*青い髪の少女と赤い髪の男* 部の練習後、コータローは珍しく一人で帰宅の路についていた。家が近くで登下校を共にしている幼馴染は今日は用事があるとか何とかで部にも顔を出していない。まあそんな日もたまにはあって当然だが、ただ一人でぼんやりとコータローは何か考え事をするように浮かない顔つきで歩を進ませる。 そしてふと横断歩道を目の前に、歩行者信号が運悪く赤に点灯した。すると途端に車が流れ出し、仕方なくそこで足止めを喰らう。特に急いでいる訳ではないが信号待ちはとてもじれったい。車が来ないのを見計らって無理に道路を渡ってしまいたくなる、しかし遅い時間の割にはやけに交通量は多く、そんな危険は冒せない。 ただジッと信号に従って、青になるのを待つ。たったほんの数分だ、数分待てば安全に道路を渡りきることができる。 そして信号は青になり、コータローは当たり前のように歩いていった。 家についた後、食べ盛りの高校生は夕食をたらふく食べて、風呂に入って汗を洗い落とし、明日の授業の予習などする訳もなく「疲れた」とだけ零してさっさとベッドの上に倒れこむ。そして瞬時に睡魔が襲ってきてコータローは迷う事なく睡眠を選んだ。夜更かしなどできる性格ではなく、毎日7〜8時間程度寝ないと次の日頭も身体もすっきりしないらしい。そういう面では高校生とはいえまだまだ子供だ。 だがその日迷い込んだ夢の世界は彼を酷く揺さぶるものだった。 何もない空間に浮かぶようにしてコータローはいた、真っ白い世界のようで真っ黒い世界のような、無色透明にも思えたその空間は何だか気味が悪かった。我ながら気持ち悪い夢見てるな…と夢の中の彼が呟くと、ふと右手側に人の気配がした。そっと首を振ってみるとそこには今日一緒に帰ることが出来なかったジュリの姿があった。 笑いながら自分を手招きしてるような身振りに、「何だよ」と気さくにコータローも話しかけて、その青い髪の少女の元へ進もうとする。すると今度は真後ろに人の気配がした。何だか禍々しいオーラを背後に感じてコータローは嫌々後ろを振り返る、するとそこには案の定自分とは犬猿の仲の赤い髪の男が立っていた。 ―ゲッ、赤羽かよ!― そんなちっとも歓迎してないコータローの心の声は現実世界そのもので、目の前のジュリも不思議そうにコータローを見つめているが、すぐ赤羽を悪く言う至極当然のコータローの姿が面白いのか笑っている。だが当の赤羽は無反応で、ジュリとは対照的にこちらすら見ようともせず、まるで興味がないように天を見上げていた。この空間に空など存在しないというのに。 ―無視すんなよ!!― 赤羽と見れば何かあるたびに突っかかるコータローからすれば、クールを装ってるのかどうかは知らないが赤羽が一向に自分を見ようとしない態度に腹を立てない訳がなく、その場から怒りを露に何度も何度も赤羽の名を叫び続ける。 ―コラーッ!聞こえてんのか!!!赤羽テメーー!!おい!!― だがどれだけしつこく叫んでみても赤羽は無反応だった、下手するとコータローの存在すら気が付いてないのかもしれない。そんな屈辱は冗談じゃないとコータローは直接文句を言いに行ってやろうとした時だった。 ジュリに背中を向けた途端、何か後ろで必死に呼んでるような声が聞こえる。振り向いてみると、何故先程から呼んでいるのにこちら側へ一向に来ないのか不思議そうな幼馴染の顔つきと、声は聞こえないが口の動きで「何してるのー?早くこっちおいでってばー」と言っているのが分かる。 そうだ、早くいってやらなければ。また待たせたりしたら後で大目玉を食らう、コータローは慌ててジュリの方に向き直りその脚を進めようとした。だがここでやはり気になるのが背後の赤羽の存在。 ―……おい、お前も来いよ― 顔だけ振り返り、何だか一人だけ置いていくような気がして…妙に居た堪れないようなコータローの心境、だがその時赤羽ははっきりと首を横に降った。視線は上を見上げたままで。 ―はあっ!?このヤロー!人がせっかく!!!― まるで親切心を踏み躙られたような嫌〜な気分にさせられたコータローはまた怒りを露にする。そして目の前のジュリに「あいつどうにかしろ!!」と現実世界のように話を振る。だがジュリは何故か先程よりもさらに機嫌が悪そうで…「先いっちゃうよー!?」と口先を動かし、その様子はまるで赤羽の姿など見えていない風に思えた。いや実際ジュリの目に赤羽の姿は見えていない、一度もそちらを見ようとしないから。あんな目立つ奴、普通は視界に入ったら誰だって一度くらい視線は向く。 ―見えてねーのか…、って、うわっ!メチャクチャ怒ってんじゃねーか!やべぇ!!― そして慌ててジュリの元へ向かおうとする、確かに赤羽の事も気になるが赤羽なんて無視したって全然コータロー的には構わないのだ、そうだあんな奴放ってさっさとジュリの元へ向かおう、それに青は進めと言うじゃないか、そして赤は止まれと。何も心配事なく青へ進むことは何ら間違いじゃない、青信号だって渡ったところで誰もそれを咎めない。それが当たり前。わざわざ危険を冒して赤へ進む事はないのだ。 ―じゃあなっっ!!― そんな皮肉たっぷりに吐き捨てるようコータローは背中から赤羽にそれを告げて、青信号がともる何も危険のない安全な道を渡ろうとする。手を伸ばせばすぐにジュリに辿り着けるような位置、そこは平穏に満ちてキレイな空気が流れていて心が安らいでいく。 だがそれでもコータローは最後の一歩を踏み出せないでいた。 やたら未練たらしく何度も振り返って、またもや赤羽を見る。すると今度はしっかりとこちら側に身体は向かれていた。ジッとあの鋭い真っ赤な瞳でコータローとそしてジュリを彼は遠い位置から眺めていた。 ―やっとこっち向きやがったな!!ほらさっさと来いよ!― するとそんなコータローの声に目を丸くし、まるで子供のような表情を浮かべて赤羽は素直に驚いていた。一体何を言い出すのだろう…とでも言いだけな顔で。だがここでコータローは些細な事だったがある事に気が付く…ジュリに赤羽の姿は見えていないが赤羽にジュリの姿は見えているのだ。 一体これが何を意味するのかコータローには分からなかったが、だがやはり赤は止まれだなんて誰が勝手に決め付けたかは知らないが、何だか無理やり制限させられているような気がして、赤羽に関して非常に我侭で身勝手なコータローはとっても天邪鬼で、赤は危険だから進むな、止まるのが常識、などと意見を押し付けられても「はい、そうですか」と素直に納得できるはずがなかった。 逆らいたくて逆らいたくて仕方がない、赤の魔力に押さえつけられ負けたなど到底考えられない。それに赤羽のあの態度、来てくれることにまるで期待などしないような…むしろ来なくて当然だという決め付けた態度が気に障る。まるで自分など不必要だと言われている気がして…赤羽の世界に俺は要らないと告げられてるような気がして… もう無性に腹を立てるコータロー、そして同時に寂しさも心のどこかで覚えていた。確かに青は進めのとおりにジュリの元へ行けば相手も笑ってくれるだろうし自分にとっても大切な人だしとても嬉しいはずだ、そんなことは分かっている。だが敢えて赤へ進めば?どうなるというのだ、反旗を翻すように手を伸ばせば相手は笑ってくれるのか?危険だと誰が決めたのだ、進まないのが当たり前、そんな常識は誰が決めた? ―行けばどうなるってんだよ…答えろよ― しかしそんな刺すような問いかけも赤羽にとっては愚問に近いのか、特に答えることもせずただ溜め息を吐くばかりであった。そしてはっきりとこう口にする。 「早く行け」 「あぁ!?何だよそれ!大体来いって言ってんのに来ねぇお前が悪いんだろうが!!」 そんな会話らしい会話が夢の中でようやく成立した時、コータローはどこか吹っ切れたのか迷う事なく赤に向かって歩を進め始める。危険だとか止まれの色だとか常識だとか、全部どこかへ押し退けて今自分がしたいように動いている。自分が要らない存在だなんて許せない、こんなにも自分の中で赤羽の存在は強大で無視できないものなのに相手にとってはチッポケで…そうじゃないなんて悔しいとコータローは思う。 信じられない…といった表情を浮かべている赤羽なんかどこ吹く風で無視して、敢えてこの道を進んでみた。一歩一歩近づく度に緊張しているのか心臓の音が跳ね上がる、しかし例えこの選択で自分の身に危害が加わろうともコータローは構わなかった。来るもんなら来てみろ!とやたらケンカ腰で。それでも欲してしまったのだ、目の前の危険信号を。魅入られた訳じゃない、ただ反抗したいだけだと自分なりに理由付けをして。 そして腕を伸ばし、その手に赤羽の腕を掴んでやった。 「何故来たんだ…これがどういう事か分かっているのか」 「知るか!ンなもん!!むかついたから来たんだよ!!」 「その身勝手な好奇心はやがて自分の身を滅ぼす…、誰を傷つける事になると思ってるんだ」 「グダグダ訳分かんねぇことほざいてんじゃねぇ!!自分がこうしたいから来たんだ!それが何か悪いか!偉そうに選ぶなとでも言いてぇのかよ!だったら最初から現れんな!一方通行にしとけ!二択で片方が絶対選んではいけないとかって何の為の二択だよ!!全員が全員定められたルートを歩くと思うほうが大間違いだぜ!!自分の思い通りに俺がなると思うなよっ」 「……フー、今からでも遅くはない、引き返せ」 「断る!一度捕まえたんだ、逃がしゃしねーぜ」 この選択に一体どんな意味が含まれているというのか、きっとコータローは頭半分理解していないままに赤羽と舌戦を繰り広げている。しかし理屈など通用すれば最初から赤で進んでは来ない、こんな相手を説き負かすなんて赤羽でも険しい道だ。 「大体…むかつくじゃねぇか…、最初からダメだって決め付けられてるみたいで、拒否されてるみたいで、何か腹が立った。無性に逆らいたくなった、敢えて赤に飛び込んでみたくなったぜ、少しは感謝しろよ、一人でいるのがそんなに好きか」 「正気か?…何故正しい道順を追わない、何故危険を冒す必要がある、赤は止まれと幼い頃教わらなかったか?」 「あーもうっこれ以上分からず屋のテメーと話したって無駄だ、俺だってスマートに生きてるつもりが何でお前みたいなのに引っ掛かったんだか不思議でしょうがねーよ、なんでこんな………引っ張られるんだ、イライラしてしょうがねぇ!変な衝動が湧き上がって止まらねぇ…」 自分の存在を認めさせたい、不必要なら必要に変えてやる、赤羽にとっても自分は大きな存在だと知らしめたい、そんな傲慢にも思える願いはコータローにとっては切実なものだった。そして力の限り赤羽の身体をどこかへと押し付けて自分の身体の下に敷く。こんな異空間でも人を押し倒すことができるのかと変に感心してしまった。もう背後にジュリの姿はない、いつのまにか男同士二人っきり、異常な精神状態に追い込まれている。 「赤に触れるとどうなるんだ?どんな危険があるっていうんだよ、誰が俺を咎めるんだよ?危ないから離れろって周りからもお前からも言われるんなら無理やり離れられないようにしてやる、……ん?どうやるのかって?ンなの簡単だろ、繋がりゃーいいんだよ」 至極簡単に紡がれた末恐ろしい言葉は滞りなく実行に移され、衣服を剥ぎ取るように真っ暗闇な空間に白い肌を露出させ、そこに唇を寄せる。全く抵抗の色を見せない赤羽は無心状態で、またぼんやりと天を見上げたまま愛撫とは言い難い行為が成されていく。口も閉ざしたまま両目を手で覆い隠す、脚も広げられそこにも舌が這わされるけれども何故か嫌悪感はなかった。だが奥に熱された杭が宛がわれた時、さすがに赤羽も身体を強張らせ痛みという恐怖に震える。 初めての行為に身体が半分に割られてしまいそうな容赦ない感覚に歯を食いしばる。だが全てを埋め込まれる前に耳元でこんな事を囁かれる。 「…はぁ、はぁ…この状態でも引き返せってお前言えるか…?赤は止まれって言えるのかよ…、ほんの少しだけどよ…もう繋がってるぜ俺達」 「…っ………よせ」 「危険を冒してまでここへ来たんだぜ俺は」 「……………無謀だと思わないのか」 「少しくらい感動しろよ、テメー」 そして赤羽の答えを待たずそのまま捩じ込んだコータローは、わざとではないが快感ではなくまるで痛みを与えるように腰を動かし始めて刻印を刻む儀式のようにその行為は淡々と済まされていく。赤羽も激しく揺さぶられながらも心は開こうとせず瞳は覆い隠したままだ。だがその手も取り除かれて、二人はようやく真正面から向かい合う。するとコータローにとって意外な姿がそこにあった。 「えっ……なんで泣いてるんだよ!そんなに俺のこと嫌いかよっ、あっち行ってほしかったのかよ!!」 だが赤羽は何も語らない。表情もない、まるで人形のようだ。ただ両目から涙だけが零れ落ちる。 「クソッ!!こっち選んで何が悪いんだよ!何でお前が泣いたりするんだよ!そうやって思いっきり人の事否定しやがって!!頼むから泣くなよ!泣くな!!お前らしくねーだろ!?だから頼むから…… 泣くなーーーーーー!!!!!!!!」 そんなまるで責めるような激しい声は無空間に木霊する、そしてこの空間を切り裂いていった。 あまりの感情の昂ぶりに思わずコータローは… 「うわ〜〜〜〜っっっっ!!!!」 ガバッと思わず寝床から勢いよく飛び起きる。そして視線の先に赤羽でなく自分の部屋が映し出されたことによって今が現実世界の朝だと彼は気付く。 「ハァッ…ハァッ…な、なんだーっこの夢〜〜〜〜………リアル過ぎんぞ…おい」 いつもは睡眠時間のわりに寝覚めの悪いコータローだったが今日だけは違った、パッチリ目が見開き、とんでもない夢を見てしまってこれ以上夢を見続けていられなかった。強制終了したのだ。 「あー冗談じゃねぇ…何で俺が……って時間、ああ〜〜〜!!!やべっ目覚ましかけんの忘れてた!!」 そしてふと携帯を見るとメール受信が一件、恐らくジュリからだろうとメールを読んでみる。すると案の定先に学校へ向かうとメールにはあった。はあ…と溜め息をつき大急ぎで身支度をする。朝練に遅刻は確定だが一分一秒でも早く向かわなければ。あんな意味深な夢を見た後でも登校して誰かさんと顔を合わせる気はあるらしい。だがコータローの心の奥深くに潜在意識として眠っていたものが夢となってきっと現れたのだ。意外と取り乱さないコータローにはもしかして心当たりがあるのかもしれない。赤羽の引力は確かに存在するのだから。それは無視できないほどに自分を脅かす。 「いってくるぜ!!!」 朝食を抜いて慌しく家を飛び出したコータローはひたすら走る。 だがもしも…もしも夢のような状況が現実に起きたとしたら…一体自分はどうするのだろう、そんな事もぼんやり頭に思い描きながら。 夢だから危ない橋も渡れた、とも考えられなくもない。いざ現実で直面した時に人は臆病にならないのか、そこが未知数であった。きっと真っ正直に青に進むのが普通だと自分でも思う、でも赤に手を伸ばしたとしても過ちではなくて…きっとそういう人生もありなのだろうとそう何となく思える。 するとそんな時、急ぐコータローの前に昨日も渡った横断歩道が見えてくる。歩行者信号は赤、相変わらず車の交通量は多い。当然立ち止まるように思えた、だが次の瞬間コータローは何と駆け出したのだ! ―赤だろうが何だろうが渡ってやる!!― それは昨夜の夢の中のように。そして車が空いた一瞬の隙を突いて見事向こう側へ辿り着く。少しヒヤッとはしたがどうやら無事に生きているらしい。 「……案外平気じゃねーか…」 そんな事を呟きながら、次はもしかしたら助からないかもしれないけれど、赤に挑み続ける心を彼は失いやしない。 惹かれてしまったが最後、その時は覚悟していよう。 だがまだ幸いにも今はその時ではない。 だから彼はジッと時を待つ… 青い髪の幼馴染と赤い髪の同志の狭間で。 END. |