*南からの贈り物* 今日は九月九日。 山吹部長である南は、とある悩みを抱えていた。 ―明日か…― 放課後の練習中、部員に細かく指示を出しながら頭の片隅で意識を別のところへ飛ばしていた。普段から真面目な性格の彼は、悩み時は必要以上に考え込むくせがある。 しかし一体何に南は思考を奪われているのか、明日に何があるのだろう。 練習が終わった後も表情を微妙に曇らせたまま、部室で黙々と着替える彼の姿が見受けられた。ガヤガヤと1人声のボリュームが大きい千石が、そんな南の異変に気づく。そして大声で言った。 「何々、南〜!暗い顔しちゃってさ!悩み事があるんだったら聞いてやるぞー!」 「うわっっ、ビックリしたなもう〜」 南は慌てて顔を上げた。そして先程の千石の大声のせいで、周りにいた部員達がざわめいている。焦った南は千石に「変なこと言うなよ!」とだけ告げて、急いで帰り支度を始めた。なんとなく早くこの場から立ち去った方がいいと、勝手に自分で判断して取った行動だ。 すると一足遅く、隣から聞きなれた相方の声が聞こえた。 「南?…何?なんか悩み事?」 逃げる前に足止めを食らった気分だった。 はっきり言って原因は、今…南に声をかけてきた人物そのものなのだ。 「別に何もない、お前まで変なこと聞くなよ」 何故か小声で南は言った。 「でも確かに今日のお前は、ちょっと変だと思うけど?」 しかし直も繰り返し南を問い詰めるダブルスの相方、東方。 途端、イライラしてしまった南は、咄嗟にこう返した。 「お前には関係ないよ!」 そしてすぐ後悔することになる。 今目の前にあからさまに傷ついた東方の顔がそこにあった。 南は謝罪の言葉を口から紡ぎ出す前に、手がカバンを持って足が外へ向けられ、走り出していた。 ―うわっ、まるで俺、逃げ出したみたいじゃないか!― その通り、君は間違いなく逃げ出した。 学校を出たすぐに南は走りを止めて、トボトボと歩き始めるのだった。 そして一方山吹テニス部部室内では… ズーーーン…… 真っ暗な顔をして落ち込む東方の姿があった。何かに例えるなら、リストラされたお父さんとか、離婚を迫られたダンナとか……例えが大人ばっかり! しばらくして後方から千石が話し掛けてくる。 「まあまあそんなに落ち込まないで。俺がひとっ飛びして神経質でナイーブな部長のカウンセリングしてくるからさ」 そしてどこか楽しそうに猛スピードで部室を出て行く千石。 東方を頭を傾けながら、少々話の展開についていけてなさそうだった。 そして再び、南。 ―はあ…どうしようかな……深く悩めば悩むほど答えが遠ざかっていく感じだな…― ふと立ち止まり、足元に落ちている石を隣に流れるとてもキレイとは言えない水の流れの中に放り投げた。 チャポン…と音が鳴る。 もう一度南が溜息をこぼすと、バタバタバタと豪快な足音が聞こえてきた。不思議に思い音の鳴る方へ身体を向けると… 「うっうわっっ〜〜!」 すぐ目の前に満面の笑顔の千石が!!! バッターーーン! おもいっきり千石に身体を乗り上げられて、路道と千石に挟まれた南。強く打った背中が痛い。 「お前、千石〜〜っ!いきなり何するんだよ!突進してくんな!」 「あーメンゴメンゴ、思い余って押し倒しちゃったよ。急に南が振り向くからさあ」 「どけろ!」 足で千石を蹴り上げ、白い制服に付着した汚れを払い落とす。 「お前危ないだろうー、怪我したらどうするんだよ」 まだ痛みが引かない背中を手で押さえながら、千石に怒りを解き放つ。 しかし千石はやけに自信たっぷりの表情で、こう返してきた。 「大丈夫!ちゃんと南が受け止めてくれるって信じてたから!」 「俺が怪我してもいいのか!てめぇこの野郎!!」 南を怒らせる天才、千石。ある意味からかうことに命をかけている。 「…で、なんだよ。追いかけてきた用件は」 そしてやっと本題に入れた2人。しかし折角話せる状態に南がもっていったとしても、千石が素直に従うとは限らない。 「あー面白かった、また今度もやろうなあ〜」 「絶対に嫌だ」 全く質問に答える気のない千石であった。南はもう放っておいて、さっさと帰ろうと歩み始めた。すると…ついてくる千石が1人で勝手に会話をし始めた。 「あ〜そういえば明日!相方君の誕生日だよね〜」 ギク! 南は身体を硬直させた。 「何かプレゼントでも渡そうかな〜適当に」 「………」 ダンマリを続ける南に、千石は南の肩を掴んで顔を覗き込んだ。 「で、何かプレゼント渡すの?……部長?」 まるで今の南の悩み事が分かっているかのような千石の質問攻め。正直また逃げ出したくなった。 「別になんだっていいだろう」 そう答えたものの、まだ何も決まっていないのが現状だ。何もなくて明日、言葉だけかけるのも嫌だった。でもいざ何か渡そうと考えるとイメージが浮かんでこない。こう見えても山吹常勝ダブルスの相方なのに。 「とか言って、まだ何も決まってなかったりして〜」 どうしてこうも千石は図星を突いてくるのか…南は嫌になった。 しかしもう観念して、打ち明けることにした。 「……まあそうなんだけどな、いざ何がいいか?と考え出したらさ、何も浮かんでこなくて…」 ―お、やっと素直になってくれたな?― と千石は笑みを浮かべる。 「別に簡単な物でいいんじゃない?どうせ俺達中学生なんだしさ」 「簡単な物か〜、でももう今日も時間が遅いし買える物も限られてくるよな」 「いっそコンビニで買うってのは?」 「コンビニッ!?」 南は目の前に輝きを見せるコンビニに視線を向けた。確かに24時間営業で今すぐ買えるといえばそうだけど……一番いけてない店選びだとも思った。 「案外日用品とかの方が喜んでくれるって、特にダンナだったら」 ダンナ…たまに千石は東方のことをそう呼ぶ。南としては何となく止めてもらいたい呼び方だ。 「ほらほら、考えるより行動!コンビニ寄るよ!」 千石に腕を引っぱられ、コンビに店内へと足を踏み入れた。ここのコンビニは帰り道ということもあって、よく寄り道している。ここのコロッケが最高に南の好物なのだ。 「俺も適当に買っていこう〜」 千石がカゴを持ち出して、本当にどんどん店内の商品をカゴ内に収めていく。きっとあの中から明日、東方にプレゼントされる物が出てくるのだろう。南はとりあえず筆記用具の棚へ移動した。 普段良く使う消耗品ならば、本当にスタンダードなノートやペンシルに消しゴム、学校で使えるものが良い。派出な物を好まない相方なのでシンプルなのが一番良い気がした。 すると店内をうろつく千石が南のもとにやってくる。 「あれ〜やけに普通な物ばっかりだなあ」 「日用品がいいって言ったのお前だろ?」 南は千石に文句を言われる前に、有無を言わさずレジへとプレゼントの品を持っていった。とてつもなく安上がりだ。 ―今度飯でも奢ってやったらそれでいいだろ― 南なりの精一杯の心遣いだ。 そして後ろに並んできた千石のカゴの中には小物やらお菓子やら大量に積み上げられていた。 ―今からパーティーでも開くつもりかよ、千石― 半ば呆れながら、袋を持って店内で雑誌を見ながら千石のレジを待った。さすがにあの量だ、時間がかかっている。 「お待たせ〜」 しばらくして2袋下げた千石が南を呼びに来た。 店内を出て、それからは2人分かれてそれぞれ帰路についた。 南はやっと抱えていた悩みが解消されて、少し気分を楽に家に帰っていった。 ―とりあえず値札だけは忘れずに外しておこう― 翌日、九月十日。 南は朝一でいつも学校に向かう。何故なら鍵当番だから。どうも部長といい鍵当番といい…面倒なことを全て押し付けられている気分だ。 カバンを自分のロッカー前において、テニスウェアに着替える。もちろんカバンの中には昨日コンビニで買った文具一式が入っている。我ながら本当に地味な贈り物だな…と笑いがこみ上げてくる。 「おはよう南。何、笑ってるんだ?」 すると部室の入口に今到着したばかりの東方が姿を現した。南はちょうどいい!と思い、カバンの中を探る。そして取り出そうとしたその時… 「グッモーニーン!!南!!」 朝っぱらから大きな声で東方の後ろから千石がひょっこりと現れた。 「えっ!!千石っ!?こっこんな時間からお前見たの初めてだ……」 もの凄く驚く南に、東方も苦笑を浮かべている。 「俺もさっきそこで会ってさ、夢かと思ったよ」 「酷いな〜2人とも、俺もやる時はやるんです!」 「しかもさっき大量にこれ貰っちゃった」 そういう東方の両手には、昨日千石が買ってきたままの状態のパンパンのレジ袋が! ―千石の奴!そのまま東方に渡しやがったのか!― 「だって今日はダンナの誕生日だもんね〜、おめでとうー」 「ダンナって言うなよ、まあこんなに沢山ありがとう、今日皆で分けて食おうか、南」 突然話を振られて、思わず手の中の物をカバンに入れたままで立ち上がってしまった。 「あっああ、それもいいかもな、あ〜朝練準備しなきゃ。さっ先行ってるぞー」 南はカバンをロッカーの中にしまい、ラケットを持って2人の横を通り過ぎる。 キョトンとする東方、「何で昨日買ったプレゼント渡さないのさ〜」視線をこちらに送りつづける千石、南はただタイミングを失っただけなのだけど。 ―つーか、千石があのタイミングで来なかったら渡せてたんだよ!― しかし南はそんな意味合いを込めた視線を千石に返すことは出来なかった。 バタン… 南が出て行き部室の扉が閉まった頃、中に残された2人は顔を見合わせる。 「やっぱり南、昨日から変じゃないか?」 「さあ〜〜〜〜〜」 事情を知る千石だったが、あえて何も東方には助言をしなかった。 外の南は、いつアレを渡そうかまた悩み始めるのだった。 朝練が終わり、チャイムが鳴るギリギリで大概教室に入るテニス部員。つまり朝練が終わった直後も南はアレを渡せずにいた。でも地味'Sの2人は同じクラスだから、これからいくらでも機会はある。 南は気持ちにゆとりを持って、HRが終わったら渡しに行こうと決意した。 しかし今回はやけに千石に親切にされたなあ〜と南は珍しく思う。案外いい所もあるんだな…とちょっぴりウチのエースを見直した。 やっとHRが終わり担任の先生が教室を出て行く。南はチャンスだ!とカバンから例の物が入った包みを取り出して、いそいそと相方の机の前に立つ。 「ああっ、何だ?南」 次の授業の準備をしている東方の前に突然現れるから、相手が驚いてしまった。 「ええっとな………ほら、誕生日プレゼント」 ちょっぴり照れながら東方の前に差し出す。 「あっ……準備しててくれたんだ、てっきり千石のくれた物が部員全員からかなって思ってたからさ。サンキュー、悪いな南」 ―確かに千石からのあの大量の物は一人からだとは思わないよな…― 東方の認識はむしろ正しい、と南は思った。 「中見てもいいか?」 「えっあっ、いいぜ別に、大した物じゃないけど」 嬉しそうに茶色の袋のテープを外していく。そして口を開けて中を覗いていた。 南はもう完全に満足状態で、これで相方としての気遣いも報われるであろうとホッと胸を撫で下ろした。 そしてふと東方の様子を目で追う。 すると何故だか中を覗いたままピクリとも動かない真剣な表情をした東方がそこにいた。南は不安になり、どうした?と声をかける。 「み………南、…わっ悪いけど俺っコレ貰えないー!!」 真っ赤な顔をした東方は、すかさず袋を閉じ南の胸に押し返した。そして席を立ち上がり、廊下へとダッシュで逃げていった。 「えっ、えっ、えっ…東方!?」 一人残されて混乱する南は、東方に返された袋の中身不思議に感じ、恐る恐る覗いてみた。 「・・・・・!!!!!」 そしてそこには決して自分が買うはずのない、とんでもない物が入っていた。 掌サイズの箱……封入物は………避妊具。 ―ななな何でこんな物が袋の中に!!!― 南は冷静に考える。そしてその箱の模様…どこかで見た覚えがある。 南は必死で考えた、記憶の淵を辿って思い出されたことは… ―昨日…コンビニでレジを待っていた俺、会計を済ませた俺の次に並んでいた大量の商品を積んだ千石のカゴ、その奥の方…側面からそんな模様の箱があったような………― 南はガクッと首を折り曲げる。 そして心の奥底から沸々と沸きあがる激しい感情…… ―千石ーーーーーーーっっっっっっっ!!!!!!!― しかし真面目な彼は流石に教室内で、憎い者の名を大声で叫ぶことは出来なかった。 千石に親切にされたわけでなく、要するに騙されたのだ、からかわれたのだ!この怒りをどう鎮めたらいいのか、南は逃げられた相方の机の上で復讐を誓うのであった。 そしてこの日の部活… 南が部長としての最大限の権力を生かし、千石がテニス部退部者扱いになっていたことは言うまでもない。 END. |