*バカは風邪引かない?*


場所は赤羽のマンション。

少し咳をする赤羽は誰がどう見ても風邪を引いていて、しかし学校にも休まず部活にも出て、そして無事に自宅マンションに帰宅したのだが、何故か赤羽に付きまとう影があった。
特に本人の許可も取らず思いつきで行動する彼は、この度も赤羽の事情に構わず練習が終わった後勝手についてきたのだ。もう夜も遅く、本来なら真っ直ぐ家に向かわないといけないところだ。
つまり何らかの目的があって今我が物顔でソファーに腰掛け寛いでいる。

しかし赤羽も無理に押し返そうとはせず黙々と咳を殺しながらコータロー専用コーラをグラスに注ぐ、そして相手の前にそれを差し出した。ゴクゴクとあっという間に飲み干されるコーラ、ぷはーと気持ちが良さそうに喉が潤んで上機嫌になるコータロー。だから赤羽はこのタイミングで話しかける。

「何をしにきたんだ、早く帰ったほうがいいんじゃないのか?」

別に嫌味で言ったわけでもない、ただ不思議で気になっただけのこと。けれど何となく相手の目的も本当は察知している赤羽だが今日はあまりその気になれない。

「何って決まってんだろ、ヤりにきた」

「………」

さも当たり前のように吐き出された言葉は赤羽にとっても予想範疇内で特に今更驚くべきことではないのだが歓迎もしない無言の表情だった。

「………気付いているとは思うが…」

「あんだよ」

「……俺が今風邪を引いていることは知っているな?」

赤羽はそれだけを静かに口にすると、喉から咳が二度口をついて出る。ゴホゴホとそれはまさしく風邪の咳。赤羽の言葉の後に咳が出て、そんな様子をコータローはジーッと見つめていた。そして赤羽に対し返答する。

「……お前風邪引いてたのか!そういや咳してたっけ」

「!」

なんとまるで気が付いていなかったような言葉が飛び出し、赤羽は思わず目を丸くする。
今日は朝から晩までずっと咳をしっ放しだ、他の部員もすぐに風邪を引いている状態であることは気付いていたし、何度もコータローの前でも咳は出ていたと思う。それなのに気付いていなかったと彼は断言する。
どうやら意外とそこまで気にはかけられていないらしいとほんの少し赤羽は無意識的に寂しく感じる。だがこれでようやく今の状態を相手に伝えることができて話が前に進むと赤羽は安心もする。

「……つまり今の俺と交わるという事は、お前に風邪をうつしてしまう確立が非常に高いという事だ」

「まっ交っ…、まあいちいちツッコんでたら話が前に進まねぇ、別にどうって事ないだろ、絶対うつるとは限らねぇだろ」

「本気か?しかしお前がどう言おうと俺にその気はない、悪いが帰ってくれ」

「だからうつらねぇって言ってるんだろう!?」

断固として赤羽の言葉を受け入れられないと屁理屈をこねだすコータローはソファーから立ち上がり、立ち尽くしたままの赤羽に身を寄せる。随分近い距離まできた二人は正面から視線を合わせ、謎めいた赤羽の赤目も真っ直ぐにコータローを見る。
その色は人工的な色なのか果たして自然に生まれたものなのか、コータローは未だ知る由もなかったが、ただ赤羽という人間に埋め込まれたような真っ赤な両目は酷く自分を刺激する。その気はないと告げられた直後でも関係なくコータローはますます欲情してしまう。
だからこの静止した状態がたまらずさっさと行動に移してしまおうと手を相手の後頭部に回してスッと口元を寄せるが、その瞬間「コン!」と赤羽が咳をして、コータローは思わずビクッとしてしまいほんの少し距離をとる。

「うおっ、ビックリしたーー、急にすんなよ」

「だから風邪を引いているんだ…、今日はやめておいた方がいい、今はいいかもしれないがうつった後が大変だ」

「だからうつらないって、それよりお前焦らすなよ!」

「随分とうつらない自信があるんだな……しかし人の忠告は聞いておくものだ」

「生憎だがお前の指図は絶対に受けねーぞ!!引かねぇっつったら引かねぇ!!これでもういいだろ!引いたら俺の責任だ!!」

どう足掻いても引く気のないコータローに対して、半ば呆れ顔(無表情だが)の赤羽だったが、風邪をうつしてしまうことをどうしても避けたかったのだが本人がそれほどまでに大丈夫と言い切るならそれにかけてみようと今度は咳を殺して相手の強引なキスを受け入れる。

コータローのまるで飢えたような口づけはいつでも冷静さを保つ赤羽の身体にも火をつけ、その髪や瞳の色のように燃え上がり二人は濃厚にキスを交わす。舌を絡め吐息が混じり生まれる熱を共有する。
水音が弾けるように何度も鳴らして、男のものでも柔らかい唇や口腔を犯す舌先も全てを重ね合わせて二人は確かに快感を得ていた。特にスイッチの入ってしまった赤羽はコータローの手に負えるものではなくて、キスで殺されそうなほどトロットロに色んな箇所を溶かしてくれる。

完全に押され始めたコータローは最初は情けないと思ったものの今となっては慣れたもので、これで最高に気持ち良くなれるのなら悪くないとどうせ押されるのは今だけだと前向きに捉えている。しかしいつかはキスの主導権も頂きたいものだ。これでも少しは上達したと本人は思っているし赤羽もそれは感じている。

ようやく二人が離れた後も互いに少し頬を染めながら、酸素を求め少し息苦しそうに呼吸を整えるけれどもいつも平然としている赤羽も風邪のせいか苦しそうな表情を見せている。
そして咳を三度ほどする。
それを見てちょっと申し訳ない気にさせられたコータローはボリボリとどうしようかと頭を掻いた。しかし正直言って我慢できる状態でもなければ下半身は上向き傾向だ、せっかくここまで来たのだからとまだまだ若いコータローはついつい欲を出してしまう。

けれど赤羽を押し倒してしまう前にコータローは赤羽の手に捕まりずるずるとそのまま怖ろしい力で玄関先へと引っ張られ、開けられたドアからぽいっと外へ放り投げられる。いとも簡単に。

「うおっ!!急に何すんだよ!!」

「ここまでだ、家に帰ったら忘れずにうがいをするんだな」

ガチャン。

カチッ。

まさに寸止めで外へと放り出されたコータローは嘘だろー!?と怒りを露にする。しかもしっかりと鍵もかけていった赤羽は既に扉の向こうに気配すらしない。
一人で獣のように荒れ狂うコータローは結局どうすることもできずおずおずと帰らされる羽目となるんだが、確かに少し無理をさせていたことに関しては反省の色を浮かべていて、だがしかし頑なに赤羽に対して引こうとしないコータロー精神はぶつぶつと文句を零しながら帰っていった。
落ち着け!と自分の下半身に投げ掛けながら。

家に帰っても速攻で飯を食い、不貞腐れるようにさっさと風呂に入って、そして寝た。肝心なことをし忘れて。

そんなこんなで赤羽の再三の忠告を聞かなかったコータローの運命はと言うと……?


翌日、コータローの幼馴染である沢井が一人で登校してくる姿を赤羽はグラウンドから見つけて、やはり…と溜め息に近い「フー」を一人零すのであった。

そして当然自分の風邪は完治していた。


おしまい。



2006年の5月辺りに日記で即興で書いたネタでした。
眠らせてるのもあれだし…と今回引っ張ってきました。

バカでも風邪を引くという話でした。
そしてまだ関係が曖昧で、今読むと少し新鮮な気持ちになりました。
二人の関係がクールですねー。
★水瀬央★


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