*南君の恋人疑惑* 「そういえば部長さあ〜」 練習の休憩中、突然背後から聞き慣れた声で呼ばれ慣れぬ言葉を聞いた。 ―こいつが俺のこと、部長だとぉ〜?― 確かに俺はこの山吹中テニス部の部長だが…と、心で納得しながらも、その人物は普段そんな敬意を表した呼び方では決して自分を呼ばないのは部長である南が一番よく知っていた。 「な…なんだよ、千石…気持ちわりぃな…」 そしてその千石はとても機嫌が良さそうな顔をしている…南は何かピン!と閃いて、千石の口からいつも飛び出す突拍子もないことを予想して少し身構える。 ―何か企んでやがんな?そうはいくか…― 「あれあれ?なんかオレ警戒されてるなあ…清純ショック」 「やかましい!さっさと用件を言えよ!」 まだ手の内を見せようとしない千石に対し南はうっかりと怒鳴ってしまう。冷静さを保ち切れなくて、どうも千石の常人でない行動や言動に敏感なようだ。部長という立場は色々大変なものである… 「怒鳴らない怒鳴らない…短気は損気って言うし、あっそうそう…最近彼とどうなったの?」 もう完全に聞き流すつもりでいた南は、千石の後半部分のさらりと放たれた問いかけに身を乗り出して驚いた。 「はあっ!?」 「またまた〜隠さなくてもいいってさ!部員全員知ってるからさ!『地味’S』の正体!」 「しょ…正体だあ〜?」 意味不明なことを連発されて南は脳内混乱を起こす、この展開は一体何なんだと。しかしまだまだこの先には南の想像を絶する恐るべき展開が待ち構えている。 「ダンナとはどこまで進んでる訳?」 ―い…意味が分からん…こいつの言ってること全てが理解できない― 千石の言葉を南はただ呆然と聞いていた。 「本気で……何言ってんの?…千石」 その南のあどけない反応に千石は「あれ?」と洩らす。そしてそれから「あ〜メンゴメンゴ〜」と何事もなかったかのように失礼しました〜と南の元から離れようとする千石。 しかし・・・ 「待てい」 もちろんそんな事は南が許すはずもなかった。しっかりと逃げ出そうとする千石の腕を掴んで南は追求する。 「ありゃりゃ〜、な〜んかオレの勘違いだったみたい〜」 「説明してもらおうか…千石」 ドスの効いた南の声に千石もヤレヤレと観念し、コートの隅であるこの場所に正座をする。 「いやー別にただ単に、いつもダンナと仲がいいからてっきりそうなのかな〜と思っただけで」 「ちょっ…ダッダンナって誰だよ!まっまさか…」 「そ、南の相方」 ―東方かっ!― 南がその名前を探し当てるのには一秒もかからなかった。自分の相方なんてこの世に一人しかないないから。 「てっきりもうデキてるものだと思ってたから…はは〜勘違いかな〜でもオレの勘って結構当たるんだけどー」 聞きもしないことを千石は次々と白状していく、もう決して南に強制的に言わされてるのではなく、自分から進んでものを発言していた。とてもとても楽しそうな千石。反対に今度は南の身体の震えが止まらない。 「デキッ……!…デッデキてるってなんだよ?」 南は少し声のトーンを下げて、相手を問い詰める。 「いやだから…愛し合ってるのかな〜って」 千石は普通に言ってのけた。 でもそんな言葉を聞いた南は… 「ふざけんなーーーーーっっっっっ!!!!!」 当然ながら決して正常ではいられなかったのだ。 結局あれから南は、千石にドデカイたんこぶを一つ頭に作ってやって練習再開を部員達に告げた。相当ピリピリした様子でなかなかハードな練習メニューをこなしていく。その光景に千石は少々罪を感じながらもアッケラカンとラケットを振っていた。 ―畜生〜千石の奴、変なこと言いやがって!― もちろんイライラの原因は先程の千石とのやり取りであるのに間違いはなかった。しかし休憩前と休憩後でまるで人が変わってしまったかのようなこの南の変貌ぶりに、とある人物は不思議に思い心配になって南の元に駆けつけてきた。 「南、なんかさっきから変じゃないか?妙にピリピリしてるような…」 その人物は…むしろ渦中の人、南の相方・東方であった。 「ひっ東方っ…あっいやっ別にこれはストレス発散してる訳じゃあっ…」 その南の言い方はまるで「ストレス発散してますよ」と言ってるようなものだった。正直南はかなり動揺している。下手な言い訳など相方の前では通用しない。やっぱりおかしいと確信した東方は思い当たる節を単刀直入に尋ねてみる。 「さっき千石と話してたけど、なんか変なこと言われたのか?」 ズバッ!と千石と南の会話内容を何も知らない東方は問い掛けてきた!南は鋭く言い当てられて一瞬嘔吐感がした。 ―ああ、メチャクチャ変なこと言われたさ!しかもお前付きで!― まさか東方自身も千石と南の会話の中に自分の名前が出てきたなんて知る由もない。 「べべべべ別に、何もせせせ千石なんかに言われたりしてないぜ、ほら…練習戻らないと」 けれど事情なんて話せる訳がない南は、いそいそと東方の元から離れて何事もなかったように練習に加わる。その場にポツンと南に捨てられ一人残された東方は妙に哀愁を漂わせていた。 ―絶対南の様子がおかしいと思うんだけど…― やはり疑問は拭えなくて更に南を心配するが、本人が何も言いたがらないのだから無理に東方も押しの一手だけで問い詰める訳にもいかない。結局東方は何も言えないでいた。すると千石がこちらに向かって歩いてくる姿が見える。 「あ…千石」 「ははー、なにしてんの?さぼり?それとも南にフラレちゃったのかなあ〜?」 千石の言い方は、ちょっと…だったけれども、確かにフラレたようなものだと東方は思った。 「南がピリピリしてる…いつもは結構何かあったらすぐに俺には愚痴とか零してくるのに…どうしたんだろ…」 そして東方はまさかなんと千石に今の悩みを打ち明けてしまった!これではすっかりお祭り好きの千石を増長させる結果になるというのに… 「ほーほー、それは大変!すぐ仲直りしなくちゃ!ほら行った行った!」 自分の思惑通りに進んでいるとふんだ千石は、これはチャンス!として東方を突き動かす。 「えっえっえっ…千石?いやいや、ちょっと」 だが意味も分からずグイグイと千石に背中を押されて、いきなり仲直りに行けと言われても東方も困ってしまう。その場で踏ん張る東方に後押ししようと躍起な千石、二人のさり気ない攻防が続いていた。 一方その頃、南はというと… ―千石と東方…何やってんだ?はっまさか千石の奴、良からぬことを吹き込んでるんじゃっ!― そしてふと千石に先程言われた言葉を思い出す。 『愛し合ってるのかな〜って』 ―だだ誰が男相手にすすす好きになんかなるもんか!千石の奴本当に変なこと言いやがって!― そうこう南が一人で葛藤を繰り返してる間にも、千石と東方サイドではますます攻防が激しくなっていた。 「行った方がいいって!東方!男を見せる時だよ!!」 「いやだから別にケンカとかした訳じゃないしっっ」 そんな必死な二人の声が耳に入って、やっと我に返った南は東方を助けるべく二人の元へ向かう。 「おいっ千石!」 その声に振り返る二人。 「なに東方虐めてんだよ!それに二人ともさっさと練習に戻れよ」 部長らしくビシッと言いに来た南、でも多少照れが含まれていたことを千石はどこか感じ取っていた。だからもうちょっと遊んでやろうと千石は余計な一言を付け加えて、南の言うことはきちんとこの場では一応聞いてあげる。 「はいはい戻るよ〜、別にそんな怖い顔しなくてもちゃんとダンナは返してあげるから!」 「!」 「?」 千石が『ダンナ』という言葉を使った…二人の前で。もちろん一瞬身体が跳ねて多大に反応した南と、全く何が何だか分かっていない東方。両極端な反応を互いに示していた。 「今何言ったんだ?千石…」 本当に不思議そうな顔をしてる東方に対し、南は必死で焦りを隠そうとする。別にやましい事など何もないはずなのに… 「さっさあ、あいつの言ってる事なんかまともに聞いてたら身が持たないし…」 そんな南の返答に東方はただ「フーン」と興味なさ気に返しただけであった。 ―ホッ…― 一息ついて安心する南、そしてチラッと東方の方を見た。 すると奴は不思議さは隠せないにしても特に気にしていなさそうな表情をしていた。 ―よしよし…もう俺もだいぶ冷静さを取り戻したみたいだな― だがくだらない千石の言葉を忘れようとしたその時だった。 「なあ南…」 不意に東方がこちら側に振り向いた。そして一瞬二人は目が合う。 ―あっっ………― ドキ… その瞬間何故か南は思考が止まり、一瞬高鳴った胸の鼓動が全身に響き渡っていた。 ―えっ……?俺今ドキッて…………― しばし見つめ合う形のまま静止する二人。しかも東方までもが何か難しい顔をしている。 ―えっえっえっ…何か俺やばっ!― 慌てて視線を外す南、すると東方もバツが悪そうに目を逸らした。 ―なに俺なに俺、なんで東方相手にドキドキ言わせてんの?ああ…あれだよ!千石がマジで変なこと言うからちょっとだけ意識しちまっただけだよな!決してやましい気持ちがある訳じゃあっ― 必死で心の中で何らかの言い訳を探す南。そんな時に東方の口から発せられた言葉は… 「あのさ…南」 妙にマジ顔マジ声で。 二人の間に途端緊張が走る。 ―ななな何だよ!東方、まさかお前まで変なこと言うつもりじゃないだろうな!― すっかり状況に怯えて固まってしまった情けない南。 けれど… 「俺のこと…嫌いじゃないよな?」 「は?」 そんな予測もしない相手の言葉に南は妙に気の抜けたような声を出してしまう。だが微妙に際どいその言葉の返答は思ったよりも重要で、南は必死に頭で一通り考える… ―別に今ここで俺が嫌いじゃないって答えたとしても、イコール『好き』にはならないよな?友達同士でも好きくらいは言うし…― 「あっ…当たり前だろ!なっなんで俺がお前のこと嫌いになるんだよ…」 「そっそうだよな、良かった〜、さっき避けられた時に嫌われたかと思ってちょっと焦った」 考えに考え抜いた南の返答にあからさまに喜びを表面に出す東方。一体どんな思いで南がこの言葉を告げたのかも知らずに… ―うっ…そんなに喜ぶなよ!クソ〜!…………でも俺…― 一抹の不安を胸に抱く南、しかし東方はいつもの調子で話し掛けてくる。 「ダブルスの練習…しようか」 そんなあまりにも普通で地味な東方の言葉に思わず南は自然と笑みを零す。 その何気ない日常にありふれた言葉が何だか嬉しかったのだ。 ―やばい…千石の勘が当たっちまう…― そんな事を東方の隣で思いながら南はダブルス練習のためコートに入るのであった。 自然とお互いの側にいられることを、いつか感謝する日がくるかもしれない。 南はふとそう思った。 その時、千石さんはと言うと… 「ほら、ちゃーんとチェックしておくんだぞ?うちの『地味’S』恋仲って…」 悪ふざけな千石の言葉を真面目に手帳に素早く書き記す一年の壇太一。もうマネージャーでもなく一部員なんだけれども、まだクセで手帳やノートが手放せないらしい。 そしてその更に隣で静かに二年の室町は思った。 ―早く来年来ないかな…そしたらウルサイ人が消えて静かに練習できるのに…― ある意味、部内で彼が一番の被害者かもしれない。 そのうち東方と南は千石の勘の通りうまくまとまりそうな勢いであった。 自然と目を合わせては互いに笑顔を向け合っている、誰がどう見たってあやしい雰囲気丸出しだ。 でも恋心に目覚めたとしても、どちらもきっと何も言い出せないのでまた千石が動くだろう。 そして室町はまた静かに練習に取り組めない。 東方と南の恋の犠牲に遭い、やっぱりちょっと可哀想な彼であった… そんなこんなで山吹テニス部は今日も賑やかだ。 END. |