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*続・南からの贈り物 Part2* そして家に到着した二人。 もう何度も行き来したことがあるので、今更あんまり気を遣うこともない。 南はカバンから鍵を取り出して、ドアを開けた。中は薄暗くて、共働きの両親はいつもの如く帰ってはいない。まあ今日は特に部活も早めに切り上げたから…ということもあるのだけど。 「へえ、やっぱりまだ誰も帰ってないのか?」 「まあ…いつものことだしな」 南は笑って東方のいる後ろに振り返って、自分の部屋に先に行くように促す。 「先に上がってろよ、お茶でも持っていくから」 「ああ、悪いな………ところでさ…」 まだその場に留まる東方を見て、南は疑問の表情を浮かべる。 「何?」 しかし次の瞬間には目を逸らして興味なさそうに、戸棚から適当に二つグラスを取り出して、冷えてるお茶を注いでる。その動作をジッと眺める東方。 「ひょっとして今日に俺を呼んだのって……寂しかったから?」 想像もつかなかった東方の言葉に思わず南は、お茶を注いでいた手を大きく揺るがしてしまった。そしてお茶を少し机の上に零してしまった。東方はその光景を見て、あ…とバツの悪そうな顔をする。 次に南はゆっくりと顔を上げた… 「お前…今度そんな恥ずかしいこといったら、麺ツユ出すからな」 静かな声でピシャリと制した。 「し…失礼致しました」 「…ん、ほら先に上がってろよ」 その声に今度こそ一人先に南の部屋に向かう東方。おー恐い恐い…と小さく呟きながら。そしてさっき自分が言った言葉を否定しなかった南を思い出して、口に笑みを浮かべた。しかし南が上がってきたときに笑っていたら、また恐い目で見られるので必死に手で口を押さえ込んだ。我慢が肝心。 東方が部屋に入ってからすぐ、南も二人分のお茶と簡単に摘める物を持ってやってきた。 「適当にどーぞ」 「サンキュー、でもさ…ちょっとでも食ったら腹減るよな、先に飯でも食いに行くか?」 そう言いながら東方は一つ口に運んだ。 「そうだな、それもいいよな…まだ誰も帰ってこないだろうし…」 …と呑気に南は会話している場合じゃないのだ。ここに東方を呼んできた本来の目的を達成させなければ! ―とりあえず千石のメモを見ないと…― 南は机に隠しておいた封筒をコソコソ隠れるように取り出した。ちょうど今、東方は部屋に放ってあった見知らぬ雑誌に気を取られている。 ―えーっと、何々?― 封筒を開き中のメモを抜き取った、すると次の瞬間…中から何か包みのような物が飛び出した。それは南の机の上で跳ねて止まる。 ―なっなんだ?何か出てきたぞ…― 南は恐る恐る不審物に目をやると、そこには……… 「わあっっ!!」 恐るべき物が……… 「何だっ?どうしたんだ、南?」 「ああ〜〜何でもない、何でもないから!雑誌見てて」 南の取り乱した声に驚いて振り返った東方だったが、咄嗟に南は机の上の物を隠した。 「ハアッハアッハアッ……」 息を荒くして現状を理解しようと頭をフル回転させる南、とにかく今自分の手の下に潰されているのもは分かった。分からない訳がない。 ―ゴ……ゴムだ………― もちろん普通のゴムではありませんが。 そして南は慌てて千石からのメモを目で読んだ。 『使ってもらいなさい by清純』 そのあまりの内容に、全身を大きく震わす南。更にそのメモを右手でクシャッと容赦なしに握り潰した。力を最大限に込めて、そのメモに多大なる千石への怒りをぶつける。 ―あんな奴を信用した俺がバカだった、あーバカだ俺は!― しかしこれで南は完璧に困ってしまった。何一つ相方の誕生日を祝ってやれるものがない。気持ちのプレゼントやらも、その内容のせいで即却下だ。 「なーー東方さ、お前肩凝ってる?」 それはまさしく昨日千石と話していた自分なりの気持ちのプレゼントだった。しかし南の言い方が多少投げやりである。 「ええ?いや別に?」 そしてトドメは東方の返答。肩が凝ってない人間に肩を叩いても仕方がない。 もう南には打つ手はなしだった。あまりにも悔しくて左手の下のゴムも力強く握り締める。 ―飯……奢るくらいしか、もうないか……― そう結論づく南、雑誌を読む東方に声をかけようとした時、先に声をかけられた。 「なあ南、この雑誌さあー」 普通な話題を振られて南は、今言わないといけないことを一瞬忘れてしまう。 「おお、そうなんだよ、これがさ〜〜」 ついウッカリ乗ってしまい、お悩みモードが少しの間は晴れていく。座りながら雑誌を捲る東方の肩の後ろから覗き込むようにして南は会話を交わしている。 気が緩んでしまったのだろう…違う話題で盛り上がってる時に、南はしてはいけない失敗を犯してしまうのだ。 「その雑誌の前の分のも面白かったぜ?えーっと、どこにやったかな?」 部屋を見渡し隅の方に目当ての物が視界に入った。だからは彼はそれを取ろうと一瞬手の神経を緩ませてしまったのだ。 立ち上がり雑誌の方へ向かう間、ある物が南の手の中から絨毯の上に転げ落ちた。 「ん?」 落としたのに気がつかない南、逆に気がついてしまった東方。 「おい南、何か落ちたぞ?」 背を向けた状態の南はその東方の言葉に適当に「ん〜」と返事しながら、まだ雑誌に気を取られていた。しかし…しばらくたって……南は冷や汗をかいた。さっきまで力強く握り締めていた例の物が手の中にない。そして東方に指摘された落ちた物……南はようやく大事なことを思い出した。 「わあああああ!!!!!東方っ、見るなーーーっっっ!!!」 今日一番の大声で南は慌てて振り返った。そして目の前で険しい顔をしながらソレを手に取ろうとする東方。 「わああっっ!!何でもないっ!何でもない〜〜!!」 東方の手がソレに触れる前に南が身を乗り出して何とか阻止はした。しかし本人の表情からは、コレが何なのか…理解している様子だった。 「あ…あのさ……南、それ………」 「お前は何も見てない、見てない、見てない」 まるでオマジナイのように同じ言葉を繰り返して、東方を欺こうとする。しかし相手は見てないことにはしてくれない。それどころか不審な目で南を見ている。 ―なっなんでそんな顔してこっち睨んでるんだよー俺のじゃないって― しかしそれをそのまま東方に伝えることはできなかった。南の物でないとなれば、じゃあ誰の物?という話になる。自分の物じゃないのにアレを自分が持っているのはかなり不自然だ。つまり浮気だという確立100%になる…東方の中で。 南はそうじゃない、浮気じゃないと首を何度も横に振るが説明できない南に対して東方の顔がどんどん不機嫌になっていく。 ―まずい!まずいって!完全に誤解されてる!!― 切羽詰った南は、これ以上のダンマリは逆に自分の身を締め付けるだけだと判断し、とりあえず口を開いて何か言葉を発しようと決めた。しかしいざ何か話せ!という状況になると、まともなことは何一つ言えないものだ。 「あっあっ…これはそのっっっ…………あ〜〜〜!!!」 言葉にならない声をあげた後、南は頭の線が一本切れたのか、とんでもない行動に乗り出した。 「こっこれがお前への誕生日プレゼントだ!!使いたいときに好きなように使え!」 そして南はソレを東方に投げつけたのだ!!! ・・・ ・・・・ ・・・・・ 等々爆弾は放たれてしまった。今、頭の中が真っ白になってるは南だけでなく東方もそうである。シーン…と空気の音しか聞こえないような雰囲気の中、東方が自分の身体に当たって落ちた例の物を手で掴む。表情は固まったままだ。 その東方の動作を何も考えずに目だけを追わせていた南は、相手より先に覚醒した。そして自分が取った恐ろしい行動を頭の中で何度もリピートさせる。 ―えっ……使えってことは…その……えっ…相手は……やっぱ…俺?― 要するに知らず知らずの内に、天然だけど相手を誘ってしまったのだ。まだろくにキスすら交わしてないというのに。いやー数回くらいならあるけども。 南はふと目の前の相手の顔を見ると、さっきまでの固まった状態から、少しパワーアップして真っ赤な状態で固まっている彼を見た。向こうも相当どうしたらいいのか分からなくて戸惑ってる模様。 「えっと…その…だから…それはお前が……持っ…て…」 とんでもない台詞を吐いた後に、自分に対するフォローが全くできない南。 二人ともその場に座り込んだまま、またピクリとも動けなかった。 止まってる間は、やけに思考の方だけ正常化させる南。マイナスなことばかり考えて、相手に軽蔑される結末が何度も頭の中でシュミレーションされていく。どんどんと不安だけがこみ上げてきた。 「お…俺…今…何言ったんだろうな、なんか…最低だよな、俺…」 自分を追い詰める言葉だけを発声させて… 「こんなの…俺から貰っても…嬉しくないよな?……ゴメン…変な物渡したりして…」 南の声が更に低く、体勢も頭がどんどん沈んでいく。ブルーの極地だ。 「えっ…み…南?あっちょっと………」 ここでやっと覚醒した東方は、あまりの南の落ち込みように心底焦った。下げられた頭から聞こえてくる震えた声での謝罪。 「えっ、南!?」 慌てて相手の沈んだ身体を持ち上げて、南と真正面に顔を合わす。 「あ……泣いてなかった」 「おっ男がそんな簡単に泣くかよ!!」 そう言った南は実は半泣きだったのだけど、それは東方には内緒だ。 意地を張り続ける南に東方も何とか冷静さを取り戻してきた。掛けてあげなくてはいけない言葉がこちらにもある。 「あのさ、南。さっきはあまりに唐突過ぎて驚いたけど、俺…別にコレいらなくないよ?それに…南から貰った物だし……」 正直な気持ちを正面の相手に伝える。すると途端顔を真っ赤にして、照れの極地で顔を横に背ける南、しかし口元は先程までのように…きつく縛られてはいなかった、優しい笑みが見え隠れしている…… その顔が東方にとって究極にクル顔だったことは相手は全く気付いていない。だから逃げられる前に東方は素直になった南の口元に素早く唇を重ね合わせた。 「っ!」 瞬時のことで簡単に奪われてしまった南は、身体を大きくビクつかせて驚いた。そしてもう一つ驚いたのが、すぐに離されると思っていた口元がなかなか離れていかないこと。それどころか向こうの力技で後方に押されている。 「んっ…」 思わず苦しくなり喉が鳴る。こんなに長い時間…口づけあったことがなかったから、戸惑いと…ある一種の恐怖を感じてしまう。南はこのまま後ろに倒れこみそうになり、咄嗟に右手で床に手をつく。でも相手の力が緩まない…ひょっとすると押し倒されてしまうのではないか、南の中で危険信号が鳴り響く。 ―どっ、どうしようっっ…― されるがまま唇を奪われている自分、心臓の音がうるさすぎて張り裂けてしまいそうだった。さっきゴムを(半分ヤケだが)プレゼントした人と同じ人物とは思えない。 右手が力に耐え切れず、頼りなく震え始める。 ―支えきれないっ― 限界が見えて、南は次の瞬間腕の力を解放させた。そして途端にその場へ押し倒されてしまった。 相手の身体に覆い被されて、執拗に唇を求められて、相手が例え男でも身体が疼き始めていた。 「うぁっっ……んっ」 更に舌まで挿入されて口内を荒らされる。舌を無理矢理絡まされて混じりあう唾液が溢れて南の顎を伝う。このまま放っておけば…きっとどこまでも貪り続けられるのだろう。南は苦しいの半分、気持ちいいのが半分でこの状況を複雑にみていた。 ―ひょっとしてこのまま………アレを使う羽目になるんじゃっ― なにしろ珍しく二人がこんなに盛り上がっているのだ。邪魔さえ入らなければ、ありえない話ではない…そう邪魔さえ入らなければ…… 南はようやく口元を解放されて、息を荒く吐く。向こうも呼吸を整えている。お互いの吐息が重なり合う中、南は見たこともないような真剣な顔をしている東方に気付いた。恐る恐る目を合わせていくと、まるで吸い込まれてしまいそうになって、何も言えず、どんな動作もとれなかった。 ―あ…もうダメかも……― そう思わされて、相手の右手が優しく左頬に触れてきたとき、南は覚悟を決めた。 一生分の覚悟を胸に刻む……… ピロピロピロピー♪ するとタイミングを見計らったかのように、携帯の着信が響く音。この部屋の雰囲気に余程似つかわしくない軽快なメロディが流れてきた。その瞬間二人ともハッと目が冷めたような顔をして、目を丸くして至近距離を保ったまま見つめ合う。 「……携帯…鳴ってる、…南の」 「……う、うん」 「この着メロ……千石だろ?」 「……うん」 「……………出たら?」 その東方の台詞を最後に、南は身体を起こしてカバンに差し込んである、うるさく鳴る携帯を取り出した。そしてスーーッと息を大きく吸い込んで… ピッ 「このバカ千石ーーーーーーー!!!!!!!」 途端、携帯の相手に向かって恐い声で怒鳴り散らした。さっきまで小さく喘いでいた人とは思えない変わりよう。 ≪あっ、出た出た。えらく機嫌が悪いなあ〜、ひょっとして失敗した?それともまさか『最中』だったとか〜≫ 能天気な千石の声が、後半が図星だっただけに…もう腹立たしくてしょうがなかった。煮え繰り返りそうな胸の内を全てぶちまけてやりたい気分になった…が、それは流石にしなかったけど。 「お前〜〜〜、明日覚えてろよ?…分かったなっっっ!!!」 そして南は携帯の電源を切って自分のカバンに向かって放り投げた。先程とは違った激しい息の切れ方だ。そして幾分落ち着いた頃にはまた沈黙が待っていた。 シーン…… 微妙に中途半端だったから二人とも気まずい雰囲気を背負っている。南は東方に背中を見せたまま正面を向かないし。 このまま沈黙を続けていたら、どうしようもないことは分かっていた。ただ次の行動が思い浮かばなかった。南は悩んだ、これからどうすべきなのか…今からの仕切り直しは、ちょっとゴメンだ。 やっと今は多少の安堵は手に入れている…やっぱり急だと心臓に悪い。ああいうのは心の準備が必要だと思った。 色々考えているうちに、またしても緊迫な場の空気が抜けるような音が鳴る。 グ〜〜〜…… 南の腹が鳴った。そのマヌケさにガックリと肩を落とした南は、次にすべきことを口に出した。 「とりあえず飯食いに行こうか…、俺が奢ってやるからさ」 するとその言葉に東方も賛同した。 「そうだな…行こう」 何かに疲れ果てた二人は、何も言わずその部屋を抜けた。 一瞬開きかけた大人の扉を次はいつ開くことになるのか、想像もついていなかった。 とにかくお互いが、ある種の願望を持ち合わせてることには気がつけたようだ… 「なあ南…」 「何だよ…」 「結局アレはどこで手に入れたんだ?」 そして話が振り出しに戻った瞬間、南の中で僅かに残されていた気力が底をついた… END. |