*元8番VSコータロー* 突然だが盤戸元8番の名も無き彼は赤羽を異常なほど慕い、同じ攻撃チームに所属していた事から恐れ多い事に虎視眈々と盤戸の神さま・赤羽を狙っていた。ようするに簡単に言ってしまえば『ホ』の字である。『ホモ』の『ホ』である。(違うよ!)いやむしろ正しい解釈だ。 しかしそんな彼の恋路を微妙に邪魔する者がこのチームには存在していた。攻撃チームでも守備チームでもないキックチームなんかに所属しているやたら態度のでかい「スマートだぜ!」が口癖の同い年の部員・佐々木コータローという男だった。いつも元8番が赤羽にゴマをすりに行こうとする、突然どこからか現れて、なんとあの赤羽に『ツバ攻撃』など仕掛けてくる失礼極まりない奴だ。しかも赤羽がそれを軽く受け流すと、反応が得られなくて怒る小学生のガキのように今度は赤羽がとても大切にしているギターに向かってツバを吹っ掛けてくるのだ。 そして赤羽はギターを攻撃されて黙って大人しくはしていられないと、コータローなんぞと童心に返ったように小競り合いなどを始めてしまう。 そして俺は完全に赤羽の視界から消えてしまうのだ…、全く迷惑な話だ。 なので今日はコータローに嫌がらせをしてやろうと、元8番はその機会を窺う。どうせなら赤羽の前でみっともない姿でも曝け出してやろうと、今日も多分どこからともなく奴が現れると予測して元8番は赤羽の周りにウロチョロしている。だが赤羽は何も気にしていなさそうに淡々とギターを弾いていた。 すると前方よりコータローの姿が。 元8番はチャーンス!と言わんばかりに、ささっと赤羽とコータローの中間点より少し外れた位置に立ちコータローが自分の前を通り過ぎようとする瞬間に意地悪く足を引っ掛けようと、自分の足をひょいっと絶妙なタイミングで突き出してやる。すると狙いは完璧で上手く引っ掛かったコータローはバランスを崩してしまう。 「うわあぁあぁあっっっっ!!!!」 心地のいいコータローのテンパった声を聞いて元8番はグッと拳を握る。ざまーみさらせ!と軽蔑した目でコータローを見下しながら。 しかし次の瞬間、信じられない事が起こってしまう。 ツバ攻撃を仕掛けようと突っ込んできたコータローは体勢を崩し、しかし勢いは止まらなくて思わずそのまま赤羽に向かって突っ込んでいってしまう。そしてドカーンッ!と豪快の音を立てながら、ベンチごと引っくり返ってしまい、コータローは赤羽の上に乗り掛かる。ようするに押し倒してしまった格好だ。 もうそれだけでも元8番は「いや〜〜〜!!!」という感じなのだが、更に不幸は続き… なんと二人の顔は見事に密着して、ブチュ〜〜〜〜と熱いキッスを交わしていた!!! まさに自分の取った行動が逆効果となってしまい、ガ――ン!と元8番は撃沈する。けれどコータローは元8番とは違い、別に特別な好意を赤羽に抱いていた訳ではないので、こっちはこっちで大ショックであった。 「ぐわあああああ〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!口が腐るーーー!!!」 大慌てで赤羽の身体から離れたコータローは必死に口をゴシゴシと何度も拭う。しかし生々しい感触は消えなくて取り乱し始めた。そしてその頃赤羽は極普通に起き上がりベンチを元に戻して何事も無かったように座り直す。だがサングラスに付着してしまったコータローのツバに気がついたのか、冷静にそれを外して拭き取っている。口が触れてしまった事に関しては本人はノーリアクションだった。 元8番とコータローが気が狂いそうな中、とりあえず元8盤の思惑は外れて無残にも失敗に終わった。 そして今度はコータローだったが、あのブチュ〜〜〜事件以来、少し赤羽を避けている様子だった。何故だかは分からないが極力近寄らないよう…よっぽど堪えたのか注意を払っている。けれどなんだか気にはなっているみたいで、チラッと遠目で赤羽の事を見ている。けど目ざとい元8番はそれを見逃さず、むしろ前回の計画は成功だと思い直してコータローが近づけないのならここぞとばかりに赤羽に対して猛烈アプローチを始める。いつも以上に周りをウロチョロして無駄に話し掛けたり身体に気安く触れてみたり(肩を叩く程度だが)、まるでコータローに見せ付けるかのようにベタベタし始めた。 「っっ!!」 そして少しコータローが、そんな異常な状態を目撃して目が一瞬揺れたのも元8番は見逃さなかった。もう鼻高々で堂々と勝利宣言をするかのように勝者の笑顔だった。しかし余りにもベタ付きすぎて、さらりと赤羽から「もう少し離れてくれないか、弾きづらい」とクレームがついてしまい、少々やりすぎたかと身体をほんの僅か離す羽目となるが。それでも二人の距離は異様に近かった。 「…………なんだあいつベタベタしやがって…」 ―なんか分かんねーけど見ててめちゃくちゃムカツクぜ……― 端から眺めていたコータローは、その異様なイチャつきぶりを目にして、自分の中で特異な感情が少しずつ芽生えつつあった。今は腹が立っている理由すら理解していなかったが、多分それはジェラシーという感情である。本人はきっと一生認めようとはしないが、立派に隠れ育っていた恋心か元8番のつまらない嫌がらせやベタつきぶりのせいで台頭しつつあった。妙なイライラ感を表に出して面白くなさそうに二人の姿からあからさまに目を離す。 そしてそんなコータローを尻目に浮かれまくる元8盤であった。 だが事態は急展開を迎え… なんとあの赤羽が父の転勤の都合で関西に転校すると顧問の口から発表された。 盤戸の柱と言える赤羽がチームを抜けると言う衝撃的ニュースは皆魂が抜けてしまうほどショックだった様子で、勿論元8番も絶望の淵に立たされた心境でガックリ肩を落としていた。折角ここまでの地位を築いて、後もう少しだと思っていた矢先の事。 コータローも少し思う事があるのか神妙な面持ちで黙ったままである。 けれどそんな元8番がしょんぼり自宅に帰ると、とんでもない吉報が舞い降りた。 なんと赤羽が転校する先の帝黒学園のアメフト部スカウトマン(?)が自分に「こちらへ来ないか?」という引き抜きのお誘いが運良く飛び込んできたのだ。 そしてこれを運命だと悟った元8番は二つ返事で了承する。来年もまた赤羽と同じ部でアメフトが出来ると思うとこんな幸せな事はなかった。思ってもいない幸運だった、神は我を見離さなかったと奇跡さえ感じる。 だがこの時元8番は知らなかったのだ、引き抜きの対象とされていた人物は自分一人だけではなく、盤戸スパイダーズのデキるメンバー全てに声が掛かっていたのを。あのコータローの元にも帝黒学園の手の者が向かっていた事を。 元8番が更にもういっちょ衝撃的事実を知ったのは関西に乗り込んだ翌日であった。 なんと肝心の赤羽が盤戸に出戻り転校してしまったのだ!!! その理由は帝黒学園側からは詳しい理由は聞かされなかったが、それ以外にも元8番は盤戸から沢山の連中がこっちに移ってきている事を初めて知り、それは能力の高い連中ばかりな事は一見してすぐに分かった。盤戸の主力だったメンバーがほぼ全員こちらに引き抜かれている。ある人物を除いて。 ―赤羽を除く主力メンバーの内…コッコータローだけここにいね〜〜〜!!!― まさか…まさか……と嫌な予感がして冷静になって元8番は考えてみた。今ここに赤羽を餌に釣られていそいそやってきたメンバーの顔を見る、皆赤羽が来なくてガッカリしている様子だった。約束が違うと相当落ち込んでる者もいる。大所帯がごっそりこっちに移動してきた形だ、これはかなり誰から見ても大顰蹙そのものだった。 きっと赤羽はそんな事情を知り嫌気が差し、ここには来ず盤戸へ帰っていってしまったのだ。 唯一残ったコータローのいる盤戸へ…キックチームしか残っていない弱小化した盤戸へ… 「待て!俺らスゲー悪い事した奴等みたいになってんじゃねーのかよ〜!」 叫ぶ元8番に他の連中。 皆ただ純粋に赤羽ともう一年アメフトがしたかっただけなのだ。確かに簡単にあっさり役得だと引き抜きに応じる程で、盤戸にそこまで愛着を持っていた訳ではなかったが。 デキるメンバーだけどうのこうの言っていたが、まさかこんな全員が全員に声が掛かっているとは誰しも思わなかったのだ。そしてここにいる連中全員、自業自得とはいえ盤戸に残った奴等から相当恨みを買っているだろうと冷や汗をかく。特に一人残ったコータローと、急遽転校を取り止めた赤羽に。 「まずい!まずいぞ!コータローはどうでもいいけどよ、待ってくれ赤羽〜〜〜!!!俺達も騙されたようなもんなんだーー!!うわ〜〜〜!!!」 甘い誘惑に乗ってしまった男達のなんと哀れな事か。 そして後日、せめて赤羽の誤解だけでも取ろうと元8番は命からがら盤戸に乗り込んでくる。勿論元チームメイト達の冷たい視線を一斉に浴びて。 「おらあぁあぁあ!!どの面下げてここまで来やがった!!帰れ!!テメーの面なんざ見たくねーんだよ!」 顔を見るや否や早速切れてるコータロー。だが怒るのは最もなので悔しいが何も言い返せない。しかし噂によると赤羽を引き止めたのがなんとあのコータローだったという噂が関西では流れていた。それが嘘か本当か、元8番的には嘘であってほしいが、もし本当だったりしたらまたコータローは自分の夢の邪魔をしたのだ!赤羽が関西に来なくて泣きを見た奴がいったい何人いたか… そんな事を考えていると元8番もどんどん腹が立ってきて、ここへきて全面戦争だと二人は火花を散らし始める。 …が、その時コータローの後ろから渦中の人・赤羽は現れる。 「あっ赤羽!!違うんだ!俺達の話も聞いてくれ〜っ、俺達も騙されたようなもんっ」 「……もうここには来ないでくれ、君たちとは音楽性が合わない。クリスマスボウルで会おう…」 ガ―――ン……… 何となく予想がついていたといえばついていたが、こうもはっきり引導を引き渡されて元8番は軽く鬱状態だ。話を聞くまでもなく全否定されて、今まで自分達が培ってきた友情はどうなったのだと(元々あったかどうか…)元8番は思わず赤羽に物凄い形相で言い寄る。もうコータローが目障りで目障りで、自分が喉から手が出るほど欲しかったその位置をあっさりと手に入れられてしまった事が悔しくて、何故だ!?と赤羽自身にその理由を問い詰めたくなる。一体自分の何がいけなかったのか… 「なんでだ!なんでコータローなんだよ!!俺じゃなくてコータローを選んだ理由は一体なんだってんだよォオ!!」 すっかり巨深に負けた後の葉柱ルイ状態だが、元8番は涙を浮かべながら真剣に赤羽に詰め寄る。熱い視線で訴え、今ここで自分を納得させられる理由を述べてみろよと。 そして赤羽は少し上を見上げて「フー」とどこか悲しそうな表情を浮かべ、相手がそこまで望むならと密かな胸の内を打ち明けてやろうと未練など一切残させない程に決定的な一言をキッパリ告げてやる。 「顔」 「顔かよオォオォオ!!!俺がコータローに顔で勝てるかあああ!!!」 ―意外と面食い―――っっ!!― そして周囲もそうツッコまずにはいられなかった。 けれども悲しいがこれほど優劣がはっきりしているものはなかった。赤羽のたった一言に打ちのめされた元8番は赤羽から手を離し、そのまま一目散に嫌味だけを零して走り去っていく。 「うっうわああああ!!!!お前ら覚えてろーー!!絶対ぶっ倒してやるからな〜、つーか初戦で敗退するだろうよ〜〜〜!!!うわーーーーっ」 「……そういえばお前に関して、前から少し気になっていた事がある…」 「えっ!?」 しかしそのまま走り去るはずの元8番は赤羽からの唐突な発言に後ろ髪を引かれるように引き留められ、少し期待を胸に足を止めてドキドキと振り返る。ふられたとはいえ、実は昔お前の事が好きだった展開がくるんじゃないかって最後の花火を思い描きながら。 だが赤羽から吐かれた言葉は… 「お前少し…守備向きの人に似ているな」(※4巻参照) しゅ、守備向きの人っ!? ・・・ ・・・・ ・・・・・ 「うっうわ〜〜〜〜!!!最後の最後まで人をバカにしやがってよ〜〜!大体俺は元々ここでは攻撃チームなんだよ〜〜!!!バカヤローーー!!!」 トドメの一言が炸裂し、精神的にズタズタにされた元8番はこれを機に二度と盤戸高校に現れる事はなかった。 「はん!!スマートだぜっ!!二度とくんな顔見せんな!クリスマスボウルでぶっ潰してやる!!」 コータローも赤羽にとはいえ褒められた事から決して気分は悪くなく、真の勝者として盤戸に君臨した。全く勝負相手にもならなかった元8番、大体最初から脈もなかったのだ。コータローがベンチに突っ込んだあの日、バランスを崩して倒れ込んでくるコータローをあの赤羽が跳ね返せない訳がない。避けられない訳がないのだ。 赤羽の求め欲していたモノを悟りきれなかった元8番に、その赤羽を手に入れてやろうなどと恐れ多い大それた野望は抱くだけ我が身を滅ぼすのみであり、残念な事に現時点で名も無い君に勝利の栄光など端から用意されていなかったのだ… END. |