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*罰ゲーム旅行−2−* そんなことを言い出してコータローはそそくさと湯から上がって足早とドアの向こうに消えていく。赤羽はもう何も言わず、この気持ちよさをもっと堪能しようと大浴場からは動かない。だが以外にも数秒後には露天に繋がるドアが外から開いて、そこには戦で敗れたような表情のコータローの姿があった。そしてまた再び赤羽の近くに身を沈めた。 「もうつかってきたのか?」 「……オッサンしかいなかった…、もう一瞬で萎えたぜ…」 「ああ、それだったら俺も少しつかってこよう」 「オッサンキラーかお前は!!!」 まるで逆思考で、温泉まで来ても二人は一向に噛み合おうとはしない。しかし混浴風呂にオッサンしかいなかったのはさぞ苦痛だっただろう、だがエロい人が考え付くことは皆一緒なのだ。オッサンがいれば女性も警戒して誰も入ってこれやしないだろう。 だが赤羽は男性しかいないと聞いて、だったら今のうちだなと露天風呂のほうへ消えていく。コータローはその様子を見て、オエーとするが、また夜にリベンジだ!と固く誓う。 「クソー、今頃オッサンと何話してやがんだアイツは…」 自分とは違って数秒ではさすがに戻っては来ない赤羽、きっと満喫しているのだろう。けれど数分経って、赤羽が少し困惑の表情を浮かべながら大浴場に帰ってきた。まさかこれは!女性が現れたのか!とコータローは期待したが、赤羽から恐るべき事実を聞く。 「なんだ!お姉ちゃんが入ってきたのか!!」 「……いや女性はいないが、やたらと身体を触られて気味が悪くなって逃れてきた」 ―ホモが出たっっっっっーーーーー!!!!!― コータローも真っ青になりながら、さっきのオッサンどもか…とまたオエーとしだす。けれどホモなら普通混浴には行かないはずだが、つまりバイなのかもしれない。とにかく物騒な話である。 「どうやったらそんなシチュエーションになるんだよ…訳が分からん」 「話の流れでアメフトをしていると言ったら執拗に身体を触られた」 「それただ単に筋肉触ってただけなんじゃねぇのかよ、まあ俺もオッサンにベタベタ触られたくはないけどな!」 しかし落ち着いて露天風呂には入れないのは少々いただけない、やはり混浴と聞くだけでみんなの気がおかしくなっている模様だ。コータローも赤羽もここは一先ず撤退して、一度目の風呂を出る。何だか随分時間を食った気がした。 「クソー消化不良だぜ…、ついでに腹も減ったぜ…」 「部屋に戻ればそろそろ夕食の時間じゃないか?まだ少し早い気もするが…」 「いいや!飯は食う!いくらでも食える!そして夜にリベンジだぜっ」 「そうだな、またゆっくりとつかりにきたいな、今回は随分慌ただしく感じた」 そして二人は部屋に戻ると、コータローは疲れたのか畳の上でゴロゴロと寝転がって座布団を丸めて頭に敷いて何だか寝る態勢だ。確か腹が減ったと喚いていたはずなのに。 「ちょっと寝る、飯まで起こすなよ!ギターとか間違っても弾くなよ!」 「ああ…分かった」 すると一気に静かになった部屋は、赤羽の気も和らげた。窓際においてある椅子に腰掛けて、こちらも疲れた身体を癒すようにうとうとと目を瞑り始める。温泉では妙な事件も起こったが、赤羽は大まかに満足していた。食事の時間までは後もう少しあるようだから、今は何も考えず静かに休もうと二人はすやすやと眠りについた。 そして目覚めは夕食の訪れと共だった。赤羽はノックの小さな音すら聞き逃さずドアを開けた。コータローは全く気付いていないようで、夕食の準備中でもまだ眠り続けている。けれど次第に匂いで目覚めたのか、ちょうど夕食の準備は終わる頃にはすっきり目も覚めていた。 「よーし飯だ、あー腹減って死にそうだ…」 「旅館の食事はいつも量が多いな」 「食えないなら俺が食ってやるから安心して任せろ!」 だが赤羽も一応食べ盛りな年頃でもあるので、この量でも全て食べきれないことはない。だが敢えてバランスを考えて食べ過ぎないようにカロリー調整も行っているのだろう。またコータローが一食分で足りないと言い出した場合に備えて少しは残しておく。そしてその予感は見事的中させる。コータローが少し赤羽の料理にも手を出して、また食べるスピードもコータローは赤羽のほぼ二倍であることから、ちょうどよく二人は同じ時間で食事を平らげる。基本的に食事は残さない、赤羽の音楽性にも反するし、コータローもスマートでないと考えているから。 「あーー食った食った、もう無理だぜ…さすがの俺でも」 赤羽は手を合わせてきちんと小声でごちそうさまと告げて、簡単にだがテーブル上を片付けやすくしておく。夕食のお味もとても満足がいくものだった。コータローはまたもやゴロゴロしながらテレビをつけて寛いでいる様子だ。赤羽は二人分のお茶を淹れてコータローにもそれを渡してやる。 「あーしかしタダでこんなとこ来れるとは有り得ねぇよなー普通はよ、何か腹いっぱいになったらまた眠たくなってきたぜ…」 「ああ…滅多にない機会だ、同行者がお前だというのも随分と新鮮だ」 「とんだ罰ゲーム気分だけどなっ!お前だって本当は俺となんかこんなとこ来たくもねーだろ」 「いいや?」 「ブーーッッ!!そこは嘘でもそうだって言っとけ!!!」 唐突にお茶を噴いたコータローだったが、自分と違って純粋にこの旅を楽しんでいるらしい赤羽を見ると何だか自分の心が狭いように感じてとても居た堪れない。楽しんだもん勝ちとも言うし、本当はもう諦めるしかないのだが。実際二人でここまで来てしまった訳なのだから。 もう余計なことは言うまいと口を噤んだコータローはテレビに意識を向ける、正直やっぱり何をすればいいのか困ってしまうのだ。赤羽も静かに座椅子に腰掛けながらテレビを眺めている、きっと大して興味もない内容だろうけど。コータローも適当に見ているだけだったが。 しばらくそのまま時間が経って、先に動いたのは赤羽の方だった。どうやら二度目の温泉を堪能しにいくらしい、確かに夕食が終わった後は温泉につかって寝る準備をするのみだ。さっきは簡単につかっただけだしコータローも今温泉に行きたくなった気がする。 ―でも赤羽の後を追うってのもなあ…、つーかさっきは大浴場ごときでちょっと緊張してたくせによ、もう慣れてやがる、つーか変なオッサンとまた出くわしたりして……あーっ仕方ねぇ!!― 結局追って自分も温泉へ向かうコータローだった。 けれどそんな心配は無用だったようで、既に赤羽はお年寄りの男性とまったりと世間話でもしている様子だった。あの見た目で爺さんが怯えていないのが不思議だったが、意外と話してみればいい青年(まだ17才)だと感じ取ったのだろう。しかし慌てて追いかけてきた自分がバカみたいだと、赤羽なんか無視して思いっきり自慢の髪を洗い流す。顔表面に纏わりつく自分の髪がこんなに鬱陶しいものだとは思わなかった。なんでも人は気分次第。 ガシガシとやたら荒っぽく髪を洗って、泡まみれになりながら大切な髪の汚れを落としていく。ここにはコータローならではのこだわりがあって、手を抜く訳にはいかない。勿論明日もいつもの髪形に完璧に仕上げるために道具一式は鞄に詰め込んできた。まあ恐らく赤羽も持ってきてはいるだろうが。 「お前も来ていたのか」 「うおっっビビった!いきなり髪洗ってる最中に話しかけんなっ」 すると爺さんとの話は済んだのか、コータローの姿に気付き赤羽もシャワーのある壁際へやってくる。何故か隣に位置して同じように髪を洗い始めた。まあ区切りはあるから座ってしまえばほぼ相手の姿は見えない。 何だか改めて思うとおかしな気分だった、見知らぬ地に赤羽と二人でこんな温泉とかつかりにきて隣同士で髪を洗っている光景は。赤羽と以外、他に行動を共にする相手もいない状況。 先に髪を洗い終えたコータローは特に待つことはせず、さっさと目の前の湯船につかりにいく。何度入っても心地のいい湯だった、肌もすべすべしてくる。女性に人気のありそうな湯だった。 するとしばらくして赤羽も湯につかりに、まるで当然のようにコータローの近くへ移動してくる。一度不思議と思えばそれはどこまでも不思議に感じてしまった。 「髪…少し伸びたか?」 「ああっ?そりゃー勝手に伸びてくるからな」 ジッと髪を見つめてくる赤羽を適当にあしらう感じでコータローは返事も適当に返す。けれど次の瞬間、赤羽が手を伸ばしてコータローの黒髪に触れてマジマジと眺めている。一体何が珍しいのか、思わず金縛りにあってしまった。 「お、おい…一体なんだよ、俺の髪になんか用か…」 「綺麗な黒だな」 「………それを聞いて俺はどうコメントしたらいいんだよ、別に普通だろう〜?」 一体何がしたいのか…ちっとも見えてこなかったが、やっぱり黒髪に憧れを持っているのだろうか?と思ったが声には出さなかった。黒髪の立場から言わせれば赤羽の方こそ綺麗な赤をしている、それが大多数の感想だろう。コータローが綺麗に思っているかどうかは謎だが。不思議には感じるだろう。 「さっき、どこの国から?と尋ねられた」 「あーさっき話してた爺さんか、まあ珍しいのは珍しいんだろ、つーかお前日本語ぺらぺらじゃねぇか、どう見ても日本人だぜ…まっ!言ってる意味は分かんねぇけどな!」 「ああ、純日本人だと答えた…少し驚かれたようだが」 嫌味だけはさらりとかわされて、赤羽はどこまでもマイペースだった。気がつけば赤羽のペースに溶け込んでるような錯覚を受けてコータローはこんなマッタリしている自分に焦りを感じる。 「………ちっ」 もっと突っ掛からなければ、といつもの自分を出していたいがこんな旅行の場ではそれも難しくなっている。とりあえずこれ以上一緒につかるのはよそうと無言でさっさと大浴場から抜け出した。 赤羽は突然出て行ってしまったコータローを静かに眺めていた、驚いていない訳ではなかったが引き止める理由もなかったから。 意外と仲良くやってる自分が何だか許せなくてコータローは側を離れたのだが、そこまで赤羽が感づいているかは謎だった。とにかくまた消化不良気味に温泉から出てしまって、一体何をしているのかと自分を情けなくも思っている。 ―調子が狂いっぱなしだ…こんなの俺じゃないぜ!いつもの感覚を忘れるなっ― いい空気を作り出すことは決して悪いことじゃないのに、個人的感情から認められないでいる。これは罰ゲーム旅行のはずなのだ、赤羽と旅を満喫なんて出来っこないと最初から決めてかかっている。 さっさと浴衣を着たコータローはタオルを首にかけたままで一人で部屋まで戻った、そして部屋に入るとまた怖ろしい光景が広がっていたのだ。確かに風呂に出るまでは夕食の後片付けがまだの状態だったが、今では一転して既に就寝の準備が施されている。しかも布団が近いのは誰かの陰謀なのだろうか。 「………近すぎるわっっ!!もっともっと離してやるっ、何てったって今日はヤらねぇんだからな!!」 無理やり距離を取ろうと互いの布団を部屋の壁沿いの両隅まで追いやって、逆に不自然な布団の敷き方になっている。きっとこれは赤羽が見たら真っ先に不思議に思うだろう。けれどコータローはやり遂げた顔で満足そうだった。 「よし!これで完璧だぜ!こんなあからさまなシチュエーションで準備万端ヤってられねぇもんなっ」 するとちょうどドアが開く音がして赤羽が部屋に戻ってきたみたいだ、ギリギリ間に合ったとコータローは胸を撫で下ろす。だがこの部屋の状態を見て、逆に赤羽は歩みを止めてしまった。異常に離された二つの布団を交互に見つめる。 「……随分変わった敷き方だな、この旅館では壁沿いで眠るのが礼儀なのか」 「ンな訳ねーだろ、ちょっと俺が細工しただけだ、これでゆっくりと眠れるだろ!」 「布団の位置に拘らなくても俺はどこでもゆっくり眠れるが……、ああ…お前が眠れないのか」 「なんか今ものすごく屈辱的なこと言われたような気が!!!!」 まるで人を獣のように例えられた気がしてコータローは頭を抱えてうずくまる。ヤらないという固い意思が裏目に出ているようだ。逆に意識していると告げているようなものだった。 「と、とにかくどこでもゆっくり眠れるんなら文句言わずにあそこで寝ろ!いいな!?」 「分かった」 素直な赤羽の返答に何故か問題はないはずなのに気に食わない矛盾だらけのコータロー。けど眠るにはまだ早いし旅館ですることもないしお金もほとんど持ってきていないから暇をつぶすこともできないでいる。そして赤羽もまだ寝る気はないらしい、また二人分の湯飲みを用意してお茶を淹れている。それを窓際のまったりスペースに置かれて、赤羽は片方の椅子に腰掛ける。つまり自動的にその向かいがコータローの位置ということになる。 何だかお茶につられて迂闊にもコータローも窓際に移動してしまうが、静かな空間で二人で向かい合って茶を飲んでいる姿も不自然きわまりなかった。ペースに乗せられっぱなしである、時間が余ってしまって何をしていいかも分からない。 「………暇だぞおい、もう寝るか」 「寝るのか?」 「起きてても一緒にいるのがお前じゃあな…する事がねぇよ」 「…そうか、だが髪はきちんと乾かしてから眠った方がいい、朝大変なことになる」 そう言われて気付いたが二人ともまだ風呂上り状態で髪は濡れたままだ、あまりそういう状態の赤羽を見たことがないことに気付く。コータローほどの長さはないが赤い髪が濡れて真っ直ぐに下りている、するとそんなコータローの視線に気付いたのかどうかは分からないが赤羽はバスタオルでガシガシと髪を拭き始める。水が滴り落ちてそれが気になるのだろう。 「別に髪ぐらいどうってことはねぇ!!寝るといったら寝るぜ!!温泉は明日にでも入れるしな!」 そして急ぐように布団に潜り込むと、濡れた髪のせいで頭部が冷たく感じたが我慢する。確かに赤羽の言うとおり髪くらい乾かせば良かったと今頃後悔する。こんな情けないことを繰り返してさすがに虚しくなるコータローだが引っ込みもつかない、もう無理にでも寝てやろうと目を瞑る。 ―クソッ…早く時間過ぎねぇかな…完全に持て余してる― 眠くもないのに不自然にずらした布団に入って、ふと目を開けても反対サイドの布団には当然人影は見えない。元々就寝時間も遅いらしく、当然まだ眠る気はないのだろう。じゃあ今一体赤羽は何をしているのか、そんなことが気になった。するとカリカリとシャープペンを紙に走らせるような音が聞こえてきた、アメフトの資料作成か後は楽譜の作成、そんなところだろう。学校でもマンションでも良く見かける姿だったから。 ―……学校でもマンションでもできることをわざわざ温泉旅行にまで来てやってるのかよアイツ、お互いすることねぇってことか…― だがそれはやはり寂しく思う、罰ゲームだと言ったが折角の温泉旅行でもあるのだ。コータローは最初とても嫌がったが赤羽は嫌がっていない、それなのにいつもと同じことをさせているこの状況はちっともスマートじゃなかった。 「……おい、なに書いてんだよ」 「?……楽譜だ、この地はいいメロディラインが浮かぶ」 「そんなもん家に帰ってもお前なら余裕で書けるだろ、東京で書けよ」 「…………日頃の疲れを癒しに来たつもりだが、時間が空くとどうしてもジッとしていられない、情けない話だが」 赤羽もまたコータロー同様やはり時間を持て余していた、ゆっくりしたいはずが日課を例外なく観光地へ訪れても行っている自分を嘲笑っているような印象だった。もちろん時間が余った理由は同行している相手と何もまともに会話すら交わしていないことも関係していると言える。特にコータローが色んな意味で頑なに接触を拒んだことからいつも以上に時間を持て余す結果となった。 コータローも赤羽も時間を上手く使えなくて苦しんでいる。だから… 「………相手、してやろうか?」 責任の一端を担ってやろうと、自分に課した言いつけをここで破る。 けれどもすぐに赤羽の返答も何も返ってこなかった。 「…こっち来いよ、まあ別に嫌ならいいけどよ…」 それだけ布団の中から伝えて、コータローからは動こうとしない。あくまでも赤羽の意思に任せようと促すだけ促してみる。するとしばらくしてこちらへ歩み寄ってくる足音が聞こえて、そしたら身体を起こして赤羽に視線を向ける。 「ほら、寝ろよここに」 「……少し狭くないか?」 「あぁ?」 そして自ずと二人の視線が遠く離された赤羽の布団に向けられる。狭さをクリアするにはそれを使う以外にない。 「………結局くっ付けんのかよ」 わざわざ離したのに仕方なしに次の瞬間には、少々気持ち悪さもあったが二つの布団を隣り合わせにする。それだけで何だか生々しかった。まあこれから実際に生々しいことをするのだが。 「萎える前にさっさとヤっちまおうぜ……色々考えてみるとやっぱキツいには変わりねぇからな」 「よろしく頼む」 「挨拶すんなーーーー!!!!生々しいわ!!!!」 という訳で、時間の有効活用は無事にできた二人なのであった。 けれど正直になった二人を見ていると、充分楽しそうだと思う。 そして調子を取り戻した二人は朝になってまた温泉に入り、そこでコータローは念願の混浴風呂で20代前半と思われる女性グループとの顔合わせが叶った。軽く会話を交わした程度で実際はすぐに恥ずかしくなってコータロー自身が逃げてしまったのだけど、いい思い出ができたと満足そうだった。赤羽の前では偉そうなのに女性の前だと純情になるらしい。赤羽はそこまで付き合いきれなかった。 翌日になってようやく旅を満喫し始めた二人(特にコータロー)だったが、そうなれば時間が経つのは早く旅館を出る時間が刻一刻と迫ってくる。今日東京に帰って明日からまた学校だ、それを思うとコータローは溜め息が出てくる。練習はしたいけど学校に出るのは面倒くさいのだ。 「あーあ、もう出る時間になったぜ、もっとゆっくりできねーのかよ」 「これ以上時間を遅らせると東京に到着する時間が随分と遅くなる、もう限界だな」 「ケッ!んじゃまあ帰るか…」 渋々部屋を出たコータローに、忘れ物はないか細かくチェックしている赤羽も後から部屋から出てくる。そして立派に忘れ物をしていたコータローにそれを渡してやった。旅館を出るときはまた大勢の方に頭を下げられて短い間だけど世話になった二人も頭を下げた。コータローは若女将に対し元気良く手も振っている。帰りは送迎バスの時間に合わせて出てきたので、駅までの道のりは安心だ。 だが赤羽は去る直前、一つコータローにあることを確認する。 「ところでコータロー、証拠写真はもう撮ったのか?」 「は?証拠写真!?そっそういやそんなこと言ってやがったなーカメラなんか持ってるかよ!!」 「携帯があるじゃないか、それで撮っておけば問題はないだろう」 「でもよ…俺とお前がちゃんとここに来たっていう証拠がいる訳だろ?要は。つまり携帯で旅館だけ撮って帰っても信じてもらえるかは微妙だぜ?」 「では旅館と俺とお前さえ写っていれば問題はない訳だな、旅館の人に頼んでお前の携帯で撮ってもらえばいい」 そして赤羽は怖ろしいことを簡単にさらりと言ってしまったが、それはつまり意外とハードルが高いあれをしなければいけなくて… 「ちょっちょっと待て!!だだ誰がお前と一緒に写真なんか!しかも携帯で!!ああっ待てお前!!俺の携帯返せよ!!」 だが時間もないことから言い分を聞いてる余裕もなく素早くコータローの手から携帯を奪って、問答無用に旅館の方に撮ってもらうよう赤羽は頼んでいた。異様に仕事が速くて恨めしくなったが、ジュリに信じてもらうには確かにそれくらいしないと効果がないかもしれない。 もう諦めて赤羽とツーショット写真を何故か自分の携帯で撮ってもらう以外道はなかった。 完全に引き攣った顔で赤羽と並ぶコータローは人生で今が一番我慢時ではないかとグッと一瞬だけ耐えてみせる。笑顔は到底見せられないが、赤羽も無表情なのでそれはどっちもどっちだった。 「じゃあ撮りますねー」 そんな軽快な声を合図にカシャと携帯から音が聞こえた。無事に写真が撮れてしまった証拠だった。それを不本意ながら携帯内に保存しておく。役目が終わったら速攻消去しなければならない代物だろう、赤羽と二人で温泉旅行へ行ってしまった屈辱的な証拠。けれど隣の赤羽からまたもや意外な声がして… 「コータロー、俺の携帯にその写真を送ってくれないか?」 「はあ〜〜!!??何でだよ!!!」 「旅の思い出に…」 もうそこまではっきり言われてしまったらコータローも声を張り上げる気も起こらなかった。コータローと違って無かったことにはするつもりはない赤羽の大人な態度にまた打ちのめされる。バスに揺られながら、早く送ってくれと催促されて渋々赤羽の携帯に送信する。一体どんなプレイだと!とコータローは一人嘆いていた。 この先例えコータローが画像を消去しても赤羽の携帯には確固となる旅の証拠が残るのだから… だがこの旅で絆が多少なりとも深まったことは事実であろう。 バスからの緑豊かな景色も見納めだと、コータローは泣きそうになりながら必死で目に焼き付けようと眺めていた。 だがこの数年後に二人は自腹でここを訪れることになる― …かどうかは現時点では分からなかったが。 END. |