*南部長誕生秘話* 夏の全国大会に出場し、大会半ばで敗退した山吹中学。 そして3年の先輩は後輩達に夢を託し、部を引退していった。 今年は2年生でも主力となりうる選手が多く存在したこともあり、来年の夏は強く期待されていた。 だが引継ぎの第一歩として、これから先1年間を上手くまとめ上げる新たな部長を決めなくてはならない時期でもあった。しかし監督の通称・伴爺は次期部長に関しては特に何も発言せず、全ての決定権を選手達に任せたのだ。 そして今日、とても重要な部活会議が行われる― 放課後、HRの終わったクラスから次々と生徒達が廊下へと溢れ出していく。これから部活に出る者や真っ直ぐ帰宅する者や…行き先はそれぞれだ。そんな人混みの中テニス部員2年の東方はダブルスの相方である同じく2年の南の姿を見つけた。 「おい、南」 「ああ、東方か」 お互いテニスバッグを持っていて、当然行き先を同じと見た東方はそのまま、今日部活会議が行われる部室へと足を向けた。 「あっ東方、俺今日委員会があるんだ、だから先に行っといてくれ」 だが突然の思わぬ南の発言に目をキョトンとさせた東方、一応今日は2年のテニス部員にとって大事な日だったから特に。 「え?そうなのか?こっちの会議に間に合うのかよ」 こっちとはもちろんテニス部の方であり… 「多分間に合うと思う、すぐ終わるって先生言ってたからさ」 「じゃあ先に行ってるよ、また後でな」 「おお」 こうして南の返答に一応は安心した東方は手を振って先に部室へと向かい、南は用事を済ませに委員会へ向かった。 だがしかし… 「え〜ですから、この度の委員会の集まりは〜〜〜今後この点の改善を〜〜」 絶好調に教卓の前で語り出す先生を南は呆れ顔で見ながら、教室附属の時計に視線をやった。 委員会が始まって、既に15分は経過している。 ―あ〜何がすぐに終わる…だよ!思いっきり長引いてるじゃねーか…― この後自分に控えているテニス部の重要な部活会議のことを気にしながら、指で机を叩く。イライラが最高潮に達しそうだ。 まあしかし自分が委員会に出ていることは東方にも伝えておいたので、多少の時間ぐらいはもしかしたら待っていてくれるかもしれない。 ―…一応俺、レギュラーだしな………んーでも遅刻はな〜― しかし無情にも時間は進んでいく、ふと南が気がついたときには、部活会議が始まる時間だった。 ―うわっ!やばいって!!― しかしだからって委員会を無理矢理抜ける訳にもいかない。ただこんな日に委員会が開かれる自分の運の悪さに、肩を落とすしかなかった。 そして先生の話が終わり、ようやく解散となった頃は、部活会議開始から10分が過ぎていた。 ―まずい!― 南は全速力で廊下を駆け抜け、部室へ向かう。時間的にまだ会議は行われてる最中だろうから、何とか間に合いそうな予感はしていた。けれど真っ先に謝るつもりではいる。 人とぶつからないように上手く避けながら走り抜け、視界に部室の扉が見えてきたときはダッシュで突撃した。 バタンッッ!! 「ゴメン!遅れたっ!」 豪快に部室のドアを開けて、南は中へ足を踏み入れた。しかしその目の前に広がる光景は、自分の想像していたものとは大きくかけ離れていた。 「…あれ?」 そう呟いて、やけにノンビリムードの部室内を見渡す。 ―あ…なんだ、まだ始まってなかったのか、まさか本気で待っててくれたのかな?― ちょっと皆に感謝しながら、息を大きく吐いて精神を落ち着かせる。 「はあ〜疲れた、良かった間に合って…」 安堵する南に、何故か中にいる部員が皆一斉に視線を向けている。しかしそれに南は気がつかなかった。 さっさと着替えようとする南に一人の男がゆっくり近づいてくる。 「ん、千石?何だよ」 真剣な表情で一歩づつ距離を詰めてくる千石に不気味さを感じながら、南は繰り返し「何だ?」と尋ね続ける。 そしてガシィッと力強く肩を千石によって掴まえられた。 「なっ何だよっ!!!」 「南・・・」 見たこともないような顔で声で千石が迫ってくる。常に能天気な男がヤケに真顔で、これほどの恐怖を南は感じたことはなかった。 「お…おお……」 恐る恐る返事をしつつ黙って大人しくしていると次の瞬間、千石の顔が突然気持ち悪いくらいの笑顔に切り替わった。 ニマ〜〜と不敵な笑みを浮かべて、一言こう言った。 「よろしくね、ぶ・ちょ・う!」 「…は?」 あまりのことに南の思考が凍りついてる間、周囲からも「よろしく」の声が散り散りに乱れ飛んだ。 南は正常に脳が働かないのか、目を大きく見開き首を傾けた。誰か分かりやすくこの状況を説明してやれる人はいないのか…… 「え……?え?」 すると隅の方から相方の東方が南に駆け寄ってくる。 「悪い、南〜!部長がお前に決定してしまった!!」 その一言で南はやっと覚醒した。 「はっ…はあ〜〜〜〜??何だよそれ!…人がいない間に勝手に!」 南は東方の胸倉を掴みきつく迫る。 「わ〜俺にキれるなあ〜っ、本人がいない間に決めるのはまずいって言ったよ俺は!」 「じゃあ誰だよ、千石か!」 南の怒りの矛先が今度は千石に向けられる。やばいぐらいのキれ方だ。 「ん?いや〜…満場一致で」 「嘘つけーーー!!!」 あっさりと言い放つ千石に南が怒鳴る。 「いやーさ、南。つまりだよ?確かに大切な会議に部員が一人欠けてるのはどうかとは思ったんだ、だからしばらく待ってたけど、でも南が来なかったので致し方なく会議が始まった訳だよ」 「ま、待ったってどのくらい待ったんだよ」 「1分位」 ―1分かよっっ!!― 「でだ、まずは部長の立候補を取ったわけで、そしたらこれが面白いくらいに誰も手を挙げなくてね〜、つまり誰一人部長をやりたい人間がいなかったんだよ」 「だからってその場にいない人間を部長にしなくてもいいだろう!大体誰だよ、俺を部長にーなんて言い出した奴は!!」 「はい、俺」 千石があっさり挙手した。 「やっぱりお前かああああ!!」 千石の首に手をかけて、そのまま殺しかねない状況だ。 「じゃっじゃあ南は誰を推薦するつもりだった〜?」 これは一応南の意見も聞いておこうとする千石の僅かな心遣いだった。 まあ本音は絞殺を免れる為。 「千石以外なら誰でも」 そして精一杯の嫌味を込めて放った南の一言に、死にかけの千石は目を丸くさせて予想外にも途端輝きの表情を見せた。嫌味を言われたのにもかかわらず。 「あ、じゃあやっぱり南でいいじゃん、決定決定〜!」 千石が高らかに部室中に響き渡る声で叫んだ。つまり千石以外なら誰でもいい…ということは自分でも別に構わないということだ、揚げ足を取れば。 「えっあっっ違っ!そういう意味じゃなくてっ…ちょっと!」 南の言い訳はもはや通用しなかった。部員全員で「部長よろしく〜」コールが南に向けられる。 「そ…そんな……」 ガクリと肩を落とす南に、傍から様子を見ていた東方が背中をポンと叩く、せめてもの慰めのつもりらしい。 「まあ頑張れよ、南」 気を落とす南に応援の言葉をかけるけれども、南はなかなか顔を上げてくれない。 「なあ東方……ひょっとしてお前も賛成したんじゃないのか?」 そしてなんとも鋭い南の呟きが東方の胸を刺す。 「うっ……まあ、お前だったら…いいかな〜とは思ってたけどさ…正直」 「そうか………」 ここで南の台詞がブツンと途絶える、長い思考の上俯いていた顔を全力で上げた。 「分かった…そこまで言うなら引き受けるよ……ただし、絶対俺の言うこと聞けよ!お前ら!!」 「おおっ南が本気出したぞ〜、よーし皆でついていくぞー、おー!」 千石がドサクサに紛れて場を丸くまとめる為に他の部員達にも声をかけ、更に士気を高めさせる。 「あ〜も〜ついてこい、お前ら〜〜!!」 それに釣られて半ばヤケになって自らも叫ぶ南新部長。 これから1年間…忘れられそうにない慌ただしい日々を過ごしていきそうだ。 どんな波乱の日々が待ち受けているのか、今は誰にも分からない。 とりあえず新入部員の季節である春辺りに最大の試練が訪れることだろう。 こうして、山吹の新部長は正式に南と決まったのであった。 END. |