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*噂の検証* 盤戸スパイダーズのエース、赤羽隼人。 彼は至ってまともな人間であったが、少々他の者と持つべき感性や言動・容姿など大きくかけ離れている事が多々あった。まあ周囲の人間には彼は『特別な人間』というより『ただの変わり者』と認識されており、特に日々の生活に不自由することはなかったが、そんな赤羽隼人には周囲が噂する伝説が幾つかあった。そしてそれを検証してみようじゃないかという動きが盤戸アメフト部内に広がりを見せている。 赤羽の特徴をまず挙げると、何と言っても最初に目に付くのは… 赤い瞳とその髪。 特に切れ長の綺麗な形をした赤羽の赤い瞳には強力な魔力でも潜んでいるのではないかと噂される程、傍目から見れば美しく…または奇怪に見られているらしい。一度その瞳に見つめられたら並大抵の人間は硬直し、さすがに恋にまでは落ちはしないが、その全てを見透かされるような視線に5秒と平常心がもたないと怖れられている。 赤羽がいつもサングラスを着用しているのは勿論光に弱い瞳を守る為だが、実はそれら魔力を発動しない為に自ら封じているのではないかと世間では勝手に噂だけが先行している状態だ。 人は赤羽の赤い瞳によって発動するとされるそれを『テンプテーション』と呼んでいる。 「ねえねえ、本当にそんなの存在すると思う?」 盤戸のマネージャー沢井は数人の部員達と輪を囲み、例の噂を口にする。そして他の部員達も半信半疑の様子で意見を交わしていたが、いざ検証するとなると最低でも一人の生贄が必要であった。もし何も発動しなければ問題はないが、万が一発動する可能性もある。むしろあの赤い瞳は誰もが『特別視』しているのは間違いなくて、滅多にお目にかかれないものだからサングラス越しでも妙にドキドキしてしまうのも事実であり、要するに誰も裸眼の赤羽とたった5秒でも向き合う勇気がないのだ。しかも伝説にはある程度近い距離で視線を交わす…という一文もあるらしい。 皆、正直ビビっている。 一人元気なのは沢井だけであったが、何となく女の子に行かせる訳にはいかないと他の部員も決して沢井にある意味危険な検証を強要させることはない。とても優しい部員達だが、赤羽と自分達との住む世界が違っていることぐらいはさすがにその身には感じていて、同年代の部員からも慕われ後輩先輩からまでも慕われ続ける赤羽はやはり盤戸アメフト部にとって特別な存在なのだ。 下手すれば皆赤羽を神さまだと思っている。 引き抜き問題で激動の真っ只中にあった盤戸スパイダーズに、親と離れて東京に一人で暮らしてまで出戻りを決行した赤羽に誰もが感謝している。そして赤羽の為にも自分達は強くならなければ彼は今年公式戦に出場することが叶わない、昨年の都大会準優勝校にして東京MVPの称号を勝ち取った実力ある選手なのにその力をここで埋もれさせる訳にはいかないのだ。 なんだか途中から今回の検証の件から遠ざかった内容となってしまっているが、要するに盤戸の部員達はそんな赤羽を例え噂の検証とは言え軽々しい気持ちとは言え、試すような真似が出来やしないのだ。まあ試す度胸がないのも人が良過ぎる点であり弱点でもあるのだけど。 「やっぱり無理だよ、あの赤羽さんを試すような真似をするなんて」 「そうだよなあ…何だか変に疑ってるみたいで申し訳ないよ…」 「それに噂は噂で別にいいじゃないか!赤羽は自分の意志でここに残ってくれたんだから!」 「そうだそうだ!」 「……ってアンタ達論点ずれてるわよ?つまり誰も怖がって検証出来ないってことでしょ?情けないな〜、でも私もちょっと怖い、やっぱり無理よねー」 部員もマネージャーも結局は諦めモードで、まず赤羽に関して謎を解き明かそうとしたこと自体が間違いなんだと彼らは思い始めていた。人間、何でもそっとしておいた方がいいいこともある…今回がそれに当てはまるかどうかは今となっては定かではないが。 が、しかし… 「おい、さっきからなに大勢で固まってコソコソやってんだよ」 この盤戸スパイダーズにはただ唯一、赤羽に面と向かって行ける勇気ある(怖いモノ知らずなだけな)若者がただ一人だけ存在した。 「コ、コータロー!あっいやっ特に何でもないけど〜」 沢井はここでのコータローの登場に少々慌てながら、さっきまで皆で話していた話題をコータローに知られてしまうのはまずいと誤魔化しに入る。何故言えないのかは、赤羽とコータローが決して仲の良いと言える間柄ではないから。特にコータローの赤羽に対するいい意味でない執着心は凄まじく、何かある度に、むしろ何もなくても勝手に突っ掛かって小競り合いを始めてしまうのだ。 だから赤羽に関する噂なんて耳に入れてしまったら、必ずまた一騒動起きる。何でも思い立てば考えるより先に行動に移してしまうコータローの勢い有り余る行動力に沢井は警戒を示す。けれどこういう男にこそ野性の勘は鋭く働くものだ。 「なんだよ、やたら怪しいぜ!さては何か隠してやがんな!?俺にだけ隠し事なんてスマートじゃねぇな」 「かかか隠し事なんてコータローの勘違いだよ…あはは」 「先輩も何か怪しいっすね、はっ!さてはあのヤローのことなんじゃ!!」 そしてコータローは見事遠くのベンチでギターを弾きながら座っている赤羽の方へ指をさす。それはただ単に勘が働いたというより普通に赤羽を敵視しているからたまたま当たっただけの事。しかし偶然は偶然でも当たってしまったことは事実で、その場にいる全員「はあ〜」と溜め息をつく。 「やっぱりそうかよ、よっし俺がビシッ!と一言言ってきてやるぜ!!おい、赤っっ」 「あああああ〜〜〜〜〜!!!!待て!待て〜!!コータロー!!」 事情も知らずさっさと攻撃に移ろうとしていたコータローをその場にいた部員全員で何とか足止めすることに成功する。そしてもうこれ以上隠しても仕方がないと諦めて、沢井が代表して例の噂をコータローに告げる。 「あー、もう!分かった分かったから、いきなりケンカしに行かない!え〜〜…だから、落ち着いて聞いてよ?今校内で赤羽に関する伝説っていうか噂が色々あって、それを確かめてみないかって皆で話してたのよ、でも結局放置することに決定したからもういいの!」 「はあ?赤羽に関する噂〜?何だよそれ、言ってみろよ、俺が最強スマートに確かめてきてやるぜ!」 「言うと思った…、でももういいんだってば、検証だってし辛いものだし」 「何だよ、だから俺がしてきてやるって言ってんだろ、どんな噂なんだよ?」 「…………しょ、しょうがないなー、えーっとだから…赤羽とある程度近い距離から直接目を合わせちゃうと『テンプテーション』に掛かるって噂なのよ、なんでも5秒くらいで発動しちゃうとか……って、あれ?コータロー!?」 沢井は目を疑う、自分が説明している間に既にコータローが姿を消していた。 「…もうとっくに走って行っちゃったよ…コータローなら」 部員の誰かからそれを知らされた沢井は青い顔をしながら愕然とするが、また誰かがポツリと呟く。 「もうこうなったら検証、コータローにやってもらったらいいじゃん、あいつなら赤羽に遠慮なんかする筈もないしさ…案外適役かも」 「……それも、そうね。じゃっじゃあ急いで後追いかけなくちゃ!ストップウォッチストップウォッチ!!」 沢井も気持ちを切り替えて、ここはコータローの熱さと勢いに賭けてみるかと、タイムを計る為ストップウォッチを手にして他の部員達と共に赤羽とコータローの元へ駆けて行く。 するともう既にコータローは赤羽の前に立ちはだかっており、何やら宣戦布告のようなものを必死に訴えかけている。だがまだ赤羽はサングラスを外していないことから、検証はまだ始まっていないと分かる。とりあえずコータローの前フリが長過ぎる。 「少し離れた位置から二人を見守りましょう、こっちもいつでも準備OK、さあ早く始めてよコータロー!」 沢井と部員達は二人から一定の距離を保って今か今かと検証を待つ。 「けどコータローも相変わらずだけど赤羽も全然コータローの話聞いてないよな…最終的にはギターで全部流しちゃうし」 その部員の言うことは正しくて、赤羽は基本的に自分自身に対して何か言葉を投げ掛けられても全く気にする様子はない。しかしギターを攻められると彼は途端子供のようにコータローと争う…と言うか必死で追い返してギターを守ろうとする。コータローも今回はギターを攻撃する気はないようだ、あくまでも噂の真意だけが気になっている様子だ。 「おい、聞いたぜ、テメーの噂って奴をよ!」 「………」 ギャーン! 「聞け〜〜〜〜!!!!!チッ…まあいい、おい!グラサン外してコッチ見ろよ」 「……??」 コータローが何かを叫んでいたが、とりあえず理解は不能らしく赤羽は無言でひたすらギターを鳴らしている。けれど具体的な注文が飛び出して、意味不明ながらも赤羽は「フー」と息を吐きながらゆっくりとサングラスを外す。そして言う通りにベンチに座っている自分を見下ろしているコータローの方へと赤羽はその赤い瞳を向けた。 その時検証待ち組の方達も…動き出す。 「あっ!赤羽がサングラス外した!あっもう目を合わすぞ!!沢井、準備はいいか!?」 「オッケ〜〜ッ!!いつでもどうぞ!!」 赤羽が見上げた瞬間、咄嗟にコータローは異常と言えるほどの至近距離まで顔を近づけて、まさに勢いだけで検証を開始した。 そして同時に沢井もストップウォッチをカチッと押した。 ―赤羽の奴見ていやがれ、5秒くらい速攻スマートに乗り切ってやるぜ!― 端から見ると明らかに不自然な距離で視線を合わせあっている二人、けれどコータローも沢井達もこの検証に関しては真剣だ。 赤羽も静かにコータローの目だけを見つめ続ける。 『0』 ―っ!…目ー赤っ!!ってもう知ってるけどよ!!― 『1』 ―なっなんかこう、やっぱ不思議な目してやがんな…― 「あっ…微妙にコータローの顔が歪み出してる!」 『2』 ―って何考えてんだ俺は!!こいつは超ムカツクヤローだぜっ!!― 『3』 ―うっ!なんか息苦しいっっ!!くそっ胸がっっ!!― 「顔も赤らめ始めてるな…ちょっときつそうだぞ」 『4』 ―ハアッハアッ!!何か強烈な拒絶反応が出ていやがるぜ!ヴヴ…ッ― 「脂汗出てる脂汗!コータローから睨んでた目の力が失われたぞ!」 『5』 「ぐああああああっっっっ!!!!!」 「はい、ジャスト5秒」 断末魔の叫びと共にコータローは見事噂の5秒で目をもう合わせていられずに頭を抱えて自滅した。 赤羽は地に沈んだコータローを一目だけ見て、それからは何事もなかったように手に持っていたサングラスを再びかけて無情にもその場でギターを鳴らす。 今の状態のコータローが何を示すのか理解の範疇ではなかったが、やはり何らかの力が働いたのかあのコータローでも魔の『テンプテーション』にやられてしまった。沢井や部員達も余りの見事なかかりっぷりに赤羽の瞳の恐ろしさを知る。別段、赤羽は見つめ合っている時に特別なことを何かした訳ではない。生まれ持ったものだけでコータローを撃退した。むしろバカで純粋さを持ち合わせている者ほど、テンプテーションは効きやすいのかもしれない。 「……コータロー死んだな、あんな至近距離で見るからだぜ多分…」 「よっぽど凄かったんだろうな、変化が見て取れたし」 「ばか…コータローくん…、自ら証明しちゃってどうすんのよ」 その後、コータローは5分後に目が覚めて、しかし顔は相変わらず真っ赤のままで捨て台詞だけを吐いてその場から走り去っていったという。 直接睨み合った赤羽の瞳についての感想は…とにかく引き摺り込まれる…とだけコータローは零したそうな。 そこには理屈では説明しきれない神秘的な力が存在する。 END. |