*未知との遭遇* ある日の休日、盤戸高校アメフト部の面々は練習試合のため皆電車に乗り込んで目的地へと向かっていた。部員数は他校に比べて少ないとはいえ、それでも大人数プラス荷物も多くて車内はかなり混雑している。きっと何か近くで催し物でもあるのか普段よりも乗客が多く、一つ駅に到着する度に中の乗客は奥へ奥へと押し込まれて、まさにすし詰め状態となっていた。 部員たちも皆散り散りとなって、車内の一角、コータローとマネージャーのジュリも隅っこの方に押しやられていた。 「いたた…っ」 「おい、こっち隙間あるから来いよ」 今にも押し潰されそうになっているジュリを庇うようにコータローは比較的安全な箇所へ身を移してやって、他の乗客から守ってやるように自らの身体を盾にする。まるで胸の中にすっぽり埋まってしまったようなジュリは礼を言いつつもちょっと恥ずかしそうに逆にコータローの身体を押す。 「押すなよ、折角庇ってやってんのに」 「それは有難いけど、どっちにしろ押されて痛いのよ、なにこの人の多さ…」 「ついてねーな、俺らはまだ自分の荷物しか持ってねーからマシなんだぜ?他の連中、どこいったか知らねーけどよ、今頃ヒーヒー言ってるぜ?」 特に荷物運びの仕事は下級生が行わなければならないなんてルールは盤戸高校アメフト部には無かったが、上級生や女性でかよわい(?)マネージャーに荷物など持たせられないと後輩が奪っていった格好だ。特に部の中心人物でもある人気者の赤羽が担いでいた荷物はまるで争奪戦の如く後輩や同級生までが俺が俺がと荷物持ちの役目を買って出ていた。なので赤羽は今は肌身離せないギターケースと車内読書用の本だけを手にしていた。別に荷物を持ってくれと頼んだ訳ではないのだが、やっぱりほぼ奪われていった格好だ。 「まあもう少しの辛抱よね…って、ちょっとあんまりこっち寄ってこないでよっ」 「しょ…しょうがねーだろ?後ろから押されんだからよ、我慢しろ!」 一応彼らは小声でやり取りをしているんだが、ちょっと端から見ると密着具合があやしさを醸し出している。ジュリにとっては非常に不本意ではあるのだが、コータローはちょっとラッキー☆くらいに思っているのだろう。だが頑なにコータローは愚痴を零すジュリに譲る気はない。 実は以前に二人で登校途中の満員電車に乗った時、なんとジュリは痴漢にあってしまったことがあるのだ。まあそんなこと一度や二度じゃなかったし、ほんの軽い程度のものだったが、不快なことには変わりはなくて、けれど人が多すぎで犯人も分からなければ口に出す勇気もない、だから本当は助けなど求めたくなかったが、隣にいたコータローの制服の裾を掴んでジュリはヘルプを出したのだ。 しかしその時コータローは爆睡したまま、どれだけ裾を引っ張ろうが小声で呼びかけようが全くジュリの異変に気がつかなかったのだ。ちょうど寝坊を叩き起こして完全に目が覚めてない状態のまま電車に乗せたから余計なのだけど… まあ当然駅を降りて、大欠伸をするコータローに対しジュリの鉄拳が飛んだのは言うまでもない。 そして殴られた理由をしつこく聞いてくるので、渋々教えてやったら「起こせよ!」と言い張ってきて、またジュリの怒りを買った。 そんな痛い過去があるから、今日はばっちり身を張って守ってみせようとコータローは奮起しているのだ。絶対見直させてやると気合は十分、まあその辺の意気込みはジュリにも伝わっているのだが。 「…でもさあ…あの時正直言って…私コータローが犯人なんじゃないかって一瞬疑った、全然起きなかったからさー」 「おいっ!!」 「大きい声出さないっ…」 不名誉なことを言われて思わず大声で反応してしまったコータローの口元を慌てて塞ぐ。周囲の視線が一瞬二人に集まるが、また何事も無かったかのように他人に無関心になる。勿論ジュリも冗談で言ったのだが。(まあ半分くらいは本気かもしれない) 「失礼なこと言うなっ…大体そんなスマートじゃねぇ真似するかよ…、どうせなら堂々といくぜ俺は」 「アホ…」 まあこれ以上車内でこんな話題を続ける訳にもいかないので、もうジュリは口を塞ぐがコータローは納得がいかないのか不機嫌な表情をする。むしろ心の中では…付き合ってくれればそんな問題全部解決するのによ…と三度もはぐらかされた虚しい過去を振り返っている。どうにも脈が無いのだろうか…とそろそろ頭お抱えモードだ。 「…ん?あー…あんなところに赤羽いるんだ、目立つよねー」 「あぁ?」 ずーん…と雰囲気暗く落ち込みモードだったコータローだが、そんな時更に耳にしたくない奴の名前を聞いて不機嫌さはピークに達する。だがこんな公共の場で荒れ狂うほどバカではない。とりあえずは話に合わせてやろうとコータローも振り向く。すると少し離れた場所で一人涼しい顔で吊り革を持ちながらギターケースを抱えて本を開いている赤羽の姿があった。どうやら熱心に読書でもなされているらしい。周囲の乗客もあの立派な赤い髪がどうしても目に付くのか、チラチラと視線を向けている。本人は全く気にしていない様子だが。しかしどう見てもこの満員電車でギターケースは邪魔だ。 「ケッ、どこにいても目立つヤローだぜ…気に食わねぇー、まあお前も目立つけどな、その水色の髪」 「でもやっぱり赤の方が目立つよ、また赤羽だから余計にね…瞳は隠せてもサングラスだしギター持ちだし、まあ顔もいいしね」 「フン!俺の方が男前だぜっ、アレはただ澄ましてるだけじゃねぇかよ、世間はあんなのがいいのか」 「まあまあ…別にアンタが悪いって言ってる訳じゃないんだから、………あれ?」 「言ってるようなもんじゃねぇか……って、何だよ?」 突然目を見開いて一方を見つめたままおかしな表情をみせるジュリにコータローもつられてそっちの方へ振り向く。するとそこには案の定赤羽の姿が… ―あぁ?やっぱアイツか、赤羽の奴がどうかしたのかよ…………ん?― 口には出さず心でそう思いながら、視線を赤羽に向けたまましばらくの間観察を続けると、少し相手の様子がおかしいことに気付く。ジュリも同じく不思議そうに見つめていて、二人して「なんだ?」と疑問が湧く。 先程まで涼しい顔で読書に励んでいたというのに今は少し困ったような表情で、ほんの僅か頬を赤く染めながら読書に集中できない様子だ。 「………なんだか……この前の私みたい…なーんて……」 「…は?じゃあなんだよ……男のくせに…その…触られてるってのか?」 「…だってちょっと様子が変…、なんか表情が戸惑ってる」 ちょうどジュリの位置からは不自然に顔を動かさなくても赤羽周辺の様子がよく見えているらしい。コータローは逆向きなので首を曲げないと見れないのだが。 「……マジかよ……遭うのか男でも…、まさか部の連中じゃねぇだろうなあ…」 「そんな事ある訳ないじゃないっ、でも災難ね…」 「つーかアイツなら周囲に気付かれねぇよう十分上手く振り払えるだろ、まあとにかくいい話のネタが出来たな」 「ちょっとコータロー……、まあ確かにこんな事くらい赤羽なら軽くのしちゃって平気だよね…」 そんな楽観的に話が進み、二人は深く気に掛けないことにした。人としての存在を超越してる赤羽のことだからこんな事くらい何とでも処理してしまえると。だがその時赤羽は意外と心底困り果てていたのだ。 「………」 ―…フー、さて、どう対処すべきか…― 勿論とっくに男である自分が痴漢被害に遭っていることについて彼は百も承知だった。突然背中の腰の下に位置する部分に手のようなものが触れて、一瞬頭に?マークを浮かべたが、満員電車で人と人の密着度も上がることから偶然かと思ったが、どうやらそうでない意思を持った掌や指先が脚の方にも伸びて遠慮なく触れてきて、そこで赤羽は「ああ、痴漢か」と認識した。 その冷静さに何だかよくある事で大した事のない風に感じられるが、赤羽にとってはこれが立派に初めての痴漢被害だった。 まあ色々思う事は沢山あっただろうが、とにかく不快感でいっぱいだったので、まず振り払ってしまおうと赤羽は器用に誰にも気付かれないように手を払いのけることに一度は成功した。だが相手の手に触れた瞬間赤羽はあることに気付いてしまったのだ。 ―……今のは………、女性の手?― 一瞬のことで確信はもてなかったが、少し赤羽は冷静になって周囲の様子を探ってみた。するととんでもない事実が浮かび上がる。 ―…俺の周りに……男は誰一人として存在していないっ…― つまりやっぱり犯人は……女性だったのだ。 新事実に気が付いた途端、赤羽は対処の仕様に酷く悩まされた。一度は男だと思って手荒に振り払ってしまったが、相手が女性となれば………。 赤羽は幼い頃から父に厳しく「女性は大切にしろ」と紳士的教育を受けていた。そして成長した今でも赤羽は決して何が起ころうと女性に対し危害などは勿論のこと、言葉でも強く言い放つことはない。優しくするのが当たり前だと、決して軟派的なタイプではなく、ものすごく徹底されたフェミニストなのだ。男が女性を邪険に扱うなどと有り得ないと、他人には強制しないが、自分の中では最低限事項である。 だ・か・ら、困っているのだ。 まさか女性に痴漢されるなどと思いもよらず、だが一度引っ込められた手が再度身体に纏わりついてきたことを知った赤羽は身体を硬直させたまま、鉄壁の防御を誇る表情でさえも少々崩してしまい戸惑いが顔に表れる。だが触れられる感触も相当おぞましいもので、今すぐにでも止めていただきたかった。 ―……女性が男性に痴漢をする…今はそんな時代なのか?…― こんな危機的状況に陥ったのは人生で二度目だった…一度目は言わずと知れた転校騒動、もしこれが男なら迷わず手首の骨を折ってしまうくらいの制裁を加えてやれるのだが女性という敬うべき存在であることに赤羽は抵抗できないでいた。 しかし女性に触られるくらい魅力的な身体つきをしている赤羽も罪と言えるだろう、まあ勝手な言い分だが。スタイルがいいことは保証する。きっと吸い寄せてしまったのだろう。 ―目的の駅はまだ当分先か…― そして結局赤羽はやりすごすことを選択し、相手が飽きるのを待つか電車を降りるのを待つか…はたまた自分が先に目的地へ到着してしまうか、まあ気が遠くなるほど長い道のりでもなかったことから、赤羽はひたすら我慢の道のりを選ぶ。そんな今も、本人の気も全く知らずに女性のいやらしい手つきが身体を這っている。脚に触れられると少し電流が走るようにピリッとしてしまう。脚の裏側に手が撫でるような動きを見せると思わず顔をしかめてしまう。 見知らぬ他人に無許可で触れられることが、こんなに気味が悪くて人前で辱められているような気分に陥らせるとは知らなかった。気を紛らわせようと読書を再開させようとしても全く集中できない、触れられた箇所から意識が離れない。 だが抵抗する術を持たないのなら辛抱するしかない、不快感ばかりが募るが女性に手は上げられない。被害を受けているのにバカか?とどこかの誰かに指摘されそうだが、そのように生きてきた赤羽にとってそうする以外になかったのだ。 だが赤羽の受難はこの程度では終わらず… 「…!」 突然前方からも不審な手が赤羽に伸びてきたのだ。まるで挟み撃ちにあうかのように、か弱い乙女のように痴漢から逃げられず、そんな自分に悔しいのか少し唇を噛む。太腿から内股にかけてするりと手は忍び込んできて、思わず手の甲で口を押さえる。声を抑えたわけではなかったが、いつの間にか漏れていた吐息を抑え込んだ。吊り革を持つ手をギュッと強く握り締めて、もう片方の手にある本はいつまで経っても次のページが開けられない状態だった。 ―…一体っ、何故……こんな……っ― 未だかつてないくらい取り乱し始めた赤羽は、瞳を閉じ精神を集中させようとするが執拗な前後の手に思考は狂わされる。しかも更にもう一方からも手が伸びてきて腰の辺りに寒気のするような感触が走った。もう周囲にいるどの女性が痴漢行為を行っているのか赤羽には分からなかった、そんなことよりも下腹部周辺を弄り始めた手の方が問題で身体が無意識に震えてしまう。 ―や…やめてくれ……、それ以上触れないでくれ…― 直接言えない苦しさと抵抗できない歯痒さ、また熱を持ちそうになる身体が一番厄介だった。そんな淫らな身体は持ち合わせていないと本人は自分を信じているが、女性が衣服の上からとはいえ直接触れてきて否が応でも快楽に誘いかけられる。望んでもいない快楽を押し付けられるほど迷惑なことはない。 今赤羽は人生最大のピンチに立たされていた。 そしてその頃、赤羽の異変に気付いていた二人はというと… 「……ねえ…、なんだかさっきよりも随分やばそうな気配がするんだけど…」 ジュリの位置から筒抜けな場所に立つ赤羽だから、やはり察知されてしまっていた。 「ええ?んな訳あるかよ…エスカレートしてるってことか?」 「うーん……、何だか凄く色っぽい顔してるから…おかしいよね…、何でだろう?」 こんなことくらい余裕で切り抜けられそうな赤羽なのに、何故そんな相手の横暴を許す形を取ってしまっているのか、二人にとっては不思議でならなかった。犯罪者に情けなど一切かけなさそうな赤羽なのに…何故?ジュリはもう少し詳しく周囲の状況を観察することにした。すると意外に早くその事実に彼女は気付く。 「……あっ…」 「…ん?なんだよ?」 「…………赤羽の周りにいる人って…みんな女の人なんだけど……」 「…………へ?」 そして二人は結論に達する。 ―ちっ…痴女っっっ!!!???― それはまさに予想だにしなかった新事実であった。これで赤羽が抵抗できない理由も見つかった、相手が女だから強く出られないのだ。 「ちょっ…ちょっと…こんなの有りなの?」 「あ〜…確かにアイツ女には甘いからな…、女性を尊重しろ、とか偉そうに言いやがるしよ」 「うん、確かに女の人には特に優しいよね、だから…か……えっ大丈夫なの?これ…」 「……つーか女にされてんのかよ…やばいかもな……、って今度はアイツか!」 「でも私の時は本当軽い程度だったからまだマシだけど…なんだか危険な匂いがするよ…?どうしよー…コータロー」 事情を知ってしまったからには放ってはおけない二人、だが呼び寄せるにも少し距離があるし大体満員電車で身動きも取れない。女に痴漢なんかされてるなんて公衆の面前で絶対知られなくないだろうし、二人は対処の仕様に困った。ジュリは何となく性別は違うけど同じ痛みが分かってしまうというか…このまま放置なんて可哀想なことは絶対にできそうになかった。でもそう思うが故冷静に判断できなくて錯乱している様子だ。 だがその時コータローは一つ息を吐き出して、何かを思いついたらしい顔をしていた。ちょっと嫌々っぽい表情をしていたが、やはり同じ部の仲間として放っておけない気持ちは一緒だろう。 「おい、俺次の駅でアイツ連れて降りるわ、お前先に行って向こうで待ってろよ、すぐ追いつくからよ」 「えっ…あっ…うん、分かった、皆と駅で待ってるから…コータローよろしく」 そんな最善策をこの短時間で見出して、ちょっとジュリはコータローを見直した。とにかく誰か引っ張り出してやらないことには解決しない。いつもの涼しい顔があんなに表情を崩して頬まで赤らめて、まさに異常事態だった。そんな姿一度たりとも見たことは無い。 そして駅はゆっくりと徐行を始め、いよいよ次の駅に到着する。もっと早く異常に気付いていれば前の駅で降ろしてやることも可能だったが後手後手に回ってしまった。まあ過ぎてしまったことはしょうがないので、電車が止まって自分達がいる反対側のドアが開くのを確認すると、コータローは無理やり人の密集地を進んでいって真っ直ぐ赤羽の元に向かう。それから何とか腕だけを掴むと… 「おいっ、降りるぞ!」 「…っ!」 簡潔にそれだけを伝えて腕を引いてやった。赤羽自身、物凄く驚いた顔をしていたけれども腕を拒否しないということは一緒に降りる意思がある証拠だった。大量の乗客が乗り込んでくる前に二人はドアへと突っ切って行った。降りてしまえばこっちのものだと、乗客から変な目で見られようともコータローは手は離さなかった。 そして命からがら満員電車から脱出して、その駅から乗り込もうとする乗客と鉢合わせになる前に電車からいち早く離れる。 「はあっはあっ、本当に何だよこの人の多さはよ!!あー疲れたぜ!!」 「…………何故…」 「ああっ?気付いてねーとでも思ってんのかあ!?女に触られたくらいでビビってたくせによ」 「…気付いていたのか………、ああ…すまなかった…少し気が動転してしまった」 電車が去った後は少し寂しげなホーム、自分達の周りにも人気は少なく二人は安心して言葉を交し合う。コータローはジッと赤羽の顔を見つめると、確かに少し頬が赤いような気がする。 「まっ気付いたのは俺じゃねぇけどな、そういやジュリが言ってたな…何か色っぽい顔してるってよ!」 「っ!」 痴漢からわざわざ救ってやったのに、また羞恥プレイで赤羽を小バカにするコータロー、だが女性に見られていたことも赤羽にとっては非常に辛くて恥ずかしい事実だった。 「まさかお前にこんな弱点があるとわな…、つーか少し羨ましいぜ…女の人に触られるなんざ美味しいじゃねぇか男としてよ!」 「…フー……、呆れて声も出ないよ」 「それが助けてやった奴にする態度か!!ていうか声出てんじゃねぇかよ!!なんだよ、たがが女一人に触られたくらいでクラクラしやがって!」 「一人じゃない、三人だ」 「何ィィィ!!!三人だと???余計羨ましいじゃねぇか!!!」 きっとこの瞬間、女性三人に囲まれてハーレムでも想像しているであろう能天気なコータロー、赤羽も決して助けてもらった恩を忘れた訳ではないが付き合いきれないと背を向ける。正直、どこが羨ましいと思えるのか心底不思議で仕方がなかった。 「…お前は何も分かっていない、俺は車内で…そう、まるでコイツが突然ケースを奪われてその肢体を公衆の面前で晒してしまう程の辱めを…」 「あ〜〜〜!!!ムカツクからギターで例えんなっっっ!!!そりゃ、恥ずかしいだろうよ、痴女にもてあそばされりゃーな!!俺だってそれくらい分かってるぜ!っで身体は落ち着いたのかよ?」 「……?」 「とぼけんな!本当はちょっとキてるくせによ、何なら俺が手伝ってやってもいいぜ?」 「…っ!…………君は何を言っているんだ…」 「君って言うな!!それもムカツク!!!…で、どこ行くんだよ、便所か?」 「…………警察へ通報しよう、目の前に変質者が…」 「おいっっっ!!!」 いくら人気が少ないからといって外で話す内容ではないことは確かで、むしろ堂々と恥ずかしい事を話題に持ってくるコータローの無神経に赤羽は呆れつつ、逆にコータローは歳相応でない赤羽の大人な慎みように腹を立てていた。余りにも意識のズレが大きすぎて全く会話が噛み合う様子はない、むしろ漫才みたいになってしまっている。 「フー、今日は練習試合だ、早く皆に追いつこう」 そしてもうまとめに入ってる赤羽に対し、まだコータローは不服そうな顔で…遊び足りない子供の顔つきで、ちょっと悪戯心でパンッと軽く相手の尻を叩いてやった。 すると次の瞬間面白いくらい赤羽の身体が飛び跳ねる。 「ぁっ!」 突然のことに小さく声が漏れて、慌てて怒りの表情でコータローの方に向き直るが、今度は子供の笑みでなくどちらかというと大人びた不適の笑みで赤羽に食って掛かるような反抗的な態度で口の端を吊り上げている。 「……!」 「へーーーっっ、いい反応するじゃねぇか、マジで冗談抜きに付き合ってやってもいいぞ」 「……笑えないジョークはそこまでにしてもらおう」 「ああ!?笑わねぇ奴が何ぬかすっっっっ!!!!」 だがまたコータローの表情は今度は歳相応どころか大きく下回るくらい幼く感じさせるものだった、赤羽は少し狐に包まれたような感覚に陥る。そして興味がある年頃なのかしつこいくらい性の話ばかりに食いついてくるコータローを見ていると、本当は少し熱を持っていたのは確かだがいつの間にか身体からは消え失せていた。というより奥深くに隠してしまったのだろう。というか赤羽も同じ年頃… 「もう何ともない、本当だ」 「…じゃあまあいいけどよ、もう痴漢なんかに遭うなよ」 「………向こうに言ってくれないか」 そんな最もな意見が赤羽の口から零れた時、自分達を目的地へ運ぶ今度は安全な電車が目の前に停車した。満員電車に変わりはなかったが、今度は条件反射からか最初から赤羽を庇うようにコータローが身を張っている。何とも不思議な光景だった。 今日は生まれて初めて女性の痴漢に遭い、そしてコータローに救われ、一瞬だけだが大人びた彼を見た。それから今、信じられないが一応庇いながら近くにいてくれているらしい… 赤羽にとっては自身の常識が覆されるくらい何もかもが初めてだった… 初めての事だらけで…脳内処理が追いつかない。 『未知との遭遇』 END. |