*他愛もない話* 学校側の都合とやらで今日はどこも早めに練習を切り上げる山吹中運動部。勿論テニス部も例外ではなく、迷惑が掛からないように程良い時間で部長の南は練習終了を告げた。顧問の伴爺も先生方の会議の為に早々とテニスコートを去り校舎へ向かった。 残された部員達は和気あいあいと部室で談話する者もいれば、足早に颯爽と帰っていく者もいる。テニスコートでは本日の片付け組がせっせとコート整備に励んでいた。 そしてその頃南はと言うと、部室の席に座りながら机の上に何やら帳簿を広げて、普段練習で忙しくて面倒見切れない事務を片付けていた。この春先にマネージャーが入ってきたものの、まだまだ雑用を全て任せられるほど経験も積んでおらず、何より南自身が人任せを嫌う性格でもあり、忙しい身だとは分かっていても雑務を放って置けない性分なのだ。 眉間に皺を寄せながら一つ一つ丁寧に片付けていく。時折、少し離れた場所で千石が中心となり先輩後輩が一緒になって他愛もない話で大盛り上がりとなり、かなり楽しそうな笑い声が何度も聞こえてくる。でもそれに関して南は特に口うるさく注意することもなく、むしろいい傾向だと千石に感謝していた。たまに南も会話に参加したりもする。 「それで今の担任がだよ、すっごい頭髪の色に厳しくって何回も呼び出し受けてかなり面倒。君たちも気をつけた方がいいよー」 「へえ〜、大変そうですね。千石先輩」 いつの間にか会話のネタは頭髪検査に移り変わり、後輩たちは熱心に千石の話を聞いている。そんなやり取りも南には筒抜けなわけで、どうしても一言言ってやりたいことがあり、ペンを止めて千石に向けて言葉を発した。 「おい、千石。そんな髪の色にしてたら先生に口うるさく言われるのは当たり前だろ?自業自得だよ。おい一・二年、騙されるなよ」 手厳しい…程でもないが南の最もな指摘に千石は身を縮める。そしてボソボソと仕返しがてらに後輩へこう告げた。 「あっそうそう…俺の担任にも気をつけ方がいいけど、南も相当うるさいから皆気をつけて?」 するとそんな小声さえもキャッチした南は例に習って力いっぱい叫ぶ。 「聞こえてるぞ!千石っ!!」 「わ〜ゴメンナサイ〜。南が早速怒った怒った」 もう本当に反省していない千石のからかうような発言に、後輩は笑いを堪えきれずにブフッと噴き出す者も現れる。南は数回頭を掻きながら、笑いの種にされているのに気付き溜め息を吐いて精神を落ち着かせる。そしてもう噛み付かなかった。これ以上ネタにされるのはゴメンだ。帳簿に集中する。 今度聞こえてきた内容は先程とは全く違ったもので、南は少し安心した。だが千石お得意の女の子の話で盛り上がってるみたいで、南はついていけず聞く耳を塞いだ。止めていたペン先を動かし始める。 そしてしばらく時間が経った後部室のドアが開き、どこかへ買出しに向かっていた後輩が帰ってきた。皆待ってましたとばかりに入口付近に群がる。しかし集中する南には聞こえていないのか席から離れず完全に目の前にある仕事に没頭していた。 すると一人の後輩が頑張る部長にある物を持って話し掛けてくる。 「南部長ー、これ部長の分です」 「ん?おおー、そこのコロッケじゃん!わざわざ買ってきてくれたんだな、サンキュー」 どうやら特別にお疲れの部長には揚げたてコロッケサービスがなされているようで、それを千石あたりが「ずるいぞー」と茶化すが、そう言う千石の手には駄菓子がいっぱい溢れている。 またまた爆笑を誘う千石の摩訶不思議な行動と発言に南はうんざりだった。いつも振り回されてしまうので精神的に色々と疲れる。 でもその代わりにと言っては何だが…部の雰囲気は良い方向へと進んでいるので、それはありがたいことだ。やはり個人プレイとは言えスポーツにはチームワークが大切だから。 しかし南はこの先に起こる部内のトラブルをまだ知らないのだけど。だから細かいことにも反応して小言を繰り返すのだ。今なんて平和過ぎて感覚もボケている。 だがそれはまだ先の話。 そんな部室が賑わっている時、ちょうど片付け組も仕事を終え次々に部室へと帰ってきた。 ガヤガヤと又一段と人数も増し賑やかになっていく部室。少々南の仕事がはかどらなくなっていた。だが今日の片付け組みには南の相棒も含まれていたので、手伝ってくれることは期待できるが。 「あー、やっと終わったー」 「疲れたー、あっ何?皆で何食ってんの?」 甘くて上手そうな香り漂う部室に目の色を変えて、更に食料にありつく部員達。そんな中ようやく東方も部室へ帰還してきた。そして当然の如く差し入れを後輩から手渡されている。 「おっ何?今日はやけに賑やかだなあ。ん?あっ俺の分?ありがとう」 惣菜パンを受け取り袋を開けて口へ放り込む前に、南に一言報告は忘れない。 「今片付け終わったよ」 「ん」 何とも愛想のない南の返事だったが東方は特に気にも留めず、先に着替えを済まそうと自身のロッカーを開いた。この後勿論南の手伝いをする心づもりで。せっせと汗ばんだウェアを脱ぎ捨て制服を取り出す。南以外の周りはどんどん盛り上がりを見せており、千石が中心となってノリノリのようだ。 東方は適当に会話を聞き流しながら意識は南の仕事へと向ける。まだ随分溜め込んでいるのだろうか? しかし、そんな矢先のこと。 女の子話で興味心身に部員たちが部室で異様な雰囲気を漂わせながら談話している。いつの間にか話題はファーストキスの話にまで及んでいて、当然の如く南も東方も聞く耳は持たなかった。 だが… 「そういえば東方って…ファーストキスのお味はどんなだった?もう済んでるっぽいよね(老けてるから)」 突然千石に話を振られて驚く東方。何だ急に?と視線を向けるが、後輩たちにも期待の眼差しを注がれ、思わず何も考えずポロッと胸の内にある真実を口に出してしまった。 「え、コロッケ」 そう声に出した途端、後方でブフッと何かを噴き出す音が漏れた。 振り向けばそこには片手にコロッケを持った南が、口の中のものを少々吐き出しながら机に伏せっていた。 全員の視線が南のコロッケに集中する中で、南は口パクで「バカ!」と何度も東方に罵声を送る。でもまたそんな様子が他部員達の疑惑を深めていることになるのだが南は気付いていないらしい。しかしもう一つ気付いていない東方は、南の怒りに対し慌てて言い訳を始める。 その内容がもう…絶望的で… 「ちょっ!えっ、お…俺は別に一言も南だなんて言ってないぞ!」 まさに墓穴を掘る一言に南はガンッと机で頭を強打した。 当然深読みする部員達の脳内は「みっ南部長?」と永遠に途切れることなく疑問が投げ掛けられていた。衝撃の事実に一同言葉を無くす。 東方も失言した!と口を塞ぐも、疑いは一向に晴れない。むしろどんより曇り始めた。すると誰よりも早く南が動き出す。ガタッと席を立ち、ゆっくりと東方の所へ向かう。全員これから何が起こるのか無言で見届けていた。 そして… 「おい……表へ出ろっ…」 おもいっきり左手で東方の胸倉を掴み、右手を強く震わせる凶暴化した南がそこにいた。 まさか山吹中テニス部で暴力事件が!! 「みっ南っっ!」 周りがほぼ緊張の面持ちの中、千石だけが口元をニヤ〜とスケベ笑いを浮かべている。ブチ切れ寸前の南に対し遠慮なく千石は近づいていった。そしてポンと肩に手を置く。 「何だっ千石っっ」 「うん。やっぱり…南はハンバーグ(=東方)だったのかな?」 意表をついた千石の言葉に部室は更にシーン…と静まり返った。 そんな稲妻のような台詞を聞かされた南は、つい『その時』の状況を事細かく思い出し、まさにYESと返事するかのごとく、ボンッと一瞬の内に顔を真っ赤に染め上げた。東方もその様子を見て、心であーあーと漏らしていた。 その場にいる部員全員にじと〜と怪しげな視線を注がれ、やり切れない気持ちになった南は「違うぞ!」と反論するものの、もう誰もそんな南の言葉を信じる者はいなかった。 「うっ……ちっ違うってば!本当の本当に!!」 しかし今部員達の脳内は…南部長と東方先輩が…南部長と東方先輩が…と永遠エコーが流れている。そんな居た堪れない空気を真っ先に切り裂いてきたのは再び千石で、この上まだ南に爆弾を捧げる。 「ふーん…で、まだチューだけ?」 それを口にした瞬間、全身全霊を込めた南の会心の一撃が千石の顔面に炸裂した。めり込む千石の顔。そして南は自分のロッカーからカバンを取り出し、「もう帰る!」とだけ言い残し部室を去ろうとする。だがまたもや千石の言葉に邪魔をされるが、南は足を止めず口先だけで返事をした。 「あれ?南、これ片付けなくていいの?」 机の上に散らかった帳簿類を見て千石はそう告げる。 「…っ!誰か適当に一箇所に固めておけっ!」 南は吐き捨てて、部室を去った。 だが東方も慌てて部室を飛び出し「待て!」と叫びながらご立腹の南を急いで追いかけた。怒りを露にする南の背中から必死で弁明を繰り返す東方。だがあまり相手にされていない。それでも彼は諦めなかったが。 そんな二人の姿を部室の出入り口からそっと覗くギャラリーたち。 珍しいものを眺めるように部員達は二人の行方を見守った。 千石も顔面に痣を作りながらも、負けじとこの状況を楽しもうと復活していた…タフです。 「せ…千石先輩…そのー、やっぱり南部長と東方先輩は…」 「ん?ほら、あれを見てごらん?どう見たってあれは…」 …怒った彼女の機嫌を必死で取ろうとする彼氏の姿そのものだった。 千石は最後まではっきりとした結論は言わなかったけど、一番自分達のことを語っているのはまさに本人達であって、そしてその答えは一目瞭然だ。 「あー…大変なんですね、先輩達もいろいろ…」 「まあね、うー…痛い痛い」 南から打撃を受けた場所が痛むのか千石は自慢の顔(本人談)を撫でる。 視界から徐々に消えゆく二人の姿を親のような気持ちで、千石その他一同はいつまでも見つめるのであった。 そしてその頃、噂の彼氏と彼女はと言うと… 「待てって南!!ちょっとっ」 早足で歩く南を止めようと東方は肩を掴むが、思いっきり振り払われてしまう。だが諦めず先回りして色んな事情を説明しようと口を働かせた。 「ほっ本当に悪かった!ゴメン…ゴメンて!なあ南、ちょっと」 「うるさい、ついてくんな!お前の顔なんか見たくもない、最低だっもう!」 「俺の話も聞いてくれよ!…南?南ーっ!」 「あ〜〜うるさい!!このアホッ!!」 今日ほど恥ずかしい思いをしたことがなかった南は、その原因を作った東方に対し一週間ほど口をきかなかったらしい。 しかし…こいつら本当に端から見たってデキてますな… ちなみに図星は図星だったのだけど。 END. |