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*父と息子とその男−2−* 「調べてくる必要などない、そういった事実があったのかなかったのかが重要だ!さて佐々木コータロー君…一体隼人とはどういった関係かね!?」 「えっいや…それは…盤戸の同級生でチームメイトですけど…」 「たったそれだけの関係で隼人を東京へ引き止めたり、同じ大学にまで進むのかね?家に戻るつもりだったと隼人は言っていたが、何か裏でもあるのかね?はっきりしたまえ!!」 「はっきり言えば息子さんの考えてることなんか俺にはちっとも理解は出来ません!別に裏も表もないです!ただ変な縁がちょっとあるくらいでっ」 「変な縁とは?一体どういった縁だね?やはり隼人をたぶらかしたのか!」 「ちょ…もう、助けろよ!お前も!!俺どう答えたらいいんだよ!?」 すっかり父に押され気味のコータローは止むを得ず赤羽に助けを求める。父はそれを見て、また不快そうに滅多に吸わないタバコをすぱすぱとハイペースで消費させている。けれど赤羽はものっそマイペースだった。 「コータロー、ますセフレとはどういった意味だ?俺とお前に当てはまるのか?」 「まだそんなこと考えてやがったのか〜〜〜!!!もうそれは忘れろよ!!いいんだよ!!」 「……隼人が意味を全く知らなかった下品な言葉だ、まさかそんなはずはないとはさすがの私も思ってはいるがね」 嘘つけーーー!!!とコータローは瞬時にツッコんでやりたかった。けれどここは下手に出たほうがいいと賢明な判断を下す。 「と、当然です!そんなことちっともある訳ないです!」 「だから意味を教えてくれないか?何かを略した言葉なのか?下品な言葉と父は言ったが…」 「あ〜〜っっもうちっとも話が前に進まねぇ〜!やっぱ親子だぜ!だからなあ、ちょっと耳かせ!」 正面から隣から赤羽と名のつくものに追い詰められるコータロー、もう埒が明かないと仕方なしにぐいっと赤羽の耳を引っ張り、ごしょごしょと意味を教えてやる。ちなみにその様子を正面から見ている赤羽父はまた不機嫌そうに二人を睨んでいる。なんでこんなに溺愛してるんだ!とコータローは正直やりづらい。 「ごしょごしょ…」 何でこんな事改めて説明しなきゃならんのか…とコータローはちょっと恥ずかしい思いをしながら赤羽にセフレとはイコールセックスフレンドのことだと教えてやる。ギラリと赤羽父の険しい表情に突き刺さるような視線を何とか見てみぬ振りをしながら。すると赤羽もようやく意味を理解できてすっきりしたのか、ちょっと声に軽快さが少しだけ増したような気がした。 「んん……ん…、なるほど。そういうことだったのか、随分と失敬な言葉を告げられていたのだな」 そしてその反応は正しいもので、今度はコータローがうんうんと頷き、要するにバカにしていたんだ、と張本人向かって悪口を説明しなければならない虚しさを感じていた。天然には何を言っても無駄だと思った。けれどその息子の反応を見て父親も少し安堵したのか、一つ大きく深呼吸をしている。 これでようやく事態は収束に向かうとコータローもホッと一つ息を吐いた、大きな山場を越えた気分だった。 けれどすぐその後だった、赤羽からとんでもない発言が飛び出してしまったのは。 「確かにあながち間違いとも言い切れないが」 ブハッッッッ!!!! 「おおおお前っっいきなり何言い出してっっ」 「き…貴様…この外道が、やはりうちの可愛い隼人を〜〜〜〜〜〜!!!!!絶対に許さん!!!!」 「ちょっちょっと待っ!!お宅の息子さんやっぱり勘違い…っ」 「今、隼人が納得した上で言葉にしたのだっっ!これ以上何の言いがかりを!!!」 もう一気に最悪な事態が訪れて、紅茶どころか血も吹き出しそうなコータローは全くTPOなど考えずぽろぽろと発言してしまう赤羽に対しこれ以上ない怒りを覚えていた。そんなこと親父さんの前で言ったらどうなるか、予測ぐらいつくだろうに!!!お得意の先読み術がこんな時だけ発動しないなんて!!!恨めしくてたまらなかった。 「父さんもコータローも落ち着いてください」 「お前が蒔いた種だろうがあああ!!!何一人涼しい顔してやがんだよっコラ!!!」 また無責任な発言が飛び出してもう我慢ならんとコータローは思わずいつものように噛み付かんばかりの位置まで近づいてギャーギャーと人様の家で獣の顔つきになるが、今度はそれを見た父親が叫ぶ。 「いかん!!隼人早くその男から離れるんだ!!お前に危害が及ぶ!!」 「大丈夫です、慣れていますので」 「もう黙ってろお前は〜〜〜〜!!!!つーかもうこのまま家に帰れ!!!いい加減愛想が尽きたぜっっ」 「いいのか?帰っても」 「勝手にしろよっっもう!!」 「そうだ隼人、そんな野蛮な男とは早く別れてこちらに帰ってきなさい!父さんが全面的にお前の支援をしよう!」 そしてもう収拾がつかなくなった時点でドアが開き、母親と妹が慌てて場をなだめに入室してくる。母親は激怒して興奮しっぱなしの父を落ち着かせて、妹はガルルとすっかり地が出てしまったコータローを落ち着かせる。 「あなた、お客様の前です…落ち着いてくださいませ」 「コータローくん、お父さんとケンカしないでっ」 二人の登場で何とかケンカ腰から脱することが出来たが、父親はもう完全にコータローに対しいい印象は持つ事はなく、そしてそれはコータローにも言えることで、父は少し疲れたのか「絶対に許さん!」とだけ吐き捨てて応接間を退室していった。すると何故か母親が申し訳なさそうにコータローに対し頭を下げている。 「佐々木さん…本当にごめんなさい、随分と酷いことを…」 「あっいやっ、そんなこんなの全然なんともないですから!本当本当にっ」 本当は物凄くあの父親(と息子)に対しては腹を立てていたが、当然今はそんな怒りは表せなかった。 「これからも隼人のこと、よろしくお願いしますね」 えっ!?と、しかし正直それはちょっと!とコータローは本音では思っていたがさすがにこれも母親の前ではそんな暴言は吐けず、思わず「はい」と頷いてしまった。けれど母親はにっこりと微笑んでとても嬉しそうにしていたからこれはこれで良かったと思える。すると今度はちょっと頬を赤らめた妹が顔を出してきて、ニッコリとこちらもまるで二人を祝福するかのように可憐に微笑んでいた。きっと物凄い勘違いをされているんだろうとは軽く想像がつく。 「コータローくんってお兄ちゃんとそうだったんだ…とってもお似合いよ?」 そんなあり得ない褒め言葉にコータローもどっと疲労を感じて頭を抱えた。けれど隣では何故か赤羽が普通にありがとうと礼を言っている。もう何もかもあり得ない。 そして母親が退室する際に息子を呼んで、二人はしばらく応接間から姿を消した。当然残されたのはコータローと妹の理沙。 「はあ〜〜…疲れた、でも別に本当に俺と兄貴はそんな関係じゃないんだぜ〜?でもとにかく親父さんにはビビった…ビックリするくらい息子狂でよ…この調子じゃもし理沙ちゃんに彼氏でもできたら相当やばいぜ?」 やっと羽を伸ばせる状態になって、少し普通の会話を交わして気を取り直そうとするコータロー。本当にこの場所はアウェーだったと思う。でも母親も妹もコータローを責めるつもりはないらしい。むしろ祝福モードでそれはそれで困ってたりする。 「え?あーそれはないと思うわ、だってお父さんは凄くお兄ちゃんのこと大好きだもん、それにね私…ボーイフレンドができたんだけど、お父さんそれも知ってるし会ったこともあるのよ?」 「へえ!?いるのか…ボーイフレンドが…そっか…、でもそれも珍しいなあー普通は男親は娘を溺愛するもんだぜ?何でまたあの無表情兄貴をそこまで可愛がってるんだか…はあ〜」 何となく序盤元気がないような声でボーイフレンドの存在を残念に思ってしまうが、これだけ可愛かったら男が放っておかねぇかと妙に納得も出来た。今が高校一年なら特に頷ける。どんどん色っぽくもなる年頃だし。でも妹のことはいいとして、父親が娘に関しては寛大なことが逆にビックリだった。あの異常っぷりは兄貴限定だったらしい…それはすごく意外だった。 「う〜ん…ほら、お兄ちゃんてお母さんと一緒でしょ?だからだと思う、昔から凄くお父さんはお兄ちゃんのこと大事にして可愛がってたから、もちろん私にも優しいけど」 その今妹が言った兄貴を可愛がる理由は少し考えれば分かったことかもしれない、けれどコータローにとってはすとんと抜け落ちていたことだった。確かに今日初めて母親に会ったとき赤羽と同じだとは思った。けれどもう特に赤い髪や瞳のことを意識していないせいか、その理由は虚を突かれたような、言われてみればこれほど素直に納得できる理由もなかった。 赤羽は特殊な子だ、それ故に無二の愛情も受けるだろう。 またそれが自分の愛した女性と同じ風貌ならなおさら。 「………何て言うか…、やっぱりその辺複雑なんだな…」 「そうでもないよ?むしろお兄ちゃん、見た目以上に中身がすごい…ていうか」 「ああ〜〜それ分かるぜ!確かにあれは凄いわ、いい意味でも悪い意味でもな!だからむしろあの髪と瞳がマッチしてるというか…そうであって当たり前な風にか思えねぇな俺はよ」 「………うん!やっぱりお兄ちゃんがコータローくんを好きなの私すごく分かるよ?」 そしてまたその話に戻ってしまいコータローはガクッと肩を落とした。やっぱりその件についてはきっちりと誤解は解いておかないといけない。 「あ、いやだから違うからな?そんなむず痒い関係じゃねぇからな?」 けれど妹はそんなコータローの言葉はまるで聞き流すように言葉を続けていく。 「あの皆に優しいお兄ちゃんが一人で東京へ残ったり、大学も東京で決めちゃったのはやっぱりコータローくんと離れたくないからだと思う、じゃないと説明つかないよ」 「……………」 妙に自信満々でそれを囁かれて、コータローは思わず迷いを見せてしまう。確かに自分達はセックスはするけど恋人とかそんな甘い関係ではないしむしろ仲が悪いとコータローは思っている。引き抜きのときも大学志望の時も別に残ってくれとか、まさか一緒の大学へ行こうなんて話したこともない。けれど何故か漠然と同じ場所へ進むんだと確信していたしそれに関して疑う余地もなかった。 最初は確かに関西へ行くみたいなこと人づてに聞いた気もするが、それを聞いて妙に不機嫌になったのも確かだが、それでも赤羽は東京へ残り自分と同じ大学へ進学することになった。つまりそれはまた同じチームでやれるということ。 赤羽が俺のことを好き?、第三者から言われてみればそう思えるかもしれないがやっぱりコータローは漠然としなかった。何だか好きとか嫌いとか…既にそんな次元ではない気がする。それはある意味恋人を超えた究極の関係のようにも感じるが、コータローにはまだ答えが出ない。きっと向こうも出ていない…と思う。 「どっちにしろアイツが決めた道だ…、もしも俺がギャーギャー騒いだところで嫌なら絶対来ないだろうし来ると決めたら誰の反対にあっても来るんだよアイツは、だったらそれはもうそれでいいんだよ」 「……うん、そうかもしれないね…、お父さんが納得するかどうかは分からないけど」 「はあ……マジ勘弁してほしいぜ…」 息子達はアバウトで結構かもしれないが、その息子を特別な意味で溺愛する父親にはその理論は通用しないだろう。しかもとんでもないことまでバレてしまい、ますます監視の目が厳しくなりそうな気がする。結局は東京に戻ってしまえば遠く離れることになるのだから今までどおりに出来ないわけじゃないんだろうけど。 そして母と共に退出した赤羽はというと… 「隼人、佐々木さんって元気があってとてもいい方なのね?私には分かるわ…」 「母さん…まだこっちに戻れなくて残念には思ってる…父さんには僕からもちゃんと言っておくから、心配しないで」 そんなやり取りを交わし、母が見守る中息子は父の書斎へ向かう。いつも一人でいる時は書斎で過ごしていることを知っているから。 コンコン。 「隼人です」 「…入りなさい」 自分とは違い綺麗に片付いている父の書斎に赤羽は脚を踏み入れる。やはり一人デスクの前の大きな椅子に座り、父はタバコを吸いながら一息入れていたようだ。まだ眉間には皺が寄っており、やはり到底納得していない様子が窺える。 「…突然驚かせてしまい申し訳ありません、しかし彼は父さんが誤解しているような悪い人物ではありません」 「………ふ〜、分からないよ、一体何故お前があの男にそこまで執着するのか」 「……本音を言えば、東京で彼と同じ大学を選んだ最大の理由は、彼とまた同じチームでアメフトを続けたい、そんな思いからです。僕にも佐々木コータローという人物は全て理解するには難しい…まるで自分とは正反対です、だからこそ似通った部分があるのかもしれません」 「……お前がそこまで言うのなら私には結局止められないことは分かっているが…、あの者と一緒にいて…その正反対の男と共に過ごして、私の愛する隼人でなくなってしまうのではないかと不安だよ…」 「僕は変わりません、そして彼もまた変わらないでしょう、きっとずっと…一生、僕たちはこのままです」 だが果たしてそれが二人にとって最終的にいい結果を生み出すのだろうか?そんなこと誰にも思えなかった。変わらない今のまま、それは理想のように見えて決して交えない寂しさも見え隠れしている。そしてそんな単純なこと赤羽はとっくに気付いているのだろう、それでも尚一緒にいて戦いたいと願っているのだ。正反対で交えないからこそ、惹かれているのだろう。その理屈は何となく分かる。 「例えこの先何があっても…私は隼人の味方だ、それだけは忘れないでくれ」 それが父として掛けて上げられる精一杯の言葉だった、決して信用できる男ではないとは思っている、しかし敢えてその男を選んだ息子を信じてみようとは思えるのだ。一種の賭けのような危うさだったが。 「ありがとう…父さん」 素直で優しい息子の声に父も気持ちが解されたのか少し穏やかな表情になる。きっともっと掛けて上げたい声もあっただろうけど、もう何も言うまいと結局は厳しくするようで息子には甘い。ここまで父に対して我を通す息子を応援してやらない訳にはいかない。けれどもやっぱり佐々木コータローは好きにはなれないが。 「では…ゆっくりしていきたかったのですが、明日は練習がありますので彼と共に東京へ戻ります、またお会いできる日まで…」 「この前電話で言った、何か困ったことがあったら頼ってきなさいと言ったのはお前に対するただの励ましではない、いつでも連絡してきなさい…身体には気をつけるんだ」 「はい…」 そして赤羽は書斎を後にした。慌しいが今からどうしても東京へは帰らなくてはいけない。赤羽はギター以外ほとんど手荷物を持っていなかったから支度にはまるで手間取らなかったが、帰り間際に母が持たせてくれた一人暮らしに必要な必需品や食べ物をしっかり手に掴んで、同じく土産品以外手ぶらなコータローと共に敷地内を出ようとする。だがしかしその前に父の声にある人物が呼び止められた。 「佐々木君、少しいいだろうか?」 そんな最後の最後でガチンコバトルのような展開にコータローはゲッソリ疲れた表情だったが、妙に父の顔はあっさりとしていた。でも無視する訳には当然いかないので恐る恐る近づいていくコータロー、ある程度近い位置まで辿り着いた時妙な緊張感が走る。 「……さっきは感情的になってすまなかったね、息子のことになると少し頭に血が昇ってしまうようだ」 「っ!い、いえ…こちらこそ…そのー」 突然謝られて、さすがにビックリなコータローは慌ててこちら側もと頭を下げてはみるが的確な謝罪の言葉が見つからずに言葉に詰まってしまう。けれどその事は気にせず父の方から話しかけてくる。 「私はまだ君のことをよく知らないし今は認める訳にはいかないが、隼人が君を気に入っていることはどうやら未だに信じられないが確からしい…、本当は不安で仕方がないが今は隼人のためにも見守らせてもらう、だがもし君が傷つけるようなことがあれば私は遠慮なく息子を呼び戻そう、どうかいい関係を築いてやってくれ」 もう要所要所に嫌味が込められていたが、これは先程あれほど激昂した父の姿を思えば考えられないくらいの譲歩だと言える。絶対に許さん!と怒鳴っていたのに、今はひたすら我慢しているようにも見える。きっと息子に何か言われたには違いなかったが、さてコータローはどう返答しようかと頭をかいた。息子を傷つけるな、と父は言う、しかし今日みたいな暴言を赤羽に対して吐くことは既に日常の一部なのだ。今更その部分を改変してこの父が望むようないい関係などは築けないと正直にコータローは思っていた。だから返答に困っている。 「………多分今日見せた俺と赤羽はアッチの世界でも当たり前のことなんで、親父さんが何を俺達に望んでるかは知りませんけど赤羽に対する態度は俺は変えるつもりはないですから、アイツのためにって言うんなら…俺が唯一出来ることは俺が俺であり続けることだと思ってます、だからまあ…そういう事で。あっだからって悪いようにする訳じゃないですけど…って言い方変だなっ、その…えっと…俺が変に変わったらアイツもきっと納得しないと言うかー、物足りなさみたいな…ん?」 そんなしどろもどろに普段口にもしないし考えもしないことを必死で捻り出して説明しようとするそのコータローの姿に父は何かを感じ取ったようだった。色々気になることはあるけども、今の返答を聞いて少し安心したようにも思えた。コータローは考えることと言葉にすることで夢中で何も気がついてはいなかったが。 「君の考えはよく分かった、君流で…どうか隼人を頼む」 「!……は、はい」 何だか上手く纏められない内に父には何とか伝わったようでコータローは驚きつつも素直に返事はし、一礼をして自分を待っている赤羽の元へ戻る。特に何を話していたのか、とは尋ねられなかった。そしてそれは少しありがたくもあった。 帰りはどうやらヘリではなく普通に新幹線で帰るらしい。 それはそれで二時間以上、とても気まずい空間になりそうだった。 けれどその心配はなく、この度戦い疲れたコータローは東京駅まで爆睡していたのだけど。 赤羽は何故か、眠ることが出来なかった― END. |