*例え話* 練習の休憩の合間で、一体何故そんな話になったのか…東方はすぐに思い出せなかった。とりあえず南と一緒に木陰へ涼みにきて、『好みの女の子』の話になっていた。 まあ年頃の男の子なら誰でもする話だとは思ったが、南は根が真面目で見た目によらず案外純情なところがある。しかも休憩中とはいえ部活中にそんな話を切り出してくるとは… 正直意外だった。 「…でさ〜、あっそういえばお前の好みのタイプって聞いたことないな…どんな感じ?」 そして話を振られて、どう答えたらいいのか… とても困った。 ―うーん…好みのタイプか…、急に聞かれてもなあ…― パッと脳裏に閃かない東方は、差し障りのない返事を南に返す。 するとあからさまに、不満げな表情を相手は見せてくる。 「なんだよ…そんなに俺の答えが気にいらないのか?」 「う〜ん、何て言うか…「いい子だったら誰でも」って適当すぎるだろ?全く本気で答えてないのがバレバレだぞ、お前」 当然いいかげんな事を言ったのに関し、簡単にバレてしまった。 まあもう少し言葉を選べば良かったと東方は後悔する。 だがよくよく考えてみれば、一方的にそんな話を持ちかけてきたのは南の方で…しかも肝心の自分のことについては何も話していない。 これじゃーフェアじゃないよな?と早くも開き直る東方、だから今度は逆に聞き返してみようと目論む。 「じゃあ南は?人にばっか聞いといて自分のことは何も言ってないだろ」 東方の小さな反撃に南は、あっそうだっけ?と軽く返してきた。しかし誤魔化したのか天然なのかは東方の知りうることじゃない。 「俺はなー、そうだな。好み的にはちょっと大人しい感じの子が可愛いかな〜って思うんだけど、ただ実際付き合ってみるとなると、ちょっと活発な子の方が楽しいかな〜って思ったり」 珍しく自分のことで熱弁を振るう南を見るのは久々のようが気がした。何だかんだ恥ずかしがって恋愛沙汰の話を嫌がるので。でもそんな南を見て面白がる千石は、嫌がらせのように女の子話を南に聞かせるのだけど。 いつも遠くからそのやり取りを見てる者としては、案外楽しそうだ。そして南の反応は面白い。 ―ん?…そういえば…― ここで東方はようやく頭の回転をフルに稼動させて、良からぬことを思いつく。それから何も考えず南にそれを進言した。 「ああ南、さっきの南の話さあ。身近な人物に置き換えると分かりやすいよな」 「身近な人物?」 「そう、例えだけど…南の好みのタイプが俺として…」 ・・・ ・・・・ ・・・・・ ―えっお前?― ちょっと嫌な予感がした南だったが、とりあえず最後まで東方の話を聞くことにした。 「…で、その活発な子が千石だな」 ―よりによって千石かよっっ!!― 南は思った…最後まで聞かなきゃ良かったと。 というより、身近過ぎる人物に置き換えた上、例えた本人も登場…むしろお前ら二人とも男だろ?と南はツッコミたくてツッコミたくてどうしようもなかった。 「なっなんだ…?その例え……」 汗まみの身体が一気に冷えた瞬間であった。 更に東方の話は続く。 「うん、つまりタイプ的な俺と付き合うより、少々うるさいけど千石タイプと付き合う方が南は楽しいと………っ!」 突然東方の表情が凍りついた。 どうやらやっと自ら地雷を踏んだ事に気づいたらしい。 「ひ…東方?」 「………そっか、じゃあ南とは中学でお別れだな……」 ―どこからそんな話に飛躍させた、東方ああああっっっっ!!!!― 人のタイプを聞いて、勝手に例え話を作って、勝手に自分を登場させて、勝手に凹み始めてしまった東方。もう南は開いた口が塞がらない状態だ。 しかも例え話なのに、いつの間にか別れ話に… 「えっと…ちょっと悪いけどさ、どう考えたらそういう結論に辿り着いたか説明してほしいな…さっぱり理解できない!」 途端、隣でブルーモード発動の相方に、詳しく説明を求める。 「だからさ、南の幸せのためだったら俺喜んで身を引くから。高校は千石と仲良くやれよ」 そして更にこんな意味不明の言動まで飛び出してしまい… 「気持ち悪いこと言うなあ!!!!」 腹の底から声を張り上げて叫ぶ南。 それから… 「俺がお前以外と一体誰とダブルス組むんだよっ!ああ?千石?冗談じゃない!」 さりげに罵倒が吐き出される。しかし当然ダブルスは今の相方さんでないと100%力を発揮できない訳で、コンビを解消されると南にとってはとてもツライ。もちろん東方は本気で言ってないものと考えているけど。 「いいよ俺は、こいつらと仲良くやるから…」 するといつの間にか東方の近くに現れた野良猫と彼は戯れている。しかも微妙にネコに懐かれていないのが寂しさを演出させている。 「きっ聞けよ〜人の話をさ。どっから出てきたネコだよ…」 暗い隣の男に対し困り果てた南だったが、更なる騒ぎも次に聞こえる声で予感させた。 「うん?何々〜?何の話?オレも混ぜて〜〜っ!」 この軽快でやけに不愉快な声色を持つ人物は山吹で一人しかいなかった。 南は怒りの形相で振り向き、千石を睨みつける。その部長の勢いに少々腰が引けた千石。 「こっ恐い顔だな……やっぱりオレの悪口言ってたな?なんかビビッと感じ取って来てみればさ〜」 「お前の悪口なんて今日に始まったことじゃないんだから、わざわざ顔見せに来なくていいよ。ほらじゃあな、俺今忙しいから」 まるっきり相手にする態度などではない。いつも以上に愛想の悪い南に対し千石はムッとした表情を見せるけれど、口では怒りをグッと我慢した。 「ひっ酷い…南、オレこんなにも南のこと想ってるのに!!」 …なので妙にクネクネしたポーズで、南に嫌がらせ攻撃を仕掛ける千石。 罵るよりもダメージは倍増。 「やっやめてくれ〜〜〜!気持ち悪い!離れろ!」 ヒーッ!と少々セクハラを受けてる子みたいに震えあがる南。 そしてそんな南は見てか、ますます増長する千石。 更にそんな二人を生暖かい目で見守る東方。ちょっと存在を忘れかけられていた。 「千石、南のことは頼んだな」 騒ぐ二人の間にボソリと呟かれて、一瞬千石と南は動作を止める。あまりにも酷すぎる東方の言葉に再び口の開いた状態から元に戻れない南だった。 そして千石は不思議そうな顔で南に視線を向けた。 「え?なんか東方に南のこと頼まれたんだけど…?一体何?何の話?」 しつこく質問してくる千石に、もう一々説明などしてられない南。 とにかくこの場をどうにかして治めなければ… 「あ〜もう、何でもない。千石!お前がいるだけで話がややこしくなる!あっち行け!」 強硬手段に出た南は、千石の背中を蹴り飛ばして、再び木陰に平和を取り戻した。 「わ〜〜っ!!南酷いよ〜、暴力反対〜〜」 そんな捨てセリフなど、とうに南の耳は拒絶しているが。 とにかく千石はこの場にいなくなった。後は暗い人をどうにかするだけだ。 「おーい、いい加減目を覚ませよ。たっ例えの話だろう?何でお前がそんなに落ち込んでるんだよ…」 しかし中々現実に帰ってきてくれそうにない東方の無残な姿… 南は大きく溜め息をついた。 ―っていうか…そのっ一応例えだけど好みのタイプがお前だって話だから、今の状態に満足できてる俺がどうして他の奴に走ると思い込んでるんだ?充分幸せなんだけどなあ…― それが南の本音であるが、そこはやはり面と向かって言えそうになかった。 むしろそんな思春期らしい想像力を働かせる東方にトキメキすら覚えるというのに。 なんとカワイイ奴だ…と南はその場を離れようとしない。 ―うーん…どうすれば上手く伝えられるのか…、そうだ!― 途方に暮れていた南が取った行動とは… 「よし、休憩終わり!練習始めるぞ〜!」 周囲にそう呼びかけて、猫背で丸くなっている相方の背をポンッと強く叩く。そして自分のラケットを肩に乗せて、堂々たる部長の男らしい姿を東方に見せた。 「ほら、ダブルスの練習やるぞ。立てっ!」 少々荒療治かもしれないが、素直な自分の気持ちを伝えるには、手っ取り早く身体で教え込むのがいいと南は判断した。 この先も一緒にいるのは、お前以外にありえないんだ…と一生言えそうにない歯痒いメッセージをボールを乗せて。 どうやら人生のダブルスの方も組む気でいるようだ。 彼らの幸せへの到達距離はまだ遠い… END. |