*父と息子とその男* まだ本格的な暑さには達していない初夏の頃、ここ関西のある家では今日も平和に暮らしていた。元々4人家族の家であるが訳あって長男のみ東京で一人暮らしをしている。その事についても当時は厳格な父は息子の一人暮らしを安易に認めようとはせず、あくまでも家族4人で生活することを父は望んでいたが息子の固い決意に折れざるを得なくなり、今は離れ離れで過ごすことになった。 けれどケンカをした訳ではないので、当然今でも連絡は取り合っているし暇さえあれば東京へ赴いて数日間でも息子と共に過ごすこともあるのだ。 つい先日も息子の妹である理沙が東京へ遊びに行っている。父もまた仕事で普段は忙しいが何とか時間を見つけて息子に会いに行きたいと常日頃から思っているのだ。 「隼人は元気にしていたか、理沙」 「うん、とっても元気そう、また家には電話入れるって」 そんな日常の父妹の何気ない会話が交わされている。 するとタイミングよく電話の音が鳴った。 トゥルルルル、トゥルルルル 母が電話に出ると、とても嬉しそうな声を上げている。きっと今父妹間で話題になった息子からかかってきたのだろう。そして幾つか母が言葉を交わした後、父に視線が向けられる。どうも息子は父に何か伝えたいことがあって電話をかけてきたようだ。 「もしもし、隼人か?元気にしているのか、また家にも顔を出しなさい」 すぐに母から電話を受け取った父は、口調は厳しいもののとても息子に対し愛情を持って接しているのが分かる。だから母も妹もクスクスと口元に笑みを浮かべながら、そんな微笑ましい父を温かい目で見守っている。 『ご無沙汰しております、父さん。また近いうちに一度家には戻るつもりです』 「うむ、また何か生活の上で困ったことがあったらいつでもこっちに頼ってきなさい、遠慮することはないぞ」 『はい…ありがとうございます、それで今回お電話した件ですが…』 「何だ?何かあったのか?」 『いえ、実は進路についてですが…」 「おお、そうだな。もうお前も高校三年でそんな時期だな。お前とは離れて暮らしてもう一年以上経過してしまったよ、皆寂しがっている、こっちの大学のことなら何も心配するな、お前ほど優秀な選手ならばどこのチームも喉から手が出るほど欲しがっているぞ、どこか希望があるなら私からも学校の方へ連絡を入れてみよう、何なりと言いなさい」 そう赤羽ももう立派に大学受験生の年。しかしスポーツをする身としては推薦で大学に入学することも全てにおいて能力の高い赤羽ならば優位に可能で、きっと何校からも誘いは受けているだろう。父もそんな息子が誇り高く、まさに自慢の息子だ。なるべく息子の希望に沿うように父としても力になってやりたい。そしてまた家族4人での生活を心待ちにしている。 だが息子の希望する進路はそんな父を愕然とさせるものだった。 『…実は、東京の大学に進学することに決めましたので来年もまたこちらに残ります』 ・・・・ ・・・・・ ・・・・・・ 「なっ何〜〜〜〜〜〜っっ!!はっ隼人!それはどういう事だ!東京の大学に進学すると?高校を卒業したらこちらへ戻るのではなかったのか!!」 まさかの息子からの東京居残り宣言に、たっぷりと余裕の表情で大きく構えていた父は面白いくらいに取り乱し始める。傍から見ていた母と妹も何事かと驚いた目で父とその息子との会話に耳を傾ける。早く家族4人で生活をしたいと望んでいた父にとってはこの息子の選択は相当ショックが大きいものだった。大学は関西の方へ行くと信じて疑っていなかった。 「許さん、それは許さんぞ!大学はこちらの大学にしなさい!何かまだそちらへ残る理由があるというのか!お前のこだわった盤戸の上には大学はついていないだろう?」 『…申し訳ありませんが、もう決めたことですので。大学側にも学校の方にも進路は伝えました』 「なっ…何という事だ!私に一言も相談せずっ、そんな大事なことをまた独断で決めてしまって!」 「あ、あなた、落ち着いてください…」 「そうよ、お父さん。お兄ちゃん…何か言い出したら聞かないじゃないっ」 「お前達は黙っていなさい!とにかく隼人っ、一度こちらに帰ってくるんだ!いいな?」 こうして…赤羽家は嵐の渦に巻き込まれるのであった。 「ただいま」 そしてその週の土曜に休みを利用して赤羽は父の言いつけ通りに一度関西にある家に帰ってくる。勿論この前伝えた進路の件について父から厳しく叱りを受けるだろうと理解して。しかし何故相談しなかったのか!と問われるとそれは必ず引き止められて反対をされると赤羽は分かっていたから先手を打った格好だ。確かに勝手な行動だと赤羽自身もそう思っている。 「おかえりなさい、隼人…疲れたでしょう?何か飲み物でも淹れてくるわ」 「ただいま、母さん…ありがとう。でも父さんと話をしないと…」 「お兄ちゃん、お帰りなさい。お父さんカンカンだよ?」 「理沙、ただいま。分かっているよ…」 おっとりとした空気が玄関で流れる中、そこに難しい顔をした父が現れて赤羽も気を引き締めているのか表情から笑みは消えていつもの凛とした表情へ戻る。そして二人は応接の間へ移動して、黒くて高級感あふれる大きなソファーに腰掛ける。しばらくは静かに時間が流れて、そして母が二人分の紅茶を運んでくる。それからそのまま退出しようとするが父が母を引き止める。 「お前もここに残りなさい、子供の大事な進路の話だ」 「はい…」 「あ……私もここにいていい?父さん…」 「好きにしなさい」 ドア付近で様子を窺っていた妹も父と兄の行く末が気になるのか応接の間へ入室する。結局家族4人で二人の話を聞くことになった。けれど母は特に関西の大学へ進学させることに執着は見せていない。あの電話の後で息子を除いた3人で色々意見を交換し合ったのだが。基本、母は息子のやりたいようにやらせてあげたい方針だった。妹の理沙も兄の進路に口を挟むことは当然なく、兄の選んだ道を進めばいいと思っている。勿論そう思えるのにも理由はあるのだが。 つまりある意味父は孤立していた。 「一体どういうことなんだ隼人、まだこちらに帰ってくるつもりがないとは…」 「……この前の電話で伝えたとおりです、東京にある大学へ進学するため距離的にもこちらへ帰ることができなくなってしまいました」 「何故なんだ、こちらにもいい大学はあるし欲しいといってくれる強いチームもある、まだ東京に未練があるのか」 「………確かに東京の大学でも関西の大学でもどちらも遜色劣らないくらい素晴らしく、どちらに進学しようとも不満に思うことはありません。家に戻りたい気持ちも勿論ありました、しかしそれでも僕は東京の大学を選びました」 「………この前理沙から少し、お前の東京での暮らしぶりを聞いたよ、随分と充実しているようだな」 「…はい」 父は何か思い当たる節でもあるのか少し落ち着いた様子で淡々と息子に言葉を投げ掛ける。そして息子が一人暮らしをするキッカケとなったある出来事も父の頭の中にはあった。関西へ一緒に来ると言っていたあの聞き分けの良い息子が突然東京へ残ると連絡があったあの時を父は到底忘れられない。その時何があったかは息子は話そうとしなかったがどうやら転校する予定だった帝黒とのトラブルだったらしい。父の情報網もそんなに甘くはない。 そしてその時息子を引き止めたとされる人物がいたと父はある種の情報筋から聞いていた。 どうも今回もその者が関っているのではないかと思わずにはいられない。 更にその者の名を最近父は理沙の口から聞いていた。 「…………佐々木コータロー、確かチームメイトだったな」 「…はい」 「…っ!」 父の口から飛び出した名に、一番大きく反応を示したのは妹の理沙だった。赤羽は冷静に返事をしている。 「…確かその者も帝黒からのスカウトを蹴って盤戸に残ったそうだな、そしてお前を引き止めたと私は聞いているが今回もその佐々木コータローがお前の進路に深く関ってるのか?どうなんだ隼人」 「…関っていない…とは言い切れません、しかし盤戸に残ったことも東京の大学へ進学するという決断も全て僕自身がしたことです、彼に強制された覚えはありません」 「つまりそれはお前の選んだ大学にも佐々木コータローがいるということなんだな?」 「…………確かに彼とは同じ大学を希望しています」 その事実を確認した父とそれを明かした息子はその後互いに言葉を失う。その『佐々木コータロー』というキーワードに父も随分気掛かりの様子で、息子は息子でその存在感を無視できないとキッパリと告げているようなものだった。 「………」 「………」 そして親子は同じタイミングで紅茶を口に含む。 「……そんなにその人物とは親しい間柄なのか?」 「…さあ、どうでしょうか?」 「何だその曖昧な返事は、お前の友人だろう」 「友人…ではないような気がします、きっと向こうは否定するでしょう」 「バ、バカな友人でなければ一体なんだというんだ、それともそんなにお前と音楽性が合う人物なのか」 「いいえ、彼とは全く音楽性は合いません」 「では一体何者なんだ!!佐々木コータローという人物は!!話を聞けば聞くほど理解ができない!何故お前はそんな人物と同じ大学とまで希望するんだ!もっと分かりやすく説明しなさい」 不可解なコータローと赤羽の関係にさすがの父も首をひねる、しかし分かりやすく説明をしろと言われても赤羽自身もなんと説明すればよいか戸惑うのだ。どう説明しても父には理解されないとも思う。自分達の間柄は何だ、と父に尋ねられて赤羽も初めてそのことについて考える。口で説明するより実際に目の当たりにして何となく理解してもらう方がきっと良いのだと思う。けれど今ここにコータローはいない。 「…僕も何と説明すればよいか分かりません、とても重要なチームメイトではあります」 「ただのチームメイトがそこまでお前の進路に口出しをするのか!友人でもない、音楽性も合わない、お前すらも理解不能、一体そんな者とアメフトをしてお前は楽しいのか、やはり強制されているのではないのか!」 強制などとは全くの勘違いであるが、人物像が見えてこない佐々木コータローに父はますます不信感を募らせている。それはあまりいい傾向ではない、だから赤羽もこのまま彼を誤解されたまま父に認識されてしまうのは心苦しかった。悪い人物ではないと分かっているので、何とか父にも理解を示して欲しいのだが… ―………ん、そういえば前にこんなことを言っていたな……― ある時赤羽は思い出したのだ。 自分とコータローの関係を示す言葉を以前執拗にコータローが吐いていたのを。ちなみに赤羽には理解不能だったが父になら意味を理解してもらえるかもしれないと思い赤羽はその言葉をそのまま父に伝える。 「…そういえば以前…彼が僕に何度も話していました、自分と僕との関係はセフレだと。よく分かりませんが、そう思っていただいて結構です」 そして赤羽は真顔のまま、とんでもないことを口にした。 その瞬間、父も母も妹も目を丸くして時が止まった。 だがしばらくしてプルプルと父の身体が震え出す、それからすぐに父は叫び出した。 「今すぐ呼べーーーー!!!!ここに佐々木コータローを呼ぶんだ!今すぐだーーー!!!」 「あなた、落ち着いてください…」 「とっ父さん、落ち着いて?」 「父さん、落ち着いてください」 「この状態で落ち着けるものか!!!今すぐここに呼ぶんだ、その佐々木コータローを!!!!」 全く何をしでかしたのか意味の分かっていない息子に、落ち着いてください、なんて言われて父が落ち着けるわけもなく、更に赤羽家に台風が到達する。そして赤羽は仕方なしにコータローの携帯に連絡を入れるのであった。 「帰りてぇ…」 そんな言葉を鬱な表情でコータローは赤羽家所有のヘリコプター内で呟いていた。勿論行き先は関西にある赤羽家、そして自分が連れて行かれる理由もさっき赤羽から携帯に連絡があって聞いた。 赤羽があの素な様子で淡々と… 「父に、お前が前に言っていた…自分達の関係はセフレであると伝えたら突然激昂した、悪いが今すぐこっちに向かってくれ」 と突然言われて、思わずその場で崩れ落ちてしまったコータロー。頼むぜおい!!と叫んでももう取り返しはつかなく、しばらくして赤羽家に仕えているらしい者たちに取り押さえられコータローは今お空の上。バラバラバラとプロペラの音が鳴って、否応なしに拉致された。 そんなセフレとか言ったら怒るのは目に見えていることだろう、とコータローは普通に思うのだが、本気でどういう意味か分かっていなかった赤羽はさらりと言ってのけてしまったらしい。天然は怖ろしい…改めてそう感じた。しかも随分赤羽の父は息子を可愛がっていると聞いていたから、もう怖ろしくてどうしようもなかった。更にあながち嘘でもないから始末が悪い。まあそんなことバカ正直に告白するつもりはないが。 ―誰か助けてくれ〜〜マジで!!!― 何だか今になってとんでもない奴に自分は手を出してしまったんじゃないか、とコータローは一人反省会だった。完璧にアウェーで一体自分にどうしろというのか、これから赤羽家で何が起こるのか想像もしたくなかった。 そして信じられないスピードで関西の赤羽家に到着したコータローは早速家の中へと押し込まれる。するとまず出迎えてくれたのが全ての元凶、自分の良く知っている赤羽そのものだった。 「よく来てくれたな、突然すまない」 「お前は〜〜〜〜!!!!なに言ってくれたんだよっっマジで!!!」 もう今日ほど目の前の人物の息の根を止めたいと思ったのは初めてだった。沸々と沸き起こる怒りをぶつけんばかりに赤羽の胸倉を掴む。 すると突然おっとり空気に包まれる。 「ようこそ、遠いところからはるばるとお連れしてしまってすみません、佐々木コータローさん」 「えっ!?あっいやっそのっ…ど、どうも…こんにちは…!」 パッと赤羽から手を離して、どう見ても母親らしい人物に丁寧に挨拶をされてコータローは思わずその優しいオーラに固まる。初めて妹の理沙に会った時もその可愛さに驚いたものだが母親は更にもう一次元上をいっていた。自分の母親と同じくらいの年齢…とは思えないほど美しい女性と呼べる、もろストライクゾーンに被るほどコータローの動悸を激しくさせた。しかも…赤羽と全く同じ、赤い髪に赤い瞳をしている。遺伝子を相当色濃く受け継いでいると思った。 「母親だ、さあこっちへ、父が待ってる」 「うっ……分かった…、はあ…」 今ここでは妹とは会えなかったが、何だか異世界に来たような感覚を受けるコータロー。別に純日本風な家柄でもないのに、何だか格式が高い。物凄く自分が場違いのような気がする。 コンコン。 赤羽がノックをして父からの許しを得てドアを開ける。 「連れてまいりました」 そんな実の父親に対し敬語で礼儀正しい赤羽を見て、またなんだかコータローはむず痒さを感じる。 「は、初めまして…佐々木コータローです…」 一応きちんと挨拶はして、示されるがままにソファーへ腰を掛けた。勿論赤羽も同席している。というより父親の厳しい視線が痛くてしょうがなかった。 「君が佐々木コータローか…、随分とうちの隼人が世話になっているようだね」 いきなり名指しで呼ばれ、敵意剥き出しの赤羽父の声にたらりと冷や汗をかいた。とりあえず、いえ…それほどでも…と返し、そうっと視線を合わせてみる。すると普段の赤羽から丸っきり優しさだけを取り除いたような鋭く厳しい視線を浴びせられ、やっぱり親子だとコータローは納得する。 「よくもうちの隼人をたぶらかしてくれたねー、君は」 ブフッッ!! もう思わず紅茶も噴いてしまい、汚いとは思ったがダラダラと口元から紅茶が滴り落ちる。とりあえず手で拭ってはおいたが、ここで完全に取り乱してしまう訳にもいかない。 「あっいやっ、それはそれのっっ…何ていうかシャレで言ったと言いますか、当然俺と息子さんはそんなことないです!ちょっと悪ふざけが過ぎてしまったみたいでっ、スミマセン!」 シーンと黙ったままフォローも何も入れない赤羽など置き去りにして、さっさとそれは誤解だと弁解し素直に謝っておく。どっちにしろセフレは確かに言い過ぎだとコータロー自身も思っているから。まあだからと言って恋人でも当然ない訳だが。 「ほう…ジョークだと言い切るのか、是非そうあってもらいたいものだがね私も、どうなんだ隼人」 「まずセフレの意味が分かりません、文献か何かで調べてまいりましょうか…」 ―ギャーーッッ、その単語を軽々しく出すなー赤羽ーー!!つーか文献って!載ってるかー!― 何とか父君の怒りを静めようと必死なコータローは(無事に家へ帰りたいから)、またすっとぼけたことを言っている赤羽に対しイライラハラハラして気が気でない。 2へ続く。 |