*裸の魅力≪チカラ≫* 「キヤアアアアア〜〜〜〜〜!!!!!」 ある日、ここ盤戸高校に突然甲高い声が響く。 何事かと声を聞いた者はすぐさま駆けつけて来るが、行き着いた先にアメフト部のマネージャーと一人の選手が見えた時点で他の部の者は「ああアメフト部か…」と妙に納得した顔つきで散り散りに去っていった。何かしら派手な事をやらかすので有名な盤戸高校アメフト部、とても和気あいあいしているようで傍から見ればむしろ楽しそうだが、様々なトラブルや問題も抱えているらしく、一概に平和な部とは決して言えない。更に個性的なメンバー達が日々つまらぬ事で一騒動起こすのも日常茶飯事である。 「コータロー!!なんで急にドア開けるのよ!!開けるなって文字見えなかったのっっ!?」 「知るかよっ!気付かず開けちまったんだよ!お前こそあんなとこで着替えてんな!大体俺が開けた時普通に服着てただろうがよ!んな目くじら立てて怒んな!!」 「そういう問題じゃない!!!」 パンッ!パンッ!パンッ! そして見事に両頬が膨れ上がるくらいの強烈なビンタを三発かまされて、その場でコータローはKOされた。わざとじゃねぇ!と弁解したところで…大して何も見てねぇ!と言い訳したってコータローの罪は重い。プンプンと怒りが収まらない様子の沢井は未だ鬼の表情で冷たい態度を取り続ける、なので仕方なしにコータローが「悪かったって」と一先ず謝って、覗きをしたと変な噂を立てられる前に名誉回復としておく。 「セッカチは嫌われるわよー、ちゃんと入る前に確認くらいしなさいよ」 「あぁ!?お前だって誰が入ってくるか分かんねーとこで横着して着替えてんじゃねぇ!」 パンッッ!! そして再び問答無用にビンタを喰らうコータロー。この理不尽さに身が震えて腹が立たない訳がないが、相手はこんなに強くても一応女の子だ。男の自分が多少我慢をしないといけない事くらいは分かっているが…それでも腹が立つものは腹が立つ。けれどもう何も言うまいと自分の頬を痛そうに押さえて、この話題は終了するはずだったのだ。ただ運悪く同じ部の者が他の部より一足遅く二人の元に辿り着いてしまう。 「あれ?さっきの声やっぱり沢井かー、なんだよ又コータローがなんかしたのかよ?」 「うわっコータローさん、頬が真っ赤、腫れてるし」 「又ってなんだよ又って!!!人聞き悪いぞ!!」 めんどくさい時に現れやがった…とブツブツ、これ以上話を長引かせたくないと思っているコータローにとって最悪の援軍だ。どうにか適当にやり過ごせないかと策を練ろうとするが、そんな悠長に構えている暇はなく、沢井がどんどん事の発端を二人に説明している。 「…で、私仕方ないからそこで着替えてたのに開けるなって書いておいたのにコータローがバッて開けちゃってもう〜最悪、女の着替え『のぞく』なんてサイテー」」 「コラ―――!!!勝手に話をややこしくすんな!!!のぞくなんてスマートじゃねぇマネするか!おいお前らも信じんなよ!って…うわ〜っっ」 「最低だぞコータロー!お前がそんな奴だったなんてな!」 「いくら見たかったからって沢井さんの着替え『のぞく』なんて先輩らしくないっす!」 「おいっっ!話がおかしくなってきただろうが!ってちょっっヤメロ!叩くな!!濡れ衣だ!」 ボカボカと更に男の制裁まで加えられてコータローは軽く瀕死の状態だ。しかも名誉回復どころか、ますます自分が変態扱いでそれだけは勘弁とコータローは吠える。 「違うって言ってんだろ〜〜〜!!!いい加減にしろ〜〜〜!!!」 ブチッと血管が切れたのか、ボコボコにされた仕返しに今度はコータローが反撃に出る。そして猛獣化したコータローは手が付けられなく、男二人は敢え無く撃沈した。しかし暴れ始めたコータローを沢井が放っておくはずもなく結局は躊躇なく耳をギリギリと捻られて再び沈む。 「暴れるな!これだからアメフト部は変人が多いとか言われちゃうのよっ」 「それは俺のせいじゃねぇ〜〜〜!!!ハッキリ言えるぜっ俺の責任じゃねぇ!!」 しかしシッカリとここにはいない赤い瞳の誰かさんを思い浮かべながら猛反論だ。変人偉人の名を欲しいままに盤戸高校に君臨してる赤羽と同類項にされる事だけは耐えられない。けどコータローだって立派におかしい。 「まあまあ…それ以上もめるなよ、コータローも多分反省してる事だしさ」 「そうそう、沢井さんもどうか落ち着いて…ってそういえば!」 収拾がつかなくなる前に沢井とコータローの暴走を止めにかかる部員の二人、だが突然一年部員が何かを思い出したように大きな声を上げて、皆の視線が自然と彼に集中する。そして何を思い出したのか耳を傾ける。 「あ?なんだよ」 「何々?どうしたの?」 暴れていた二人も手を止めて、一度は平和が訪れたのかと思った… けれどここからグッと話の方向が大きく逸れていく。 「着替えで思い出したんですけど、俺この前部室で赤羽さんの着替え目撃しちゃって、もうドキドキしちゃってどうしようかと!!」 そして突然本当に何を言い出すかと思えば…、沢井とコータローはまさに目が点状態だった。はあ?と理解不能な発言に聞き返す事すら出来なかったけれど、意外ともう一人の部員はその奇怪な話題に食いついていく。 「あっ!俺もこの前チラッと見ちゃってどうしようかと思った事あったな!ていうか赤羽の着替えって滅多に見ないからそういう場面に遭遇すると妙に緊張してドキドキするよな!やたら肌も白いしさ!」 「そう!そうなんですよ!もう心臓飛び出そうになっちゃって顔が何だか火照りましたよ!いつもどこで着替えてるんでしょう?ホント赤羽さん肌白いっすよねー」 二人の部員の間で大盛り上がりしている中、沢井とコータローは顔を引きつらせながら呆然と口を挟めずにただ二人を見守っている。 ―なんで野郎の裸で盛り上がってんの――――っっっっ!!!!― 思わず心を同調させた二人。確かにこれじゃあアメフト部は変人の集まりだとか言われても仕方ない。しかも沢井にしてみれば何だか男の赤羽に女の自分が負けてしまったみたいで非常に歯痒い思いをしている。一応プロポーションには自信はあるのだが、この屈辱感は生まれて初めての事だった。でもまだコータローはそちら側の人間ではなかったから、それだけが沢井の救いだった。 「お前らあんな奴の裸でなんかで盛り上がってんじゃねぇ!きもいぞ!!着替えとか、んなもん見たくもねーよ!!」 珍しくまともなコータローの意見が本当沢井の唯一の癒しであった。 しかしまたガクンと風向きは変わり… 「コータローは赤羽の着替えを直接見た事がないからそんな事が言えるんだよ!あれは凄いぞやばいぞ麻薬だぞ!」 「きっと色気ありすぎて他の人に見られたくないんですよ赤羽さんは、多分コータローさんでもうっかり目にしちゃったら絶対固まるって言い切れます!」 「アホかお前らキモすぎるぞ!!誰が固まるか!大体赤羽の着替えなんかしょっちゅう家でっっ…!!」 そして何かをポロリと零してしまった時、コータローは自ら言葉を止めてゴホゴホッと咳払いをした。 ―しょっちゅう家で!?家〜っ!?しょっちゅう家で赤羽の着替えをっー!?― すると今度は三人の心が同調し、何だか一人で怪しいコータローに対し複雑な視線を一斉に浴びせる。ものすごい事を聞いてしまったのではないかと全員耳を疑うが、変に言った事を誤魔化そうとするコータローの態度は逆に不自然で、しかも赤羽の着替えや裸に興味が無いのはしょっちゅう個人的に見てるから何とも思わないんじゃないかって結論までもが見え始めている。 だが一番ショックなのは沢井であり、少しでもコータローを当てにしてしまった自分を許せなくて涙を流しながら唇を噛んでいる。どいつもこいつも赤羽赤羽と変人の頂点に立つような男に現を抜かして、この世の中を恨みたくなる。 変人と魅力的な男とは案外紙一重の差で同じ意味なのかもしれない。 結局この場は無理にコータローが締めて、まるで逃げ去るようにグラウンドに消えていったと言う… そして後日――― 一人暮らしの赤羽家で、まさに赤羽が着替えをしている最中を実際に目の当たりにするとコータローは先日のヤバ気な騒動をふと思い出し、顔を青ざめながらも唐突に質問をぶつける。 「お前いつもどこで着替えてんだよ?そういや部室で着替えてんのあんま見ねーな…」 滅多に人前で素肌を露にしないと評判の赤羽だ、まあしょっちゅう見ているどころか親密に触れているコータローにとってはあまり関係の無い話だったが。だが一応謎くらい解明しておこうと普段大した話題もないのでこの機会に聞いてみる。するとあっさり赤羽は答えてくれた。 「…資料室だ」 「すっかりお前の私部屋だな、おい。こそこそ隠れてなに陰気くさい事してんだよっ」 コータローは上半身裸で自分専用に常備されているコーラのペットボトルを飲み干しながら、さっさと着替えを終えて涼しい顔でソファーに座りギターを弾き始めている赤羽を睨みつけるような視線で見る。身体を合わせるからといって決して甘い関係にはならない二人、コータローの赤羽に対する無駄な敵意は消えないし、まあ赤羽は深く気にする様子はなく軽く受け流しているから意外と上手くいっているのかもしれない。 だが事の真相を正している真っ最中に、赤羽は何を思ったのか突然ギターを弾くのをやめてベッドに腰掛けたままのコータローの元へ近づく。何事かとコータローも少し驚いたが静かに相手の動きを待つ。 そして目の前に立たれて、そのまま姿勢を前に屈め赤羽は襟元を少々大きく開き無言でコータローに何かを示す。 「あんだよ…、ん?」 回りくどい相手の態度に一向に機嫌は良くならないが、相手の示したがる首元や鎖骨ら辺に目を向けると皆が噂するような白い肌が確かに覗いている。そしてその白い肌の上には見事なまでの紅く染まった情事の痕跡がハッキリと残されている。更に色も余計に映えて、これは少し目立ってしまうかもしれない。パッと見で分かってしまうほど鮮明だ。 コータローはその瞬間何となく嫌な予感がして敢えて触れないでおこうと口は開かなかった。…が、赤羽がそんなコータローの逃走を許さず静かにそれを伝えてくる。 「…ならもう少し、控えてくれないか?」 決定的な赤羽の一言によって全ての原因が自分にあるとコータローは悟った時、ガクッと頭を落とした。そうでなければいいなと思っていた事が全て的中してしまう。赤羽が人に…着替え場所を変えてまで見せたくなかったものは着替えとか白い肌そのものとか単純なものでなく、自分が付けた生々しい朱色の痕だったのだと。わざわざ人目を避けて隠してくれていたのだと。 用が済むと又静かにソファーへ戻っていく淡々とした赤羽の後姿を見て、コータローは自然と溜め息が零れる。 じゃあその時に拒めよといつもの調子でふと文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、さすがに少しは責任の重さを感じているのか今は到底そんな気にはなれなかった… END. |