*寒い夜だから* ―新しいソフト買ったから…― そんな言葉につい乗せられて、練習後東方家までやって来た南。しかも明日は休日で珍しく部活も午前中休みだったので泊まりの用意までしていった。だが予期せぬ事態は刻一刻と彼らに迫っていたのだ。それはちょっと先の話。 二人で同じ道を世間話しながら歩いていく、行き先は当然身長がデカイ方の家。 無事に家まで辿り着いてからも、もう勝手知ったる家で南は気楽に過ごしている。親とも相方のまだ小さい妹とも既に顔見知りだ。適当に二人で食事を取って居間のコタツに脚を突っ込みながら偶然放送していたバラエティー番組に腹を抱えて笑い始める地味'Sの二人、て…おっとこの呼び名は禁句か。 そして一時間後に番組が終わった頃、東方が単身二階のフロアに上がっていった。南は机の上に常備されてあるミカンをお一つ頂きながら東方の帰りを待つ。よく熟されたミカンは甘くて最高だ。 「お待たせー、ゲーム機ごとこっちに持ってきたよ」 二人で東方の部屋に移動して遊ぶことも出来たけど、今日はとても冷え込む日で一度コタツに入ったら最後とても抜け出せないのだ。つまり寒がる南に気を使い、東方がゲーム機を自分の部屋から運んでくれたのだ。とっても気が利くいい奴だ。 「あっ悪いな、なんかここから抜け出せそうになくってさあー」 珍しくグウタラぶりを発揮する南、しかし相方と二人でほのぼのしている時は結構気が抜けた人間でもある。普段がきっと気を張り詰めすぎなのだろう。あまり休むことをしない人だから… せっせと働きアリのようにテレビにゲーム機の線を繋いでいく東方、手伝う様子のない南はその動作をじっと眺めている。ここでは息の合うプレイは見せてもらえないのか…かなりの勢いでくつろいでるようだ。居心地が良さそうな南。でも落ち着いてくれた方が東方も嬉しいので決してうるさく口を挟むことはない。 「さ、準備できたぞー。はい、コントローラー」 「ああ…サンキュー、ってあっ、ちょっと手ー洗ってくる!」 匂いの強いミカンの汁がたっぷりと付着した手を広げながら南は、あっさりとコタツから飛び出して洗面台へと向かった。もちろん特に迷うことはない。そして南は冷水で洗った手同士を擦り合わせながら居間へと戻ってきた。少々手が寒そうである。 「ん?何、どうかした?」 そんな南の様子に気付いた東方、スッと立ち上がり南の正面に移動する。 「はあ〜〜、あー手が冷たい…」 掌を口元に寄せて温かい息を吹きかける南、極度ではないけれど冷え性という悩みを持つ南に冬の冷水は天敵だった。ちなみに部屋で趣味の切手整理とか時間を忘れて没頭したまま、身体が芯まで凍ってしまいました…なんてのは南にはよくある話。 「ふーん…俺の手、温かいぞ…ほら」 そう言って東方は凍える南の手に自身の手を触れさせる。するとその体温に南がすぐさま飛びついてきた。 「あーーっ、温かい!!」 ギュッと冷たい手で、差し出された東方の右手を裏表ダブルで挟み込んだ。 「わあっ!南冷たっ!!」 思わず手を引っ込めたくなった東方であったが、時既に遅く…自分の右手は餌食となった。しかしこれで南の手が少しでも温かさを取り戻せるならとグッと我慢をする。何ならもう片方の左手も冷気に食われてもいいと思った。 「ん…」 言葉に迷った東方だが…ここはあえて無言で、南の手を反対に包み返すように左手を彼の手の甲に添えた。すると何だか不思議な事態に陥る。 ―自分たちはこんな所で向かい合って手を握り合って…一体何してるんだろう…― 二人はそれを同時に心の中で葛藤させた。 しばらく気まずいような…静かな空気が居間を漂わせたが、次の瞬間ガラガラと勢いよく出入り口が開かれて、(手が)密着状態だった二人は心臓が飛び出るような勢いで互いの手を離し、その場に倒れこんだ。 「…何やってるの?お兄ちゃん達…」 禁断(?)のドアを開けたのは東方の妹だった。まだ幼い目をしたカワイイ女の子。微妙に不埒な現場を見られたかもしれない。 「なっ何でもないから…お前はあっちにいってろよ…」 「そうそう、別に何にもしてない」 不自然に床へ伏せたままの怪しい二人…真っ赤な顔をした彼らの顔が物語るように、少々危ない世界に片足突っ込んでいたらしい。しかし彼らの言い訳に妹は相当不服そうだ。 「えー、私も南君と遊ぶー」 「ダメダメ、コントローラーは二つしかないんだから、お前は早く宿題やって寝ろよ」 「えーっ、つまんない!お兄ちゃんのバカ!」 ガラガラ〜、ピシャン! 勢いよく閉められて、まだ幼い妹に暴言を吐かれた兄貴はショックを隠しきれない。状況が状況だっただけにどうしても今は一緒に遊んでやることができなかったのだ。決してこれから南と二人っきりでイチャイチャしたいなどと言うヨコシマな考えがあった訳ではない! 「バカ!…だってさ、お兄ちゃん」 「言うな…あー、こうやってどんどん冷たく突き放されていくんだろうな、妹って難しい…」 「弟も似たようなもんだよ、まあアイツは結構淡白だからな…接しやすいけど」 下がいるもの同士、兄貴トークが展開される。改めてコタツに座り直した二人は向かい合いながらゲームには目もくれず、ひたすらミカンを頬張った。そしてまた冷水で洗って手を温めあう…な〜んて光景が繰り返されるような気がする。頼むから部屋行け。 結局僅かに2プレイのみ新作ゲームを楽しんだ後、二人は交互に風呂へ入って(当然だが同時にではない)火照る身体を保ちながら再びコタツ部屋へと帰ってきた。まだまだ遊び足りない年頃の二人なので睡眠をとる前に、もう少し騒いでいたかった。 しかし… 「今日はヤケに家の中が静かだな…」 シーン…と静まり返った我が家に東方は家族が全員眠りについたことを悟る。ならばこれ以上居間で話し声やゲームの音を響かせる訳にはいかなかった。 「みんな寝たんじゃないのか?俺たちもそろそろ上に移動するか…睡眠を妨げちゃ悪いし」 すると南も状況を察知して移動することを持ちかけてくる。そして頷きあった彼らはバスタオルを肩に掛けながら二階の東方の部屋へと向かう。 その途中…冷たい階段を上り足元が急速に冷えていくのを感じた二人。今日は特に夜が冷え込むと天気予報でも伝えていた。早く暖房の効いた部屋で快適に過ごしたかった。 「なあ…お前の部屋ってまだ寒いんじゃないのか?」 ずっと一階の居間でコタツに潜り込んでいた二人なので、一度も踏み入れていない東方の部屋は南にとって寒そうに思えた。どっちかと言うと冷え性の南には奴の部屋が恐怖でもあった。 「ん?あー安心しろよ。ちゃんと風呂の前に暖房つけてきたから、そろそろ暖まってるはず…」 ガチャ。 南の不安を払拭させるように部屋のドアを開ける。先に自室へと足を踏み込ませた東方は次の瞬間身が凍るような寒さを全身に感じた。そして後方の南にも、その冷気が伝わる。 「うわっ、寒いっ!」 途端カタカタ震えだした南。東方は何事かと足早にエアコン付近へと向かう。するとエアコンからは僅かにだが温風とも冷風とも言えない風が吹き出されていた。 「あ、あれ?おかしいなー、ちゃんと暖房に切り替わってるはずなのに…ううー寒っ」 凍えながらもジーッとリモコンを見つめる東方、確かに間違いなく暖房へと切り替わっている。しかしどうにもエアコンの調子がおかしい。普段あまりエアコンを使うタイプの人間ではないので、異常には気がついていなかった。 「おい……どうした?」 寒さに身を震わす南から状況説明を求めた声が零れた。東方はかなり答えづらかったが黙っている訳にもいかないので意を決して声を吐き出した。 「………多分、故障してる」 「はあっ!?」 力いっぱい不満を篭らせた南の声。まさか東方も南を泊める日に故障が見つかるとは思ってもみなかった。なんとタイミングの悪いことか… 「ゴメン…今日まで気がつかなかった」 「ちょっ…ちょっと冗談じゃないぞ!こんなクソ寒い日に暖房なしって…バカなあ〜〜」 ショックの大きすぎる南はふらふらしながら部屋の中で敷かれていた自分が使うであろう布団に倒れこんだ。そしてすぐさま中へと潜り込む。だが冷たい部屋に置き去りにされた布団の中が温かい訳がなく、結局震え始める南。 「ううっ、俺も寒い!」 東方も続けて自分の寝床に潜り込んで、哀れだが二人して寒さに必死で耐えた。布団の隙間から南の鋭い視線が東方に注がれる中、責任を重く感じた東方はとにかく事態が上手くいく解決策を練った。真っ先に寒さを和らげることを第一に正常に頭が働かないような気温の中、彼は必死で考えた。 そして導き出した結論はと言うと… 「南ー」 夜だからか小声で、東方は隣の布団で身を縮こませる南に声を掛けた。すると更に鋭い視線が自分に向けられる。そんな怒りを露にした南に対し一瞬身を引きかけたが何とか自分の提案を声に出すことが出来た。 「南ー、ほらこっち」 その瞬間南は驚きのあまり一瞬寒さを忘れて大きく目を見開いた。そして相手がとっている行動に目を疑った。どう見ても奴の隣側にスペースが設けられ布団を広げて自分を呼んでいる…ということは、「ここへ入れ」という意味に捉えてもいいだろう。むしろそれ以外思いつかない。 「えっいや…それはーちょっと…さすがに」 どうしていいか分からず戸惑い…声がどもる南に対し、東方は急かすように強く自分の隣を勧めてくる。 「そんなこと言ってる場合か、ほら南早く!凍え死ぬぞっ」 確かに今南はこの寒さをどうにかしてほしいと願ってはいる。ワガママを言えばエアコンが直ってくれるのが一番だがこの夜の間に修復はまず不可能そうだ。でもだからと言って人肌同士で温め合うというのは少し強引過ぎるというか…一応家族の人も階下とは言え、いてらっしゃるのだから… ―まずいだろっ、さすがに!!― そんな冒険を潜る勇気は持ち合わせていなかった。 頑なに頭を横に振りながら東方の申し入れを拒否する。そしてこれ以上目を合わせていられないと南は相方に背を向けた。無言の拒絶作戦である。 ―なんだよ、部屋の温度が上げられないからって内から熱くなろうって言うのかアイツは!?そんなことできる訳が……― しかし今のドタバタで少々寒さの和らいだ南は、その点に関してのみ東方にお礼を心の中で告げた。今なら何となく眠りにつけそうだ…そんな事が頭をよぎっている最中、突然背中の向こうで相手が起き上がる音が聞こえた。そして東方は南の身体を無理矢理起こし腕を引っ張って何とベッドの中へと引きずり込んだのだ。 「えっええっ、ちょっと待っ!」 まさかの急展開に寒さとはまた別の震えが南の身体を駆け巡る。珍しく積極的な相手の行動に心臓をドキマキさせながら、東方の隣に身を置いた南。身体を硬直させて頬を赤く染める。 すると額に何か柔らかいものを感じた。 ―もっもう逃げられない!― 明らかに額へ唇の感触を受けて、背中に手を回されてグイッと引き寄せられた。 奴が本気になれば自分にだって止めることは出来ない…南はある種の覚悟を決めた。とにかく階下で眠る東方の家族にだけは気付かれないように努めなければ…南は固く口を閉じた。 しかしそのままいつまで経っても相手が自分の身体に圧し掛かる気配は見せてこなかった。不思議に思った南は目を開けると何とそこには… ようやく暖を得て、一日分の疲れを癒すように、安らかな寝息をたてて穏やかに眠る東方の姿があった。 ―ぅおいっっ!!― 当然拍子抜けした南は心の中で精一杯ツッコミを入れてやった。まさかこの場面で相手が先に眠りやがるとは想像もつかなかった。ある種の怒りが増しに増した南はメラメラと東方に対し恨めしく思う。一応人をその気にさせておいて自分は先に寝こけてしまう勝手な奴。強引に引きずり込んでおいて… 「信じられない…」 色んな思いが交錯する中で、一体何に対して一番怒りを覚えているのか分からなくなった南。とりあえず腹立たしい気持ちだけが残った。 確かに温かい…人と密着しながら眠るのは。でも自分だけが置いてけぼりで妙に寂しかった。そんな女々しい自分は嫌いだけれども南はそう思わずにはいられなかった。 「もういい…勝手にしろ!俺ももう寝るっ」 ブツブツと一応小声で相手に罵声を浴びせると、南自身も目を瞑り東方の体温を感じながら無理矢理眠りについたのだった。ある意味最大のチャンスを逃した東方君であった… しかしこの二時間後… 「うーん……、んっ」 真夜中に自然と目を覚ました東方、普段寝つきのいい彼だが今日はたまたま一時的に睡眠を手放した。しかし完全に眠気が去った訳ではないので、再び目を瞑ればすぐにでも夢の世界に浸れそうな気がした。 ―あ〜、もう一回寝よ……………ん?― 寝ぼけた頭で視界で、東方は目の前にある自分以外の存在に気付いた。そしてそれは夢の世界へ帰ろうとする東方を瞬時に引き止めるほどの威力を備え持っていたのだ。 こちら側を向いたまま、穏やかな寝顔で安らかに寝息を立てている南の姿が見える。 ―みっ南の顔が至近距離っっ!!― しかも相手は超絶無防備ときた。東方は当然の如く男心をくすぐられて、しばらくそのままジッと南の寝顔を見つめ続けた。その内良からぬことまで脳内では繰り広げられる。しかしそんなことを実行してしまったら間違いなく自分の命はない。 確実に息の根を止められる。 ―うっ……寝顔がカワイイなあ…いつものムスッとした顔もいいけどな…いや得意気な顔も捨てがたい…いやいや照れた顔なんかも最高…― 余計な雑念まで生まれて来る。 しかしこんなに間近で寝顔を見つめるのは初めてかもしれない。東方は新たな感動に胸を振るわせた。今日という日に思わず感謝だ。 ほんの少し…自分が接近さえすれば簡単に触れ合うことすら出来る。むしろそれくらいなら深い眠りについている南だから気付かれないかもしれない。 思わず唇を舐めあげる東方、でも即行動とはいかなかった。少々勇気が足りない。 ―起きないかな…大丈夫かな…、うう…こんな隣で眠っててよくも今まで俺はスヤスヤと眠りこけてたな…勿体無い― 東方の考え通り、彼は非常に勿体無いことをしている。南を置き去りにして眠ったことに今頃後悔の念が溢れている。 ―ああ、でも下手に触れると歯止めが利かないような…ああーどうしようっ― グルグルと思考を無限回路のように彷徨わせて、そのまま永遠に結論の出ぬまま東方はどうすることも出来ずただ南の寝顔に見惚れていた。そして気がつけば再び睡魔に襲われて意識を手放していたのだった。 あーあ、勿体無い。 翌日。 午後から部活のある彼らは朝10時ごろに目を覚まして、どうも冴えない表情'Sで朝食を並んで取っていた。そして家を出る時間になり学校へ到着すると練習はすぐに始められたがNO.1ダブルスの二人の調子が上がらない。何となく…睡眠不足ではないのだがどうにも物足りなさそうな…今一つ元気が出ていなかった。 それもそのはず、何たって二人は昨晩それぞれに沸いた欲望を体内で留まらせ、欲求不満が爆発していたから。微妙な顔つきをした二人が互いに目を合わすと妙に恥ずかしそうな笑みを浮かべて決して身体を近づけようとはしなかった。 『あー…したい』 同じタイミングで互いが同じ欲求を抱える…さすがコンビと言いますかテニス以外でも意思の疎通はバッチリだった。 だが、素直に求められないプライドだけはガチガチの男と相手の反撃が恐い男二人の辛くて悲しい物語であった。 もっと頑張りましょう。 END. |