|
*心優しき情熱を−2−* 中途半端にお互い服装を乱しながら無言でひたすら肉欲だけを満たし合う。 そこに心はないと決めつけたいばかりにコータローも丁寧に優しくなど抱いてやらない。 白い肌に舌を落とせば赤い瞳がピクッと反応を示して、それが面白いのか執拗に攻め立てる。 初夏のじめっとした空気に汗が滲み出て、塩っ気な味が微かに舌の上を走る。 低音の熱く湿った吐息が漏れる中で胸の先を軽く甘噛みしてやると、少し嬌声に近い声が上がる。 「…んな声も出せんのかよ…」 独り言に近いコータローの言葉に対し返答はない。 互いに窮屈になった衣服の前を開き、それぞれの手が双方の性器に触れて快感を味わう。 そしていつも先に追い詰められるコータローは今日こそはと意気込むが、また赤羽のゴッドハンドにより呆気なく先にイかされる結果となる。逆に相手はまだ余裕がありそうで、これは自分のやり方がまずいのか相手が意外と不感症なのか、しかし頬は微かに上気しており呼吸も多少は乱している事から、全く快感を得てない訳でもなさそうだ。ただ自分より我慢強いだけなのかもしれない。というか奴の指先から繰り出される刺激がきっと絶妙過ぎるのだろう。 …と、コータローは自分に言い聞かす。 奥に指を挿し入れても基本は表情を大きく歪ませる事はなくて、赤羽はいつでも冷静で淡々としながらコータローを受け入れている様子だ。だが何故こんな行為を許すのか、疑問の一つでもある。もし嫌ならば、こいつの力ならいとも簡単に自分の身体など吹き飛ばせるだろう。実際吹き飛ばされた経験もある、練習中でだが。 なら人間らしく欲望に忠実になっているだけかと思いきや、正直いつもそんな快楽に溺れているような状態に陥っているとは到底思えない。感じてない訳がないのだろうけど、形振り構わず乱れるような奴ではない。抱かれてるくせにどこまでもクールな奴だと思う。 だが熱された肉棒を狭い箇所に強引に突き立てられて、繋がる瞬間だけは相手の顔はさすがに痛みを伴うからか歪みを見せる、そしてそれが奮えるほどに扇情的なのだ。 赤い瞳が戸惑うように揺れるのだ。薄く開かれた瞼から覗くその鮮やかな色は酷く神経中枢を刺激する。 「うっ……っ」 苦しそうにくぐもった声が低く響いて、下腹部の圧迫感からか朦朧とした表情と目に、また違った色を宿したいと突然腰を使い始める。なるべく足を大きく開けさせて折り曲げて、より深い位置を目指し飲み込ませていく。 「はあっ…はあっ、……んっ」 その振動に相手の呼吸は一段と乱れて、しかしすぐ落ち着きを取り戻す。 男同士で無理に繋げた身体でもそこに快感は伴って、特にコータローは相手の具合の良さに毎回逆に振り回されているほどだ。その締め付けに一気に全てを持っていかれるような、そんな情けない事態は避けたいと、こいつとの性交渉は常に自分との戦いなのだ。 けれど若いという事はそういう事でもあり、快感に溺れやすいものだ。気持ち良いと感じれば何度だって味わいたくなるし相手の負担など省みず抽送を繰り返す。 僅かに乱れるだけの過少的な反応しかその表情からは窺えず、けれど下肢は自分と同じように熱さを持って中も積極的なくらい締め付けてくるし誘ってるようにも感じてしまう。 ―やべっ…もうイきそうだっ…、ってまた俺が先かよ…チッ!― 一度の性交渉に長い時間もたない自分の早さを呪うが、それは相手がいい意味で悪いせいでもある。 自分で慰める程度のレベルでは到底追いつけないほどの快楽がそこにはあって、無我夢中で交わり合えば言葉にならない強い刺激が全身を駆け巡って性欲が満たされていく。 相手の片手が自分の肩に添えられて、もう片方は顔を半分覆い隠すように伸ばされている。隠したいのは表情か目か…聞いた事もないので定かではないが、でもいつも最後の瞬間にはその赤い瞳で…綺麗な形の凛とした汚れのない強さが宿ったその魔力が潜む瞳に射貫かれながら果てたいと思うのだ。 自分でもどうかしてる…と、行為の最中ではまともな精神など働かない。 「…気持ちいいのかよ、お前も…っ」 そんな疑問を口走りながら顔を覗き込むように近づけると、覆われていた腕は取り除かれ隠されていた瞳は突如現れて、少し涙に潤んだそれはいつもの威厳は失われていないものの、この行為により生まれくる熱がしっかりと刻み込まれていた。そんな疑問の答えなどは言わなくても直で感じてるコータローには伝わってるはずだと鋭い切れ長の目は物語っている。 「…んな瞳で、近くから見てくんなっ!」 赤羽の視線に煽られたからか腸が煮え繰り返りそうなほど変に興奮して、これ以上見られるのはたまらないとばかりに奪い取るように唇を塞ぎ、吐息も何もかもを飲み込んで、舌を絡ませあって唾液すら混ざり合う。またキスに関しても相手の得意分野なのか、十分それだけの交わりで身体が熱くなりその柔らかい感触に理性が負けて没頭してしまう。 練習でかいた汗とは又違った汗を額から流しながら、クチュッと音を鳴らしながら舌と舌の間に透明の糸を紡ぐ。酸素を求めて呼吸を荒くしながら、もうこの行為も終わらせてしまおうとビクビクと脈打つ自身を一度浅くまで引いては再び奥に勢いよく埋め込む。それを何度も繰り返して、相手も余裕のない吐息のような喘ぎを零し始めた途端に我慢しきれず中で射精を行った。 「うっっ…んっ!…はあ……」 溜まっていたものをようやく放出して満足気なコータローだったが、でも相手がまだで…ジーッと何とも言えなさそうな顔で見つめてくる。仕方ないので手で抜くだけ抜いてやったが、こう自分の下手さ加減がまた身に染みて悔しい思いをしてしまう。 しかも赤羽は必ず行為の後に… 「フ―――」 …と、まさに一仕事終わりましたと言いたげな何とも微妙な声が吐き出される。妙な大人の貫禄、そして余裕さ。 この瞬間にいつもコータローは敗北感を味わってしまうのだ。 グサッッ!!と胸に突き刺さるものがあり、そして怒りがメラメラと湧き起こる。ほぼ初心者マークな自分がしかも男を相手にそんな100%完璧スマートにこなせるとは思ってはいないが、この素で行われる赤羽の態度には文句の一つでも言ってやりたくなる。しかし言ったが最後更に惨めな思いをするのは自分だと目に見えているので毎回ここは我慢の連続なのだ。 隣ではもう何事もなかったように服を正して身体のどこも全く辛くなさそうな平然とした赤羽が早速資料に目を通し始めている。そしてやりきれない感が残るコータロー。大体事後にいつも思う事なのだが、こいつを抱いてる意味すら分からないというのに、行為自体が気持ちいいのは確かだが何故またこんな事を赤羽相手にしでかしてしまったのか…疑問に疑問に更に疑問が湧く心境だ。 好きでもない奴を抱けるのはおかしい… なら抱けてしまうし欲情してしまう自分はアレの事が好きなのかと問われると大きく首を振って否定するだろう。あんな奴冗談じゃない!と。そしてきっと相手も自分と同じ心境なのに違いないとコータローは疑う余地もない。双方がおかしいと気付きながらも止めるタイミングを失っただけなんだと、ただ快楽を得るために続けている行為なんだと。けれどこんな事を話すキッカケなどある筈もなくて、身体にダルさの残る事後にそんな話題を振りたくもない…それどころかまともな会話なんて交わした記憶があるのか… ―クソッ、沈黙が気まず過ぎるぜ…音が欲しいな、あっ…ビデオでも再生しとくか― ピッ。 コータローは近くに置いてあったテレビのリモコンを手に取って、自分が消したテレビを再度不自然な形ではあるがつけ直す。そしてビデオの再生ボタンも押した。 すると何故か驚いたような顔して赤羽が一瞬こちらを振り返る。 「あ?」 しかしコータローにはそんな赤羽の態度の意味が全く分からず、むしろどうでもいいと聞き返すこともせず、ただ流れ始めたビデオを見る。テレビにはどこかのアメフト部の試合風景が映った。そしてそれはよく見ると… 「あれ?この試合…俺らんとこと…王城じゃねーか…、つーことは去年の都大会決勝だよな?なんで今頃去年の何か見てんだよ…おい」 更にサボり疑惑がここにきて急浮上し始めて振り出しに戻りそうだ。しかし懐かしいとコータローもしばらくその試合のビデオを見て、自分がキックを決めた場面が映ると「スマートだぜ!!」とただの見ている側なのに決まり文句を上げていた。 「見たかキックの力を王城〜〜!!って、は!こんな事じゃ騙されねーぞ!何でこんな古いビデオ見てんだよ、やっぱサボってやがったな!?それともそんなに自分がMVP取った時の勇姿が見たかったのかよ、気色悪い奴だぜっ!」 「………」 だが赤羽からはウンともスンとも返ってこない。 そんな態度にまたイライラが募る。 なのでやはり嫌味の一つでも言ってやろうかと、絶対にありえない事をコータローは赤羽に対して吹っ掛ける。少しバカにしたような態度で、立ち上がって奴を見下ろしながら意地の悪い事を一つ零してやる。 「それともあれか?俺の勇姿でも見てたって言うのかよ」 「!」 ―よしよし、明らかにバカにされて動じてやがんな!ざまーみやがれ!!― 妙に得意げに勝ち誇った顔をするコータロー。 しかし驚くべき事は次の赤羽の言葉で… 「…そうだ」 「……はあっっ!?」 そしてまさかの大どんでん返し、予想外すぎる返答がストレートに返ってきてコータローは固まる。悪い冗談ではないかと疑り深く赤羽を睨みつけるが特に何も他には一切返ってこない。どうやら本気であの一言は放たれたらしい。 もう呆然とするしかないコータローに、ただ静かにビデオを見ている赤羽。 「なっ…なんで、そんな……!」 自分なんか見ていたのか…、そう繋げたかった。 しかし先程までそのソファーの上で自分達が今まで何をしていたのかを思い出すと、そんな質問は愚問に思えたし何だか言ってはいけないように感じた。ひょっとして赤羽は…コータローが頑なに否定し続けているとある感情を、既に彼はもう…… そんな恐ろしい答えに行き着きコータローは愕然とした。 ずっとお互い同じような思いを抱えて行為に及んでいたとばかり考えていた、相手がそんな気持ちを持っているなんて想像もした事がなかった。まして自分にそんな感情があるなんて認めたくなかったものだったから。 「………」 コータローは突如一転黙り込み立ち尽くしたままで、さっき自分がビデオを再生した時の赤羽の少々驚いたような顔を思い出していた。何だか動かぬ証拠を掴んでしまったような、これから先どうやって接していけば良いか分からない。このまま見て見ぬ振りはスマートじゃねぇ!と思えるから余計に迷ってしまう。けれども…もう一回、もう一回それを知った上で行為に及べば、何かが変わるかもしれない。コータローはそう思うや否や、すぐ言葉に乗せて相手に伝えてしまう。 「………もう一回、するか?」 そんな今までの自分達の関係ならありえなかった言葉が、ごく自然とこの部屋の空気に乗る。その言葉を聞いた赤羽はしばらく何も反応せぬままピクリとも動かないが、一定時間が経ちまず最初に行った動作がビデオを停止しテレビの電源を切ることだった。そしてそれから自分も立ち上がりコータローと正面から向き合って、ようやく重い口を開く。 「…何か用があってここに来たんじゃなかったのか?」 「はあ!?」 人の話を聞いてたのか?と問い詰めたくなるような、全く会話が噛み合っていない内容で、さすがのコータローも怒りが収まらない様子だったが、ふと赤羽の今の言葉を冷静になって考えてみて…むしろ重要なことを忘れていたのは自分の方だったと今頃気付いてしまう。 「……あ、あああああ〜〜〜〜〜!!!!!やべっ、忘れてた!!!……沢井が呼んでたぞ」 すっかり当初の目的を失念していたコータローは冷や汗だらけで、ようやく今になって役を果し終える。というか一体人一人呼んでくるのに何分…どころか何十分掛かっているんだか。赤羽はふと資料室備え付けの時計を見て、その著しい時間の経過に本日何度目かの「フ―――」が発動される。呆れた風な表情でギターを持ち、資料でごった返しとなっていた資料室に獣道を作って出口へと向かう。 その頃コータローは自身の迂闊さに幾ら自信家気質な自分とは言え、落ち込む様子は隠し切れなかった。しかもショックはダブルに訪れて、一つは当初の目的を失念、二つ目は先程の言葉を完全に無視された事から、自分一体何言っちゃったんだ的な寒さが大寒波として襲ってきた。やはり一つの答えを導き出そうとしたのが間違いだったのか、曖昧は曖昧なままで置いておいた方が幸せという事もある。 「…クソッ!」 そんな腐り気味だった頃…ドア付近から赤羽の声が聞こえてくる。 「…帰りに、寄ればいい」 たった一言、それだけを言い放って奴はこの資料室を去っていった。 「へっ!?……ううっ〜〜〜あのヤロー、…そういう事は先に言えっ先に!!いらねぇ心配しちまったじゃねーか…」 何だか最後の最後まで振り回されてしまった感が抜けなくて、更に自分への不甲斐なさはMAXだったが、一応先の言葉に対しての返答が聞けてホッと胸を撫で下ろした。しかも帰りに寄れという事は一人暮らしである奴の家に自分は招かれたのだ。無論初めてではないのだけど。 「…OKって事か…、ったくスマートじゃねぇ奴は俺かあいつか…、はあ…」 とにかく疲労度が最強レベルまで達してしまったコータローだった。反対に赤羽はピンピンしていたが。だが真の戦いはむしろこれからである。守りに守りにきっていたある種のボーダーを自ら越えてしまわなければならないからだ。 …けれどコータローも知っている。 自分が頑なに嫌な奴だと罵るだけ罵るが… 本当はそんなに悪い奴じゃないって事くらいは。 あの雨の日に呆然と立ち尽くしていた赤羽の姿と真に揺れていた表情の意味するもの。 翌日に偶然応接室での会話を聞いた、自分と同じ志を熱く抱いて盤戸に残る決意を示した赤羽の心優しき情熱を。 END. |