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*第三の目−3−* そしてその問題の翌日だが… 朝からは特にコータローに変わった行動は見られなかった。赤羽に対しては相変わらず子供みたいに拗ねて不機嫌は直っていない。そしてあの後輩が赤羽に近づくたびにコータローはイライラを大きくさせていった。そして何故かそんなコータローの気持ちには気付かない赤羽…肝心なところで鈍感であり非常に使えない。 ―何が年下好みだっ、バカにしやがって〜…っ!今日という今日こそは化けの皮を剥がしてやる!!― コータローの怒りは赤羽一人に絞られていて、あまり後輩に関しては興味を抱いていないらしい。赤羽が誘惑したと思い込んでいるから。妄想族である。 コータローだって赤羽からしたら年下なようなものである。本人は認めないだろうが。 そして誰かさんの思惑を他所に、赤羽は今日も日々同じように過ごす。頼ってくれる後輩を自分の力で出来る限り協力しようと努めるのみだ。もっと冷静に物事を見つめようと気持ちを更に改めて、些細な気の緩みも断ち切る。 そろそろ後輩の補習会も大詰めを迎えようとしている。話を聞くと最近はある程度授業の内容を理解しているように思えるし、この調子で最低限の予習復習を怠らなければきっと過度な成績低下には繋がらないだろう。 しかしまだまだ油断は許さぬ状況で、今が一番大事な時期だ。 赤羽はそう考えながら、一人先に資料室へ向かっている。 すると… 「赤羽先輩ー!ひょっとして今から向かわれるんですか?」 「ああ…君も来るだろう?」 「はい!今日も一日お世話になります!!」 本当にこの返事だけは何度聞いても赤羽は気持ちいいと思う。 たった二つ年下なだけなのに、この初々しさは微笑ましい。 きっと自分も二年前はこうであったんだろう…とか赤羽は思いに耽っているが、全然こんな一年ではなかったと思う。大人顔負け。 この後輩先輩が二人並んで歩く姿も最初こそ珍しく見られたものだが、今となっては皆慣れてしまったらしい。それが自然の流れだが、唯一納得のいっていないものも存在する。赤羽の知らぬ間に。 赤羽はキイ…と資料室を開けて、二人はいつもどおりの配置につく。普段の教室に置いてあるような机と椅子に後輩が座り、その向かい側にギターを抱え脚を組んだ赤羽が席に着く。 この時間はソファーを使わない。というか赤羽が卒業したらこの持込ソファーはどうするつもりなのだろう。そのまま寄付だろうか。 「今日もよろしくお願いします!」 「ああ、まずは数学を…」 そんな風に今日も何事もなく二人の勉強会は始まる。後輩も熱心に耳を傾けて、近くにあの赤羽フェロモンがあるというのに、ひたすら熱心に教科書を見つめている。 たまにふっと赤羽の方を見ることもあるが一度色々思い出したり大変だったので後輩は敢えて赤羽を見ないのだ。恥ずかしくなるので目も極力合わせない。いつもサングラスで隠れている赤い瞳が、こうも剥き出しになっている姿を見ると本当に不思議に思えてくるのだ。 まるで魔力みたいなものを… 「?どうかしたのか?ここが分からないのか?」 「あっいえっ!何でもないです、分かります!大丈夫です!!」 「そうか、ならば先を続けよう…」 ―あーっビックリした、ダメだダメだ!折角教えていただいてるんだから集中しないと!― 突然金縛りにあわせることもある赤羽の魔力は気を抜くと非常に危険で、特に興味を向けていなくとも強烈な引力を放つこともあるので要注意なのだ。まして後輩はコータローと赤羽の現場を目撃してしまっている、普段絶対に見ることのない表情や素顔を目に焼き付けてしまったのだ。 日頃忘れるように生活していても、ふとしたことで一度思い出せば芋づる式で全て鮮明な記憶として噴出してくるのだ。これでは自分も動悸が激しくなるし、きっと思い起こされるのを非常に嫌っている赤羽の事を思うと後輩も心苦しくなる。 ―本当に見ちゃいけないもの、見ちゃったんだな…― 先輩二人が仲違いを始める姿を見るたびに心が痛む。以前も見ていた些細な争いではない。 少なからずとも自分のせいだと思うと本当に辛い。赤羽は違うと言い切るが。 ―赤羽先輩、きっと優しすぎるんだ…コータローさんに黙っているのもきっと一人で全部抱え込んでしまおうって思ってるからに違いないし…僕なんかが見たせいで…― 何故か今日はどうしても気持ちを切り離すことが出来ない、先程からペンが動かず赤羽も不思議そうに後輩を見つめている。 「……今日は、ここまでにしようか。酷く集中力が散漫だ」 「あっ…、そのっこれは!すみませんっ、でも大丈夫です!ちょっと練習で疲れたのかも…ってそれもいけませんよね…もっと体力つけないといけないのに…」 「厳しいか?まだ焦ることはない、夏には否が応でも体力がつく」 「そ、そんなにキツイんですか…、がっ頑張ります!でもあのっ続けましょう!ご迷惑でなければっ」 「…………分かった」 こうして気を取り直した後輩と共に再開されるのだが、今度は何故か赤羽の様子がおかしく、何だか奇妙な感覚に囚われていた。それが何なのか確かめようにも、後輩をおざなりにすることはできないし、今度は自分が集中力を切らすわけにもいかない。特に目の前の後輩から感じられるものではないのだ。 ―なんだ?何を感じるんだ…?― 胸騒ぎがして、少し周囲に目を配るがそこにはいつもの風景で、赤羽は気のせいかと一時は頭を下げる。真面目に勉強を始めた後輩の為にも。 けれど赤羽が感じているものは気のせいではない。 この場所には確かに何かがある。 ニュー○イプ的な勘が鋭く働くのか、赤羽は不気味に感じている。 「あ、あの〜…出来ましたけど、どうかしましたか?」 「ん?あっいや、すまない……気のせいだろう」 「?」 今度は赤羽が指摘される番だったが、これでは面目が立たないと赤羽も意識を集中する。 しかし魔の手は確かに忍び寄っていた。 赤羽のみがこの場にいたとしたら、もしかして気付けたのかもしれない。 「もう少しで…終わりですかね、この勉強会も」 そして唐突に話し始めた後輩。 手は動かしつつも、表情は妙に冴えない。 どこか淋しそうな印象を受ける。 「…そうだな、順調にいけば。喜ばしいことじゃないのか?」 「勿論嬉しいですけど、何だか思いのほかここで勉強教えてもらってるのが楽しくて、それが終わっちゃうと思うと…ちょっとだけ寂しいです、はは、でも多分赤羽先輩は早く終わってほしいって思ってるんだろうけど」 「…そんなことはない、勿論目的をいち早く達成することに意義はあるが」 「ちょっと自分でバカで良かったって思った時期もありました、とんでもないですよね」 妙に空気がしんみりとしてきた。 きっと本気で淋しさを感じてくれているのだろうと思うと人として嬉しく思うが、赤羽の心中は色々と複雑でもある。どうしても彼の目がいつまでも付き纏う気がして、こんなにも純粋で一生懸命な後輩なのに赤羽は個人的な感情を持ってしまうのだ。 決して彼を責めているわけではないのに。 自分が不甲斐無いせいで。 だがまた話題が勉学から大きくかけ離れていく予感がして、赤羽はどこかで切り上げないと…と冷静に模索し始める。 「君の態度は非常に真面目で好感が持てる、特に不真面目だと感じたこともない」 「…ありがとうございます、でもやっぱりこんなこと続けてるのよくないと思うんです」 「??」 雲行きがますます怪しくなった時点で、赤羽はまたさっきの不気味な気配とやらを肌で感じる。 ―…っ!先程から…一体何だ??― 強烈に自分に何かを訴えかけてくるかのようで、やはり不審に思い、後輩には気付かれないようそっと辺りを見渡した。 すると… 「――っっ!!」 赤羽は絶句した。とんでもないものを目に映して。 ―なっ何故今ここにっっ!?― 珍しく慌てふためく状況というものを実感して、赤羽は冷静に焦り出す。後輩には何も悟られないように努めるが。 しかしとんでもないものを見つけてしまったが、むしろ赤羽の心情は、何故もっと早くに気付けなかったんだ!という自分に対する責めだった。 資料でごった返す部屋の中に存在するもの。 人一人隠すくらい容易い障害物の多さ。 自分に向けて光る第三の目。 誰かがジッと自分を見ているのだ、この資料室で。 誰とは言わずとも…… ―コータローッ!いつからそこにっ― きっと先にこの資料室に潜り込んでいたのだ、それ以外に考えれない。 何が目的が、それは定かでないが明らかに探りを入れられている。 しかし赤羽にとっての問題はコータローの目的でなく、こちら側の事情。 コータローには黙ったままの、あの事情を知られてしまう可能性が非常に高かった。 ―ダメだっ危険だ!― 赤羽はそう素早く判断するが、コータローと声を上げようとするも、棚の向こうのコータローは怖い顔で口に人差し指を立てて「言うなっ!」と牽制する。それに対し馬鹿正直に従うこともなかったが、意外と堂々と気配を感じさせたコータローを思うと、どうやら自分に見つかってもさほど重要ではないらしい。 となると狙いは後輩か。 ―一体何を考えているんだっ、どうする?対策を練るんだ、彼の口から情報が漏れてしまう前に!― 「今日はもうここまでにしよう、また時間はいくらでもある」 「はい…でもやっぱりいけないと思うんです、自分のせいで二人に迷惑を…」 「あっっ、待て…もう何も言わなくていい…」 「いいえ言わせてください!!最近ずっと赤羽先輩気落ちしてるように見えますし、それってやっぱりコータローさんと何かあったからだって思うんです!」 「そんなことはない、違う。もうやめてくれ」 コータローが潜んでいるとは気付かないで、今度は逆のパターンだった。こんな状況でコータローの話は危険どころではない。 そう、赤羽は正しくて、今コータローは自分の名前が後輩の口から飛び出して驚いている。だが探りを入れている理由は赤羽と後輩の関係だ。それなのに自分の名前とは…不審すぎる。 コータローはコータローで必死なのだ。 どうにかして尻尾を掴もうと、あの赤羽を先回りをしてここに忍び込んだのだ。すると案の定今日も秘密の勉強会とやらは行われるらしく、二人は同時にやってくる。 そして一見まともな勉強会のようだが、どうにも様子がおかしい。そう思った矢先に自分の存在を、敢えて見つけやすいように身体を赤羽から少し見えやすくしたのだ。 すると早速赤羽はその気配に気付いて、コータローを見るや否や見たことないような驚いた顔をしている。無表情でも完全にその感情が表に出ていた。 ―さあ、さっさと何でも始めろよ、絶対現場を押さえてやる!― こっちはこっちで勘違い甚だしいのだが、見つかると大変困る秘密は確かに存在する。 自然とそれを暴く形にもなるのだ。 「僕さえいなければお二人は絶対そんなことにならなかったって!」 ―ちょっと待ったーっ!一体何の話してんだよっ!?― 当然コータローは訳が分からずひたすら耳を傾けるしかない。もう少し確かな情報がほしい。赤羽は逆にどう対処しようかその判断に困る。何故こんな時に限って(前回から兆しはあったが)こんな込み入った話になってしまうのか…嘆きたくてしょうがなかった。 「もういい、それ以上何も言わなくても…っ、君の気持ちは分かる」 「そんなことないです!僕だっていつまでもこんなこと(←勉強会)続けていいのかなって悩んでて、でもどこかで終わりたくなくて!」 ―こんなことってまさかっっ!!やっぱ赤羽の奴あの一年とねんごろかましてたってかあ〜?― お前はいつの人なんだ。ねんごろって。 「特に迷惑でないと伝えたはずだが?何を思いつめることがある、コータローとも…特に何もない!」 赤羽も何とか応戦しつつ収束を図りたくて、コータローと気まずいのは確かで何もないことはないのだが、ここは敢えて嘘の弁明をする。勿論陰でコータローは何もないことねぇよ!と怒っているが。 「それは嘘です!あんな険悪なムード、見たことなかったし…やっぱり僕が二人の邪魔をしてっ、それにコータローさんはずるいです!僕はそう思います!」 何を言い出すんだ何を!と赤羽はこんな慌てた事態は初めてかもしれない。 もう後輩の一言一言が爆弾投下である。 ―二人の邪魔って何だよ!まさかバレてんのか!?つーかやっぱ二人デキてんのか?俺がずるいってどういうことだよー!― 「フー、もう何も聞きたくはない…少し冷静になって落ち着くんだ…」 ―余計なことすんなっ赤羽ー!はっまさか隠そうと躍起に…?やっぱ怪しいぜっ!― 「す、すみません…勢いに任せて言い過ぎました…、でもコータローさんに黙ってるのって本当にいいんでしょうか…」 「何のことかな、よく覚えていない」 ―しらばっくれてやがる赤羽の奴っ!よっぽど俺に知られたくない何かが!?― もう赤羽は今にでもコータローの存在をこの場で公表して後輩の言葉を無理やりにでも止めてしまいたかった。気付いていないとは恐ろしいことで、妙に興奮気味の室内は一番苦手な空気だ。 「もう無意味に言葉を交わす必要はない、このままでいいんだ。関わるなと言った言葉を忘れたのか?」 「でもただの偶然だったとはいえ僕は僕は…っ、お二人をっ、きっとコータローさんに気を遣ってらっしゃるんだとは思うんですがそれじゃああんまりにも赤羽先輩が!」 「待て、もう何も話さなくていい、今日はもう帰ろう」 ―待て待て待てー!マジで何の話だよ!!俺に気を遣ってるって?まさか本格的に浮気…!しかも一緒に帰る気なのかよ赤羽!!― 「本当は辛いんじゃないんですか?僕なんかとこんなとこにいるんじゃなくて本当は…、本当はコータローさんの側にいたいんじゃっ…」 その瞬間赤羽は頭をガックリと直角に落とした。そしてこれまでにないほどの冷や汗が流れ出し、もうこの状況こそが辛くて助けを呼びたいほどだ。もう程々にしておかないと取り返しのつかないことになる。コータローが棚の向こうから強く睨んでいるのが手に取るように分かる。この時点でかなりの誤解が生じただろう。 そしてその頃コータローも棚の向こうで鳥肌が止まらなかった。そんな風に他人から言われると色んな拒絶反応が身体を駆け巡る。 ―これはキツイぜっ、ていうか本格的にバレてねぇか?んじゃそれを俺に黙ってたのか?でもなんかそれにしちゃおかしいっつーか…― 「……コータローとは……今までどおり特に何もない」 複雑な心中でその言葉を吐き、もう強制的に自分が退出してしまおうを赤羽は歩を進め始める。けれど妙に信憑性を持たせた深い台詞を吐いたことから、逆に後輩もコータローも目を見張るほど赤羽に注目してしまった。 そしてとうとう後輩は聞き逃せない一言を… 「…それ嘘です!だって赤羽先輩は本当は…本当はすごく…、でないとそんなここでコータローさんとっっ」 もうこれ以上は一小節も音にしてはいけない危険な音楽だった。 だから赤羽は咄嗟にその器用な身体で歩を止め瞬時に振り返り、言葉に素早く反応して咄嗟に腕を伸ばし掌で後輩の口を塞いだ。 「むぐっ…!」 「……っ」 あまり手荒な真似はしたくなかったが、決定的な一言を紡がせない為には止むを得ず実力行使に出る。らしくない、と言われれば素直に納得できるだろう今自分が取った行動。赤羽は心臓が止まりそうなほど動揺していたが、何とか塞き止めることは出来たようだ。後はいち早くこの場を去るだけ、二つの視線から逃れるため赤羽は再び歩き始める。 すると後輩もその行動につられてか、特に口を塞がれたことに関しての不快感はなく、赤羽を追いかけるように資料室を後にしようとした。 だがそんな二人よりも先に、辛抱強くない耐え切れなかった男がバンッと激しく一歩を踏み込み、現れてはいけない場所にその姿を現してしまう。 「ちょっと待てよそこの二人!もうちょっとその話詳しく聞かせろ、俺に!!」 「…!」 「―――っっっ!!!」 どうやら引き際を誤ったようだ…その時赤羽は重く溜め息をつきながら最低最悪の事態に頭を抱えた。しかしきっとコータローはこのタイミングを狙っていたのではないかと思う。どちらにしても潜り込んできた時点で免れることは出来なかったのだろう。 「うわあああああっっっっコータローさん!!!ヒィィィィィ!!!いつからここに!?」 そして後輩の驚愕した姿を目の当たりにして、精神崩壊を起こしてしまわないか心配になった。 だが修羅場は確実に現場で起こる。 「なにやらこそこそしてるのが気になってな!とりあえず二人ともそこ座れ!!逃がさねぇからな!?特に赤羽っ!!」 ソファーを指差して今すぐにでも二人を逃がさぬために半無理やり座らせる。その前に大きな態度で仁王立ちだ。 「フー…覗き見とは…随分と趣味が悪いな、お前らしくない」 「うるせぇ!!そこまでさせたのは誰だよ!?ていうかさっきから聞き捨てならねぇことばっか話してるように思えたけどなあ!人に内緒でどういうつもりだ!!」 「スッッスミマセン!!!生意気なこと言っちゃって!つい止まらなくて!ムキになって、カッコ悪いです!!」 いつぞやのように半ベソ状態の一年は、ひたすらコータローに対して謝り倒す。いくら本人がいると知らなかったとはいえ、随分失礼なことを言ったような気がする。でも赤羽の様子を見れば、きっと途中から赤羽先輩は気付いていたんだと今更になって気付き、そして…だからこそ余計な発言は慎ませるようにこちらにも気を遣っていたんだ!…と知ると死んでもやりきれない。 「つーか、おいっ……バレてんのか?ひょっとして…」 そしてコータローらしく単刀直入で、また後輩はヒッと背を丸く縮めてしまう。完全に怯えている。赤羽とコータローの狭間にて。 「………お前がここで聞いていたとおりだ」 「そんな曖昧な言葉じゃ騙されねぇぞ…?こっちに聞いた方が早いな、おいっ知ってんのか?」 赤羽じゃ埒が明かないと早々とターゲットを後輩に切り替える。どう考えてもこっちの方が素直だ。取調べがスムーズに行える。 「うっうっ…スミマセンスミマセン!!本当にスミマセン!!そんなつもりじゃなかったんです!本当です!」 すると案の定あっさりと自白して、ちょっとその事実にコータローも驚くが、今はそんなこと気にしている場合でもない。もっと重要なことがあるのだ。 「そうかよ…まあ、いずれはやばいとは思ってたけどな…、ていうかそんな事よりもだ!!」 いずれはやばい?そんな事よりも?コータローの数々の言葉に反応して赤羽が眉間に皺を寄せる。というより楽観視しすぎていて呆れて声も出ない。そんな簡単に認めてよいものではないはず…しかし一つずつ言い出してもキリがないので赤羽は黙って次の言葉を待った。 「お前らずっとここで何やってた?」 けれどコータローの質問は今更の上愚問で、赤羽は一段と酷く頭を抱える。 「今まで一体何を見ていたんだ?そのままだ…」 「それは勉強の話だろ!?ンなこたー言われなくても俺だって分かってるぜ!!バカにすんな!!そうじゃなくてもっと他に色々こそこそしてたんだろお前ら俺に内緒で!!正直に吐け!」 「…?言っている事の意味が理解できないな」 「……っ、……」 コータローは浮気疑惑の追求をしているのだが、どうにも赤羽にはそんなくだらない事優秀な頭脳では思い浮かばないらしく全く話にならない。しかし一般人である後輩には何となくコータローの言っている意図のようなものが見えてくるのだ。 「あのっもしかしてその…えっとそれはコータローさんの勘違いです!そんなことっ…絶対ありません!!本当です信じてください!!」 「ふーん、本当かよ、脅されて嘘ついてねーよな?」 「何を言い出すんだ!大体話がまるで見えてこない、もっと明快な楽譜を用意してくれ」 「うるさい!!分からねぇ奴はすっこんでろ!!お前こそ大事な部の後輩を誘惑したりしてねーだろうなあ〜?」 「…っっ!」 まさにこの瞬間、理解できないと表情全体で物語っていた赤羽。一体どうすればそんな考えに至るのか、逆に非常に興味が湧くほどだ。 「なっ……何を言っているんだ?コータロー…正気か、一度頭脳を調べてもらったほうがいい、許可をもらえるなら俺が調べてみせよう…」 「お断りだ!医師の免許も持ってない奴が偉そうな口叩くな!!俺は正常だぜ!!」 「本当にないんです!真面目に勉強教えてもらってただけで…ただでさえお二人の邪魔をしてるみたいで辛い部分はあったのに!そんな赤羽さんとだなんてとんでもない!!恐れ多いです!」 「何だよ恐れ多いって、チャンスさえあればいいって言い方だよな。まあな…こいつはな相手にその気がなくてもなんか妙にムラムラさせる成分持ち合わせてるからな、そんな毒牙にはかかってなかったか?正直に言えよ」 「本気で何を言うんだっ、失礼にも程がある」 完全に呆れて冷酷にさえ言い放つ赤羽だったが、後輩の方がコータローに近い感性を持ち合わせていることが大きな誤算となっていた。 「あ……それ分かります…何となくクラクラってきちゃうことも正直なかったことはなかったです、お恥ずかしいですけど…でも人として最低な行為は犯してません本当です!信じて下さい!」 「なんかその言い方だと俺が人として最低な行為を犯してるみたいじゃねぇかよ…おい!」 「フ、フー…理解できない、今ここで何が起きているのか」 堪らず赤羽はギターをケースから取り出し、思い切りよくギャーン!と豪快な音を弾き鳴らした。こうでもしないと精神がもたないのだ。 「うるさいって言ってんだろうが!!今は俺の尋問中だ!!大人しくしろ静かにしてろ!パニクってんな!じゃあマジで何もないのか?さっきもうこんな関係終わらせた方がいいとか何とか言ってただろ?あれどういう意味だよ!?」 赤羽に凄みながら視線は後輩へと向ける。まずこの澄ました男は素直に口を割らないのだ。口を割っても意味不明なのだ。 「そっそれは〜その…、無理に自分なんかと付き合わせてしまってる…っていう気持ちがどうしても拭えなくて…その」 「何でだよ、別に勉強見てやるくらいなら俺もたまに強制的に参加させられるぞ?」 「随分自信有り気に自分の成績を誇るんだな…お前も少し勉学に励んだ方がいい…」 「黙ってろー!ややこしくなる話が!つーか今思い出したけど何でバレてんだよ?どこでバレたんだ?」 そしてとうとう核となる部分に気付いてしまったコータロー、このまま誤魔化せないかと思っていたがやはり避けて通れない道だったようだ。赤羽はまたギャーン!と気を紛らわせるようにギターを弾く。どうせ自分には何も尋ねてはこない。 だが後輩も、ここは素直に答えられなくて、どうしてよいものか口を濁らせている。 「その…そのですね…、そのー…」 チラリと後輩が赤羽を見る。顔色を窺っているのか後輩の表情は困惑していた。けれど二人の関係を知った原因を思い出せば、それはとても触れにくい出来事で、またついついあの時のことを思い出してしまい一年も赤面してしまう。 赤羽も難しい顔をしながら何も話す気はなかったのだが、隣で固まってしまった後輩に助け舟を出さねばなるまいと、ここは望まなくとも自らが説明に乗り出す。自分ばかりが逃げていいはずがない。 「……ここに、今日のお前と同じく彼は潜んでいたんだ…そしてある光景を見てしまった…、そこまで言えば理解できるだろう…」 「はあ?……同じようにここで?何か見たって………、あっっ!!!」 今の今まで隠し通してきた事実をコータローは酷く遅れて今知る事になる。過去の記憶に思い当たったことがあるのか、ようやく色んな事柄が一本の線に繋がったことだろう。 「ちょっと待てよ?じゃあ…あの時お前ここにいたのか!?みっ見てたのか?もしかしてっ、結構際どいとこまで…」 「…はっ…はいっ!勝手に潜んでて本当にすみませんでした!全くそんなつもりじゃなかったんです、ただ好奇心でここに入ったらその…っ出るに出られなくなって!!」 「マジかよ!?マジでここに??じゃあまさかそれ知った上でコイツの弱みを握って勉強を教えさせてたってわけじゃねぇよな?半脅しとかでよ」 「滅多な事は口に出すものじゃない!」 とんでもないコータローの推理に赤羽はまた冷静に怒りを露にするが、何故か後輩の顔はますます曇っていく。 「……そう言われたって仕方ないかもしれません、実際甘えてしまってたのは事実ですし…すごく憧れてましたから……だからコータローさんがどこかできっと羨ましくて…すごく愛されてるんだなあって思って…」 ―愛されてる!?― ここは心の中で同時ツッコミの二人だった。 二人ともそんな言われように妙に気恥ずかしくなるというかむず痒いというか…鳥肌が立つというか…どうもシックリとこないが、ここはコータロー流で切り替えしてみせる。 「まっまあ、俺は魅力的だからな、こいつが惚れるのもよく分かるけどよっっ、でも別にそんなお前が思ってるほど恋人とかしてねぇからな?」 しかしまあこれだけ調子の良いことをベラベラと話せるものだと、赤羽は少しきつくコータローを見つめながら何もコメントはしない。この違和感は分かち合えるものだから。 「でもよく考えてみれば素敵なお二人だと思うんです!それを…僕が何だか邪魔した格好になってるのが心苦しくて…こうやって嫉妬する先輩見てて泣きそうで…自分なんかが独占していい存在じゃないだって何度も!」 ギャーン!ギャーン! 「うあぁあぁあ…っ!」 二人の受けたダメージは非常に大きい。第三者からこんな風に言われると、そして見られると、とてもじゃないが正気を保っていられない。素直でない付き合い方をしているから余計に。 「俺らを殺す気かっ!今すぐその言い方止めろっ!ぞわっとくるだろう〜!?ていうかアレを見といてタダで済むと思ってんのかっ、邪魔されてこっちは頭にきてるんだ!」 「そういう話ではない、元はといえばお前と俺の軽率な行動が全ての原因だ。反省すべきは俺でありお前でもある、勘違いをするな」 妙にテンション高く騒ぐコータローに赤羽がここは冷静に事を重く悟らせる。元はといえば全ての発端は自分たちにあるのだから。 「でもよ、エロかっただろ…こいつ」 だがまだ懲りないのか、ふざけたような事を口にするコータロー。 「何の話をしているんだ!!」 「ヒィィィ!やめてください思い出させないで下さい!色々大変なんです!!」 こんな世間話のようにタブーな話題を持ち出されてまた赤羽はコータローに制止を促す。それでも聞く耳持たず反省もしていない様子だった。一体赤羽がどれだけ気恥ずかしく、そして辛かったか、まるで理解してないように思えた。その時は。 「色々大変だよな、その気持ちはよく分かるぜ…でももう出歯亀んなよ、後こいつは返してもらうぜ?」 「…え?」 「もう大体終わってんだろ?今日で全ての日程は終了だ」 「コータロー?まだ少し残っている…」 「分かったな、後は自分で何とかしろ。ここまで付きっ切りだったんだから出来るだろそれくらい」 突如真剣な表情で話をまとめに入るコータローは、さっきまでの感情的で子供っぽい悪ふざけたイメージを払拭させるものだった。今は全くライトさが失われている。 「え…あの……」 「俺は仲間をとことんどこまでも信じるぜ?でも別にお前が誰かにこの事話したくなったら勝手にすればいいし言えばいいぜ、別にそれくらいどうってことないしな!お前の事は信じてるけどな」 「コータローさん…」 もう尋問はこれで終了だと示さんばかりに帰る仕草を見せて、最後に釘を刺しているのだ。でもそれは誰かに漏らされることを恐れているわけでもなく、当然信じていないわけでもない。あんな言い方をしているがコータローは本気でこの後輩のことを信用しているし仲間意識を持っている。 けれど赤羽のことだけは目を瞑れないし譲れないことのようだ。それが今のコータローから透けて見える。 「分かったか?分かったら返事しろ」 「…はい、色々とご迷惑をお掛けしました…」 「まあ、こっちもこっちだけどな」 先輩に軽く説教を受けた形になって完全に気落ちしてしまった後輩は一人静かに立ち上がり、そのまま頭を下げて軽く挨拶し立ち去ろうとする。すると今度は打って変わって気さくな声が背後から投げ掛けられる。 「おーい、明日も休まず部に来いよー」 「っ!…はいっ、では失礼します!!また明日っ」 「ああ、また明日」 こうして例の一年は秘密を胸に秘めたまま、迷って忍び込んだ資料室より退出した。しばらく世話になった日も美しき思い出だ、けれどやはり深く関りすぎていたのだ。 本当は凄くこの件に関しコータローが酷く腹を立てていることに後輩は気がついた。 赤羽を振り回していた事実に対し厳しくメスを入れ、実質自分の手で救い出したのだ。 新入生は、一体自分の存在って何だったのだろう…と遠く空を見上げながら、二人残されたままの資料室を振り返る。もう自分の目はないし、これで赤羽はきっと安息を手に入れるのだろう。 「…アメフト、頑張ろう」 そう誓って、楽しかった日々に別れを告げる。 ―赤羽先輩を…解放しなきゃ…、またコータローさんに怒られる…― けれど妙に清清しい気分で、はっきりとコータローの口から告げられたことが良かったのだと思う。あの人は興味ない振りをしながらもしっかりと赤羽を見ているのだ。護ってもいるのだ。 そして例の資料室では… 未だ黙ったまま、赤羽はソファーでギターを奏で、コータローは隣でその演奏を黙って聴いている。 これが二人にとっての安息だ。 そしてしばらくすると赤羽がギターを止めて、敢えて先に口を開く。 「少し…強引過ぎたのではないか?」 「あれくらい言ってやんねーとダメなんだよ!大体重大な隠し事がバレた時は、勝手に言えって強気に出た方が逆に相手もビビって言えなかったりするだろうが、まっ平気だぜ…かわいい後輩だしな」 「…俺も、最初から信頼はしている」 「でもよっお前!聞き忘れてたけど何で今回のこと俺に言わなかったんだよ!結構な大事件だろこれ?何で黙ってやがった!!」 そんな疑問はコータローにとっては最もで、それは実際真っ先に赤羽が避けたことでもあった。 「…お前の耳に入ることによって…更に大事になるだろう?こんな風に…」 要するに無用な争いは避けたかったのだ、どうしても感情をセーブすることの出来ないコータローは相手に対して強い態度で臨んでしまうし責めるような口調もしてしまう。それはあまり赤羽の音楽性としては歓迎しない形でもある。だが意外とコータローは冷静で、今回の件で少し見直したかもしれない。 「でもこんな風で文句ないだろ?スマートに解決だぜ…お前みたいに一々面倒なことはしない主義なんだよっ」 「そうだな……少し疲弊したかもしれない…」 「つーかこれからは黙るな!絶対俺にも言えよ!?しょうがねぇから俺も抱え込んでやるぜ…二等分ならまだマシだろ?」 「…ああ」 「まっ抱え込む前にさっさと発散させるけどな!」 久しぶりの穏やかな時間に赤羽も気を緩ませ、自分が最大限の配慮をして慎重に開く扉もただ思うがままに簡単に一瞬で躊躇なく開けてしまえるコータローは凄いと改めて感じる。その部分に大きく惹かれているとも言える。 「じゃあさっさと帰るか、しょうがねぇから労わってやるよ」 「ああ…楽しみにしている」 二人して立ち上がり、騒動のあった資料室を後にする。 行き先は言わずとも同じで、一定の距離を開けて歩く姿は相変わらずでも本当は誰よりも強く結びついている。 赤羽はもう背後から注がれるこの視線だけで良いと感じる。 それだけで生きていけるようにさえ感じてしまう。 もう部屋に着いた後も、あの自分を暴く第三の目を感じることはなかった。 END. |