*彼はキス魔?* ある日平和な昼下がり、麗らかな春の気候に眠気を誘われて、盤戸高校アメフト部は練習前の部員が部室に集まって皆まったりしている。若干二人ばかり人数が足りていないようだが。けど特に誰も気にせず、部室はまさに平和そのもの。誰かさんの慌ただしい足音さえ聞こえてこなければ。 バタバタバタバタバタッ! ああ、年中騒がしい男のお出ましだ。誰もがそう思う。しかもこの荒れた足音から、きっとまた何か誰かさんと揉め事でも起こしたのだろうと安易に予測もつく。 バタン! 「おいっ、聞いてくれよ皆ーー!!」 そして予想通りコータローは険しい表情でストレスでも溜め込んでいるのか部室に入ってくるなりに大声で勝手に状況を話し始める。 「もう〜、こんなに部室は平和なのにまた赤羽と意見でも食い違ったの〜?本当ケンカするほど仲いいわよねー」 昨年の二人ならこんなことは到底ありえなかっただろうが、すっかり変に意気投合したというか、マイナスから始まった関係がようやくゼロまできたというか、マネージャーでコータローの幼馴染でもあるジュリは半分呆れたように仕方無しにコータローの話に耳を傾けてやる。他の部員たちも一応耳を傾ける。 「誰と誰が仲いいんだよっっ!!冗談じゃねぇ!!さっきも資料室でよー」 仲が悪いなら何故赤羽専用と化している資料室に入り浸るのか、本当に意味不明で不思議だった。嫌いなら無視すればいいのに、と誰もが思う。それは険悪なムードだった昨年からも言えることだったが。なんだかんだ認め合って、きっと互いがいないと寂しいのだろう。 「はいはい、資料室でどうしたのよー」 ジュリも適当に聞き流す態勢ではあったが、コータローを無意味に不機嫌にさせても後が面倒なので話だけはいつも聞いてやる。 「もう最悪だぜ!いつもなんかムスーッとビデオばっか見てやがるからよー、つまんねー空間にしないために俺が一生懸命場を盛り上げようと喋ってやってるのによー、あのヤロー全然聞いてねぇし、むしろなんかウザそうにしやがるし、だから俺も逆にムキになって騒ぐだけ騒いでやったんだよ!」 うわー超迷惑…と誰もが赤羽に同情したのは言うまでもない。でも誰も何も言わない。 「そしたらよー、あいつどうしたと思う!?」 ***** 「……もう少し静かにしてくれないか、全く音声が聞き取れない…」 「でよーっ、そうしたらああでこれがこうで、腹立つったらありゃしねぇ!んでなっ」 「……………静かにしてくれ」 ベラベラベラベラベラ 「……静かに…」 ベラベラベラベラベラベラベラ 「………フー」 「おまけのおまけにそれがそうなってああなってこうなってっっ、ングッ!!」 気がつけば大人しく自分の隣に座っていた赤羽の顔がすぐ目の前にあって強制的に口が口で塞がれていた。怖ろしいほど綺麗に整ったその芸術品のような顔が至近距離だった。そして金縛りにあったようにピクリとも動かなくなったコータローを見て赤羽は顔を離し、一言だけ告げる。 「静かにしてくれ」 こうして、その生々しい唇の感触に頭の中が真っ白になったコータローはそのまま身を凍りつかせて、バタンと床に落ちてそのままショック死した。 やっと静かになったとでも言いたげな赤羽はようやく落ち着いて相手チームの研究に集中できたのだった。 めでたしめでたし。 ***** 「ってどう思うよっっこれ!!!あいつ酷すぎだろ!!!」 「ていうか何やってんのあんたら…」 ものすごいバカを見るようにものすごく冷めた目でジュリはコータローを見ていた。大体状況は今のコータローの話で分かったが、ちょっと手に負えないレベルまで二人は走り始めてしまっていた。というか忠告無視して騒ぎ立てたコータローが一等悪いし、でもだからといって口で強制的に塞ぐ赤羽も赤羽だった。 「ったく冗談じゃねぇぜ!!さてはあのヤロー、キス魔だな!?きっと誰にだって平気でキスするんだぜ?」 「え?…赤羽さんがキス魔…?」 ざわざわと途端部員達がどよめき始めて、皆赤羽に憧れ過ぎているのでちょっとコータローが羨ましく思えたりするのだ。更にあの赤羽とキス…と想像するだけで何人かその場で鼻血噴いて倒れてしまいそうだった。そんな妙に好感触な部員達の反応にジュリは完全に呆れ顔で口を引き攣らせている。そしてコータローは、よせばいいのに部員達を煽るような一言をわざと吐いた。 「お前らだって赤羽の近くでベラベラ喋ってたらキスされるだろ、なんてったってキス魔だからな!」 ドタドタドタドタ〜〜!! そしたら部員達は面白いように皆一斉に部室を飛び出していった。まるで猪のように。行き先は勿論資料室。うっかり理性を失ってしまったようだ。 「ちょっとコータロー!!!変なこと部員に吹き込まないでよ!!盤戸スパイダーズ全員ホモにする気っっ!?大体あんたがギャーギャーうるさいから赤羽もどうかと思うけど口塞いだんじゃないの!?」 「だーっ!もう怒鳴るな!!俺にだってするんだから他の連中にもするだろ!してほしそうな顔してたから薦めてやったまでだぜ!つーか俺はホモじゃねぇよ!!!一緒にすんな!!」 「皆おかしいわよ!!私だけっ?普通なのは!!!」 「ん!?そういや皆出ていっちまったな、つーことは俺ら二人だけか…ここに残ってんのは」 「え?うん、まあそうね、だから人の話し聞いてるの〜〜!?」 「大チャンスじゃねーか!!ジュリ、ちょっと口直ししようぜ!!」 「はあ〜〜〜〜っっっ!?寝言は寝てからいいなさいよ!!!冗談じゃないわ!!!」 バチーーーーンッッッ!!! 強烈なビンタにコータローの身体が見事なまでに吹っ飛んだ。 「グアッッ!!」 「しかもそれってさりげに赤羽と間接キスじゃない!いーーーやーーーーー!!!!」 そして気付かなくてもいい事実に気付いてしまい、更にジュリの怒りは治まりそうになかった。 バコーーーーーンッッッ!!! 今度はショック死ではなく、確実にトドメをさされたコータローだった。 バカは死んでも治らない。 そして一方で資料室では… 「あ…えっと先輩とその…、あの……はい、えー…」 「なんていうかー、そのだな、皆で話したいなーなんて…」 威勢良く資料室に乗り込んだはいいが、赤羽の前でコータローみたいに無神経に騒ぎ立てる芸当が彼らに出来るはずもなく、皆モジモジと目的を果たせないまま時間だけが無情に過ぎていった。ちょっと頑張って声を上げてみても赤羽に静かにしてくれないか…と言われてしまえば逆らえるはずもなく…大人数なのにシーンと不自然なほど静まり返ってしまった。 ―…何か用があってここに皆で訪れたのではないのか?― 赤羽自身も不思議に思うが、率先して会話をするタイプでは全くないから、相手側から何かアクションを起こさない限りこの場で何かが起こる事はない。 今日は随分来客の多い日だな…と赤羽は部員の気持ちなど露知らず、淡々とそして永延とビデオを見続けるのであった。 ただコータローに対しては、言葉で言っても全く聞かないので手っ取り早く相手を黙らせる方法を実践したのみであり、特に赤羽はキス魔でも何でもなかったとさ。 END. |