*正しい写真の撮られ方* 山吹テニス部のある朝の風景。 必要以上に仲の良い部員達のおかげで、朝練を始めるまでに相当な時間を要してしまうのがここの部長の悩みの種。もう毎日の事で一々口うるさく言うのも馬鹿らしくなってきたのだが、今日は特に部室の中から人が出てくる気配がなかった。 「今日は皆やけに遅いなあ…もういい加減に朝練始めたいんだけど…」 準備完了した人気のないテニスコートに南部長は、ハア…と溜め息をついた。とりあえず隣には相方の東方も一緒なのだが他の連中が一向に姿を現さない。 「遅いな…部室で何か騒いでるんじゃないか?俺達を放っておいて…」 一応山吹では常勝ダブルスを誇る2人だが、何故か部内での存在感は薄かった。しかもエースの千石には『地味’S』という名称を与えられてしまい、2人は人生のドン底だった。 「気…気付かれてないのかよ…俺達、こう見えても俺は一応部長だぞ?」 言ってて虚しくなるのを分かって南は口にするが、正直そこまで自分を地味だとは思っていない。しかしそれは決して相方の前では言わないけれど。 「……南、今さ……俺一人を売ろうとしただろ?」 しかし鋭い相方は簡単に南の胸の内を読んでしまう、きっともう離れられる事はないだろう。 離れたいとも思わないけど。 「気のせいだろ?…ああ〜〜もう!呼んでくる!」 とうとう痺れを切らした南は、厳つい形相で部室へと向かう。東方はただ手を振って「いってらっしゃ〜い」と見送るだけ。テニスコートを出ようとした南は、ふと前を見ると部室から一人出てきた千石の姿を目に捉える。 「あっ!おい、千石ー、何してるんだよ…部員全員!」 早速愚痴を零すが、千石は気にしない表情で南に何かを手に持ちながら近づいてきた。 「ん?お前何持ってるんだ?」 普段学校で見慣れない物を手にしている千石に尋ねてみる。 「ああこれね、別にオレのじゃないんだけど、ちょっと持ってきてみた」 千石が物を南の前に持ち上げる。それを見て一瞬自分の使命を忘れて感動に浸る南の姿。 テニスコートの出入り口で千石と南が立ち止まってるのを東方も発見し、2人の元に寄ってくる。 「何してるんだ、2人とも?…あっ」 やはり千石の手の上に視線が集中した。 「デジカメじゃん、これ…千石のか?」 珍しそうな目でカメラを眺める東方と南。どうも2人には今まであまり縁のなかった物らしい。そして部員達が部室に閉じ篭っていた原因も判明した 「まあオレの…って言うより親のだけどね、って…お2人さん…そんなに珍しいかい?」 ちょっと小バカにした言い方が、2人の癇に障る。 『何〜!今お前ちょっとバカにしただろ〜!』 同時に眉間に皺を寄せて、怒り叫ぶ地味’S。 すると千石はタイミングを見計らったように人差し指をカチリ… 『!』 キュルキュルと音を鳴らすデジタルカメラ。いつの間にか自分たちに照準を合わせられていたらしい。 「はい、怒鳴った顔の地味’S!うわ〜〜2人とも凄い形相だなー」 ケラケラと笑いながら、先程撮られた写真をカメラの画面で千石は見る。 唖然としてた南と東方だったが、千石のその様子に我を取り戻し、慌てて迫る。 「おーい!消せよ、今の〜!不意打ちは卑怯だぞっ!」 南は千石からデジカメを奪う…奪った…しかしどうすれば自分達の写真を消せるのか一向に分からなかった。 「う〜〜ん……どうするんだよ、コレ!」 悪戦苦闘する南に当然東方も分かる訳もなく、2人で途方にくれる。そして睨む先は千石。 「恐い!恐いよ〜2人とも!ちゃ〜んと後で消しといてあげるから、改めて1枚!」 南の手の上でただの機械と化してるデジカメを千石はするりと自分の手元に戻す。そして再び2人にシャッターを向けた。 「は〜い、撮るよー」 千石の掛け声に思わず反応した2人のはとりあえずポーズを取る。 しかしそのままいつまで経っても千石の指が動く事はなかった。 「おい!さっさと撮れよ」 「千石ー、何やってるんだよ」 2人で口を挟むも、やはりピクリとも動かない千石。 そしてしばらく時間が過ぎて、千石は突然自分の顔からデジカメを離した。更に納得いかない表情を浮かべて。 「ん?」 疑問に思う2人が、どうした?と声をかけると、千石はあからさまに大きな溜め息を一つ零した。 「何だよ、お前は一体!」 意味不明な行動を取る千石に、さっぱりついていけない彼等。 「ヴ〜〜ン……写りが地味だ」 唸りながら…ボソリと一言千石は呟いた。 途端、爆弾を放たれたかのように怒り狂う2人。NGワードを出してしまってはダメだ。 「言ったな〜〜千石ー!」 「失礼だぞっ!地味って言うな!!」 「だってさ〜、カメラ向けられて普通に2人ともピースするだけなんだからー!面白くない!」 千石の反論に、南と東方は目を丸めて2人見つめ合う。 「え…?普通カメラ向けられたらピースだよな?東方」 「うん、普通はピースだろ?」 何ともまあ、今この時点で2人からとてつもない普通オーラが発せられている。それを千石はある意味眩しく感じた。 「いっいやさ〜、2人とも。ほらっ何て言うか…意表だよ意表!意表をつかないと、若いんだから!」 若くないみたいな言い方されて、本当に不愉快な2人。 「何だよ、意表って…どうすればいいんだよ…アレじゃだめなのか!?」 南は考えるも、特にいいアイデアは浮かばない。むしろ手本を見せてもらいたいくらいだ『意表』の。 「ダメダメ!全然ダメだよ、お2人さん!」 どこまでも失礼な千石に、逆にもう南は聞き返してやる、これで納得のいかない答えが帰ってきたら張り倒しは決定だ。 「じゃあ、お前の言う『意表』のついたポーズって何なんだよ!」 南の言葉に千石はしばし固まった… そして必死に頭を捻らせて、相手に教えてあげようとする。 南と東方の厳しい視線の中で千石は1つの答えを搾り出す。 「こういうのはどうかな?例えば『お姫様抱っこ』するとか!」 自信満々に指を突き出して、2人に返答する。しかし千石自身、あまり受け入れてもらえないのを覚悟で口に出したので、どんな手厳しい意見もドンとこい状態であった… だが次の瞬間、とんでもない光景を目にする。 なるほど…と呟いた南が、力の入れ過ぎで赤い顔をしながら必死になって東方を担ぎ上げようと奮闘していたのだった。 「うっ…腕痛い!もうちょっとなんだけど〜〜」 「頑張れ!南、もう少しだ!」 そのやり遂げようという姿は千石の中で感動を呼ぶものだったが、しかし不自然な光景には笑いを誘った。何故に体格の小さい南が大きい方の東方を持ち上げているのか…なかなか興味深かった。 「あのさ〜2人とも、頑張ってるとこ悪いんだけど、普通逆ですると思うけどな〜?体格差から言って…」 珍しく絶妙な意見を述べる千石に、南も東方もホオ〜と納得していた。やはり常人とどこか感覚がずれているらしい。 「何だ…そうかそうか、そりゃそうだよな…あー腕痛かった」 東方を地面に降ろし、南は息を切らす。やはり9cm差は大きい。 東方も安心したように地面に降り立ち、千石の言う通り自分が持ち上げるのが適役だと膝に手をついてる南に近寄った。そして膝の裏辺りを掴んで、ひょいっと南を抱え上げた。 「うわっ!」 突然のことに驚く南に、東方は笑顔で相手の顔を見た。 「ほら、南!上手くいったよ、結構簡単だな」 意表をついたポーズの完成に喜ぶ東方だが、突如宙に浮いた南のキョトンとした顔が何故だかみるみる変化していく。 ―うっ!なんでか南が不機嫌!!!― 東方の腕の中で小さく収まってるのが嫌なのか、あるいは自分がさっき出来なかった事を簡単にやってしまった東方が嫌なのか…真相は南にしか分からない。 「み…南?」 「フン!どーせ俺は非力だよ…」 拗ね始めてしまった南を東方は必死で宥めようと手を動かして身体を揺らしてみる。すると逆に子供扱いされたと勘違いした南がもっと激怒した。 「おいっ!俺は赤ん坊か!身体揺らすな!」 「南がピリピリ怒るからだろう?何でそんなに怒ってるんだよ!」 変な状態で2人はついにケンカを始めてしまった。 それをテレビを観賞するかのような目で千石はジッと行く末を見守っていた。 そしてとりあえず、その光景の写真を1枚、デジカメに記録しておいた。 もちろん2人はそれどころでなく、写真に収められた事実は知らない。 後日。 テニス部の部室にとてつもなく地味’Sにとって不名誉な写真(合成済み)を貼り付けられたのは言うまでもなく… どうやら千石があの後、パソコン研究部にお願いして2人の格好をテニス着のままでなく、結婚式挙げたての夫婦のような衣装を合成加工したのだった。痴話ゲンカ中の新婚夫婦のように。 部室に貼り付けられたその日、南は放課後…部室に入ってきた途端、部員の大爆笑を誘った。 新渡米と喜多には、からかい遊ばれて… 室町には「プッ」と冷ややかに笑われて… 珍しく部活に顔を出していた亜久津には罵られ… その後ひょっこり現れた千石を南は地獄の果てまで追い続けた。 「テメェー千石〜〜〜!!!待て、この野郎っ!」 「あはははは〜、南とっても似合ってるよ〜!」 東方は外でそんな千石と南の追いかけっこを目撃した時、嫌な予感が身体中を走ったが、とりあえず部室に入ってみた。 そして例の写真を見つけ、ハア…と溜め息をつく。 ―なんで俺まだ14歳なのに、タキシードこんなに似合うんだよ…― 悩むところは南とかなりずれていたが、まだ男扱いされてる自分はそこまで怒り狂う事はなかった。 そして正直東方は、自分に抱えられてる南のウエディングドレス姿を見て、…可愛いな…とヒッソリ思うのであった。 もちろんこれは誰にも言えない一生の秘密だが… END. |