*失踪−2−*


コータローは思わず大きな音を立てて席から立ち上がった。当然授業中このクラスの注目の的である。隣のジュリも「ええ〜〜っ」と顔を引き攣らせており、それから声を掛けるもコータローは何も聞こえていない状態だった。

「コータロー…?コータロー?ど、どうしたの…?」

「なっなんだ佐々木、そんな怖い顔して…先生何か間違ったか…?」

「………俺…、早退します!」

そしてそれだけを言葉にしたコータローは鞄も持たずそのまま教室を飛び出し、ダダダッと猛ダッシュで廊下を駆けていった。誰も止められないようなスピードで。先生もジュリもポカーンと開いた口が塞がらない、しばらく経ってザワザワと教室中が騒ぎ始める。

「ええええ〜〜〜〜っ!コータロー!?」

「ねえジュリ、アンタの彼氏って変わってるよねー」

「はあ!?だから彼氏じゃないってば。ただの幼馴染だから!!もうあんな奴知らないっ」

女友達から呆れたような声を聞かされて、変な誤解をされているのはいつもからかわれていることだから特に気にしないとしても、あの直感で行動をしているようなコータローには正直ついていけなかった。管理不足と怒られるかもしれないが、あんなの止めようがない。ジュリは額を押さえて大きく溜め息を吐く、先生もあんぐり出て行かれたことにショックが大きいのか気を落とした様子だ。元々気が弱い先生で…

「あ、あ、あ、とっとりあえず授業を再開します!はいはい、みんな静かにー」

一応気は持ち直してくれたようだ。なんとか授業は再開されるが…コータローの向かった先は何となくあそこじゃないかとジュリは一つ思い当たる先があった。





そして全速力で赤羽の部屋に向かうコータロー。
あの夢は夢じゃない、そう答えが行き着いたとき居ても立ってもいられなかった。俄かに信じがたいかもしれないが確かにあれは赤羽が自分に告げた別れのメッセージ、それも自分の意思でない何か強制されているような不穏な気配。
あのキスの感触で思い出した。まだ感触が唇に残るような、強烈な赤羽の感情が吹き込まれたような気がする。あの平淡でいつでも冷静な赤羽がこれほどまでの思いとは…想像を絶した。

一体何が起こっているのか、それはあの言葉だけでは何も伝わってこない。だからコータローは急いで赤羽の部屋へ向かう、もしかしてもしかしたら手遅れになるかもしれない。そんな予感がした。寝ていたはずの自分なのに何故か言葉が思い出せる。赤羽の発した一言一句全てを。

「もう会えないだと?ふざんけんなよ赤羽の奴!!また…また裏切る気かっっ?絶対に許さねぇ!」

激怒しながら走るコータロー、けれどこんな大会中の大事な時にあの赤羽をここまで心折れさせるとはただ事でないとも感じていた。多少何があっても赤羽は自分を曲げないし、盤戸スパイダーズを優先して行動する。特にこんな全てを懸けた大会なら尚更。

―誰かの陰謀か!?とにかく早く部屋へ!!―

息が切れて苦しいのも忘れて、ひたすらコータローは走る。
猶予はない。
今すぐ辿り着かなければ。

そして汗だくのままようやくマンションに到着し、運良く降りてきたエレベーターに乗り込んで赤羽の部屋の階を押す。少しそこで息を整えながら、グッと唇を噛み締め気合を入れ直す。何だか分からないが、何かが待ち受けているような気がしたから。

赤羽の部屋の前に立ったコータローは恐る恐るノブを回す。けれど当然か鍵が掛かっていた。しかしコータローには秘密兵器の合鍵というものが常備されていてそれで部屋の鍵を開ける。カチリと音もした、ノブを回せば開くはずだ。しかし……

「あっあれっ…あれ!?クソッ、開かねぇ…何でだよ!鍵開いてんのによっ」

もう訳が分からないと必死になってドアを開けようとする、当然インターホンも鳴らしてみるが返事など返ってくる訳がない、ますます怪しかった。きっと何か起こったんだ!と簡単に想像させ、とりあえず何とかドアが開かないかコータローはその場で踏ん張ってみる。

「畜生ー!ムカつくぜっっ、開けてやる…絶対開けてやるっっ!!」

余り大きな音を立てると近所迷惑になるが、今はそんなこと構っていられないとドアを蹴破ろうと試みたり数回叩いてみたり、色んな方法でドアを開けようとする。けれど何だか金色のもやのようなものが見えて、うんともすんともドアは開く気配がない。何かに邪魔をされているのは分かった、さっきから不思議な感覚に包まれていたから。

「中にいんのかよっっ赤羽の奴!!!厄介なもんに巻き込まれやがってあのヤローー!!」

もう力の限りノブを回しながら押す、こんなもの打ち破ってやると精神も集中させて無理やりにでも抉じ開けてやる。元々力があるタイプではないがコータローは手を休める事なくドアだけに集中した、次第に心の声が口から次々と漏れて必死に赤羽の名を叫びつつ、この開かせない意思に負けるものかと最後まで気を張った。

「開けてやるっっ!!絶対開けてやる!!!赤羽っどこだーーー!!!」

こんな声すらも金色のもやの中でかき消されているようで、隣の住人にも聞こえていない。まるで抉じ開けるのは異世界、コータローが踏み入れられる次元ではないのかもしれない、けれども諦める訳にはいかなかった。何としてでも赤羽を連れ戻すと自分のプライドにかけて。もう会うこともないなどと言った赤羽の言葉を覆してやるために。

「開けーーーーーーーっっっっ!!!!」

そんな一点集中で思いを込めまくったコータローの腕は徐々に頑ななドアを開かせていく。ギギギッと嫌な音が鳴り手も痺れて限界に近いがここで一気に突破しようと全身を使いドアは苦しそうに唸った。

ギギギーーッッ………パァン!!

すると何かが弾け飛んだような音が鳴って、そうしたらドアは何事もないようにいとも簡単に開いていった。よく分からないがコータローが気合で抉じ開けたのだ。あの小人達が張った結界を無理やりに。

―よっしゃ開いたぜ!!―

早速乗り込むように中へ入るコータロー、手がびりびりと痺れて少々痛いがとにかく第一に赤羽の姿を見つけることが先決でリビングに突入する。だがその瞬間得体の知れないものにコータローは襲われる。何だかピョンピョンと幾つもの小さなものが自分の周りを飛び交っている。

「うおっっ何だコリャ!!!なんか小さいものがチクチクとっ!イテ!!イテテッ!!こ、このヤロー!!」

虫でもない何かに明らかに攻撃されてブチッとキれたコータローは必死になって捕まえようとするが向こうも随分俊敏で空振りに終わる。だがこれで終わるコータローじゃなく、小さい何かが自分の足元に移動した時待ってましたとばかりに器用に足を使ってまるでサッカーのリフティングのようにその小さなものをコントロールする。そして上に蹴り上げてパッと手でそれを掴んでやった。

「どうだこのヤロー!…って、ん?何だこれ!?小さい人間…ん?小人?宇宙人かあ〜?」

今自分の手の中にいる者をジッと観察して、その小さな身体に丸い頭、身体は掴んでいるためどんな格好が見えないが立派なヒゲを生やしていて小人でも爺さんの部類なのだろう。きっとこんな奴が一斉に先程自分を攻撃していたのだ。つまり敵であり、赤羽もこいつにやられた可能性が高いと推測できる。まあ天下無敵の赤羽がこんな小人に勝負を挑まれて負けるはずもないが。

「この無礼者っ!なんと足癖の悪い地球人だ!手荒に扱うでない!!」

「うおっ喋った!!つーかそっちからケンカ吹っ掛けてきて無礼者とは何だよ!大体何者だお前らは!何で赤羽の部屋に居るんだよ、ていうか赤羽はどこだ!!」

普通ならそんな小人の存在に驚くところだが、もう感覚が麻痺しているコータローはそんなことまるで何も気にせずに小人の存在を普通に頭で認めている。深いことは何も考えちゃいない。

「まさか地球人に結界を破られるとは…甘く見ていた、王子なら既にここにはおられぬ!大体貴様だけは昨夜に王子より直々に別れを告げられたはずだっ、今更何をしにきたんだ!!」

「王子だああ〜〜??何言ってんだお前は!大体昨夜のこと知ってる時点でお前らやっぱ赤羽に何か関ったんだな?さては誘拐したのか!!出しやがれこの小人!!」

「ぶっ無礼にも程がある!大体王子はもうお前の知っているこの惑星の住人ではない!我々の惑星パペポ星の正当な王位継承者である!軽々しく呼ぶでない!全く何故こんな者に王子は…っ」

「ブーーッッ!!何だそれはよ、冗談にしちゃ面白すぎるぜ…何だそのへんてこりんな星の名前は!つーかアイツが王子な訳ねーだろう!?ずっとここで暮らしてきたんだよっっ」

もう真っ向からケンカ腰だ。赤羽のようにまず話を聞いてやるなんて生易しい真似はしない。追い詰める一方だ。だが向こうも感情的にはなっている、しかし小人からの攻撃が止んだことからきっとこの手の中にいる奴はそこそこ偉い奴なんだなとコータローは悟る。ラッキーだ。

「貴様のような粗暴な者に一々説明する義務はない!日が暮れるわ!もう王子はこの地を離れられた、ここに二度と戻ってくることはない!自分の意思でご決断されたのだっ」

「バカ言えっ!どうせ嫌々出て行かされたんだろうがっっ、アイツがここを捨てる訳がねぇ、王子とかなんとか言ってるが何にもアイツのこと知らねぇくせにでかい口叩くな!!赤羽は俺と一緒にこの秋の大会も勝ち進んで今度こそ関東大会にも出て念願のクリスマスボウルまで行くんだよ!さっさと赤羽返せ!」

「何も知らぬのはお前だ!最初は王子も頑なに拒んでおられたが、冷静にお考えになられた上でここを離れることを決意されたのだ!異星人である王子がこの惑星の競技に出るなどフェアではないと納得されたのだ、この惑星の競技は当然この惑星の者のもの、そこに異星人である自分が参加することへの罪悪感を覚えられて、お前のような単細胞な輩のために裏切り行為を控えられたのだぞ!?その気持ちがお前に分かるのか!!」

閉じ込められた空間で精神的に追い詰められたのもあるが、最終的にその理論で赤羽は折れざるを得なかった。この惑星の者ではないという事実が、一緒にアメフトをするという権利を奪ってしまったのだ。冷静に考えてみれば、自分の正体を偽ってプレイをするのは赤羽の音楽性に反するだろう。そんな決断下したくもなかったが、自分の存在が自分の首を絞める格好となってしまったのだ。

だが赤羽が苦悩した事実をコータローは次の瞬間鼻で笑う。

「フン!何を言い出すかと思えばよっ」

「なんとっ!なんという横柄な態度だ!王子がどれだけそなたのような者の為に心を痛めたのか知りもせず、やはり昔から王子のことを見守ってきたがそなたは王子にとって百害あって一利なしだ!まるで気品の欠片もない、思いやりすらないとは!」

「つーかお前らの大好きな王子様とやらも相当バカだな、知ってたけどよ!まだ分かってねーとか思わなかったぜさすがの俺にもよっ、何がフェアでないとか罪悪感だとかバカかよ!そのなんとか星に帰ることが俺やチームに対する裏切り行為を控えるためになるだ〜?ふざけんなよ赤羽!!ごたごた御託並べやがって……」

そしてコータローはすーっと息を吸い込む。


「お前自身が消えることが裏切り行為だってまだ分かんねぇのか!!!」


それは他でもないコータローの本音だった。

「確かにお前は人間離れした強さだったけどよ、お前よりも凄い奴もいたし充分人間だったぜ!!今ここにお前がいないのが俺に対する裏切りだ!」

「そ…そんな理屈が通用する訳…っ」

「理屈なんかいるか!!大体赤羽が俺だけに別れの挨拶をしにくること自体不自然なんだよ、あの家族バカが!それにアイツが言ったのは別れの言葉じゃねぇ…あんなもんSOSだぜ!!帰りたいって確かに言ったんだよ赤羽は!!お前らがどうせ無理やり弱いとこ突いて言いくるめたんだろ!?結界とか言ってたな…?つまり閉じ込めてた訳だぜ!それで正論振りかざすんだから大したお笑いだぜっっ」

コータローの一見メチャクチャに聞こえるその一言一句は、けれどどこか心に響くものがあり、その熱意に従者は圧倒されていた。王子にはまるでなかった人としての熱さをこの者は持ち合わせているのだ、鬱陶しいくらいに。感情論だけれども的を得ているような発言は小人に対してもそうだがきっとどこかで聞いているであろう赤羽に対しても向けられている。
赤羽が決められないのならコータローが決めてやる。それは全く正反対の二人にしか出来ない信頼関係のなせる業だった。コータローの存在が赤羽を傷つけることになると従者は考えているが、実際はそうではない。互いにないものを補うのでなく、半無理やり押し付けあっているのだ。

「だが貴様が何を吼えようとも王子はもう帰らない!我々の惑星に戻り、今混迷を極める住民たちの希望である王位継承者を失わせるわけにはいかん!」

「じゃあこっちの世界のアイツの両親や妹からアイツを奪っていいのかっ、俺に助けを求めたのはきっと俺だったら無茶してでも何とかするってきっと思ってたからだぜ?わざわざご丁寧にキスまでしていきやがってよっ」

「やはりお前に対する最後の妙な行動で王子はご自分の意識や感情をお前の意識内に残していったという訳なのか…とんでもない人選をされたものだ…しかしそれでもお返しできっ」


「赤羽を返せ」


従者のつまらない話など聞き飽きたのか、コータローは少し握っている手の力を強めてギラリと睨みつける。もう話は終わりだと言わんばかりの凄みだった、今までの軽くてうるさい声でなく男らしいずっしりとした重みのある声で言った。


「俺らんところに返せ」


愛想が完全に尽きたのか、コータローはもう余計なお喋りは一切しなかった。

そしてその声は同時にこの激しいせめぎ合いをきっとどこかで見ているだろう赤羽にもやはり向けられている。例え赤羽が諦めてしまっても、コータローが諦めることはない。それを伝えるために、こんな真剣な顔をしているのだ。戻らないことを絶対に許さないコータローの強い意志だった。





「…コータロー…」

赤羽の赤い瞳に映る結界を力ずくで破り従者を捕らえて真っ向から対立し、その激しい言い合いの中でこの度の事情と赤羽の置かれた状況、そして何故ここを去ることになったのか、全てを知った上でそれらをあっさりと一蹴したコータロー。暴言のような台詞の中には心を突くようなコータローらしい考えの数々があり、それを黙って遠い世界より見つめていた赤羽は悲痛な表情だった。まだ完全にコータローという人物を把握できていなかった、余計な気を遣えば遣うほどそれは自分とコータローの対等な関係ではなくなる。

裏切り行為とは赤羽自身が消えていなくなることだとはっきりと告げられて、赤羽は思わず額を押さえた。素直にその言葉を嬉しいとも思うし、だけど自分一人では行き着けやしない答えだった。体裁などまるで繕わないコータローの飾り気ない正直な行動と態度は到底赤羽には真似できやしない、だからこそ思うのだ。あそこに帰りたいと。

「コータロー…」

確かにコータローに別れを告げたのは一種の賭けでもあったが、赤羽は本気で別れも告げていた。家族でなくコータローを選んだのは作戦でもなんでもない。こんな夢半ばで約束も果たせず消えてしまう自分をきっと一番に怒り狂い、そして許しはしないだろう。赤羽にとってもそれは大きな未練でもある、あの時一番別れを惜しんだのは他でもないコータローだった。赤羽にはその自覚はある。

だがコータローは追いかけてきた。
無理に扉をこじ開き結界まで破って全ての事情を知って尚、その意思はまるで傾くことを知らず赤羽を返せと叫ぶ。もういっそ赤羽にはこれだけで充分なほどだった、これだけの思いを見せ付けられて赤羽はそれだけで幸せだと思えた。しかし決してコータローは許さないだろう、帰る以外の結末は認めやしないだろう。

帰りたい…

コータローの懸命な姿を見てより強く思う。
こんなローブなど脱ぎ捨てて地球に戻りまた人として生きていたい。
アイツと同じ道を歩みたい。

「帰りたい…あの場所へ」

それは自然と零れた赤羽の本音だった。自分の居場所はここじゃない、そんなことは最初から分かっていたから。

「どうかそんなお顔をなさらないで下さい…」

するといつの間にか自分のすぐ側に従者の姿はあった。どうやら昨日までの故郷を眺めている憂鬱な表情の赤羽の様子を遠くから窺っていたのだろう。やはりサイズは掌サイズだが。

「…王子は後悔なさっていらっしゃる、ここへおいでになったことを…、無理はないかもしれません…話は一部始終聞きましたが確かに強引な手法と言えますでしょう、それだけ我々の惑星には貴方様という希望を強く求めている者が存在するのです、どうしてもすっかりと地球に馴染んでしまった王子を我々の目的の為に連れて帰る必要がある、そんな強硬派がいるのも事実です」

「…………この惑星の現状を少し教えてもらったが、今必要なのは本当に僕のような飾りのような存在か?」

そんな赤羽の言葉に従者は少し言葉を止める、だがまたすぐに再開された。

「確かに…王子の仰るとおりです、私も少なからずとも同じ意見を持っております、王子は確かにご立派な方ではありますがこの惑星を知らなさ過ぎる…今住人が求めているのは神のような遠い存在ではなく共に歩んでいけるような指導者なのではと私個人は常日頃考えておりました」

「…………」

従者の個人的な思想に関して、特に赤羽は口を挟まなかったが同意見であるには間違いなかった。ならば自分という存在はやはりこの世界に入らないのだ、不必要なのだ。

「…王子は帰るべきなのかもしれません、ご自分の生まれ育った場所に。あれほど必要としてくれる友人はきっとどこを探しても見つからないでしょう…ずっと貴方様のことを叫んでいる」

「……帰してくれるのか?」

「ずっと恋焦がれるような瞳で地球の様子を見てらっしゃいます、人として生きられることを望まれる以上あの者の側で身を置かれる方がきっと王子も幸せになれましょう、我々も辛いお姿を拝見するのではなく、やはり喜ばれるお姿を拝見したい…多くはそう望んでおります」

つまり強硬派の暴走だったとも取れる従者の発言だった、こんな近くに良き理解者がいてくれたことを赤羽は幸せに思った。どうやら無事にあの場所へ再び降り立つことが叶いそうだ、自分個人の幸せを願ってくれる従者には感謝の言葉も出ない。復興を急ぐこの大変な時期にもかかわらず。言うならば、見逃してくれると言うのだ。

自分の居場所はここではない。

帰るんだ、コータローの待つあの場所で。

だが帰る前にどうしても一つ気掛かりなことがあった。

「一つだけ…僕の願いを聞いてくれないか?……あの場所へ戻ったら、全てが終わったら…どうか今回の一切の記憶を消してほしい、人として生きるためにはこの記憶は障害になる」

「…分かりました、それが王子の望みならばお力になりましょう」

「ありがとう…」

そして赤羽の身体は金色に輝き出す、光のもやの中に徐々に包まれて今からあそこに帰るのだと思うと赤羽は心が軽くなった。ふと振り返ってあの従者の顔を見れば涙を零しているのが分かる、きっと本当はもっと胸中複雑だったのだろうと赤羽は本当にありがたいと感じる。赤羽の為に何かを犠牲にしようとしているのはその姿で分かった。

「ありがとう」

赤羽はもう一度礼を言う。
従者の顔が一瞬笑顔に変わった時、赤羽の身体が完全に消えた。
しかしまた、王を失う悲しみに従者は一人その場に泣き崩れるのだった。





「いい加減この手を離せ!まさかこのまま握りつぶすのではあるまいな!?貴様のような野蛮な人間ならありえる話だ!」

「うるさい!握りつぶされたくなかったら赤羽を返せっっ!!何度言わせたら分かるんだよっっ」

「残念だが王子はご自身の意思ではこの場所には戻れない、誰か従者の手助けが必要なのだ、だからもう帰ってくることはない」

「ふざけんな!!だったらお前が連れ戻して来い!!それまで離さねぇからな!!」

まだ一進一退の攻防は赤羽の部屋で続けられていた。コータローもしつこい性格をしているので、まず折れるということを知らない。何としても目的を果たすまでは動かない気だ。

「王子は既に我々の惑星の為に存在されるのだ、立派に王位を継承され、いずれは銀河系に轟くような素晴らしい我々の神となるだろう!」


「申し訳ないがご期待には添えられない」


「たががお前ごとき人間風情が軽々しく名も呼べぬ存在となられるお方だ!…わっっ!むむ?手を離したな?ではこの隙に私は逃げると…っ」

だが従者はその身体の小ささ故かまだ気付いていなかった、コータローは真っ直ぐ前を見つめたまま目を大きく見開きその瞬間は言葉すらも出ないほど心を揺り動かされていたことを。何かを目の前にし、完全に意識が止まっていた。
だから先に突如現れたその者からコータローに話しかけてやる。


「ただいま、コータロー」


感動的なシーンだと言うのにニコリとも笑えないいつもの赤羽の無表情な姿だった。けれどその声には穏やかさが滲み出ている。そしてようやくコータローも口が開いた。

「あ…赤羽………て、テメー……遅いわ!!帰ってくんの!もう声もがらがらだぜっ」

しかし素直におかえりと言ってあげられないコータローはやはりいつものコータローで、何だか赤羽は懐かしくて仕方がなかった。ほんの僅かここを離れていただけだというのに。

「ん?ああっ王子が何故この場所に!!ご自分では決して戻って来れないはず…っ」

「…向こうの従者の方に帰してもらったよ、すまないがもうパペポ星に戻るつもりはない」

「なっなんという事だ!我々の希望をそんないとも簡単に手放してしまえるとは!なりません王子、我々の惑星の住人の為にもどうかお戻りをっ」

だがもう赤羽の首は横に静かに振られる。

「今あの惑星に必要な人材は僕のような飾りではなく、これから皆を引っ張っていける良き指導者です、あの惑星を知るものでしか救えない、だからどうか……っ!」

だが肝心の話の途中で赤羽は言葉を切られる。突然コータローが赤羽の腕を引っ張り自分の方へ引き寄せたからだ。またどこか遠いところへ飛んで行ってしまう前に赤羽を側に置く。

「よしっ!確かに赤羽は返してもらったぞ!後はさっさと自分の惑星に帰れよ!二度とちょっかいかけんな!!」

「コータロー、まだ話の途中だ」

「甘すぎるぜお前は!!無理やり拉致した相手だぜ〜?こんな連中に情けなんかかける必要はねぇ!」

「地球には彼のような強硬派は存在する、どうか力をあわせて復興を…僕には何の力にもなれません、もう人として生きることを選びました、今回の記憶も消してもらうよう頼みました、きっともうすぐ全てを忘れてしまうでしょう」

「…お、王子………うっ…、そこまで決意されているのであればもう何も申しません…、ですがいつでも我々は王子の幸せを願っております、それだけはどうか、そうか忘れないで下さい……」

「ありがとう、お元気で」

「…つーか強硬派って……俺のことか〜?」

「おい、そこのお前!もしも王子に何か危害を加えてみろっ!必ず天罰が下ると思え!酷い言葉を吐いて傷つかない者はいない、それを忘れるんでない!!」

「チッ、最後の最後までうるせーなー、お前こそもっと俺と赤羽の関係を調べておくんだったな、せいぜいあっちで長生きしろ」

そして地球に降り立った従者の集団も使命を終えたのか、皆が一箇所に集まって光のもやが彼らを包んでいく。赤羽はジッ彼らを見送り、コータローはプイッと最後までケンカ腰だった。従者達は礼儀正しく礼をしたまま彼らの惑星に帰っていった。これでようやく全てが終わったのだ、たった一つを残して。

「はあ〜〜やっと全部片付いたぜっ、この疲労感どうしてくれんだよお前はっ…」

「…………お前が来てくれなければ今俺はここにいない、礼を言うよ…ありがとう」

「っ!……べっ別にどうってことねーよこんなもん、お前こそ二度と勝手に消えてみろ、もう絶対許さねからな!?今回は特別だぜっ」

赤羽の素直な態度にちょっと照れくさそうなコータローだったが、まあ事なきを得たのでよしとする。やっと平穏が帰ってきたのだ、そして週末にはすぐに戦いの場が用意されている。これからが本番なのだ。
だが始動する前にさすがに二人とも疲労したのか、その場で座り込む。赤羽は上半身をソファーに預けながらうとうとと眠気が襲ってきているのに気付いた。
同じくコータローも絨毯が敷いてあるとはいえ床の真上でうとうとと身体を酷使したせいか睡魔に襲われていた。

「コータロー」

「あんだよ…」

「…おやすみ」

「あー…」

そしてきっと次に目覚めた時は彼らの記憶から今回の一件は全て抹消されているだろう。

人として生きることを選んだ赤羽が、とても人間らしいコータローに惹かれ、一時立ち止まってしまったがまた彼らは変わらず先へ進んでいく。

とても不思議な不思議な、肉眼では到底確認できないほど遠いパペポ星との出来事だった。


END.



このSSのジャンルはSFパラレルになるのでしょうか?ごっちゃ混ぜですが。
随分と趣味に走ったような感じです。まさかこの話を形にしてしまうとは!
しかし異世界に旅立つのに、夜中に一人だけ別れを告げることができるって、
何だか最近ブリーチで読んだ気がします(笑)でも織姫は寸止め、赤羽はやっちゃう。
王子様な赤羽に一人萌え萌えでした。今回は本当の宇宙人編。
こういう王道パターン大好きです。でも赤羽は囚われても自力で脱出してきますが。
★水瀬央★


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