ高校生的にもう遅い時間だったので。けれどこんな状況で立ち去れる訳もなく帰れる訳もなく、コータローは少々やるせない。 「あーっもうーっ!ふざけやがって〜〜、もっと早くこいよな!?スマートじゃねぇっ!」 と文句は零しながらも、勃つものは勃つし興奮しきりだ。あの赤羽が本気で誘っているのだから。 とにかく相手がようやくその気になったのだから、きっとさっきまでは不完全燃焼だったのだろう。やらねば損だ。珍しく激しく発情しているのだから少々浴室で手荒に抱いても問題はないだろう。 だがコータローが改めて襲い掛かるよりも早く、虚ろな瞳をした赤羽が身体を下げてさっさと相手の性器を口に含んでしまう。それから怒涛の如く精気を全て吸い取らんばかりの猛攻に、浴室はまさに異様な空気に変わっていった。 「おいっ!マジで急にやる気出しやがって〜…っ!」 もう今日は二度自分の中に存在したものなのに、そう感じられないのか欲しくてたまらない表情をしている。手で支えながら表面を舌で滑らせている図はいやらしすぎて一気に興奮度が増す。けれど銜えられて、口内の粘膜が纏わりついているのが分かると一気に欲望が膨らんでしまう。 「んっ、おい…、そろそろ…離せよ」 「はっ…、ふっ…んん…っ」 だが銜えて離す気配もなく執着してしまい、ずるずると何かを吸い込んでいる。しかしここはコータローが無理にでも赤羽を引き剥がして口からプハッとそれを離させた。だらしなく開けられた口元が卑猥で、もう一度突っ込みたくなるが、もっと他に入れたい場所がある。 「ヤってほしいんだろ?ほら、後ろ向けよっ」 言い方は乱暴だが、浴室で組み敷くと相手の身体に負担が掛かってしまうので、ここは壁に手をつかせて後方から近寄る。コータローも完全に煽られてしまい、これが今日三度目なのに一番の興奮を覚えている。舌なめずりをし、もう完全に受け入れ可能な秘部に先端を押し当ててそっと腰を進めた。 「あっ…はぁっ」 赤羽もようやく身体が快楽を受け入れ始め、与えられればそのまま感じてしまう。集中できなかった一度目や相手のためだけを考えた二度目とは違って、今回は半ば強引に相手に縋って引きずり込んだ。 身体のどこを触れられても快感を得てしまい、挿入されながら胸の突起を弄られればより強い刺激が身体を走って全身を震わせてしまう。抑える気のない嬌声がいくらでも口をついて、浴室に響く。 「ああっ、あっ…!んんっっ」 「まるで変態だな…」 「んっ…はあっあっ…、もっと…突いて、くれ…っ」 「言われるまでもねーよっ!」 一切の躊躇なく、快楽を得る行為に心奪われて精神を犯されて、赤羽は恥じらいという言葉を一切頭から取り払ってこの行為に完全に身を委ねている。揺さぶられるがまま身体はガクガクと震えて、激しく抽送を繰り返されている箇所から意識を失いかねないほど熱くなって、喉から気持ちが良いほど声が前に出て、赤羽の乱れようは異常だった。 ―マジで急にこんな、何なんだよこいつは!― けれど開放的になっている赤羽を抱くのは快感で、何をしても触っても感度良い反応を示してくれる。吸い付くような肌は何度触れても飽きないもので、背中や項に口で吸うように触れてもビクッと身体が揺れて声を上げてくれる。どれだけ強引に身体を一気に貫いてやっても衝撃を受け止めている。 「あっ、やっもうっ!」 どれだけ飢えていたのかとコータローは酷く締め付けられて、また誘うように伸縮する。何度も激しく突いても赤羽は喘ぎながらタフに刺激を快感として吸収している。このエロさは異常だ。 「なんだよ全然足りてなかったのかよっ、さっきは…興味ないみたいな顔してたくせに!」 そうは言っても赤羽にも事情はあって、完全に二人きりだと意識的に安心したようで溜まり溜まっていた欲求がようやく表に出られたのだ。この二人でないと解消できないものは多々あって、赤羽は意外と積極的に快楽を求める。勿論コータローだけに。場も当然わきまえる。自分から危険な場所での性交は求めない。 壁に縋りつく手に力が込められ、真後ろから何度も突かれ、体内の性感帯を直で刺激されるたびに意識が飛びそうになる。また身体を彷徨う手が中心を握り込み上下に扱いて絶頂へと導こうとする。 「ああっ!あっ、ふぅっ…!」 最初から我慢するつもりもない赤羽はコータローに答えるように腰を揺らし、より深く身体を繋げようと自らも動く。だが熱を抑え切れなくて、性器を擦られる掌に翻弄されて、そのまま精を勢いよく吐き出してしまう。 「あ、ああっっ!!」 まだ行為も途中であったが耐え切れなくて相手より先に一度イってしまう。コータローの手が白濁で汚れた。 「無理やり人誘っておいてさっさと一人でイくなよ」 そんな声が聞こえては、行為は引き続き行われるかと思いきやコータローを一度自身を赤羽から抜く。そして後ろを向かせていた身体を反転させて向かい合い、自分に跨るよう指で示した。赤羽も意図を理解して、拒否はせず位置を合わせ座り込むように腰を下ろしていく。 「うっ、あ…っ」 「もうちょっと付き合えるよな?どうせなら正面から見てやるぜ」 こんな機会滅多にないと、ある意味へべれけ状態の赤羽を穴が開くほど見てやるとコータローは意気込む。案の定とろとろに溶けきった表情は卑猥以外の何者でもなくて、虚ろな赤瞳に涙が浮かべられて、どうしようもなくそそられてしょうがない。だから中途半端に埋められた自身を、相手の腰を掴んで思いっきり強く奥に打ち付けてやった。 「ああっっ!ひっ…ううっ!」 「奥までいってるだろ…?」 だがコータローもそう余裕があるわけでもなく、気を抜けば今にもイってしまいそうで、だがそんな勿体無い真似はしないと必死で我慢をする。もうちょっと優越感に浸っていたいと悪戯に腰を揺すって相手を焦らす。赤羽に両肩を掴まれ、徐々に崩壊へと向かう相手を眺めているのは絶景だった。 艶かしく息を吐かせ喘がせて、クールと呼ばれる赤羽に熱を植え付けてやる。壊していく過程が堪らなく愉しい。 「あ…あっ、んんっ」 激しく突き上げて、赤羽は両肩の手を支えに必死に耐えている。目の前で様々な淫猥な表情を曝け出して、ジッと観察しているだけで本当に達してしまいそうだ。気がつけばまた性器は確かな反応を示している。 「おい、もう勃たせてんのかよ…、好きだなテメーもよっ」 そう言って、また赤羽の性器を握りこむ。その瞬間赤瞳が揺れて、本当にこれからどう料理してやろうか時間がないのが惜しかった。また中で擦り付けてやり、そっと顔を胸に近づけて突起を一舐めして吸ってやると赤羽は切なげに啼いた。どこを触っても敏感に反応するらしい。 最後にコータローは伸ばされた首筋に歯を立てて、獣のように噛み付く。痕は残さないが、そんな刺激でも充分決定的だったようだ。 「あっあっもう…っダメだっ、コータローッ!」 「俺だってもうもたねぇよっ…、んんっ!!」 「ハッ…、アアァッッ!!」 今度は同時に絶頂を迎えて、互いに息も切れ切れに浴室は熱気に満ちていた。 さすがにコータローも疲労したのか、すぐには動けず繋がったまま身体を落ち着かせる。 赤羽は赤羽で恍惚の表情のままピクリとも動かず、完全にネジが切れた人形と化している。 だがそっと赤羽の腕が伸ばされてコータローの頬に触れる、一瞬二人は視線を合わせて赤羽はそのままそっとコータローに寄りかかっていく…と思われた。 「うわっ、ちょっとおい!おいっ落ちんな!コラ!!」 キスするのかな、と思った瞬間に横に倒れていった赤羽を慌ててコータローが支える。落ちるなと必死で叫ぶが、ほとんど赤羽は意識がない。当然このまま放っておくわけにもいかない。 「じ、時間ない時に限って…っ、畜生!!」 これが泊まりなら何の問題もなかったのだろうが、今日はたまたま寄っただけ。勿論セックスはするつもりで来たが、まさかラストに浴室でこんな展開が待ち受けているとは。 早く家に帰らないと高校生だし、親に酷く怒られてしまう。でも男としては浴室の一件は見過ごせなくて、当然この後に後始末もして帰るのがマナーというものだろう。肝心の赤羽が倒れてしまっている以上。 「ここで無視して帰るなんざスマートじゃねぇ…、ほらっしっかりしろよ!」 こうしてコータローは自分の身支度はもちろんの事、赤羽の世話も引き受けて、最後はきちんとベッドに寝かせてやり、今日一日の勤めを果たした。 当然、大急ぎで帰宅した後は親に大目玉を食らってしまったが…。 翌日。 学校でばったりと出会う昨夜の二人。 赤羽は変わりなく普通に登校してきて、それに関してコータローはちょっとホッとしてる。 だが妙に険しい顔つきの赤羽を見ると、ひょっとして不機嫌なのかもしれない…と思う。 しかし朝の第一声がこれで… 「昨夜は…一体何が起こったんだ」 「俺が聞きてぇよっっ!!!つーかそれは俺の台詞だぜ!!よくもさらりと〜〜っっ」 「正直、あまり覚えていない」 「だろうな…ラストぶっ倒れたからなっ、つーかいきなり確変起こしやがって!!」 「フー、開放的になりすぎるのも危険だな、今後はああいったことがないように気をつけよう、昨日はすまなかった」 「……まあ、たまにはあってもいいんじゃねぇか…?」 そんな複雑の二人のやり取りがあった。朝っぱらから人目のつかぬ場所で。 だがまだまだ他の問題も残されていて、書いてる人間がエロにかまけて存在を忘れそうになっている新入生は未だ健在だ。これは一体何の話なんだ! 昨夜の出来事はまさに大どんでん返しと言える出来事であったが、やはりコータローは赤羽にどこか違和感を覚えていた。全くその気にならなかったかと思えば突然大胆になったり、まあただ偶然そんな日があっただけならいいのだが、どうも腑に落ちない。 ―なんか変なんだよな…って別にこれはあのヤローを心配してるわけじゃねぇんだけどな!ただ何となく引っ掛かっただけで!― 自分にも言い訳をして全く素直にならないコータロー。別に心配してもいいと思う。 ―けどまっ、たまたま調子悪いだけかもしんねぇしなっ― そしてここはウダウダするのではなく、あっさりとコータローらしく自分を納得させて誰かさんみたいに深く考え込まない。とても楽観的で前向きな選択だ。 けれどもコータローが気にするのを放棄している間にも、赤羽のある種のストレスは日々溜まっていって、例の後輩との繋がりも未だ消えることはない。 ひょっとして懐かれてしまったのか、部活中も他の後輩に比べて話しかけられることが多く、勿論迷惑では全くないのだが、その度に赤羽はあの日のことを思い出してしまう。勉強会も引き続き行われており、資料室で二人でいることも多い。後輩は非常に真面目に勉強に取り組んでいる、誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませたいほどに。 「最初と比べ…随分と滑らかな旋律になってきたな」 「…はい?あ…物分りが少し良くなったってことですか!?これも先輩のおかげです!本当にお忙しいのに僕なんかの為に、ありがとうございます!!」 「いや、日々成長していく姿を眺めるのは思いの他楽しい、気にせず勉学にも励んでくれ」 「はい!頑張ります、そして一人前になってみせます!」 「…ああ」 そんな端から見れば心温まる先輩と後輩の交流であった。 当然長く続けばこんな二人の姿を部員が目撃することも多くなって、あの赤羽が手厚く面倒見ているとそれとなく広まっていくのだが、真っ先にそんな姿に気付くのは大体いつものメンバーで… 「ねえねえ、最近赤羽ってあの一年の子とよく一緒にいるの見掛けるよね、気に入ってるのかな?」 「あぁ?…あー、そういやこの前も資料室で勉強かなんか見てやってたな」 「へえ〜随分熱心よね、結構珍しくない?あんまり誰か一人に〜とかそういうことしない人だし、よっぽど気に入ってるんだ〜、素質あるのかな?まあ一生懸命でいい子だしね」 「そ、そんなに一緒にいるか〜?ん〜でも言われてみれば部の時も…」 ジュリとコータローは下校途中、そんな話題で持ちきりになり、けれど指摘されるまで珍しいことだとコータローは気付けなかった。改めて言われると、そんな感じがしてくるから不思議だ。 「意外とああ見えて人の面倒見るの好きなのかな、あんただって面倒見られてたし、でも確実にあんたと違うのは一年の子は素直に何でも「はい、はい」って言うとこよねー、赤羽もそういうところが気に入ってるんだと思うよ、結構純粋で素直な年下好きだし、ほら泥門の子とか」 「俺がいつ面倒見られてたんだよ!!!俺が見てやってんだよ!実は知らねぇだろ!?」 物凄く限定的な話をすると、この前の晩は確かにコータローが赤羽の世話をした。珍しく。まあそんなことジュリに通じるわけがない。 「知らないわよ。大体そんな見え透いた嘘つかなくてもいいって、分かってるから」 「ったくよー、大体どうでもいいぜ赤羽のことなんか!アイツが誰を気に入っていようがいまいが俺には関係ねーよ」 「まっそうだけどね。でも赤羽に見捨てられたら終わりよねー、けど今はコータローじゃなくて他の子で手一杯みたいだから、既に見限られてるってことか。まあ世話をするのに疲れたか諦められたか一人前になったとか…」 「何だよそれー!それに元から一人前だろうっ?だから別に世話なんかされてねーっつーの!!」 「あれ?気に入らないの?赤羽に相手してもらえなくて。楽でいいじゃない、いつだって好き勝手したいあんたは」 「えっあっまあ…そりゃーな!訳分かんねえ小言聞かなくていいしな!あ〜せーせーするぜー、世話なんかされてねーけど」 「はいはい、でもいいことよね。コータローは大人になって赤羽はあんたにかけてた労力を他に回せて盤戸は更にいいチームになって!今年は絶対行けるわね」 「なっっ……、まっまあ今年絶対行けるのは間違いねーけどな!!当然だぜ!」 「うん。あ、それじゃね〜また明日」 「お、おう、また明日」 そして気がつけば近所まで帰ってきており、ジュリとコータローは道を別れた。本当に住む場所は近いんだけど。 けどコータローは一人になってから突然慌てふためき始めて、あれ?あれ?とパニックを起こしていた。何だかさっきまでとんでもないことをジュリと話していた気がする…そう思えてきて唐突に焦る。 ―なっなんだ赤羽の奴!?どういうことだ〜?あれ〜〜??― しかし道端で考え込んでても怪しい人なのでとりあえずマンションに帰ることにして、自分の部屋でゆっくりと頭の中を整理することにする。 「んん〜〜??そういえば最近様子が変だな…、一年の面倒…よく見てるな確かに。あんまり俺とは接触がないような…あれ?」 ない頭を必死で搾り出し、ここのところ様子がおかしい赤羽をジックリと思い出す。この前だってオンオフがはっきりしすぎていて相当変だった。かなり前には資料室で急に強制終了をかけてきたり…結構その気になってたはずなのに。 「ま、まさか…まさか赤羽の奴…!」 そしてここにきてコータローは嫌な考えに行き着いてしまう。 「年下に乗り換えたっ!?」 きっと本人が聞くと、あの赤羽がそのままずるっとコケてしまいそうになるほどの威力だ。だが結局コケないのも赤羽だ。無表情でサングラスがずれる程度。 「まさかまさか…この前乗り気じゃなかったのもずっと変だったのも新しい相手がいたから??こそこそと資料室でアイツ個人授業開いてたとか!?後輩を誘惑?」 ※AVの見過ぎです。 「なんてこったっ!俺の知らない間にそんなに進んでたのかよっ」 完全にR18で暴走気味の脳内だが、勿論行き過ぎた妄想である。現実と混同するのは良くない。 「待て待て落ち着け俺、ちょっと興奮してる場合じゃねぇ!こういうのはちゃんと確かめねぇとな…赤羽のヤロー!!」 とても自分がないがしろにされているように感じて、知らず知らずコータローは不機嫌になる。赤羽なんかどうでもいと言いつつ、全くどうでもよくないのだ。 「抱いてくれ…とか言ってたくせにー!むかつくヤローだぜ〜っ!」 イライラと怒りが勝手に積もりに積もって、次の日からコータローはやたら厳しい視線を赤羽に向けることとなる。 当然赤羽は理解不能といった顔だが。 「…??」 「…っ!」 隠す気もなく睨みつけてくるので、赤羽は何かのゲームではないかと考えたほどだが、そういった雰囲気もなく、何かが気に入らないようで敵意を剥き出しにしている。こんな唐突な行動はコータローにはよく見られることだが、何度体験しても慣れることはない。 「なに睨んでんの、コータロー」 「お前には関係ねぇ!」 「あっそう…、はいはい」 ジュリもこの突然の豹変ぶりに、昨日自分がした話がもしかしてキッカケになったのではないかと思い話しかけてみたが、どうもそれどころでもないらしく、後はお好きにどうぞと言わんばかりに放置する。お好きなだけ執着してくださいと。 「……何だ?」 逆に赤羽にとっては放置しておけるレベルでもなく、極力触れないように努めていたがこれ以上はとコータローに声を掛ける。あれだけ眼光を鋭く光らせていれば否が応でも気になってしまう。しかし… 「……フン!」 何故か不貞腐れてしまってその理由を人前だからか話そうとはしない。ソッポを向いてまた赤羽から離れていく、けれど遠くからギラリと睨みつけてくるのだ。 「??」 本格的に謎の行動だが、コータローの視線が気になると同時に別の場所からあの後輩の視線も受けて、何となくこれ以上は追求する気になれなかった。する気もなかったのだが。色々知られてしまうと本当に動きづらい。些細なことでも控えめに行動するよう身体が自然と動いてしまう。 ―……何を拗ねているんだ?やはりこの前のことが気に入らなく?― また第三の目がない時に話をしないと、このままで放っておいたら逆にコータローはもっと捻くれて今以上に状態が酷くなってしまう。 だが意外と自分たちには公共の場で静かに話し合える場所は乏しくもあり、大体学校では基本接触はせず、資料室か放課後か、そんな選択しかない。しかし今資料室は、後輩との予習復習の間になっており、最近コータローは訪れない。 そして今日も後輩の勉強を見てやっている。 「……どこかこの音域で理解できない場所は?」 「えーっと、あっ大丈夫です!もうここは分かります!!」 後輩はすっかり赤羽語も理解するようになり、それはそれは素晴らしい上達振りだった。必要ないものまで理解してしまっている。 すると少し余裕も生まれてきたのか最近は勉強や部に関係のない話を持ちかけられることも多くなった。だが意識的に向こうもコータローとのことに関しての話題は避けているようで、赤羽は安心している。 しかし安心しているといつでも爆弾は投下される。 「あ、あのー、こんなこと…聞いちゃいけないって思うんですけど…、最近その…あの…」 「?、どうかしたのか?」 「そのー…コータローさんとケンカされました?」 「………」 もうそんな話題に盛大に溜め息をつきたくなった。必死で堪えたが。きっと最近の奇妙なコータローの行動を見て、そんな風に物事を捉えてしまったのだろうが、正直赤羽にも理解は出来ていないし、またやはり答える義務もない。 「ここはもう理解できたのか?」 赤羽はあからさまに質問を無視し、目の前の教科書を指差してその話題を一気に振り切ろうとする。幾ら事情を知ろうとも、コータローとのことは他人にとても触れられたくない部分だ。 「あっ……うっ、すっすみません!僕余計なことをっっ!!折角こんなにお世話になってるのにっ僕は僕はっっーー!!」 そして何故か唐突に涙ぐんでしまう後輩だ。そこまで責めているつもりもないのだが、こうも純粋に感情に左右されてしまうと、何だか赤羽が後輩に対し辛くあたっていると端から見れば思われてしまいそうだった。精神が幼いとどう対処していいか赤羽も困惑してしまう。 「…なぜそこまで嘆くんだ、何も話さないと最初に告げてあるはず、特に君を責めているつもりはない。あれは自業自得だったのだから」 「でっでも、もしかして僕のせいでお二人の仲が悪くなったんじゃないかって思うと…!」 「何故そう思う?」 「だってずっと僕がここにいて赤羽先輩と二人きりで勉強教えてもらって…、絶対コータローさんはよく思ってないって思うんです!嫉妬深いって前にも聞きましたし!僕がお二人の邪魔をしてるんじゃないかって!本当は少し前までここがそのーお二人にとっての、そのーーっ」 「やっやめてくれ身震いがするっ、どうしてそんな風に俺たちを見るんだ、そしてコータローがそんな目で俺たちを見ていると思うのか?それはない君の勘違いだ」 ※後輩が正解。赤羽不正解。 「本当にそうでしょうか?僕は疎ましい存在ではありませんか?赤羽先輩にとっても…」 「君の思考全てがこの世の基準ではない」 「でもどうしてこんな僕なんかの勉強なんか見てくださるんですか?他の皆にはそんなこと…」 「それは君が偶然俺を頼ってきたからじゃないのか?そして自分の後輩の面倒を見ることに何か理由が必要か?それほど俺が冷酷に見えるのか…」 「いっいえ!そんなことは!ただもしかして、あんなことがあったからじゃないかって…。でも僕凄く失礼なことを…すみません!!」 「…いや、こちらも少し言い過ぎたかもしれない、だが君とこうしていることに深い理由もなければ意図も企みもない、ただそうしたいからさせてもらっているだけだ…あまり勘繰らないでくれ」 「はい…すみませんでした…、つっ続けましょう!」 「ああ…」 この話題も一段落したところで、ようやく補習も先に進ませようとしたが、一難去って又一難。突如豪快な足音がこちらを目指して近づいてくる。 「…!」 赤羽がまさか…と足音に神経を集中させていると案の定その足音はドアの前で立ち止まりノックもせずに資料室のドアを豪快に開けた。目の前には今一番この場所に来てほしくなかった人物。後輩も目を丸くして静止してしまっている。 「ちょっと邪魔するぜー?」 「何か用か?見ての通り取り込み中だ」 「ひ!あっあのっ、僕そういえば今日これから用事があって!今日はここまでで結構です!ありがとうございました!!」 そう突然言うや否や高速で片づけを始めて、きっと気を遣っているのだろうと赤羽は先程の後輩との会話でも容易く予測はついたが、こうもあからさまに行動に移されると返ってコータローにも怪しく映ってしまう。入り口から後輩を見る目がちょっと不審気味な表情だ。 「おい何だよ。別にいいって、そんな俺の顔見て突然逃げ出すみたいによ、おーい」 「い、いえ、本当に用事があって、では失礼しますー!!」 バタバタバタバターーーー。 そして後輩は一目散に去っていった。その行動が逆に二人を気まずくさせると気付かないままに。 「フー、お前のせいで予定が少し狂った…」 「随分熱心に見てやってんだな、何だよ…すっげー俺が邪魔したみたいじゃねぇか!!」 後輩は自分自身を赤羽とコータローの邪魔だと言い張り、コータローはコータローで後輩と赤羽の邪魔だと言う…、もういい加減にしてほしいと赤羽はこの瞬間思った。 「予定を早めていたから平気だ順調すぎるほどに、何も気にすることはない。で…どうかしたのか?」 「………なんか理由いんのかよ、ここ来んのに」 「…??随分不機嫌なようだな、何がそんなに気に入らない…」 今はちょうど赤羽の望んだ第三の目がない空間、校内で話をするのなら絶好の機会だ。ただコータローが素直に話し合いに応じるかどうかは別だが。 「べっつにー!?テメーが理由なんてことはこれっぽっちもねーよっ」 つまり原因は赤羽にある、と言っているようなものだ。赤羽は少し考えて、やはり思い当たる節は一つしかなく、仕方なしにその話題を口にする。 「…この前のこと、やはり根に持っているのか?」 「はあ!?この前っていつだよ、色々ありすぎて検討つかねーぜ悪いけどな!」 「……本気で言っているのか?」 「お前どうせ夜のこと言ってんだろ?それが悪いって思ってんなら、ここでこの前の続きしようぜ?」 どうも試すような言い方をするコータローに、原因は別のところにあるのか?と思考を働かせるが、今告げられたことを赤羽はすぐには理解できず、少しこの場で考え込む。ここでこの前の続き… だがコータローが覆い被さろうとしているのに気付き、赤羽はあまり思い出したくない記憶を鮮明に思い出す。 「…っ!、ダメだ!校内では。どうしてもと言うのならここを出よう」 「何だよっ誰もいねーしいいだろ?ケチケチすんな」 「どうしてそう言いきれる?もし誰かに目撃されればどうするつもりだ」 「見つかんねーからいいんだろ〜?そのヒヤヒヤ感が面白いんだろうが!!」 ―見つかっているから言っているのに!― まるでゲーム感覚のコータローに、現実問題に直面している赤羽はとてもだが賛同できそうにない。元々公共の場での触れ合いには反対なのだ。 あの自分を見るコータロー以外の目がどこから突き刺されるか分からない、そんな恐怖を抱いているのに。あの後輩を責めているわけではないが、やはりその影響は計り知れないのだ。しかし流されることなく甘さを捨てることの大切さもあれから味わった。 ダメなものははっきりとダメだと言わなければコータローには一生伝わらない。 しかしこの時コータローはコータローで、赤羽の浮気疑惑なんてものを持っていたから、その赤羽の頑ななまでの拒否に不審感を抱いていた。ますます怪しい…と、先程自分の顔を見て逃げてしまった後輩の件もあるし、そう思い始めていた。 別に付き合ってるわけでもないのに、他の誰かに興味を抱いている赤羽は気に入らないし、誰かに手を出されるのなんて持っての他だ。 こんな独占欲だけは人一倍持ち合わせているのだ、厄介なことに。 「とにかく、俺ももうここを出る。その後はお前の好きにすればいい」 「嫌がり方が露骨なんだよ!」 「フー、俺がいつお前を拒んだんだ?場所の話をしているんだ…」 「前ならちょっとでも許したりしてただろ、急に優等生ぶんな!」 「そういった点では、悪いが君とは全く音楽性が合わない」 「そういった点じゃなくても合わねぇだろうが俺らは基本的によ!」 もうこうなれば全ての会話が噛み合う様子もなく、ああ言えばこう言う…そう言えばこう言う…まるで無限回路を彷徨うような感覚だ。 赤羽は付き合うだけ無駄だと判断したのか、先程の後輩ではないが急いで物をまとめてここを立ち去ろうとする。無論、無理にコータローが身体を倒そうとしても今の赤羽は容赦なくその身体を弾き飛ばすが。 「もう今日はここを閉める、来るのか?来ないのか?」 それは赤羽のマンションにこの後寄るか寄らないか、つまり話し合いの有無でもなくて、するのかしないのか、そんな分かりやすい二択でもある。大体の場合コータローは寄ると返事をするのだが… 「行かねぇよ!!!」 そんな予想に反して即答するコータローは、やはり少し頭にきているんだろうと赤羽は思った。そしてほんの少し淋しさも感じた。 「……分かった、ではまた明日…」 何となく声のトーンが下がった気がする。気のせいでありたいと赤羽は願ったが。 するとコータローは何も声を掛けず無言で、怒りを露にしたままそのまま走り去ってしまった。一人その場に残された赤羽はそんな走り去っていく背中を見つめながら、自分はゆっくりと歩み始めるのだ。 やはり大きな秘密を一つ抱えている分どうしてもその歪みが生じるのか、以前のように二人はその均衡を保てなくなっている。絶妙のバランスで成り立っていたものが、一つずれると同じく二つ三つと時間が経てば経つほどずれの差が大きくなる。 どこかで修正しなければと赤羽は再構築に挑むが、どうしてもあの目が忘れられなくて動揺は隠していても以前のままの自分ではいられない。どこからか情報が漏れてしまうことを恐れているのも事実だ。 またコータローが何を理由に腹を立てているのかも分からない。 赤羽は静かに溜め息を吐き額を指で軽く押さえながら、今日は帰ったら思う存分ギターを弾き鳴らそう、と心に強く思った。 その頃走り去っていったコータローはコータローで、やっぱり資料室で拒否されたのがかなり気に食わないのか走りながら怒りを露にしている。愛用のクシを片手にギリギリと強く握り締めながら、もう既に頭では次の策を練っていって、ここは赤羽よりも先手を打つ形だ。 こう悶々と悩むのは性に合わず、さっさとすっきりはっきりさせてしまいたいのだ。 「見てろよ赤羽のヤロー、これで引き下がる俺と思うなよ!!」 きっと赤羽にとって良からぬ案を思いついたのか、コータローは無駄にやる気だった。こういう状況で深く悩みもせずすぐに行動へ移せるのは、ある意味コータローの強みだった。 相手が何を企んでいるのか赤羽は知る由もなく、今日もギターで気を紛らわせているのだが翌日には驚くべき行動を取ってくる。予測のつかない出来事に更に頭を悩ませることとなるのだ。 3へ続く。 |