*携帯電話* 今日の佐々木コータローはとても上機嫌で朝練の為学校に向かっていた。サッサッと髪を梳かしながら、もう一方の手には携帯電話。カパカパと開閉を繰り返し、それを見つめる熱い眼差しは今に鼻歌でも歌い始めそうな程嬉しさに満ちており足取りもどこか軽快であった。普段から自信家であるコータローだったが、今日は一段と輝きに増している。 「おはようー、コータロー」 すると後方からよく知った声が自分を呼び、コータローは軽快な足取りを一度その場で止める。後ろを振り返って、「うーっす」とマネージャーの沢井に声を掛ける。それからどうせ行き先は同じだと肩を並べて学校へと向かう二人、しかしいつもに比べてコータローが上機嫌な事に沢井はすぐに気がついた。そして手に持っていた携帯電話も。 「あれ?携帯変えたんだ、だから朝からそんなに機嫌がいいわけだ」 「おお、ずっと欲しかった機種でよー、安くなるまで随分と待たされたぜ、『盤戸スパイダーズ』カラーの赤と黒、スマートだぜ!!」 「へー…カッコいいわねー、私も変えよっかな〜携帯、でも今お金ないしな〜」 学生らしい財布事情の話をしながら携帯電話で盛り上がる。またコータローらしい携帯電話の選び方に沢井は感心した。けれどコータローに赤と黒のカラーは良く似合っている。 二人は話題も尽きないまま学校に到着して、それぞれ朝練の準備をする為部室前で別れる。コータローはそのまま部室に入り、何人か先に来ていた部員に声を掛けた。でもやっぱりテンション高めの今日のコータローの様子に誰もがその普段との違いに気付く。そして皆見る所は同じで、片手に握られた携帯電話に注目が集まった。 「おうおうコータロー、ひょっとして新しいのに変えたのか〜?」 「ああ先輩、おはようございます!そっ、新しいのに変えたんすよ、しかも意外に安く」 「おーっ、いいの持ってんじゃん!コータロー!」 「赤と黒って何だか盤戸スパイダーズの色みたいでいいっすね〜」 部室でわいわいとコータローを囲んで、一躍主役に躍り出た携帯電話は大変好評で、また気分を良くしたコータローはテンションをぐんぐん上げていく。やっぱ自分のセンスに間違いない!と確信して、自分のロッカーを開ける。自信の笑みを覗かせながら、後ろでまだ携帯の話題を続けている皆の声を聞いている。 「俺も変えっかなー新しいのにさ、人が新しいの持ってるの見たら変えたくなるよなー」 「あー分かる、でも俺はまだ最近変えたばっかりだからいいけど」 「でもコータローさんが持ってる携帯、誰か他に持っているの見たような気が…」 何気なしに会話を聞いていると少し興味深い方向へ進み、まあ機種が被るなんてよくある事だが、一応自分と同じ携帯を持っているという点に興味を惹かれ、コータローは聞き耳を立てる。 すると恐るべき人物の名が後輩の口より飛び出す。 「あっ!思い出した、赤羽さんだ赤羽さん!!」 「ブッッ!!」 アリエナイ人物の名前が耳に飛び込んできて、コータローは思わずロッカーに顔を突っ込む。そして天まで突き抜けんばかりの勢いだった自分のテンションがみるみる下がっていくのが分かった。そして思いっきり何の罪もない後輩に食って掛かる。 「おいっ!ちょっと待った!今の聞き捨てなんねーぞ!!誰が同じ携帯持ってるって!?」 「ヒィィィ!コータローさん!!たまたま偶然見かけただけですよ!カッコいい携帯だったから記憶にあっただけで!わ〜〜っっ!!」 「おうおう、コータローストップだー!!これもきっと二人に仲良くなってもらおうという神様のお導きでっ」 「うわあああっっっ!!!あんな奴と同じ携帯持ってるってだけで全身の血が煮えくり返ってきやがるぜ!!ふざけんな!すぐ変えるぞ!スマートにっっ」 「落ち着けコータロー!!昨日変えたばっかりなんだろ!?そんなすぐに機種変できる程金持ってんのかよーー!!」 必死で暴れ始めたコータローを何とか取り押さえようとそこにいる部員一同で怒りを静めさそうとするが、さっきまでテンション高かった分よっぽどショックなのか取り乱し方が尋常でない。むしろ部員の皆からすれば赤羽と同じ携帯なんて何だかあやかれそうで嬉しいと思ってしまいそうなんだが、このコータローだけは不幸の巡り合わせと感じるらしい。 けれど誰かさんと同じ携帯を持っているなんて事実をあのコータローが知ってしまえば確かにこうなる事は明白で、でも部員の言う通りすぐに機種変できるだけの予算がない事も揺るぎない事実で…ガクッ、とコータローは暴れ疲れたのかその場にしゃがみ込む。 「クソッ、どうにもなんねーのかよ…折角俺が待ちに待って手に入れたこの携帯、よりによって何であんな奴と一緒…」 「まっまあまあ、もうしょうがないって、潔く諦めろよ、その内赤羽が変えるかもしんないしさ」 「はっ!そうか!!その手があったか!!そうだぜっ奴に変えさせれば問題ねーじゃねぇか!!どこにいやがるっあのヤロー!!」 部員の気休めな言葉を真に受けて、やっぱり我を忘れているコータローは名案だとばかりに早速部室を飛び出して、多分あの場所にいるだろうと予測がついている場所に猛ダッシュで向かう。校舎に向かい一直線、これから朝練があると言うのにグラウンドからみるみる離れていく。 そして勿論目指す場所は資料室。 「ハアッハアッ!ここか赤羽〜〜〜っっっ!!!見つけたぜ!!!」 朝っぱらから大声でノックもせず資料室のドア開ける。コータローの予想通り赤羽の姿はそこに確かにあったが、突然のコータローの登場に何の驚きの態度も示していない。まるで人形の如くギター抱えて椅子に座り微動だにせず至近距離でビデオを見ている。 「ってまた随分近い位置でビデオ見てやがんなーっ、それ以上視力悪くなっても知らねぇぞ!って何時からここに来てビデオ見てんだよ、さては寝泊りしてんじゃねぇだろうなぁ!?って今はそれどころじゃねぇぜ…おい、お前携帯出してみろ!」 憎き相手の目の心配をする気遣いはさり気ないコータローの優しさなのか、ただ突っ掛かりたいだけなのか、判断に迷うが今日はもっと他に大事な用があると赤羽に例の携帯を出すように投げ掛ける。赤羽もやたら慌しいコータローの態度に「フー」と困ったような表情を浮かべるが、相手の指示通りに静かに制服のポケットから携帯を取り出す。そしてそれは確かに全くコータローが持つ携帯と同一の物だった。 ガ―――ン……… 先に同じ物だと聞かされていたとはいえ、実際に目の当たりにするとコータローは激しくショック状態に陥る。この心の慟哭がお前に分かるか!とわなわな同じ携帯を握っているコータローの腕からやり切れない気持ちが痛いほど伝わってくる。おそろの携帯だなんてこんな仕打ち耐えられるかと、いきなりコータローは前振りもなく用件をビシィ!と赤羽に突き付ける。 「おいっっ!!何でもいいから頼むから携帯、機種変しやがれ!!俺は昨日変えたばっかだっ、お前と同じもん持ってるなんて一分一秒耐えられるかよ!!今日変えてこい今日!!」 それはかなり自分勝手な言い草で無茶な注文だと誰が聞いても分かる。しかし至ってコータローは真剣で、その熱意だけは否が応でも伝わってきた。赤羽は不思議そうに何度も瞬きしながら特に怒る様子もなくコータローの言葉を聞いていたが、とりあえず同じ物を持っているという事柄だけは認識した。また奴が荒れている理由も同時に悟る。 けれどまたちょっと悲しそうな顔をした赤羽は、この後絶望的な事をコータローに言い渡すのだ。 「フー、君の気持ちは良く分かった、だが俺も昨日変えたばかりなんだが?」 「!!!!!」 そんな衝撃的事実に顔を引き攣ったままカコーンと固まってしまったコータローは、よりによって昨日かよ!!俺と同じタイミングでかよ!!と心の中でツッコまずには入られなかった。こんなところで(意見や考え方が)反発し合う者同士の二人が、見事なまでのシンクロ率を見せ付ける。これが俗に言うノリが似てるってやつなのか!? 自分と全く同じ状況な赤羽に、もはやコータローは高い金を払って新たな携帯を買え!とはさすがに相手がいけ好かない奴でも言えやしなかった。そこまで人間落ちちゃいねぇ…と、もう無言で立ち去ろうとする。 けれど一つどうしても気になる事があったのでそれだけはと振り返り、最後に一つだけ質問をぶつけてやった。 「ってか、何でその携帯選んだんだよ!!お前の大好きな赤だからかっ!?」 赤い瞳に髪を持つ、名前すら赤がつく赤羽のイメージカラーとも言える色。だから携帯も赤を選ぶなんて当たり前のように思える、だが何故だかコータローは理由を聞いてみたくなったのだ。 後々、聞かなきゃ良かったと思う事になるとしても… そして赤羽はコータローの期待に応えて、その質問に対する返答を素直に教えてやろうと口を開く。 「…盤戸スパイダーズの赤と黒だから」 理由すらも全く同じでその携帯を同時期に手にしてしまった二人であった。 二人とも在籍してる『盤戸スパイダーズ』を愛するがゆえの偶然。 けれどそれはまさに必然だったかもしれない… しかしむしろ災難はその後で… 学校中でとある噂が二人の知らぬところで進行していた。 『アメフト部の赤羽とコータローが全く同じ携帯持ってるらしいぜ、しかも変えた日一緒だってよ、おそろかよあいつら、男同士のくせにありえねぇー』 本人達にとって不名誉なホモ疑惑が密かに囁かれ始めていた… 合掌。 END. <オマケ?…携帯電話−2−> これはまた違うお話ですが、二人の携帯電話にまつわる話をもう一つ致しましょう。 とある練習試合が他校で行われる日。一先ず盤戸のメンバーは駅に集合という事で昨日確かに朝の9:00にと練習後のミーティングで全員に滞りなく伝えきった筈なのだが…9時になっても一人だけ集合場所に現れない人物がいた。 「もう〜〜っ!何やってんのコータロー!!9時過ぎたんだけど!!!寝坊!?」 時間になっても現れないコータローをマネージャーの沢井がカンカンになって怒っている。他の部員も溜め息を吐きながらコータローが現れるであろう方角を見ながら携帯電話の時刻を眺めている。着実に1分2分と時間が過ぎていく。一応集合時間は早めに言ってあるものの余り遅れるようじゃ相手の学校に到着する時間が遅れてしまう、下手すれば約束の時間をオーバーするなんて事も… 「連絡入れた方がいいな、やっぱりコータロー抜きでなんて戦えないし…」 「そうですよね先輩……私連絡入れてみます、えーっと携帯携帯……あっ!」 そしてある事に気付く沢井。服を探せどカバンを探れど自分の携帯電話が出てこない、つまり自宅に忘れてきてしまったのだ。こんな肝心な時にーっ!とまたイライラし始めるが、今はそれどころじゃないと、コータローに連絡を入れるのが先だと誰かの携帯を借りようとふと視線を周りに向けてみる。すると真っ先に目に入ったのが柱にもたれて妙に黄昏ている赤羽の姿。 まあ誰でもいいや…と思い、沢井は赤羽の元へ行く。 「ねえ、携帯忘れたから貸してくれない?コータローに連絡入れたいんだけど…」 すると赤羽は無言で自分の携帯を取り出し、沢井に渡してやる。今ここに誰かさんがいないのは勿論赤羽も知っているし、彼なしで練習試合に臨む事など到底ありえないと思っている。そういう赤羽はあくまでも練習試合だし公式の試合ではないのだから出場出来ない事ないのだが、それでは意味がない…といつもベンチで指示を送っている。秋大会序盤は自分なしのメンバーで勝ち抜かなければいけないのだから。そんな不安定のチーム情勢にコータローの力は不可欠だ。 「あ、ありがとう!えーっとコータローの番号〜…って、手帳手帳…っ」 赤羽に借りた携帯でコータローに電話を掛けようとするも、いつも電話を掛ける時は登録されてある番号を呼び出してするものだから、肝心の番号が分からないと沢井はカバンの中の手帳を取りに行こうとする。しかしその前に赤羽がさらりと沢井に告げる。 「090-XXXX-XXXX、だ」 「なっ何で一々番号なんか覚えてるのよ、まっいいや、えーっと090-XXXX-XXXXと…」 通常ならよっぽど馴染み深い番号でないと携帯の番号なんて誰も記憶していないと思うが、しかも相手は決して仲のいいと言えないコータローの携帯電話だったりもするが、沢井はそんな常識外の事でも「まあ赤羽ならありえるかも」と緊急事態の為にチーム全員の番号くらい覚えていそうなイメージがあったので妙に納得して、何も気にせず赤羽の携帯よりコータローの携帯番号を直接打ち込んで通話ボタンを押す。すっかり赤羽の摩訶不思議さには慣れているらしい。かなりのツワモノである。 トゥルルルルルル、トゥルルルルルル… そして電話も無事繋がって、後はコータローが出るのを待つのみであったが、突然沢井の耳に飛び込んできた声は「もしもし」などという生易しい声ではなかったのだ。 『おらあぁあぁあぁあ!!!!!!』 まさに鼓膜が破れんばかりの怒号がフルマックスで至近距離より突き抜けて沢井の耳をキ――ン…!と一瞬昇天させた。そのバカでかい声は周りにいる部員にも聞こえており、なんだなんだと沢井が持つ話し相手がコータローの赤羽の携帯に注目が集まる。 「もっ…!ちょっっ!!ビックリするじゃないコータロー!!いきなり大声出して!!」 突然理不尽に耳を殺されそうになって沢井は大激怒しながら間違いなく相手はコータローの携帯に向かって負けじと大声を放つ。するとまた違った驚きの声が携帯越しに聞こえてくる。 「うわっ!って…あれ?沢井かよ?」 「そーよ、携帯忘れちゃったから赤羽から携帯借りてあんたに電話かけてんの!!ってコータロー今どこにいるの!?とっくに集合時間過ぎてるんだけど!」 「えっあっいやっまあその…今から出るところだっ猛スピードでスマートに!」 どうやら本当に寝坊をしたかのようなヘタレでちっともスマートじゃない返答がコータローから返ってきた。もう沢井は呆れ顔に声でピシャリと時間の守れない男に言ってやる。 「だったら最初からスマートに約束の時間ぐらい守りなさいよ!!言い訳してる暇があったら!皆コータローの事待ってるのよ?早く来い!!!分かった〜?」 「分かった分かってるって!!すぐ向かう!耳元で怒鳴んなよっ」 そして自分が最初にやらかした事をもう忘れていて、沢井はブチッと頭の線が切れそうになるが、だがふと単純に浮かんだとある事に関しての疑問がこの瞬間に頭によぎる。すると何だか腹が立つ事を言われたのに言い返す事を忘れて、さらっとコータローに対して気になった事を自然に零す。 「でもコータロー、赤羽の携帯からってよく分かったわね、登録に入れてるんだ」 『っっっ!!!』 出た瞬間すぐさま怒鳴った事を思うと、どう考えても相手が赤羽だと思ってコータローは明らかに大声を上げている。でもそれはそんなに考え込まなくてもすぐに分かる事。赤羽に嫌がらせするのが大好きな人だから。でもだからこそ沢井は純粋に疑問に思ったのだ、何故赤羽の携帯からだと分かったのか?それは番号を元々登録してあったから。では何故嫌いな筈の登録なんて不必要な相手の番号なんて登録に入れちゃってるのか…あのコータローが。 疑問に思って当然だ。しかも鋭い指摘を受けたコータローは電話越しで言葉を詰まらせ、参りましたと言わんばかりに無言状態が続いている。 そしてざわざわと他の部員も「確かに…」と口々に呟きながら、ふと赤羽の方を見てみる。しかし全くのポーカーフェイスで何を考えているのか誰にもこの瞬間の赤羽の感情を読み取る事が出来なかった。 どもるコータロー。 表情変えずに黙ったままの赤羽。 しかし二人は端から見ると犬猿の中で個人的なやり取りなど無いに等しいと誰もが思っていた。けれどコータローは赤羽の番号を登録しており、赤羽はコータローの番号をそのまま暗記している。ちょっと二人の着歴と発歴を覗いて見たいと思った部員達だった。 ひょっとすると末恐ろしい事実が発覚してしまうかもしれない。 END. |