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*仮バースデー* 今日は11月30日、盤戸スパイダーズの佐々木コータローの仮バースデーであった。そして何故『仮』が付いているのかと言うと…コミックス9巻では7/19と記載、最近出た公式ファンブックでは11/30と書かれていたからだ。まだどちらが正しいか公式での発表はない。つまりコータローには年に二回、誕生日が訪れる。しかし自分の生まれた日は必ずしも一つで、二つなど有り得ないのだ。だから折角の皆に祝ってもらえる御めでたい日が確定しない男に幸せなど訪れないのだ。 「……今日は11/30、一応俺の誕生日…って何で自分の誕生日なのに一応なんだよ!でも7/19だったような気もする…っていうかどっちだよ!!!」 今日一日朝からずっとコータローはこの調子だった。朝練でもブツブツ、授業でもまるで身が入らず(しかしそれはいつもの事)、昼食中でもブツブツ、放課後になってもブツブツ、練習中も気になっているのかいつもほどキックの成功率が上がらない。 そんな冴えないコータローを一日中目にして沢井もほとほと呆れかえっている。重症…とポツリと零して、けれど確かに自分の誕生日がはっきりしていない事ほど奇怪な事はない。普通なら「おめでとー」と声を掛けるところだが、確定していないのに「おめでとうー」は何だか言う方も違和感を覚える。もし、まあいいかと祝ってやって、やっぱり7/19だと分かってしまったら何となく悔しい。 けれどコータローから言わせて見れば、もし今日が本当だったどうすんだよ!となる。 非常に難しい問題だ。 練習が終わってからもコータローの果てない悩みは続き、いつもうるさい男がブツブツ考えこんでいるから部室は比較的静かだった。 「まだ悩んでるなコータロー、可哀想に思うけど肝心の本人が忘れてるんじゃあな…俺らにはどうしようもないよな…」 打つ手のない他の部員達も同情はするものの、むしろ一体どうすれば自分の誕生日が分からなくなるという事態に陥るのか不思議で不思議でしょうがない。だがこればっかりは本当にコータローが可哀想なだけなのだが、微妙に皆他人事で哀れの極地を味わっているコータローをそっとしておいてやる以外に選択肢が取れなかった。けれどどこかで「自分の誕生日忘れるなよ」と思っている。 「好きで忘れた訳じゃねぇよ!!クソッ!!何で自分の誕生日かもしれない日にこんな悩まなきゃいけないんだよ…スマートじゃねぇ、おかしいだろ!」 確かにおかしい…と頷くだけ皆も頷く。これほど不憫な事はない。しかも皆から可哀想な目で見られて。 「そうだなー、じゃあ今日かもしれないし一応…コータローおめでと!」 「ああー俺も、おめでと」 「おめでとうございます」 「どいつもこいつも適当に言うんじゃねぇ〜〜〜!!!心も篭もってねぇ!!!」 逆に変に気遣えばコータローの気に触り、そんな中途半端な祝い方では逆効果だ。けれどこうする以外にないのだ他の連中は。むしろちゃんと祝ってもらいたければ早く思い出せと皆の目は語っている。別に意地悪したい訳ではないのだ。けれど現時点で公式発表は二つ…けれど実際は一つ…、誰の独断でも決められない。 「まっまあその内分かるんじゃないか?発表あるって!っじゃあお先っ!」 「あっそうですよ先輩!また分かったらその時に、お先です!」 「おうおう、まあ落ち着いてコータロー、今日のおやつにしようと思ってたポッキーあげるから、そっそれじゃあな」 シ―――ン……… こうしてポッキーだけ掴まされたコータローが部室に一人虚しく残った…と思いきや、 ギャーン! なんと一人だけ残っていた。しかしこのギターの音は…一人残っていたとしてもコータローにとっては非常に嬉しくない展開だった。 「って…そこにいたのかよテメー!全然気付かなかったぜ…」 「………」 赤羽はベンチの片隅でギターを抱え制服姿で音を奏でている。けれど相変わらず会話という会話は成立せず、仕方なしにポッキーの箱を開けてパキパキと自棄になって食べ始めたコータロー。こんな虚しい誕生日は初めての事だった。というか今日が誕生日なのか? 「…どうせお前も人の事バカにしてやがんだろ…」 パキパキ…悲しい音を響かせて、コータローもまたベンチの片隅に座り、ギターの音とポッキーの音が無駄に交じり合う。はあ…と溜め息を吐くコータロー、そんな不憫な彼に軽く視線を向けて赤羽は又ギターの弦を見つめる。そしてボソッと声を出す。 「……バカに………してない事はない」 「そこは気を遣えよっ、おらあぁあぁあ!!!!」 やはり自分の誕生日を忘れる男を、バカでない事はないとキッパリ言い切った赤羽だった。だがそれは元々は本人のせいではないのでコータローを責めたところで何の解決もしない。むしろいつも人に囲まれているコータローがこんな哀れな事態を招いていて可哀想だとも思える。赤羽の前で溜め息なんか強がって吐く訳がないあの男が… 「あーあ、とんだ災難だぜ…折角誰かに飯で奢らせようと思ったのによ」 「……付き合ってやってもいいが?」 「断る」 「……そうか、残念だな」 今度は気遣ってみたが一足遅かったようだ、赤羽はギターをケースにしまいそれを担いで立ち上がる。そしてそのまま部室を出ようとコータローの前を通り過ぎようとする、しかし未だ顔を伏せたままの不幸な熱血男が視界に入り赤羽は目の前で一旦歩みを止めた。 「何だよ…さっさと帰れよ」 そんな憎まれ口もコータローからは叩かれ慣れていて何の気にも止めない赤羽、ジッとコータローの哀れな姿をその場から見下ろして櫛で髪を梳く事すらこの男は忘れていた。何とも冴えない仮とはいえ誕生日に誰からも愛情を注がれてもらえなかった可哀想な子供だ。 なので少し…赤羽は分けてやろうと思った。 スッとサングラスを外して、静かに「コータロー」と名だけを呼ぶ。 「あんだよっ」 すると鋭い形相でガルルと噛み付かんばかりの勢いで顔を上げてコータローは自分を哀れんでいるであろう赤羽を睨みつける…、がほぼ同時に相手もなめらかに動いてコータローの顎を指先で添えるように固定して優しく口づけを交わす。 その瞬間コータローは手に持っていたポッキーの箱をポロッと地面に落とし、呆然と目を開けたまま瞬きを繰り返して相手が自分の唇を弄ぶような巧みな動作にある意味うっとりさせられながら、柔らかい感触を舌先でも確かめられて、もうコータローは硬直して押し返すことも出来なかった。 あまりに優しく触れられて思わず頬が紅潮するような、そんな恥ずかしさに見舞われる。こんな赤羽の慰めに思春期としては男心をくすぐられてしまう。目の前の長い睫毛に思わず見惚れながら先程までの荒れ狂った感情が全て吸い取られるかのように、赤い瞳の視線だけでなく唇からも凄まじく甘い魔力が注ぎ込まれていく。 そしてしばらくするとパチッと赤羽の目が開いて妙に気まずく至近距離で目が合ってしまうが、赤羽は一切取り乱す事なく最後にきっとポッキーのせいで甘いであろうコータローの唇を舌先で舐めて、それからゆっくりとコータローから名残惜しそうに離れていく。 そしていつの間にか真っ赤に染まったコータローの顔を斜め上から見下ろしながら呆然とし続ける相手に向かって、こう言い放つ。 「…他に欲しいものは?」 まさにその先の行為を彷彿させるような、コータローにとっては衝撃的な一言だった。もう心音が跳ね上がるように速度を増して相手の術中に見事はまった形だ。思わずコータローは腕を組んで再び深く頭を下げる。このしてやられた忌々しき事態にどう対処しようか別の悩みを突きつけられた感じだ。けれどここは欲望に忠実になるべきかと勢いよく顔を上げて相手のネクタイを掴み自分の方へ引き寄せてコータローも口を開く。 「じゃあ、ヤらせろ」 全く飾り気のない言葉でコータローらしく単刀直入に飢えた獣のような目で赤羽に告げる。すると赤羽はほんの少しだけ赤い瞳を揺らし一瞬見開いて微かな心の揺れを見せる。 だが何となくコータローは気恥ずかしかったのかこのまま黙っていられなくて余計な一言だとは思ったがついついこのタイミングでそれを口走ってしまう。 「なんか…ムシャクシャしやがる」 「……!」 そして明らかに不必要な言葉を吐いてしまって、コータローは…まずい…と自ら冷や汗をかきながら赤羽を見続けるが、次の瞬間にあっという間に視界は吹っ飛ぶ。 パァン!! デリカシーのない男に無情なほどのスパイダー・ポイズンが炸裂して、赤羽はスタスタとそのまま無表情で部室の出入り口へ進んでいく。そしてドアを開ける前に一言だけ倒れたままのコータローに言い捨てる。 「お前のその音楽性は、好きじゃない」 どうやら相当気に触ったみたいで、おしいチャンスを逃したコータローだったが、この時密かに心の内では、これと音楽とは何の関係もねーーと冷静にツッコミを入れていた。この状況でそんな余裕も持っていたとは意外とツワモノな彼だ。だが赤羽にとはいえ一応祝ってはもらったので(おめでとうとは言われていないが)これはこれで良しと開き直る。その内続きはどこかでさせてもらおうと… だが意外に幸せオチだが、決してこれで誕生日の謎が解けた訳ではない。 END. |