*クリスマス騒動* 12月中旬、街は美しいイルミネーションに飾られ人々で賑わい、まさにクリスマスムード一色であった。この時期は学生も期末試験が終わり待ちに待った冬休み直前という事もあり皆浮き足立っている。しかし運動部に所属する者は冬休みであろうとクリスマスであろうと例外なく練習は行われ(さすがに年末年始はお休みだが)あまり煌びやかな世間の行事とは縁がなく、スポーツマンらしく硬派に過ごしている…筈なのだが。 盤戸高校アメフト部は今年の秋季大会で惜しくも三位決定戦で泥門に破れ、キックチームで必ずクリスマスボウルに出場するという皆の夢は叶わなかった。けれど来年に向けての厳しい練習は既に始まっており、例え今季の自分達の大会が終わってしまったとは言えアメフトに賭ける情熱は当然失われずキビキビと怠ける事なく練習に励んでいた。 「はあ〜寒い!冬の朝練ってキツイわよね〜」 勿論冬でも例外なく朝練は行われ、それに向かう途中の沢井はハアーと手袋をはめたままの両手に温かい息を吹きかける。今年は暖冬などと以前天気予報は言っていたが、予想を遥かに超える大寒波が日本列島に押し寄せ、大都会東京でも確実にその煽りは受けている。 「これくらいなんてことねーよ、身体動かしてりゃーその内あったかくなるしなー、ハアー」 登校中、偶然出くわしたコータローと沢井は学校に向かっていた。まあ口では強がりを言っているコータローだが明らかに身体は寒さで震えており沢井と同じように息を両手に吹きかけている。しかもこっちは手袋なしだ。 「とか言って本当は寒いくせに…、でももうすぐクリスマスよね…ケーキなに食べようかな」 「……来年こそは絶対クリスマスボウルに行くぜ…」 「まあどこのアメフト部もクリスマスと言えば当然クリスマスボウルだもんね、うん!勿論来年は行くわよ」 「当然だぜ…んなクリスマスだからって世間みたいに浮かれてられるかよっ」 「まあでも、ちょっとは楽しみたい気持ちはあるけど、女の子としては」 「あーそういや女だったなー」 ドゴッ!! そしていらない言葉を漏らしてコータローは強烈なボディブローを喰らった。ゴフッと一瞬視界が真っ白になり燃え尽きそうになった。思わず小声でこえ〜…と呟き、女を敵に回す恐ろしさを改めて知る。 「あーあ、今年も結局クリスマスは同じ面子で顔合わせるんだもんねー、別に嫌な訳じゃないけど、そういう雰囲気はどうやっても出ないからね」 「だからアメフトの世界にそんなチャラチャラとクリスマスボウルじゃねークリスマスを重要視してる奴なんていねーよっそもそも!」 「まっそりゃそうよね、うん、もう諦めてるから…って、ん?」 学校間近で沢井はふと反対方向からやってくる『あるもの』に目を奪われ、寒さに負けず歩かせていた足をピタリと止まらせる。ピシッと固まったまま何かを見つめ開いた口が塞がらなくなっている。 「あぁ?急に止まんなよ、何だよボケーと前見てっ、て………んんっっ!?」 コータローは突然立ち止まってしまった沢井に釣られて自分も仕方なしに歩みを止めるが、ちっとも自分の声に反応を示さない呆然としたままの沢井が目の先で追っているものを「何だ?」と気になったのか同じように視界に映す。 すると次の瞬間、信じられないものをコータローも目にする!!! 「おはよう…」 徐々に自分達に近づく影は今となってはハッキリとそれが何なのか認識できるほど近くにあって、不覚にも呆然と立ち止まりすぎたのか朝の挨拶までされてしまって、沢井とコータローは思わず口の端をヒクヒクさせて眉間に皺を寄せる。それを凝視すればするほど謎は深まっていく。これは悪い夢なのかと目を疑うほどだ。 目の前にいるのは確かに自分達の同級生であり同じアメフト部員、しかもエースと呼ばれる男だ。 だが何故かこの季節でよく見るような真っ赤な白いボア付きの服を着用しており、しかもボンボリの付いた帽子付、更にいつものギターケースが今日に限って真っ白で、最後は仕上げと言わんばかりにいつものサングラスがかけられていた。無駄に格好はつけている。 そう、その出で立ちはまさに『サンタクロース』 『えええええ〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!』 目が飛び出たまま少し遅れて出た二人の叫び声が校門前に響き渡る。あまりの有り得なさにしばらく言葉を失っていた。物凄くクリスマスを意識した格好で登校してきた赤羽は、その二人の固まり様を見て静かに白い息を吐きながらこう零しながらその奇天烈な格好で学校の敷地内に堂々と入っていく。 「フー、どうやらこの寒さで身動きがとれなくなってしまったようだな…」 『お前の格好の方が寒いわ!!!!』 しかも何の疑問も抱かないらしい自分のサンタルックに赤羽は自信満々だった。一体何を考えているのかと沢井とコータローは青ざめながら赤羽から一定の距離を開けて部室へと向かう。途中沢井は離脱するもののコータローはあのサンタクロース野郎と同じ部室に入るのに物凄く抵抗を感じた。まあでも部室で他のメンバーに呆れられればいくら赤羽とは言えまともな制服を着用せざるをえないだろう。 そんな期待を込めてコータローはサンタが先に入っていった部室に後から堂々と入室してやる。 するとそこには… 「わーっサンクロースいいっすね!赤羽さん!!」 「へークリスマスが近いって感じだよな!」 「さすが赤羽さん、何着ても似合いますよ!」 「お前らヨイショすんなああああ〜〜〜〜!!!!」 また異世界に足を踏み込んだのかと錯覚したコータローは一人まともな事を叫び続ける。もうすっかり麻痺してしまっている部員達の赤羽尊敬ぶりには頭を抱える。あんなのが許されるはずがない!!常識的に考えてせめて学校にあんなコスプレで登校はまずしないだろう。そんなに着たいのなら家で着ればいいのだ。何から何まで赤々してやがる。 「おいテメー!何だそのふざけた格好はよ!!まさかそれで練習に出るとか言わねーだろうなー!」 「…?勿論着替えるが?」 そしておもむろにサンタ服を脱ぎ出した赤羽、帽子を取って赤い服のボタンを外し躊躇なく身体から剥がしていく。するとサンタ服の下には何と普通に学校の制服を着用している。 「おいっそれ防寒具かよっっ!!普通にコート着てこいコートを!!!」 とんでもないものをコート代わりにする男だ…あまりのアホらしさに溜め息すら出ない。むしろ関わり合いたくない。こんなおかしい奴は放っておいてさっさと練習に出てしまおう、と外は寒いが部室の中の方がよっぽどコータローにとっては寒かった。 しかしこんな近いところにクリスマスで浮かれている奴がいたと思うとコータローは同じチームメイトとして何だか恥ずかしかった。クリスマスボウルに行けなくて自棄でも起こしたのかと思えるほど。そんな気分に浸ってる余裕なんてないんだよ!と呆れと怒りがごっちゃになった顔つきで部室を出ようとする。だが突然赤羽の声に呼び止められる。 「……コータロー」 「…何だよ、サンタクロース」 もう皮肉タップリで赤羽の事を名前では呼んでやらず、振り返らないまま返事をする。だが次の赤羽の言葉でコータローは振り向かざるを得ない状況へと追い込まれる。 「ちゃんとお前の分も用意してある」 「あぁ!!??」 一体何を用意してくれたのか、正直振り向きたくはなかったがほんの少しの好奇心もあり、仕方なしにそっちを見てやる。すると奴はその手にとんでもないものを持っていた。 「…トナカイの防寒具だ」 「誰が着るかあああああ〜〜〜〜〜!!!!!」 自分の分と言われ見せられたトナカイの着ぐるみ、明らかに着させようと考えているのに間違いはない。しかも赤い鼻付きだ。しかもトナカイというサンタの為に働かなければならないポジションだ。そしてそれは必然的に赤羽の為に働かなければならない事であり… 全ての要因を含め、コータローが着る訳のない一着であった。 だが自分はまともな反応を示しているだけなのに周囲との温度差は未だあり… 「おい、コータロー!折角赤羽がお前の為に用意してくれたのに断るなんて罰当たりだぞ!」 「そうですよ〜!人の厚意を無にするんですか?コータローさんらしくない!」 「おいっっ!!別に俺が持ってこい!って頼んだ訳じゃねーよ!!大体あんなの着せようって嫌がらせの類だろ普通は!!」 「それは違うぞ!!赤羽は真剣に真面目にお前が風邪引かないようにアレを持ってきてくれたんだ!」 「それがタチ悪ィーっつてんだよ!!!天然なのは百も承知だぜ!!それにそんなにアイツの肩持つんだったらお前らの誰かが着てやりゃー済む話だろ!!」 赤羽を除く部員同士での激しいやり取りが部室で繰り広げられ、至って本人は涼しそうな顔で事の成り行きを見守っている。だが今のコータローの発言には黙って聞き過ごす事は出来なかった。 トナカイ服を誰かが着ろという話題に移りかけていて、ここでようやく重い口を開く。 「待ってくれ、申し訳ないがこの防寒具はコータローの寸法で作られている」 『何ィィィ!!!』 なんとトナカイ服は市販の物でなく特注品だったという新たな新事実に全員が叫ぶ。ならばきっと赤羽が着ていたサンタ服も恐らく特注… だが又黙っていられないのがコータローでますます頭に血が昇っていく。 「勝手に作んなあああ!!!つーか何で人の寸法知ってやがんだよ!!」 その適切なコータローのツッコミにそこにいる全員が「確かに」×3とそれぞれが呟きながら赤羽を見る。するとあっさりと赤羽は答えていた。 「…?勿論この前お前が泊まっていった時だが?隣でよく眠っていたので悪いと思ったが測らせてもらった」 「人の許可なく勝手に測るな!!っていうか言うな〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 さらりと何の躊躇もなく皆の前で爆弾発言をし、ザワザワッと周囲がざわつき始める中で尚も二人のセクハラのような会話は続く。 「ちょうど裸だったから完璧な寸法が取れたはずだ、しかし例え事後でも下着くらい身に着けたらどうだ?」 「ああ〜〜!!ムカツク!!!勝手に測っておいてその言い方はなんだよ!しかもパンツ履いてんのか履いてねぇのか分かんねー微妙なキャラのお前にそれだけは言われたくね〜〜〜!!!」 「履いているが?」 「あぁ!?風呂出た後はいつもお前履いてねーだろ!!」 「……必要ないからだ」 「それに俺は死んでもバスローブなんかは着ねーぞ!!」 気が付けばコータローも遠慮なしに人前でする話題でないものを堂々と気にも留めず勢いだけで言葉に乗せている。 そしてこのままいつまでも下品な内容の会話がひたすら続いてしまって、他部員達はそっと二人を残し部室を静かに出ていった。完全な二人の世界に突入してしまった赤羽とコータローの会話を止めることなんて到底出来ず、また痴話ゲンカを永延と聞かされるのも辛いものがあり、とりあえず赤羽が何故あんなコスチュームを作ったのかはきっとクリスマスにそういうプレイをしたいだけなんじゃないかって全員密かに思っていた。 秋季大会が終わって二人の関係は以前に比べて少し歩み寄った形になったのは確かだが、まさかここまで仲が進展していたとは思いもよらなかった。 「お…俺達にはやっぱりクリスマスボウルだよな!」 「そっ…そうだな!クリスマスなんてアメフトやってる奴には縁遠いものだよな!」 「がっ頑張りましょう!!来年の大会に向けて!盤戸スパイダーズ〜ファイオー!!」 スポーツマンらしく色恋沙汰に興味はないと強がりに見えるかもしれないが、盤戸高校アメフト部の二人を除く部員達はみな一丸となって寒さの厳しい中ヤケクソのように清々しく汗をかくのであった。 END. |