*泥門出張* 今日一日の学校生活が終わり、放課後の部活動の時間帯へと突入する頃、コータローはふんふんと鼻歌を歌いながらクシでさっと髪を梳かし、なんだかお出かけモードだった。ご丁寧に部室で私服に着替えて、どうやら今日の練習には出るつもりはないらしい。 勿論そんなコータローを見て、ジュリも声を掛けてくる。 「あれ?今日は練習でないの?…あっ!また泥門!?ムサシでしょムサシ!」 「おおー、悪いが今日は出張だ!今度こそきっちり決着つけて帰ってくるぜ」 「…懲りないよね、会えたところで軽く無視されるんでしょ?別に今度の大会で決着つけたらいいじゃない、リベンジしたい気持ちがあるのは分かるけどさー」 どうやら秋大会が終了した後でもしつこくコータローは泥門に顔を出していたらしい。そんなに暇ならもっとしっかり練習してもらいたいが言っても聞かないし止めても止まらないのでジュリは毎回こればっかりは手を焼いている。とりあえず変な揉め事起こして帰ってこないかが心配だ。 「誰が無視だ!!ただムサシに会う前に色んな奴に捕まるだけだ!今日こそはスマートにキック対決だ」 「だって全然タイプが違うじゃない…ムサシはムサシ、コータローはコータローでダメなの?どっちも立派だと思うけど?」 「煽てても何も出ねーぞおい、とにかく行ってくるぜ!後は任せたっ」 そして小言を聞かされる前にさっさと出発してしまおうとコータローは身体の向きを変えるが、今度は目の前に赤羽の姿があってコータローは素で驚く。 「うおっっ!!ビビった〜〜!!何も言わずに近くでのぼーっと立ってんな!!」 「何だ、今日もまた武蔵のもとへ行くのか」 「そうそう!ちょっと赤羽からも止めてやってよー!こんなに小まめに通われたらこっちの練習にならないじゃない」 ここぞとばかりにジュリもコータローを何とか足止めしようと理解力のありそうな赤羽を頼る。正直ふらふらされるのは管理者としても非常に困っているのだ。 「なんだよ!止めようったってムダだぞ!ムサシのとこに行くっつったら行くんだよ!おらそこどけっ」 しかし全く考えを改める気のないコータロー、このまま無理に赤羽を振り払ってでも泥門へ出張するつもりだった。まあ力ずくで抑えられるものなら抑えてくれて良いが。 「フー、随分熱を上げているようだな、同じキッカーとしての血か…確かに武蔵は魅力ある選手だと思うが…そうだな、今日は俺も同行させてもらおう」 『はあっっ!!??』 一体どんな話の流れでそんな結論に行き着いてしまったのか、コータローは勿論ジュリはもうぽっかりと口が開いて閉じられなくなってしまった。止めろと頼んだのに何故か一緒に行くことになってるのだから。 「ちょっちょっと赤羽まで何言ってんの!?いい加減にしなさいよっ二人とも!!」 「別に来るっつっても止めはしねーけどよ、俺とムサシの勝負を邪魔しなきゃな!」 「ならば今から出発しよう」 そして変な方向に話が進んだままジュリの制止も虚しく二人は泥門へと向かった。ポツンと一人残されたジュリはガックリ肩を落としてムードメーカーと大黒柱を失った状態で今日の練習に挑む。いくら近くに大会がないとはいえこんな勝手な行動を逐一取られたら堪ったもんじゃない。 「あーもうっこんな時だけ二人で意気投合して!!もう知ーらないっっ」 何だかこのノリについていけないジュリなのであった。 そして珍しく二人で肩を並べて泥門へに向かっているコータローと赤羽。道中、大して言葉を交わさず(共通の話題がない上、会話は噛み合わないし成り立たない)真っ直ぐムサシをたずねて三千里。するとあっという間に泥門へ辿り着く。当然三千里もある訳がない。隣町だ。近いので頻繁に通うのも可能なのである。 「着いたようだな…」 「よーしっ、早速乗り込むぜ!今日はアメフト部がグラウンド使用日のはずだ!」 「随分と詳しいな…」 そんな赤羽の疑問も最もで、コータローは非常に慣れていた。やはり通う年季が違う。昨年も赤羽が他校調査を行っていてその過程で伝説のキッカーの存在を知り、そのことをコータローに伝えてやると一目散に走り去っていった記憶はまだ新しい。 「おっいたいた、あそこだアメフト部、でもよームサシの姿が見えねぇな…恐れをなして逃げたか〜?」 「フー、どうやらお前ほど暇じゃないらしい」 「なんだと〜〜!、おっセナー!モン太ー!」 早速言い争いを他校でわざわざ始めてしまいそうな二人だったが、知ってる顔に出会ってコータローが手を振って二人に話しかける。勿論赤羽も知っている顔ぶれだ。 「あ、コータローさんだ、最近良く見るよね…って、ヒィィィッ今日は何でか赤羽さんもいる!!!」 「マジだっ赤羽もいる!!こえーーーっ」 たとえ秋季大会も終わって盤戸には勝てた泥門であったが、赤羽の恐ろしさはそう簡単には忘れられない。それほどのインパクトを持っていた。 「セナ君、雷門君、久しぶりだね、三位決定戦以降の活躍ぶりも拝見させてもらったよ」 「どっどうも…」 「おい堅苦しい挨拶はいいからよ、ムサシはどこ行ったんだよー、どっか隠したのか〜?」 「隠してるって人聞き悪いっすね!ってさっきまでそこにいてたのになームサシ先輩」 「どこいっちゃったんだろうね」 どうやらタイミング悪くムサシはどこかへ姿を消してしまったようだ。まあ元々大した用はないのだが。勝手に押しかけているだけなので運悪く留守のときもあるだろう。 だがこの和む空気の中、どす黒い気配を感じて赤羽は瞬時にそちら側を見る。すると泥門の黒い司令塔が銃を持って不気味に笑みながらこちらを見ていた。 「ケケケケケッ、今日はまた珍しい奴を引き連れて参上か〜?お守も楽じゃねーなーっ」 「ヒル魔…」 「ああっ!さてはお前が隠したのかー!ムサシを!!おい出せっ逃げんのかよ!!」 「負け犬ほどよく吠えんなあ〜、飽きもせずに盤戸はよっぽど暇らしい」 「何だと〜〜〜!!!」 「挑発に乗るな、相手の思う壺だ」 ここは冷静に赤羽がコータローを落ち着かせて、ヒル魔に対峙する。とりあえず威嚇の意味も込めてギターをギャーン!と敵地のど真ん中で赤羽はその音を轟かせた。ただ意味は不明である。 「随分とコータローが世話になっているようだが?」 「世話〜?ただ邪魔な犬が一匹ウロウロしてるだけだ、しっかり鎖で繋いでおけよその飼い犬をよっ」 「何〜〜〜〜〜!!!!」 「だから落ち着いてくれ、だがこのままでは武蔵に会わせてもらえそうにはないな」 完全に面白がっているヒル魔もきっと暇していたのだろう。格好のカモがネギ背負ってやってきた次第だ。どうもタイミングが悪かったらしい。なにやら黒くて脅迫手帳と書かれたものがその手にある。楽しそうにページを捲っている。 「今日こそ決着つけにきたんだ!!ムサシはどこだ!!」 「ムサシはガキには興味ねーよ、ケケケッ、一度ぼろ負けした奴を相手にするわけねーわな!」 「くそーーー!!!さっきから聞いてりゃバカにしまくりやがってえええ!!!」 ペラペラと二人のことが書かれたページでも探しているのかヒル魔の形相がどんどん悪魔なものに変わっていく。全くとんでもない奴に目をつけられてしまったものだ。 「おおっと何々?佐々木コータロー…」 「あぁ!?そんな脅しは俺には通用しねーぜ!何なりと言ってみろ!!」 「佐々木コータローは………、童貞」 「NO〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッ!!!!!!」 「初見で看破か、さすがだね」 とんでもなく不名誉なことがあっさりとバラされた上、赤羽は真顔でばっさりと切り捨てた格好だ。思わず傍で聞いていたモン太とセナもブフッと噴出している。とりあえず一発で撃沈したコータローは海よりも深くこのシビアな現実を呪った。 「っていうかお前も何さらっと肯定してんだよ!!!そんなの俺以外分かんねぇだろうが!!ぐふっ!」 「ケケケッ、図星だったかあ〜?おっとまだまだ出てくるぜ?更に幼馴染である沢井ジュリには三度告白して三度とも迷惑そうにはぐらかされている、ああ確実に童貞だなっ残念だがムサシは童貞は相手にしねーぞ」 「やめてくれ〜〜〜〜!!!!過去の傷をえぐんな〜〜!!つーか童貞だろうが何だろうが関係ねーじゃねぇかよ!ムサシとは!!!」 もう真っ赤な顔で慌てふためき始めるコータロー。だが少しヒル魔側も情報を操作して垂れ流しているのだが。より相手に深い傷を負わせるためなら嘘など平気でつける。アメフトはビビらせたら勝ちだ!そしてさりげに赤羽も哀しそうな目でコータローを見る。 「不憫だな…」 「うるせーー!!お前に同情されてたまるか!!!!誰だっヒル魔にいらん情報を漏らした奴は〜!」 「だが武蔵は子供は相手にしないらしい、一体どうする気だ」 「うっ………って相手いなきゃどうにもなんねーだろうっ!?嫌がらせかお前は!!!」 「俺でよければ相手になるが?」 「アホかあああああ!!!!!シャレにならんわ!!!」 「バカだ、バカが二人いるぞっ、盤戸はとんでもねーホモ集団だっ!」 しかしさらっと怖ろしい発言を人目も気にせず言ってしまえる赤羽を子供心にセナもモン太も凄いと思っていた。ヒル魔の暴言には相当慣れているので今更驚かない。何であんなに大人なんだろう…と赤羽からは妙なエロスな雰囲気が漂っている。けれどヒル魔と赤羽の両方を相手にしなければならないコータローの疲労度は既にMAXで、もう立ち向かえる様子ではなかった。 「ほうほう佐々木コータローは…、糞赤目に笑いかけてもらえないことを実は気にしている、真性か〜?」 「ギャーーーッッ!別に気にしてなんかねーよ!!!」 「…??いつも笑んでいるが?……心の中で」 「って、バカにしてんじゃねぇかっっそれはよ!!!ふざけんなっっ」 「つーわけで出直してこい糞童貞、せいぜいそこの糞赤目にでも慰めてもらえ、娼婦並だとよ横の奴は!ケケケケッ」 そしてようやく鬼のような悪魔の囁きが終わり、糞モミアゲから糞童貞に呼び名も格上げとなってげっそりと精気を全て吸い取られたコータローは一人ではまともに歩けないくらい衰弱していた。仕方ないと放っておく訳にはいかないからずるずると赤羽が引き摺って泥門を後にする。結局ムサシには会えずじまいで何しにやってきたのかもはや目的すら忘れていた。 赤羽自身も前回の試合のときにムサシには一泡噴かせられたので今回はその礼でもしようかと考えていたのだが肝心のコータローがこの状態では身動きも取れない。 遠目でもヒル魔の勝ち誇った顔がこちら側に向けられているのが分かる。 今回は盤戸スパイダーズの完全なる敗北であった。むしろコータローの完全敗北。味方にまで反旗を翻された格好だ。 とりあえずもう少しコータローには精神面での強化が必要だと赤羽は冷静にそう思った。 当然このまま盤戸まで連れて帰って、ジュリが呆れ顔を通り越して完全にプッツン怒りを露にしたのは言うまでもない。 END. |