*エイプリルフール*


今日は4月1日、エイプリルフール。
年に一度、世間では嘘が蔓延する日。そしてそれをネタに日常会話に花を咲かせる日でもある。誰もが安易に嘘をつくこの日にいかに真実味のある嘘をついて相手を上手く騙せるか無駄に競い合ったりもするのだ。中にはそんな事に睡眠を削ってまで明日つく嘘を考えている暇な者もいる、そう例えば…

「おはよう〜、ちょっと時間過ぎてるよ?」

「おお…、いやーあんま昨日寝てなくてな…」

朝の8時、いつもの待ち合わせ場所で毎日ほぼ一緒に登下校をしている幼馴染みのコータローを待つ沢井の姿があった。少し時間を過ぎたところでようやく姿を現したコータローは大あくびをしていて、本人が言うようにいかにも寝不足そのものの顔をしている。4月1日はまだ春休み真っ最中だったが、彼らはアメフト部に所属しており、今日は学校へ練習に向かうのだ。マネージャーの沢井は、コータローとは長い付き合いで世話役のような使命を誰に頼まれた訳でもないがしっかりとこなしている。朝も待ち合わせでもしなければ、すぐにコータローは気が抜けて平気で遅刻してしまう。とても手が掛かるのだ。

「なに寝不足?珍しいじゃない、ゲームでもしてたの?」
「そんなんじゃねーよ、ちょっと考え事だ…ついつい夜更ししちまってよ…あーねむ…」
「考え事?コータローが?今日雹でも降るんじゃない?」
「うるせーなー、俺だってたまにはスマートに考え事くらい、っと…そうそう…今日飯でも奢ってやろうか?」
「…………夜更しして何考えてたのか分かった…そんな事考えてる暇があるんならさっさと寝たら?」

「だーー!!もうっ、何で早速バレてんだよ!!!」

「あんたがご飯なんて奢ってくれる訳ないじゃない、ていうかたまには奢ってくれてもいいんじゃない本当に?」
「ちぇっ、つまんねー奴だなー、引っ掛かれよな、エイプリルフールなんだしよ」
「エイプリルフールだから引っ掛かんないのよ、もうバカよねー相変わらず」

そうコータローの夜更しの原因は皆をいかに上手く騙せるか、巧妙な嘘を考え込んでいた訳だ。変なとこに気合いを入れてしまっている。もっと別のところでその集中力を生かせないものか大変不思議だ。

「あっでもそういえば私、3組の○○君からデート誘われちゃった、行ってこよっかなー」
「なんだとっっ!!誰だよそいつっっ!!」

「嘘」

「っっ!!」

「ねえ…簡単に騙されすぎ、自分ではあんなに人を騙そうって躍起になってるくせに、おっかしー。あー面白かった」
「お前なあ〜……、チッ!でも確かに今のは騙された俺が迂闊だったぜ、大体俺の許可もなしにそんなの行ける訳ねーしなー」
「…なんであんたの許可がいんのよ、今のは嘘だけど別に誘われて行く行かないは私の勝手でしょ?」
「えっいやっそりゃー…まあ一応幼馴染みだし」
「いらないわよ許可なんて」

そして言い負かされて押し黙ってしまった苦い表情のコータローを見て沢井はプッと吹き出して声を抑えきれず笑い出す。騙すつもりが騙されて、更に痛い所を突かれてコータローの完全なる敗北だった。この目の下のクマは一体何のために作ったのか、早速負け犬の空気に取り囲まれる。
だが勿論沢井につく嘘だけを必死になってほぼ徹夜してまで考え込んでいた訳じゃない、真のターゲットは別にいる。むしろ今ついた嘘は即興で考えたようなものだ、それでは見抜かれて当然だろう。

「…まあ本番は学校に着いてからだぜ…、見てろよあの野郎…」

「え……ちょっとまさかコータロー、赤羽に挑む気?そんなの通用するはずないじゃない。大体あの人エイプリルフールとか知ってんの?」

やけに真剣みの帯びたコータローを見て沢井は瞬時に企んでいる事を予測する。そして否定の言葉も返ってこなく、コータローの本当の狙いは赤羽だと知る。だが二手も三手も先を読む事が得意な赤羽に、知性の上で完全に負けているコータローが打ち勝つなんて到底思えない。

「知ってようが知らねぇだろうがそんなのは関係ねぇ、これは騙せるか騙せないか、たったそれだけの男の真剣勝負だ」

「はいはい、別に止めないわよ、精々当たって砕けたらいいんじゃない?」

そんな冷めた言葉で沢井は止めもせず応援する気も起こらず、一人勝手に熱く燃え始めたコータローを冷めた目で見つめる。赤羽の事となると見境もなく、すぐこうなってしまうのだ。一昔前に比べたら随分可愛らしい仲になったのではないかと思わなくもなかったが、あくまでも赤羽に挑み続ける(対抗する)コータローの姿勢は変わらなかった。仲間同士で軽くじゃれ合う程度ならいいのだが、この二人の場合かなり度を越えてしまうのだ。全ては勝手に騒ぎ立てるコータローに原因はあるのだが。

「あー間抜けな奴の顔が早く見たくてしょうがねぇぜ!」

「………」

そして確実に間抜けな顔をさせられるコータローを沢井は思い浮かべて、溜め息一つ零した。

こうして無謀な作戦を実行しようとしているコータローと呆れ顔の沢井は無事学校まで辿り着く。最初待ち合わせ場所にコータローが遅れてきた分、学校に到着するのも遅れて、グラウンドでは既に部の練習準備が行われていた。そしてベンチに防具を身に着けた格好でギターを高らかに響かせている赤羽の姿もあった。

「あっ!もう来てやがんじゃねぇかっっ!!」
「うん、だってコータローちょっと遅れてきたじゃない、さあ早く私たちも準備…ってコータロー!!」

赤羽の姿を見つけるや否や沢井の言葉を最後まで聞こうともせず、ただ猪のようにコータローは一直線に全速力で赤羽の元へ向かって行く。もう何度も同じパターンを沢井は目の当たりにしてきたが、今度も懲りずに突っ走るコータローを見て呆れながらも放ってはおけず後を追う。

そして何やら「フー」と神妙な面持ちで溜め息を吐いている赤羽の元へコータローはセットされた髪を揺らしながら息を切らしてやってくる。続いて沢井もやってくる。何事だと、少し驚いた目で赤羽は二人を交互に見やったが、きっと用があるのはコータローの方だとそちら側を重点的に視線を送る。するとすぐに顔を上げた。

「はあっはあっ…赤羽、今日からお前の事……」

早速始まったらしいコータローの作戦、沢井も一晩かけて考え抜いた赤羽に対する『嘘』が一体どんなものなのか少し興味もあった。とりあえず黙ってコータローを見守り続ける、そして周りにはいつの間にか他アメフト部員も何だ何だと野次馬気分で集まってきていた。これは外した時恥ずかしい!と何故か沢井がコータローの代わりに冷や冷やしている。
赤羽は相変わらずの無表情のままでジッとコータローを見ながら相手が言わんとしている事を聞き届けようと特に口出しせず大人しくベンチに座ったまま耳を傾けている。


果たして夜更ししてまで考えたエイプリルフールに放つ対赤羽用の渾身の『嘘』とは?

そしてそれはいよいよコータローの口から放たれた…



「…今日からお前の事、俺の『マブダチ』にしてやってもいい…」



『っっ!?』



その運命の瞬間、当人二人を除く他のメンバー全員が瞬時に凍りついた。皆しかめっ面で、事情を知る沢井ですら呆然とポッカリ口を開けたまま閉じられない状況だ。まさか…まさか…それがコータローが考えに考え抜いた赤羽に対する嘘だったと言うのか…、むしろそれを嘘だと言ってほしかった。こんな見え透いたバレバレの嘘が考え抜いた結果だなんて到底ありえない、本気で通用すると思っているのか沢井は不思議で不思議で仕方がなかった。
当然他部員達にもコータローの思惑に自然と感づいており、皆…エイプリルフールに騙そうと意気込んでいてもそれが用意した『嘘』じゃあ…と、むしろ挑戦したコータローを褒めてやりたい気持ちでいた。あの頭の良い赤羽がそんなチンケな嘘などに引っ掛かるはずもなく、その場に流れる空気だけがやけに重かった。


だが事態は意外な方向へ進み始める。


「………コータロー、残念だがそれはもう叶わない」


後は赤羽がつまらない嘘をついたコータローを一蹴すればこんな茶番は終わりだと誰もが思っていた、しかし意外にもコータローの嘘を受け入れたような、そして受け入れた上でまた違った話に突入してしまったような、不思議な事態に陥っていた。この展開にはさすがに誰しもが度肝に抜かれ、どう自分達も反応を示して良いか沢井も他部員達も戸惑う。
だが今一番コータロー自身が複雑そうな表情で赤羽を見ていた。それは嘘が通用したのかしていないのかが気になった、と言うよりも妙に真剣でほんの少し哀愁を漂わせている赤羽の表情、更に意味深な一言が妙に気になったからだ。
一体これから何を話し出そうというのか、コータローは少し嫌な予感がよぎる。

「な、なんだよ急に…、叶わないってどういう意味……」

そして先程までのバカ騒ぎな雰囲気は一瞬で消え去り、何だか深刻ムードで二人以外もざわざわと空気の澱みにより一層戸惑いを強くする。確かにあの赤羽の言葉は誰もが気になった、そしてこの不安を漂わせる赤羽の表情。思わずゴクリと全員固唾を飲んで見守っている。

「……お前に言っておかなければならない事がある………実は」

いつもの平坦な口調…のはずがどこかトーンは暗めで、コータローは何度も瞬きをしながらベンチに座ったままの赤羽を見下ろし言葉の続きを待つ。だが告げられた言葉は尋常でなく強烈な衝撃が辺りを揺さぶる。


「…非常に言い辛いが…………関西へ行かなければならない事になった」


「っ!?」

『っっっっっっ!!!!!!』

そんな目の前が真っ暗になるような、絶望的な言葉が辺りに響いた。
コータローも沢井も他部員達もあまりの衝撃に一瞬言葉を無くし、中には顔を真っ青に染めて膝から崩れ落ちそうになっている者もいる…いや、もうほとんどの者がそんな状態に陥っていた。他部員も沢井も顔面蒼白で手に持っていた荷物をそれぞれがどさりと地面に落としてしまっている。

「…赤羽さんが…そんな…」
「関西って……赤羽が…」

皆が愕然と不安を…絶望を口にしそれぞれが取り乱し始める。沢井もそんな雑音にのまれて心臓を鷲掴みにされるような精神的ショックが徐々に身体を蝕んでいく。けれどそんな中一人だけは地面にしっかりと両足をつけ赤羽と一番近い位置で尚も鋭い視線を放ち続けている者もいる。
最初につまらない嘘を持ちかけたコータローだった。

「……なんだとテメー、そりゃあどういう事だよ、また帝黒の奴等になんか言われたのか!!」

そして落ち込むどころか完全に頭にきているらしく、他の者とは違って勇敢に真相の究明に当たっている。一年前も似たような境遇を経験しておりコータローには落ち込んでいる暇などなかった、もはや落ち込む事も許されなかった。

「いや……帝黒学園とは無関係だ、こちら側の個人的な理由でだ…どうしても東京に一人で残れない事態が起きてしまった、もう抗えない」

「ふざけんな!!!赤羽テメーッ、俺との約束破る気かよ!!そんなスマートじゃねぇ奴だったかよ!!今度こそキックチームでクリスマスボウルに行くって誓っただろうがよ!忘れたとは言わせねーぜっっ、それを今頃…っ!誰だ!誰がお前をあっちに呼び寄せたんだよ!もう抗えないってお前が抗えなくても俺がそんな事絶対に許さねぇ!!!俺が最後まで抗ってやる!!!」

「………コータロー、だがしかし……、いや…やはりお前に迷惑を掛ける訳にはいかない、約束を守れなくて申し訳ないと思っている……」

「悪いと思ってんなら最後まで責任もって果たしやがれ!!何が迷惑だよっっ、そんな人の夢踏み躙るような汚ねぇ真似するような奴は追い返しちまえばいいんだよ!!お前がそれをやれねぇってんなら俺がやってやる!絶対ここを出て行く事は許さねぇからなっ!?」

緊迫した時間が流れ、もう周りの者はほぼ涙を浮かべながら二人のやり取りを神に縋る思いで見つめている。ここでコータローが引き止めに失敗した場合、赤羽は今度こそ確実に盤戸を離れ関西へ旅立ってしまう。あの憎い帝黒関連ではないにしろ、赤羽を欠く事は今年の盤戸にとって壊滅的事態でもあった。また部員達の精神的支柱でもあり、赤羽なしではコータローの言うとおりクリスマスボウルなど到底目指せるものでなくなってしまう。皆の夢が消えてなくなる。
だがコータローはまだ本気で諦めていないらしく、皆が意気消沈し始める中で一人逞しく激情に駆られながらも運命に立ち憚っていた。人一倍仲間を思いやり夢を抱いていて盤戸を大切にしてきたコータロ ーだ、赤羽との不思議な縁での絆も今や切っても切れないものになっており何一つ引き止める事に関して躊躇などなかった。
一年前も自らの運命に逆らった赤羽だ、そんな赤羽が今回だけは切り抜ける事が不可能なんて信じられやしなかった。

「もしお前が関西に行ったとしても絶対連れ戻しに行ってやる!!邪魔する奴がいたら俺が全員蹴落としてやる!!どこにも行かせねぇぞっ!?命懸けてでもお前を逃がしやしねぇ!!俺の前から消えやがったら承知しねぇぞ!!いいか?分かったな!!お前はここで俺らと一緒にアメフトするんだ、っでクリスマスボウルまで行くんだよ!!!」

そして全てを言い終えた後、あまりの力の入れようにコータローを少し息を切らし、けれど目線は常に赤羽から離さなかった。離した瞬間ひょっとしたら姿を消しているかもしれなかったから。突き刺すような視線を斜め上から浴びせて、真っ直ぐこちらを見返している赤羽の少し揺れた表情をコータローは見逃さない。絶対に想いは届いたはずだ…と自信もある、必ず再び大逆転劇が起こると信じている。赤羽にはそれを起こせるほどの知略や能力が備わっていると。

コータローの言葉からしばらく誰も何も口に出来ない静かで無機質な時間が流れた。コータローに任せる以外に他の手段を取れなかった他部員達は己の無力さに打ちひしがれるけれど、赤羽に残ってもらいたい想いは同じほど強い。今度もきっとコータローが、普段は赤羽と仲が良いとは言えない関係だけれどもまた必ず手を引っ張ってくれる、赤羽をここに留まらせるほどの強い影響力を持っているただ一人の男なのだ。
彼に掛かれば、絶望は必ず希望に変わる。

そんな新生盤戸スパイダーズ最大の危機を迎えて、だがコータローの叫びを聞いた後は誰しも諦めの表情を浮かべなかった。みな引っ張られるように強い意志に溢れている。

そして長い長い沈黙の後、一度も視線を外す事のなかった二人だが、次の瞬間赤羽の方から目を伏せて何かしら動きを見せ始める。膠着状態は止まる。それからゆっくりと顔を上げて真剣に熱く燃え滾ったコータローともう一度視線を交わらせた。

そして赤羽は静かに口を開き、ぽつりとこう呟く。








「……………エイプリルフール」



・・・

・・・・

・・・・・

ッッッッッッ!!!!!!


エッエイプリルフール〜〜〜!?と皆が一同にガターと崩れ去ったのは赤羽の爆弾発言から3秒経過した後だった。こんなっこんなっ結末があっていいのか?と一同まだ混乱が続いている状態だが、当然熱く叫んでいたこの人が黙っていられるはずもない。

「な………、ふざけんなっっっっ〜〜〜〜!!!!ぶっ殺す赤羽テメーーッッ!!なっ何がエイプリルフールだ!!言っていい事と悪い事があんじゃねぇかっっ、それを平然とテメーは〜!死にやがれー!!死んで俺に詫びろ〜〜!!!」

プチッと頭の線が切れたコータローはガルルッと獣なままで怒鳴るだけ怒鳴り倒し、その後我慢できず拳を振り上げて襲い掛かろうとしたので部員達や沢井は慌てて理性を失ったコータローを羽交い絞めにして止める。

「待って!落ち着いてコータロー!!嘘で良かったじゃない!!もう本気で心臓止まるかと!!」

二、三人掛かりで暴走を食い止め、その様子を少し不思議そうな目で赤羽は眺めている。またそれが余計気に食わないのかコータローの怒りは募るばかりだ。だがコータローを止めている以外の他部員達はみな一斉に赤羽の元に近寄り「うわーーん!」と泣きべそをかきながらそれぞれが安堵していた様子だった。わらわらと親猫に集まる子猫みたいに大勢で赤羽を取り囲んで、一気に緊張感が抜けたのか皆締まりのない顔をしている。本当に嘘でよかったと全員が全員胸を撫で下ろしている。たった一人を除いて。

「畜生ー!離せーー!!絶対にあいつを許さねぇ!!クソー!クソー!!離せって言ってんだろう!?」

コータローは怒りがまだ収まらず、他の者と同じように安堵するなんて到底出来やしなかった。
だって彼は………

「だーーー!!!離せ!!!」

そして無理矢理拘束を解いて、もう赤羽に襲い掛かるのではなく真っ直ぐ部室の方へ駆けていった。だがその時のコータローの顔は決して般若のように憎悪を浮かべている訳ではなく、むしろ年相応の子供のように顔を真っ赤にして唇を噛み、ただ漠然と怒っていると言うよりかは照れながら怒っていると言った方が正しいだろう。
だって何故なら彼は………




コータローが去った後も赤羽の周りには人が絶えなかった。
だが全員ようやく落ち着いてきたのか口々に「良かった」と喜びを表し、赤羽がいなくなるかもしれない恐怖から解放される。沢井もホッと息をついてバンッとコータローの代わりに赤羽の背中を叩く。確かにこれは少々性質の悪い冗談だったかもしれない、また普段そんな事言わなさそうな人がやってしまったものだから皆今日がエイプリルフールだという事をすっかり忘れていた。まさに騙す予定が大いに騙されて振り回されてしまったコータロー、ちょっとさすがに可哀想だと沢井は思う。けれど事情が事情だっただけに彼は物凄い事を何度も口にしている。

「…はあ〜本当勘弁してよね赤羽、心臓止まるかと思ったじゃない!!まさかあんたが嘘つくなんて…想像もしなかった」

「今日はそういう日なんだろう?何故彼はあんなに怒ったんだ…」

「まあそりゃあね……だってコータロー、すっごい事言ってたもん…もう思わぬ告白聞いちゃったって感じで、随分本音で話しちゃったから多分今頃どこかで後悔しまくってると思うよ?本当は嘘で良かったって本人は思ってるわよ」

そうだ、沢井の言っている事は当たっている。
赤羽を引き止める為に数々の事を口にしたコータロー、それは極限状態の切羽詰った状況だったから言えた事で普段は口にもしないしむしろ思いもしない特別な想いだった。

「ねえ聞いた?もし関西に言っちゃっても俺が連れ戻すって、赤羽が抗えなくても俺が抗うって、ここ出て行くの絶対許さないって、もう〜何様よあいつ、ふふっ、あー可笑しい!どこにも行かさないし逃がさないんだって、おまけに勝手に俺の前から消えるなよ?すっごいよこれ、いくら感情が昂ぶったからってこんな事普通じゃ言えないわよっ」

「あー確かにそう言われてみればコータローさん凄い事言ってたなー、相当恥ずかしい思いしてそうっすね…」
「ああ、だったら普段から仲良くしてればいいのにな、可笑しいよなあアイツ、はははっ」

すっかりと和気あいあいとなった場は、この場から逃げるように消えていったコータローの話題で持ちきりだった。本人にしてみれば大層迷惑な話だったが。

「そんじょそこらの愛の告白とは違うわよ?モテる男は辛いわよねー赤羽、あんな事言われてみたいわよ私もいっそ」

「言ってくれるんじゃないのか?」

「言わないわよ私には、本気になんかならないもんコータローは。あんな我を忘れるほど熱くなってるの見るの二回目だし、全部赤羽の前だけ。でも正直ちょっと嬉しくない?いつもはあんなに悪態つかれてるもんね」

冷静に何かを分析する沢井は少し寂しそうにも見えたけれども、でも常に前向きな姿勢でいるのが彼女だ。きっと心から笑っているのであろう笑顔から尋ねられた言葉に赤羽も素直に返事をする。

「……そうだな」

たった一言だけの愛想のない返答に思えたが、沢井は一瞬目を疑った。今目の前のギターの弦を見つめている赤羽は確かにほんの一瞬だったが口元に笑みを浮かべていたのだ。柔らかく暖か味のある表情の優しい笑みに思わず沢井は視線を奪われた。普段から表情が一定のまま基本的にそれを崩さない赤羽だ、たまにコータローに対し子供のように小競り合って少しムッとした表情や怒りの感情を極稀に表す事はゼロではなかったが、こんな風に優しく誰かに微笑みかけるなんて沢井は見た事がなかった。
そういえば昨年の秋大会の泥門戦後に少し相手選手に向かって微妙な笑みを零すシーンは目の当たりにしたけれども。それでも今回の笑みとは種類が違う。何だか赤羽の特別な感情を垣間見たような不思議な気持ちになった。

「…どうかしたのか?」

すると思わず固まってしまった沢井は赤羽に話し掛けられて慌てて我を取り戻す。何だか突然心が晴れやかな気分になって沢井は一人思わず口を押さえつつも笑みを零す。今ここにコータローが居合わせていなかったのが非常に残念に思うほど。

「??」

そんな沢井を赤羽は不思議そうに見つめていたが、しばらくして視線はまたギターの弦に戻り、何も変わらぬ日常を過ごすように高らかにギター音を響かせる。
今回はほんの少し覗かせた赤羽のオチャメな嘘により一時は騒然としたが、これはこれで貴重なものを見れて聞けたのだから良かったのかもしれない。こんな機会でないとコータローは何も自分の中にある赤羽に対する本音の部分での感情を外に出そうとはしない。相当本人は恥ずかしがっているに違いないがきっとこれもこれから上手くやっていくために必要な過程だったのだ。

「さてそろそろ練習も始めないとね、じゃあコータロー呼んでくる、みんな練習の準備に戻ってねー」

そして頭の切り替えを行った沢井はその場を離れて、多分部室に一人閉じ篭ってるコータローを呼びに行く。恥ずかしいのは分かるがしっかりと練習には出てもらわなければ。それこそクリスマスボウルになんて行けやしない。

「コータロー、いるんでしょ?練習始めるよー?出てきなさいよー」

部室の外からそう声をかけて自主的に出てくるのを待つ。するとのそのそとバツの悪そうな顔をしたままのコータローが部室から顔を出す。一応防具は身に着けているからやる気はあるらしい。

「ほら行くよー、それと1コいい事教えてあげよっか…」

「あぁ?」

「…脈、あるよ」

「はぁ?なんのだよ…、さあっ、んな事より練習行くか!」

沢井の言っている意味が全く理解できないコータローは特に問い詰めもせず聞き流して、さっきの事はなるべく早く忘れようとこっちはこっちで頭の切り替えを行う。だがしばらくはやっぱり赤羽の顔は見たくないかもしれない、けれど同じ部員同士そういう訳にもいかないから忍耐力を付けるチャンスだとコータローなりに前向きに考えていた。


でも多分…もし本気で赤羽が関西へ旅立っていたとしたら、コータローは迷わずその後を追いかけただろう。顔も見たくないと悪態をつきつつ連れ戻しに行ったはずだ。もうそんな事態は起きないけれど、沢井は赤羽を連れ戻しに走るコータローの姿をふと思い浮かべて、なかなか様になってる、と女の子らしく笑みを浮かべ隣にいる今は情けない表情のコータローに無限の可能性を見た。



赤羽だけが彼の本気を引き出せるただ唯一の人。



END.



久々のコタ赤SSでした!って恋愛未満でしたが(笑)って今更。でも楽しかった!
エイプリルフール…何だかコタは気合いを入れて臨んだんじゃないかなと予想。
でも絶対騙す予定が騙されたりするんだろうなと想像したら今回こんな感じに。
赤羽みたいな嘘つかなくて冗談言わないタイプの人間があの手の嘘はかなり恐怖ですよね。
このSSのタイトルが『エイプリルフール』だから、まあ赤羽の言ってる事も嘘だと
普通は気付かれると思うんですが、何とかこれを読んでいる人も騙せないかと(笑)
変なとこで頑張ってみました。どうですかね(笑)少しは冷や冷やしましたか?
でも18巻の新たな設定が出てから、初めてサイトSSを書きましたが、
やっぱり前までに書いていたSSとは少し雰囲気は違ったんじゃないかなーと思います。
赤羽はあんまり変わらない(笑)やっぱりコータローとジュリだな。変わるのは。
でも赤羽相手にしかあんなに取り乱せないコータローの真剣さやら本音やら、
これは私が悩みに悩んだ末コタ赤の核の部分になってると断言できます。
漠然とこの相手にはこの人しかダメ、という決定的なものが欲しいので、
このSSでも少し見出してみました。ラストの本気を引き出せる唯一の人、が赤羽。
まあある意味ムサシもそうなんですが、これはまた別の意味での本気と言いますか(笑)
キックとかアメフトに対する姿勢とか、そういった事は同じキッカーのムサシかなと。
赤羽には赤羽にしかないコータローを確実に刺激する部分とか書けてたらいいなと。
ちょっと長めに語ってますが、ある意味リハビリ作でもあるので(笑)
少しでも楽しんで頂けたらいいなーと思いながら妄想を形にしてみました。
私の中のどうにかともがいているコタ赤愛が多分物凄く見え隠れしていると思われます(笑)
★水瀬央★


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